頬杖をついていた。

期末テストが近いからだろうか
ペンを動かす音が、いつもより必死な音を奏でているように思える。
ややこしい方程式のつまらない説明を長々と喋る数学教師の声も、ネオンの耳には届かない。
黒板など見ていなかった。
ペンを動かすことすらしなかった。

ネオンの視線の先は当たり前のように一人の生徒の席へと向けられている。
それはいつものことだった。

さらさらと揺れる短い金髪。
気だるげに頬杖をついて、のろのろとペンを動かしている。時折眠そうに目を細めるが、眠ることは滅多になかった。

これほどまでに彼を凝視しているのにもかかわらず、一度たりとも彼と目が合ったことはない。


それは彼が今の自分と同じように
あの子の席をずっと見ているから。




part@



「むきぃぃぃぃぃ」

二時間目終了のチャイムが鳴り
貴重な15分の休み時間
ネオンはハンカチを噛みちぎっていた。

「まぁまぁ落ち着いて」

隣にはやたら落ち着いた清楚系美少女がいる。
巷で言うあいつ磨いたら化けるんじゃね?むしろ今のままが天使じゃね?的な
どのクラスにも一人はいるような、ダイアモンドの原石ポジションに降臨する吹奏楽部の部長である。

「だって!!今日もあのゴリラのことをずっと見てたのよ!?」

悔しげに唇を噛み締めながら、授業が終わる10分前の出来事を思い出す。


幼なじみのクラピカは
授業中ひっきりなしに己に降り注ぐネオンの視線に気づくことはなく、彼自身もとある人物に視線を浴びせていた。

早弁魔のゴレイヌに。

男子生徒の間では、早弁魔が何時間目に空腹に耐えきれなくなるかという実にくだらない賭けが流行っているらしい。

今日はたまたま、2時間目が終わる10分前にその時が訪れただけだ。

その瞬間、退屈そうに濁ったクラピカの瞳が一瞬にして輝いたと思ったら
机の下で盛大にガッツポーズをしたのだった。

彼がくだらない賭けに勝った。
ただそれだけのことがどうにも気にくわない。

虚ろな表情が明るくなった瞬間を思い出すと胸が痛かった。
よりによってゴリラがその機会を与えたのだ。無性に腹が立つ。

「あんなくだらない賭けに便乗するなんて…。あいつもまだまだ子供なんだから」

大きくため息を吐いて頬を膨らませる。
横目でちらりと睨むように投げた視線の先には
友人達に囲まれて、楽しそうに笑っているクラピカがいた。


ネオンとクラピカは兄弟である。

といってもそれは戸籍上の肩書きであり、血は繋がっていなければ似通ったところも無い。

幼いクラピカの両親が他界して
近所に住んでいたネオンの父が身寄りのない彼を見兼ねて養子として引き取った。
それ以来ずっと一緒に暮らしている。

父は主に銃を製造している武器会社の社長であり、故に大層な金持ちであり、子供が一人増えることくらいなんの負担にも感じていないようだった。
自分は俗に言う箱入り娘の社長令嬢という存在であり、どろどろに甘やかされながらも男手ひとつで育てられた。

クラピカが初めて自分の部屋に訪れた時はそれはもう緊張した。
急な事故で両親が他界し
数日間まともに食事もとらず、人形のような瞳をしていた彼にどう接すればいいか分からなかったのだが

彼はテディベアに囲まれたベッドを目にしたとたんに瞳を輝かせ
やがて「ふぁ、ふぁんしーなのだよ…」そう言いながらテディベアの群れにダイブしたのだった。

思えばその時から彼に惹かれていたかもしれないし、もう少ししてから恋心に気づいたのかもしれない。

いつ彼にそんな感情を抱いたのか思い出せないくらい、自分の隣にはいつも彼がいた。

登下校も一緒
お弁当箱の種類も中身も一緒
休日だって暇な時は未だに買い物に付き合ってくれるし食事だって一緒に取る。

「ネオンちゃんとクラピカって本当お似合いだよね」

そう言われて悪い気はしなかった。

単刀直入に言うと
クラピカは軽く引くほどモテる。
それは彼の容姿が整いすぎているほどに整っている所以なのだが。

傍目からみれば女の子に見えなくもない中性的な顔、白い肌、華奢な体格
おまけに絹のような柔らかな金髪

王子様ともお姫様とも形容されていた。
そのせいで男からもモテる。

昼休みに必ず遊びにくる銀髪猫目で生意気な中等部のクソガ…男の子、瞳孔全開の長髪美術教師、情に厚い保健室のサングラス先生や
中二病を患ったトランプ好きの変態警備員、おまけにクラピカフィギュアを作って日々愛でている引きこもり系上級生もいる。…いつも思うけれど痛いわ、さすがにそれはないわミルキー

そんな訳で、彼に好意的な者たちはなにもこの学年の生徒だけではないのである。

学園屈指の美少年的存在のクラピカのそばにいて
お似合いだよねと言われるものだから
嫉妬や僻みのひとつやふたつ飛んできたって何もおかしいことはない。

しかし不思議なことに、周りからのやっかみの矛先が自分に向けられることはなかった。

それは自分たちの関係が「僻んでも意味はない」と認識されている証拠だった。
自分たちはどこからどうみても
「恋人」の域を超えた「家族」のようにしか見えないのだろう。
それは何かと好都合だった。

例えネオンの好意が知られていてもクラピカにその気がないのだから
相手にされないかわいそうな女だと思われて終わるだろう。
もしも…クラピカがその気を見せようものならば、周囲の憎悪が一気に降りかかってくるはずだ。女とはそういう生き物だと思う。
まぁ醜いやっかみを今更ぶつけられた所で大人しく身を引くつもりはさらさらないのだが。

三時限目は科学だった。
実験をするために科学室へと向かう。

ふと、やけにスカートが短い2人組とすれ違った。
彼女たちは顔を赤らめながらきゃっきゃきゃっきゃ騒いでいる。
何事かと思って視線の先を辿ってみると
教科書を抱えたクラピカがいた。

「またか…」

彼は図らずとも他人に夢を見させてくれる。
天使のような容姿なのだから無理もないだろう。

しかしながら

「ちょっとそこの君達、スカートがやたら短いが寒くないのか?衣装代をケチって豪遊費を稼ごうとも風邪をひいては元も子もないのだよ」


彼は自らの容姿が与えた夢を
自らの手でぶち壊すのが天才的に上手かった。





「今日の放課後カラオケに行くんだけど、ネオンちゃんもどう?」

チャラチャラした男子生徒の誘いに
周りの仲間たちの表情は一気に引きつった。
ネオンは大人しいほうではない。
明るくて勉強嫌いで友達も多く、世間話が大好きな
ごく一般的な女子高生だった。

しかし、ごく一般的な女子高生と違って
放課後の遊びに誘われることはなかった。

それは自分が社長令嬢であることからなのだが。
まぁ仕方ない、父のうんざりするような過保護っぷりを見たら誰だって恐れるだろう。

このチャラ男は勇気を振り絞って話しかけてくれたのだろうが、その気持ちだけ受け取っておく。
自分が歩く度に周りの仲間たちに青い顔をされるのは真っ平ごめんだ。

「ごめんね、今日は予定があるの」

誘ったにも関わらず
心なしかホッとしたような表情を見せたチャラ男は「そう、また今度ね」と、社交辞令を言って教室を後にした。

誰もいない教室で一人
ネオンは帰り支度をしていた。

今日も一人で帰るのだろう。
校門まで歩いて、迎えにきたダルツォルネの車に乗って、部屋で携帯をいじって、今日は話を聞いてくれるだろうかとそわそわしながらクラピカの帰りを待つ。
いつものことだ。


「そんなに辛気臭い顔をしていては老けるのだよ」

ふと、頬に冷たい感触がした。
びくりとして横を見ると、クラピカが自分の頬に缶ジュースを当てていた。

「クラピカ!いつからいたのよ?」

「最初からいたぞ。落とした10円玉を探すために床に這いつくばっていたから誰からも気づかれなかったがな」

クラピカは相も変わらず缶ジュースを押し付けてくる。
仕方なさげに受け取ってみると、ネオンが好きなアイスココアだった。

「どうしたのよ…これ」
「どうって、買ってきたに決まっているだろう。飲まないなら私が飲むぞ、実は隠れ甘党なのだよ」

昼休みに堂々といちごミルクを吸っているようなやつのどこが隠れ甘党なんだか。

ネオンはプルタブに指を引っ掛け
甘ったるいココアを一気に飲み干した。

「うわぁ…そんなに喉が渇いていたのか」

若干引いているクラピカを軽く無視して
唇を拭った。
ふと、クラピカの前髪に違和感を覚える。

「ねぇクラピカ、前髪切った?」
「ああ、身なりにうるさい警備員さんに捕まってな。生徒指導室に連れていかれてしまったんだ」

だからなんでパッツンなのよ。
確かにちょっとかわゆ…げふんげふん。

きっと変態警備員のことだから切った前髪を大切に保管していることだろう…毎度思うが超きもい。

「ボスも前髪を切らないか?私とお揃いだぞ、きっと可愛いぞ!」
「どうしてそうなるのよ。そんなことしたらノストラード家の評判ガタ落ちじゃない。パッツン兄弟なんてあだ名つけられたら笑えないわ」

そんなことしたらますます兄弟としか見られなくなっちゃうじゃない。


彼は自分のことをボスと呼ぶ。
幼い頃、テレビゲームが壊滅的に弱い彼に色々指南してやっているうちに「ボスと呼ばせて下さい」と言われ、ノリで許可した。後悔しかしていない。

それまでは確かに
名前で呼んでくれていたのに。

今となって自分を名前で呼んでくれるのはパパと、センリツと、上辺だけの友達と。

「……」

さきほど、自分を置いて遊びに行った彼らを思い出す。
今頃エンジョイしていることだろう。

二度と戻らない、青春を

そして自分は彼らと共に時間を共有できない。

自分の存在が、関わってはいけないお嬢様と認識されている限り。



「ねぇ、今日は一緒に帰らない?」

「あいにく今から剣道がある。帰りは少し遅くなってしまうな」

彼は部活という部活に所属してはいないが
あらゆる部活に顔を出している。

有名大学の推薦枠を狙っていた。
そんなことをしなくても、ネオンとクラピカの学費くらい、父にとってはなんの負担にもならないのに。

彼は極力、父を頼ろうとはしない。


「……そう」

思っていたより暗い声が出た。

いつものことじゃない。
なんで沈んでんのよ私。

「ボス?何か嫌なことでもあったのか?目が死んでるぞ」

いつもと違うネオンの様子に
クラピカは首を傾げる。

軽く首を振って、無理矢理いつもの笑顔を作った。

「別に何もないわ。帰りは気をつけてね、最近通り魔が暴れているらしいから」
「男を襲う通り魔はいないだろう。大丈夫だ」

……いい加減、自分の見た目が女の子なことを自覚してくれないかしら。

「では、そろそろ行く」

そう言って腰掛けていた机からふわりと身を離すと「気をつけて帰るのだよ!」と、手を振りながら行ってしまった。

今度こそ一人になった教室の中で携帯が鳴る。
ダルツォルネからだった。
中々出てこないネオンに痺れを切らしているのだろう。

大きくため息をついて教室を後にした。
当然、電話には出ない。


「あ、ネオンちゃん」

靴箱にたどり着き、自分のスペースからローファーを取り出している時だった。
不意に声をかけられて後ろを振り返ると
白衣を着てメガネをかけた、謎の包帯を額に巻きつけた黒髪の教師がいた。

「クロロさん」

ルシルフル先生。
爽やかな科学教師はにっこりと笑って
白衣の中から水色の封筒を取り出した。

「いきなりごめんね。悪いんだけどさ、これをあいつに渡してくれないかな?」

「招待状…婚礼?クロロさん結婚するの?」

クロロはくすりと笑った。

「俺じゃないよ。昔近所に住んでいた幼なじみのさ、マチって言うんだけど。ずいぶん小さかったんだけどあいつのことをいたく気に入っていてね。どうしても招待したいって聞かなくて」

あいつと言うのはクラピカのことだ。

彼は科学の教師であるとともに、クラピカの義兄でもあった。
と言ってもネオン同様彼と血は繋がっていないらしい。
クラピカは実の親を知らず、孤児施設で過ごしたところに里親が現れ引き取られた。
その両親は元々再婚で、クロロは父方の連れ子であったらしい。ちなみにクロロも里子である。
クラピカが両親に引き取られた頃、クロロはやんちゃ高校生真っ只中であり家にあまり寄り付かず、両親に苦労ばかりかけていたそうな。
両親の死に目にも会わず、クラピカを1人にしたまま姿を消した。
数年前、ようやく収入が安定したからとクラピカの引き取り要請を出したクロロだったが
返ってきたのはクラピカからの絶縁書だった。

『断固拒否』

それこそがクラピカからの返事であり、選択だった。それ以来口も聞いていないらしい。

クロロがクラピカを捨てたのは許されることではないが、クロロにはクロロの事情があり、好きで捨てた訳ではないようだった。

泣きながら頭を下げ、父にクラピカの面倒を見てくれるように頼んだのは、他でもないクロロだったのだから。

クラピカはクロロを一方的に嫌ってはいるが、先のことを理解していないわけではないようだった。
気にしていないようならば
わざわざ兄のいるこの学校を選ぶことはなかっただろうに。
相変わらず目も合わせないし口も聞かないが…。なによこの複雑な兄弟関係

「俺とは口も聞いてくれないし、ネオンちゃんからならもらってくれるだろうと思ってさ、悪いんだけど」

「別に大丈夫だよ。渡すくらいなら」

「そう、ありがとう。助かるよ…それとさ」

クロロは何かを言いたげに口をつぐんだ。
彼が何を言いたいのか、ネオンには嫌という程分かる。

「あいつ、最近なにか変わったこととかなかった?馬鹿みたいに色んな部活の練習に参加してるし、さっきすれ違ったときは何か前髪揃ってたし。もしかして……いじめとか……遭ってないよね?」

なんだかんだ過保護なのよね、このブラコン兄貴。

「クラピカがいじめられようものならクラスの女子が黙っていないしクラピカはいじめられてることにすら気づかない鈍感だから大丈夫。クロロさんが思ってるようなことは何もないよ。部活に行ってるのは推薦を狙っているんだって。それに何かあっても私がついているんだからね」

あんたじゃなくて私が。
暗に嫌味を含ませた言い方にクロロは僅かに寂しそうな顔をした。

「そっか、なら安心だね。じゃ、気をつけて帰るんだよ。最近じゃ通り魔が出現しているらしいから」

「うん、クロロさんも無理しないでね」

自分がクラピカにかけた言葉をそのままかけられてたじろいたが
クロロは優しく微笑むと、そのまま職員室へと向かって行った。

「お嬢様!!」

気がつけば痺れを切らしたダルツォルネが駆け寄ってきていた。

「ご無事で良かった…携帯には出てください。お嬢様に何かあればボスに叱られるのは私たちなのですよ。うごっ」

ローファーが顔面に直撃したのである。

ネオンは頬を膨らませ
外へと歩き出した。タイツのまま。

「お、お嬢様!靴を、靴を履いてください!足裏に怪我でもされたら」

「うるさいな!校門からは一歩も入るなって言ってるでしょ!何で来たのよ!!そんでもって何度も何度も携帯鳴らさないでよね。友達とメールしてるんだから!」

今日のネオンはすこぶる機嫌が悪い。
お嬢様のわがままはいつものことだが
今日は何かが違った。

駄々をこねると言うよりは、荒れている。

「はぁ」

心の中でため息をつき、引きこもるように車内に飛びこんだネオンに「大丈夫ですか」と声をかけ(返事はない)
ダルツォルネはリムジンを出発させた。

バックミラー越しに見えるネオンは
寝そべりながらクッションに顔をうずめていて、泣いているように見えなくもなかった。

心配ではあるがそっとしておこう。
主人の護衛に忠誠を誓ったが、デリカシーを捨てた覚えはない。深入りしないことだ。

日が落ちかけていた。

8時頃になればクラピカが帰ってくるだろう。
ネオンと違ってクラピカの送り迎えは義務づけられていないのだが
ここ最近は暗くて通りが満足に見えなくなった頃合いを見計らって、無力な若者を襲う輩が出現しているらしい。

襲われるのは若い女の子であるが故
心配するのは杞憂であるかもしれないが
彼の場合見た目が見た目である。

迎えに行った方が良いのではないか。

そんなことを考えていたダルツォルネだったのだが

「今日の夕食は中華がいい」

イタリアンを用意していた夕食の献立をお嬢様の一言で覆され、急いで中華料理を作っているうちに

送り迎えの件はすっかり忘れてしまった。

ダルツォルネが再びそれを思い出したのは


クラピカが9時をすぎても戻る気配を見せない夜のことである。




Aへ続く
ネオンちゃん視点って難しい


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