瑠依様リクエスト小説
キルクラ祭りへのご参加ありがとうございました!






朝焼け空は大好きだ。

黄色い月が身をひそめて
オレンジ色の太陽が現れる。

暗闇に覆われていた空が段々と青くなり、やがてまばゆい光に包まれる。

その過程でほんの一瞬だけ
姿を見せるオレンジ色の素晴らしい世界は

なんの理由もなく、自分に幸福感を与えてくれるのだ。


…いつもならばそのはずなのに。


「………」

今日だけは違った。


昨日の夜からテーブルの上に突っ伏して
睨むように空を見上げ

滅多に見ることのできない朝焼け空を眺めていたというのに


クラピカの心の中には
「幸福感」なんてものは存在していなかった。


「ふわぁ…」


口から大きな欠伸が飛び出した。


眠気はずっと訪れているのに
寝ようと思えば思う程眠れなくなる。


結局昨日は一睡もできなかった。

こんなにも不快な朝なんていつぶりなのだろうか?

その理由はただ眠れていないだけのものではなくて…



「おはよう」

ふいに扉が開いて
背後からむくれた声が聞こえた。


「………」


クラピカは答えない。


「まだ怒ってんの?」

背後のキルアは怪訝な声を出す。


「怒ってない」


「嘘つくなよ。どうせ寝ないで一晩中考えこんでいてたんだろ」


突き刺すような冷たい声。

怒っているのは果たしてどちらの方なのだろう。


キルアは足音を響かせて部屋を横切ると

冷蔵庫の扉を開けて
よく冷えたミネラルウォーターを取り出した。

乱暴な手つきでペットボトルの蓋を回して口をつけ、勢いよく水を流し込む。

「ぷはぁっ」

唇を拭いながらテーブルの方を一瞥するが、怠そうな背中は先程の姿勢から微動だにしていなかった。


キルアは奥歯をぎりりと噛みしめる。


「そんなに嫌ならさぁ…」


ペットボトルを握りしめる。




「でてけよ!!別に止めないからさぁ!!」




大きな声で、恨めしい背中に投げかけた。

クラピカは何も言わない。
その背中は動かない。


しばらくの間、時間が止まる。


近いような遠いような2人の距離間に
ぴりりと張り詰めた空気が漂い始め、


やがてクラピカが席を立つ。

無言のまま足を動かして
部屋を出ようとした瞬間


「ね、ねぇっ」

慌てた声が聞こえてきた。

足を止めて振り返ってみると
キルアが焦ったような表情を浮かべていた。


「あ、いや…別になんでもない。出て行くなら出て行って」


キルアは顔を逸らす。

反射的に声をかけてしまった。
出て行けと言ったのは自分なのに…


「散歩」

クラピカの口から出たのは
たった三文字の単語だった。

無愛想な口調でそれだけ発すると
恨めしい背中は今度こそ出ていってしまった。


「あ…」

一人残された部屋の中

クラピカはいなくなったのに
張り詰めた空気は消えてくれない。

「……」

キルアは一人、唇を硬く噛み締めて下を向く。

手のひらに力をこめて
柔らかいペットボトルがミシミシと音を立てる。


『散歩』


つい先程のクラピカを思い出していた。

普段のクラピカはあんな喋り方をしない。
あんな表情をしない。
あんな暗い目をしない。

あんな、恨めしい背中を見せはしない。


「別にいいよ…」

彼は本当に散歩に行っただけなのだろうか?

このまま帰って来ないつもりなのではないのだろうか?


「別にいいよ、帰ってこなくても」


自分に言い聞かせるように呟いた。

帰って来なくていい。
あんたがいなくても俺は困らない。


クラピカなんて嫌いだ。
クラピカなんて、クラピカなんて、クラピカなんて、クラピカなんて

クラピカなんて。


「クラピカなんて」


本当は、


「クラピカなんて…」



嫌いなはずがない。



「ああもう!!」


ペットボトルを床に叩きつけて
キルアは足音を響かせる。

出て行けと言ったのは自分なのに

いざ本当に出て行ってしまうと淋しさが込み上げてくる。

その事実がどうしようもなく悔しかった。




ようやく陽が登りきったらしい。

早朝特有の爽やかな日光は、金色の髪を煌びやかに映し出してくれていた。

輝きを放つ外見に反してクラピカの心は

ちっとも輝いてはくれなかった。

どんなに明るい朝の陽の光でも
どうやら心の中までは届かないらしい。


「……」


自分が今、何を考えているのか。
何をしたいのか。
自分自身でも分からない。

しかし、

「お前…」

ピタリ。
ふいに立ち止まると、先程から自分の後をつけている気配が息を呑む。


呆れた表情を浮かべて振り返る。

後ろにいたキルアが慌てて視線を逸らした。


「言いたいことがあるなら早く言え」

「別に…何もない」


「私の後をつけていたじゃないか」


「俺だってただの散歩だよ。あんたと進む方向が一緒なだけ」


「ならばどうして足を止めたんだ」


「ぐ、偶然だよ!!」


赤面したことを悟られまいとするように
キルアは急ぎ足で前に歩きだした。


「まったく…」

クラピカは大きなため息を吐いて、


その直後に小さくふっと笑って、


自分の前を力強い足取りでズカズカと進む小さな背中の後ろに続いた。


一定の距離を保ったまま
2人はしばらく無言で歩いていた。

やがてクラピカが口を開く。


「私は」


小さな声で
しかしちゃんとキルアに聞こえるように



「怒ってなどいないぞ」



一番伝えたかったことを
優しげな口調で告げる。

それを聞いたキルアが静かに足を止め、
恐る恐る振り返った。


口を尖らせて、頬を膨らませて、顔を赤くして、ポケットに両手を突っ込んで


不安に溢れた表情で
今にも泣き出しそうな表情で


「無理して嘘つかなくてもいいよ…」


キルアらしくない臆病な一言が
なんだか可愛らしく思えてきて

クラピカの口元が自然と緩む。


「嘘じゃない。私は怒ってなどいない」


「でも、さっきまで

「怒ってない」


クラピカはにっこりと笑った。


「本当なの…?」


単純だとは思うけど
その笑顔を目の当たりにして

抱いていたもやもや感が一瞬で吹き飛んでしまう。


それと同時に押し寄せてきたのは、
大きな大きな罪悪感。


「悪かったよ…」


独り言のように囁かれた小さな声。
果たしてそれはクラピカの耳に届いたのか。

クラピカは何も言わずに歩き出す。
立ち止まったままのキルアを追い越そうとした。


「わ、悪かっ


「ちゃんと聞こえたぞ」


慌てて振り返ったキルアの声を遮って

パシリと、
乾いた音を立てて。

キルアの手のひらがクラピカの手のひらに掴まれた。

「あ」

キルアはきょとんとした表情で
それでも安心しきった表情で
掴まれた手のひらを凝視した。

微笑んだままのクラピカが振り返る。


「早く帰るぞ」


まるで何もなかったみたいに
いつも通りの明るい声で
キルアが大好きなその声で

その声を聞いたキルアの表情がぱあっと明るくなって。


「うん。帰る」


まるで何もなかったみたいに
悪意のない素直な言葉で
キルアらしいその言葉で

曇っていたクラピカの心が輝き始めて。


2人の心の中に、温かい気持ちがじんわりと染み渡る。

それはきっと「幸福感」というもので。


「本当に…怒ってないの?」

「ああ」


クラピカに手を引かれる形になりながら
キルアはクラピカの手のひらをしっかりと握り返す。

本当は手を引かれる側じゃなくて
手を引きたいのだけれど

明るい朝日を反射させて
キラキラと輝く金髪を目の当たりにできるなら

「ねぇクラピカ、お腹すいたね。帰ったら甘いもの食べたいな」

「私が作るのか?」

「うん!!」

「…お前ってやつは」

そうやって呆れながらも笑ってくれるなら。


「なんだか眠たくなってきた…」

「帰ったら少し眠ればいい」

「クラピカだって寝てないんでしょ?一緒に寝ようよ」

「私は眠くはないからな」

「えー」




朝の散歩は大好きだ。

どんなに不快な朝だって
どんなに気持ちが沈んでいたって

陽の光が治してくれるから。

深い亀裂が入った2人の関係も
綺麗に治してくれるから。


「やっぱりお前は、私が心配だからつけてきたんだろう?」

「だから散歩に来ただけだって言ってんだろ」

「私がもう帰ってこないと思ったんじゃないのか?」

「う、ううるさいな!!違うってば」


流石にキルアの意地っ張りは直せないようだけど


「ふふっ」

「何で笑うんだよ!」


キルアのこんな顔が見れるのはきっと今だけだから、なんとなく嬉しくて

「もう…」

何で笑われたのか分からないけれど
クラピカのあんな笑顔が見れるのはきっと今だけだから、なんとなく嬉しくて

キルアもいつしか笑っていた。

今朝見れた、なかなか見れない朝焼け空を思い出す。

いつしかクラピカが言っていた。

朝焼け空を見れた日には
いいことがある気がすると。

その時は気のせいだよって笑い飛ばしていたけれど


(案外間違いじゃないみたい)


朝焼け空にはきっと
不思議な力があるのだろう。

それが例え気のせいなのだとしても
こんなに幸せいっぱいな気持ちになれるのなら。

少しは寝坊癖を直して
早起きを頑張ってみようかなと

キルアは思う。


「俺、明日から早起きするね」

「寝起きの悪いお前にできるのか?」

「できるよ!クラピカより早く起きて、あんたを起こしてあげるからさ」

「そうか。それは楽しみだ」


先程のクラピカの満面の笑みを思い出す。


(毎日朝焼け空を見れたら、クラピカの笑顔も毎日見れるのかな?)


そんなことを考えたら

大の苦手な早起きだって
頑張れるような気がしてきた。


ーENDー

after words


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