駄々を捏ねさえすれば、欲しいものくらい何でも手に入ると思っていた。

「ねぇクラピカ。珍しい動物のミイラが今度の競売にかけられるらしいの。落としてきて」
「わかりました。ボス」
「そのついでに有名女優が使っていた拳銃が欲しいの。落としてきて」
「わかりました。ボス」

駄々を捏ねさえすれば欲しいものくらい何でも手に入ると、ネオンは今でもそう思っている。

駄々を捏ねさえすれば手に入る。
駄々を捏ねさえすれば
駄々を捏ねさえすれば

「ねぇクラピカ。今日はずっと私のそばにいて」
「申し訳ありませんが、今日は私用があります。代わりにセンリツが務めますのでご心配なく」

言い返す前にクラピカは出て行った。

「まだ足りないの?…」

足音が遠ざかるに連れて何も聞こえなくなった。
広々とした部屋にまた一人置き去りにされた所で、ネオンはうんざりと呟く。

駄々を捏ねさえすれば何でも手に入るのに
欲しいものは何でも手に入るのに

だから。



そうよ、あなたの心が中々手に入らないのは
私の駄々が足りていないからなんだわ。





クラピカはいつも一人だった。
一人で指示を飛ばし、一人でパパに電話をかけ、一人でどこかに行き、一人で仕事をこなす。

庇護対象者のネオンがそれに気付いたのはつい最近のことだった。
そういえばクラピカが自分の側に張り付いて護衛に回るなど滅多にないな…巨漢の男や、体を病んだらしい小さな女性と比べて。
そう思ったことがきっかけだった。

ネオンは使用人への関心が薄く、彼らの顔以外、名前さえも知らない。
ボディーガードを務めるハンター達のことも気付いた時から当たり前のようにそばにいたダルツォルネという男のことしか分からなかった。
ダルツォルネでさえ名前以外は知らなかったし彼が死んだと聞いた時は少し悲しかっただけで、特別な感情など全く浮かんでこなかった。

そのダルツォルネの代わりにリーダーの座についたのがクラピカという少年で
彼は前任と違って自ら護衛に回ることはあまりなく、仲間に指示を飛ばした後は一人でどこかに行き、そのまま帰らないことも多かった。

大丈夫なのかよ、あいつ。
巨漢の東洋人がそう呟いていたのを以前聞いたことがある。

最初はどうでも良かった。
使用人のことなど、把握すらしていなかったから。

彼も使用人の一人であり
興味を向けたことのない対象だったから。

しかし

「ボス、報告です」

たまに一人きりで部屋を訪れる彼に
少しだけ目を向けてみると

「あなたって…綺麗ね」

思わず口をついた言葉は軽く受け流されてしまったが。

目が合っただけでどきりとした。

金色の髪は滑らかだし、肌はきめ細かい。
幼い顔をしているのに、凛としていて。
口調はいつも冷静で淀みない。決して笑った顔を見せずに、時折傲慢にも見える表情をしていた。
ネオンの目には、その姿がどんな宝石よりも輝いて見えて…


彼のことが欲しくなった。


「では、失礼致します」

ネオンの言葉に耳を傾けることもせず
一方的な会話を終え、事務的な動作で部屋を後にする。

クラピカがそうやって報告に訪れる時を待ちわびるようになったのは
一体いつの時からだったのだろうか。




クラピカに惹かれていると認識してからまず最初に湧き上がってきた感情は
「会話がしたい」というものだった。

はいとかいいえとかそんな素っ気ないものではなくて、もっと普通の、会話らしい会話がしたかった。

ところが待っても待っても彼は報告に訪れない。
やがてネオンはクラピカの自室に待ち伏せるようになった。

待ち伏せ始めてから三日後の深夜
疲れた様子のクラピカが扉の前で蹲るネオンを見つけた瞬間、見たこともない顔をした。

「ボス…何をしているのですか?」

目を大きく見開き
驚愕しているようにも、激怒しているようにも見える表情。
知らなかった一面を見た。
彼にとってはあまりいい感情ではなかったかもしれないが、得したような気分になって少し嬉しい。

「何って、見て分からないの?あなたを待っていたのよ」
「何故そんな真似を?お風邪を引かれたら大変です。早く自室にお戻り下さい」
「えー?せっかく待ってたのにー」

口を尖らせてクラピカのそばに寄り
肩を掴んで小さく見上げた。
縋っているような形になる。

「ボス」

困惑したクラピカは逃れようと身を捩るが、ネオンは離れない。

「困ります。一体何があったと言うんですか」
「最近私のところに来ないじゃない。あなたがいないと退屈なの」
「それなら他の者に」
「クラピカがいいの!!」

大きな声を出し責めるように服を掴んだ。
息を飲み込んだ隙に、その肩口に顔を埋める。

「あなたが報告に来るの、楽しみにしていたの。もっと話がしたいわ」

つまらない報告なんてなんの興味もないけれどあなたといたいの。あなたを見たいの。

「私にはやるべき仕事があり、どうしても帰りが遅くな
「構わないわ。帰ってきた時に様子を見に来るだけでいいの。ねぇ、お願い」

最後の方は涙声で絞り出すようだった。
まるで死期の近い誰かが最期の頼みを聞いてくれとでも言うかのように

「……分かりました」

クラピカはうんざりとしていた。
説明することすら面倒くさい。ここは諦めて、疲れた体を休めたかった。

そんなことにすら気づかぬまま
ネオンはこっそりと微笑する。
やっぱり駄々を捏ねさえすればどうにかなるんだわと、見当違いなことを思いながら。


それからクラピカは
毎晩ネオンの部屋へ訪れた。

こんな仕事しました
久しぶりにお父様にも会いました
明日は遅くなりそうです

そう言ってまた去って行く。
ネオンの問いなど、真剣に捉えられた試しがない。



「今日は何をしてきたの?」
「お父様の指示で、不必要な輩を始末してきました」
「それってボディーガードの役目なの?」
「人手が足りていないようです」
「ふーん」

自身の能力が奪われたことにより
組織が大きな打撃を受け、窮地に立たされていることなど、ネオンの知ったことではない。

ただ、クラピカが自身の護衛以外の仕事に回るのが不服だった。
ダルツォルネなら、四六時中自分のそばにいたはずなのに…

どうしてクラピカは、私を守ってくれないの?同じ立場にいるはずなのに

「違う人にやらせればいいじゃない。私、あなたと買い物に行きたいの」
「それはできません。お父様の指示ですから」
「えー」

どうして。

「パパの言うことは聞けて私の言うことは聞けないの?聞いてくれなきゃパパに頼んでクビにしてって言っちゃうよ」
「今のお父様はあなたの戯言を聞ける状態ではありません」

どうして。

「…いつになったら一緒にいてくれるの?」
「昨日も答えましたが分かりません。要件はそれだけですか?でしたら失礼致します」

勝手に会話を終えて勝手に出て行こうとした。
それが許せなくて両手でその腕を掴んだ。

「ボス?」

あらん限りの力を込めた。
いとも簡単に引き寄せる。

雪崩れ込むように体当たりをして、押し倒す形になった。
馬乗りになって、黒いスーツのボタンに手をかける。

「な、なんの真似ですか!?」
「大人しくしてよ」
「どうしてこんな
「黙ってて!!!!!」

クラピカの頬が濡れた。
彼が泣いているのではない

私の涙が落ちたのだ。

「ボス、おやめください」
「抵抗しないで。私の命令は絶対なんでしょ?」
「……」
「言うことが聞けない部下ならいらないわ。あなたは黙って私に従えばいいの」

今まで堪えていた何かが爆発したようだった。
悔しくて、悲しくて、苛立って、怖くて

寂しくて。

そうだ、自分はクラピカが欲しかったんじゃない。
共に過ごすことで寂しさを埋めて欲しかったのだ。


「みんな、離れていったのよ…」

能力がなくなってから私の世界が変わった。

パパは構ってくれなくなった。
恋人をなくしたエリザがいなくなった。
使用人達もネオンのことなどそっちのけで別のことに駆け回り、一人、また一人と自分の元から姿を消した。


誰も、何も教えてくれないで。


クラピカだけじゃない。
みんなネオンを置き去りにしていった。

誰に聞いても答えは返ってこないのだ。
どうしてダルツォルネが死んだの?どうして占いができなくなったの?どうして私を一人にするの?どうして何も教えてくれないの?

ねぇ、私、この組織の一人娘なのよ。
この閉鎖された世界でしか生きられない、無知なお嬢様なのよ。

そんなネオンの悲鳴に振り向いてくれる者はいない。

「私を一人にしないでよ…クラピカぁ…」

年が近いであろうリーダーの少年でさえ私を視界にいれてはくれない。

あなたはどこを見てるのか。
どうして人形のような顔をしているのか。
2人きりの僅かな時間でさえ、どうして私を見ようとしないのか。

私は何も知らない。
彼の事情など知るつもりもなかったが彼が自分を見てくれないのなら、せめて自分が彼を知ることだ。
なのに、それすらも叶わないというのか。

「あなたが好きよ。あなたが欲しいの」

いつしかクラピカの上に倒れこみ
彼に縋り付いて泣いていた。

クラピカは何も言わずに、嗚咽と共にのしかかるネオンの体重をただ静かに受け止めているだけだった。

「ボス」

やがて肩を押し上げられる。
壊れ物を扱う様な、優しい力で。

「なんで…拒否…する…の」

歪んだ視界で睨んでやろうと下を向いた時、言葉が消えた。
漆黒の瞳がまじまじと、自分の瞳を覗き込んでいる。

それは決して優しくはなく、鋭くて、冷たい視線のような気がする。

それでも初めて目が合った。
初めて、クラピカが自分を見ていた。

そう思った瞬間急に恥ずかしくなって目を背けた。
泣き喚いていたのだから、今の自分はさぞ酷い顔をしているだろう。

「欲しいという表現はあまり気持ちのいいものではありません。私は物ではありませんから」

脱力したネオンを押し上げて
クラピカは立ち上がる。

倒れそうになったネオンの体を支えて、ベッドの淵へと座らせた。

「だったら何て言えばいいの?恋人になってって言ったらなってくれる?」
「あなたの気持ちはお察し致します。今はゆっくり休むべきです」
「意味が分からないわ。私、疲れてない」
「思い詰めるという行為は、思いのほか体力を消耗します。最近眠れていないのではないですか?」

裏ポケットに鎖のついた右手を忍ばせ
丸い錠剤のようなものを取り出した。

「癒しの効果がある睡眠薬です。怪しい薬ではありませんのでご心配なく」
「…私のために?」

クラピカは頷いた。

「あなたは皆離れていったと仰いましたがそれは誤解です。今、組織は混乱の渦中にあり、一人娘であるあなたに手をかけようとする組織も少なくありません。使用人達はそんな輩と一日中戦っているのですよ」
「……」
「皆が皆あなたを守ろうと影で必死に戦っています。ボディーガードを務める私達は特に、あなたを守ることが仕事なのですから」

そう言いながら、震えるネオンの肩にそっと毛布をかけた。

「クラピカは私が大事?」
「ええ」
「仕事だから?」
「…ええ」

それ以上何も言わなかった。
クラピカはそっと一礼し、部屋を去っていった。

また一人になった其処でネオンは呆然と考える。

初めてクラピカを知った気がした。
きっと何重にも包まれた彼の本質の外側に、そっと触れただけなのだろうが。

それでもネオンは衝撃を受けた。
間近で見た彼の顔は深いクマができており
決して強力とは言えない自分でも簡単に押し倒せてしまうほど体が細い。
鎖をつけた右手は痣だらけでまるで昔映画の中で見た、喧嘩慣れしたギャングのようだと思った。

そして瞳。
何故彼は黒のコンタクトレンズなどしているのだろうか。

「分からないことが増えちゃったわ…」

クラピカがネオンを見ていないのと同様に
ネオンもクラピカを見ていなかったらしい。

外見ばかりに目がいって
彼の抱えていることを真剣に考えたことなど…

無機質な黒い瞳を思い出す。
あの眼差しの奥には一口には語れない何かが隠されているのかもしれない。

聞いても聞いても答えようとしない何かが
身をすり減らしてまで、彼を突き動かす何かが。

知らない方がいい気がしてきた。
知ってしまった後で自身がどんな思いをするのか、全く予想ができないのだ。

今まで気楽で過ごしてきたこの身でさえ分かる


彼はきっと、ネオンのプラスになる人物ではない。


「ああもう!」

苛ついた様に枕に顔を埋めた。
やり場のない感情に苛まれて足をバタつかせる。

(どうすればいいのよ!)

悩むだけ無駄な気がしてきた。
どうせまた、いい思いなどしないのだろうから。

でも
それでも

彼を知りたいと
一緒にいたいと願う
この感情とは、一体…




ーENDー

相互記念として茄子さんに捧げます!
茄子さんの大ファンなんで憧れの茄子さんにこんな駄文捧げていいのか不安で不安でしゃあないです。
お待たせしすぎな上雑記レベルで申し訳なさすぎて私はどうすれば( ; ; )

実は崩壊シリーズなネオクラもざっくり書いていたり(ぼそり)
どっち捧げようか迷っていたのですが不毛すぎて捧げるにはお前いい度胸してるなレベルだったのでシリアスの方仕上げましたがどっちにしても不毛でした。すみません…

ただし愛だけはじゅうじゅうしてますので!
今更になっちゃいましたがこの度は相互して下さって本当にありがとうございました(^^)
春コミのご本楽しみすぎてつらいです///

ああ…ネオクラいいよネオクラ
もやもやするネオンちゃん私得です
きっとクラピカちゃんの瞳の奥には今も昔もパイロ君が… せ、 切ねぇぇ!!

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