マーチ様リクエスト小説
キルクラ祭りへのご参加ありがとうございました(^^)



突然雨が振り出した。

規則的に降り注ぐ水の群れのせいで、
綺麗な青空が一瞬で灰色に変わってしまう。

暑苦しい人混みの中を
クラピカは傘をさして歩いていた。

無表情で大通りをまっすぐ歩く。

今日の仕事が終わり、自宅に帰る途中だった。

通りかかった車が水たまり中を横切って
飛び跳ねた水しぶきがぱしゃりとかかる。

僅かに感じた冷たさに、自然と舌打ちがこぼれてしまった。

これだから雨は嫌いなのだ…

青空が姿を消す代わりに必ず現れる灰色の世界は、
何の理由も持たずに自分を憂鬱な気分にさせてしまう。


(憂鬱なのは、雨のせいだけじゃない)


クラピカは傘の柄をぎゅうっと握りしめる。

仲間達の目を集めるという目的の元、汚い仕事に自ら飛び込んだ。

ここ最近の自分は、与えられた任務を着々とこなしている。

それは自分の手を自ら汚し続けることであり

思っていたよりもずっと疲れることだった。


(3人は、元気でやっているのだろうか…)


何のやりがいも感じられない仕事の帰り道、そんな言葉が必ず脳裏によぎる。

今の空虚な自分には

彼らと過ごした眩し過ぎるあの日々を思えば思う程、あれは幻だったのではないかとすら思えていた。


「キルアは…何をしているのだろう」


3人の中でも、キルアは特に自分を気にかけていた。


毎日のように電話をかけてきたり
自分の身に何かがあると無理をしてでも駆けつけようとしていたり…


過保護とも言えそうなくらい
キルアは自分のことを心配しているらしかった。


そんな彼もまた、今は自身の問題に向き合っているのだろう。


(最近、連絡をとっていないな…)

そんなことに気付いてから
キルアに対する心配がじわじわと広がっていく。


たまには自分から連絡をとってみよう。
帰ったらすぐに電話をかけてやろう。


そんなことを思いつき
クラピカは急ぎ足で帰路につく。

何故だか今すぐに、キルアの元気な声が聞きたくなった。



「ん?」

もうすぐで帰り着くという時だった。

自宅のドアの前に何かが置いてある。


ずぶ濡れに見えるそれはうずくまっているように丸められていて
苦しそうに呼吸をしているようにも見える。

(人か?)

誰かが倒れているのだろうか。

クラピカは足を速める。
だんだんとその姿がはっきりとしてきた時だった。

「!?」

銀の髪、白い肌、全身ずぶ濡れになりながら弱々しく横たわっている人物には

十分見覚えがあった。


「キルア!!」


大声でその名を叫び、全力で階段を駆け上がる。


どうしてお前がここにいる?
何があってこんなに弱っているんだ…


猛毒さえも平気なはずなのに。


キルアのそばに駆け寄ると
華奢な体を抱きかかえた。

「クラピカ…?」

閉じられていたキルアの瞼が、ゆっくりと開かれた。

「おかえり。えへへ…どうしても会いたくてさ。来ちゃった…」


絶え絶えに息をして
弱々しく言葉を紡ぎながら

キルアは無理矢理笑顔を作る。


「一体何があったんだ。とても大丈夫には見えないぞ」


「そんなことないよ…。ちょっとだけ新種の毒にやられてさ。今はこんなんだけど大丈夫。すぐによく…な…」


クラピカの腕の中で
キルアは再び意識を失った。

キルアの額に手のひらを当ててみる。

体温を遥かに超えた熱さが肌を伝わった。


「どこが大丈夫なんだ…」


ぐったりとしているのキルアを抱えたまま
クラピカは部屋の中へと入っていく。



「え?」

キルアをベッドの上に寝かせて手を離す。

その時目にした自分の両手の手のひらが血だらけだったことに、思わず声が出てしまった。


キルアに触れた時に感じた濡れた感触は、どうやら雨のせいだけではなかったようだ。

「……」


クラピカは何も言わずに包帯を取りにいく。

何故だか分からないが、怒りにも似た感情がせり上がっていた。



キルアの体は傷だらけだった。

腕や足だけではなく
背中や腹部、顔にまで沢山の痣がある。

「……」


クラピカは何も言わずに包帯を巻いていく。

何故だか分からないが、弱っているキルアの姿を目の当たりにして

どうしようもなく泣きたくなった。


額に冷たいタオルを乗せてやり
ベッドの横に腰掛けると

すやすやと寝息を立てている寝顔をじっと見つめた。


『新種の毒にやられてさ』


困ったように微笑んだキルアを思い出す。

新種の毒…
無数の傷跡…

丈夫な彼をここまで弱らせてしまうことができるのは奴らしかいない。


最後に連絡を取った時、キルアは実家に帰ると言っていた。


(ゾルディック家に、やられたのか)


実の家族に傷つけられるということは
一体どれ程の苦痛を伴うのだろうか。


血の繋がった唯一無二の存在に

本来ならば自分の居場所とも言える存在に縛られ続ける痛みは

一体どれ程までに彼を蝕んでいるのだろうか。

キルアは小さな体で一身に
その大きな痛みを背負っているというのか。


お前は誰にも弱音を吐かずに
たった一人で戦っているというのか。


「もう、崩れそうじゃないか…」


額に滲む冷や汗を、乾いたタオルで拭ってやる。

これ程までに傷つきながらも、彼は自分に会いに来た。


自分に助けを求めに来たのだろうか?

いや、違う。

彼が自分を助けることはあっても
助けを求めることは絶対にない。

彼が弱音を吐いたことは一度もない。

そして自分は
彼の悲鳴に気づいてやることはできなかった。


「……」


どうしようもないやるせなさがこみ上げてきて下を向く。

唇を固く固く噛み締めた。


「クラピカ?」

ふと、キルアの声がした。

顔をあげると目を覚ましたキルアと目が合った。


「大丈夫か?」


「全然大丈夫」


キルアはにっこりと笑顔を浮かべた。


(どこが大丈夫なんだ…)

目を開けるのも辛そうじゃないか。


「ねぇクラピカ、ちゃんと食べてる?」


「え?」


「ちょっと痩せたんじゃない?ちゃんと食べてるの?」


「……」


どうしてそんなことが言えるんだ。


「クマができてるよ。眠れてないの?」


心配されるべきなのはお前の方だろう。


「クラピカ?大丈夫?」


その言葉を聞いて
クラピカの中で、何かが弾けた。


「……るさい」


「?」


「うるさいと言っているんだ!!」


クラピカらしくない大きな声に

キルアの表情が大きな困惑の色に染まる。


「私はお前に心配されるほど、切迫詰まってなどいない。それにお前は…今の自分の状況が分かっていないのか?」


ポタポタと。
赤い瞳から雫がこぼれ落ちる。


「自分のことは何も言わないくせに、私の心配ばかりして」


こんなにボロボロに傷ついて
起き上がれないほどに弱っているというのに

どうしてお前は…


「私を頼ろうとはしないんだ!」


キルアは驚愕の色を浮かべたまま
クラピカのことをじっと見つめていた。


「私が迷惑するとでも思っているのか?それこそ迷惑だ」


不器用すぎるその言葉。

それでもキルアの心にじんわりと染み渡る。

驚きの色がだんだんと安心の色に変化して

キルアの口元が綻んだ。


「ありがとう、クラピカ」


その言葉を聞いた瞬間
頭の中が真っ白になってしまい

クラピカは何も言えなくなる。


両目を覆って、必死に泣き止もうとしていた。


泣きたいのはキルアの方なのに…
自分が泣いてしまってどうするのだ。


そんな自分が不甲斐ない。

悔しくて悔しくて、次から次に涙が溢れ出す。


ふと、手首が優しく掴まれる。

両目を覆っていた両腕がゆっくりと剥がされた。

「あ…」


キルアが重い体を起き上がらせて
小さな手のひらで自分の涙を拭っていた。


「ね、寝ていろ!無理をして起き上がるな!」


「やだよ。眠くないもん」


キルアは小さな笑い声を立てる。


「クラピカの涙を拭いてやるの、俺の役目なんだもん」


とても嬉しそうに呟いた。


キルアを突き放すことを諦めたクラピカは

ゆっくりと肩の力を抜く。


「お前は本当に強いんだな」

「そう?」

「泣いたりしないじゃないか」


「ふふっ、クラピカよりかは強いかもね。だから俺が守ってあげなくちゃ」


「…生意気なやつめ」


クラピカの泣き顔が徐々に柔らかくなっていく。


「でも今は寝ていろ。一人で何もかも背負い込もうとするな。お前の隣には



「クラピカがいるんだよね」



キルアが自分に倒れ込む。


「分かってるよ、ちゃんと分かってる。」


キルアは満面の笑みを浮かべて
クラピカに全体重を預けていた。


「だから俺のそばにいて、しばらくこのままでいさせてよ。仰向けで寝るよりも、ずっと治りが早い気がするんだ。」


その言葉を聞いたクラピカは両手を伸ばす。

しっかりとキルアの体を包み込んだ。


「当たり前だ。安心して眠っていろ」


キルアは幸せそうに微笑んで、全身の力を抜く。
やがて小さな寝息を立てだした。


(お前は全てを話してくれるのか?)


辛いことも、悲しいことも。
強いお前は弱い私にお前の弱さを見せてくれるのか?


「大丈夫だ」


柔らかな銀色の髪にふわりと触れる。

例えどんなことがあったとしても
ここに戻ってくればいい。


(私は、お前の全てを受け止めてやる)


もっともっと、強くなりたい。

守られてばかりの存在じゃなくて
お前を守れる存在になれるように。

お前が安心して頼れる存在になれるように。


「お前の居場所は私だからな」


その呟きに応えるように
眠っているはずの小さな両腕が、クラピカの背中にそっと回された。


ーENDー

after words



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