ロード様リクエスト小説

シャルクラ
※シャルの能力捏造してます



無機質な機械音が響く。


温かいコーヒーか湧いたことを合図するその音を耳にして

シャルナークは機械の中からポットを取り出した。

二つのマグカップの中に黒い液体を注ぎ入れる。

純粋な黒色が弧を描いて落ちていく。

自分はこの色が好きだけれど、彼はそうではないらしい。


(こんなに綺麗な色なのに…)


シャルナークはどこからか一つの瓶を取り出した。

湯気が立ち込める二つのカップのうちの一つに向けて、手にしている瓶を傾ける。


純粋な白色が、黒の中へと飛び込んでいく。


カップに注ぎ終えた2つの液体を
小さなスプーンでかき混ぜた。

正反対の色たちは渦を巻きながら混ざり合い
ゆっくりと調和していき、やがて一つの色になる。


シャルナークの口元が
無意識のうちに楽しげに緩んでいた。


その何気ない過程を眺めるのが
自分はたまらなく好きなのだ。


できたてのブラックコーヒーとほんのり甘いカフェオレを両手に持って

シャルナークはその場を後にした。




カタカタと。

忙しなくキーボードを打ち続ける音だけが響き渡る静かな部屋の中で

文字の羅列を映し出している明るい画面を
大きな瞳は見つめていた。

やがて一つのページが開かれて
キーボードをうち続けていた指の動きがぴたりと止まる。


何回も何十回も閲覧したそのページ。
再びそれを開いては、何度も何度も読み返す。


大きな瞳は気難しい表情で
書かれている情報をまじまじと辿っていた。


「さっきから何を見ているの?」


ふいにかけられた声に驚いて

画面に集中していたクラピカの体がぴくりと大きく跳ねる。


目を丸くしたまま振り返ると
そこにはマグカップを手にしたシャルナークが立っていた。


「お前か…」


「俺以外に誰がいるっていうんだよ。ここには二人しかいないのに」


面白そうに小さく笑いながら

シャルナークはそばにあったテーブルの上に二つのマグカップを静かに置いた。


「で、何に夢中になっていたの?面白いサイトでも見つけた?」


「いや、別に大したことではないのだが…」


「ん?」


やたら暗いクラピカの声に
シャルナークは不思議そうに首を傾げる。


クラピカのそばに寄って明るい画面を覗き込んだ。


「また見てるんだね、このページ…」


記憶障害に関する症状、対策、考察
その全てが書かれた情報サイト。


「なにかが分かるかと思ってな。気がついたらこのページを見てしまうんだ」


「何か思い出せた?」


「いや…」


クラピカは寂しそうに目を伏せた。


シャルナークはクラピカの手の甲に自分の手のひらを重ね、マウスを操作する。

カーソルを動かして
かちりと人差し指を震わせた。

クラピカが食い入るように読んでいるそのページが、あっけなく閉じられる。


「あっ」


クラピカは小さく驚きの声を上げて
即座に後ろを振り返った。


「何をするんだ」


「いいんだよ。無理に思い出そうとしなくても」


シャルナークは微笑んで
クラピカの頭を優しく撫でた。


クラピカは困ったような表情を浮かべて
静かに椅子から立ち上がる。


そばのソファーに腰掛けて
シャルナークが持ってきたマグカップに口をつけた。

白と黒が混ざったこの液体…

苦くもない甘くもないカフェオレの味が
口いっぱいに広がった。


記憶を失う以前の自分は
この曖昧な味が好きだったのだろうか?


「難しい顔しているね」


いつの間にか、シャルナークが横にいた。


「無理に思い出そうとしなくてもいいんだよ。ゆっくりでいいんだから」


その優しい言葉と穏やかな表情は
何故だか自分を苦しめる。


「お前は本当に優しいんだな」


「ふふ、君のことが大好きだからね」


シャルナークはにっこりと笑った。


その屈託のない満面の笑顔が
自分の胸をぎゅうっと締め付ける。


自分のことも、この男のことも。
何も覚えていないクラピカは

この男の笑顔を素直に受け入れることができない。

なにも知らないクラピカは
彼の温かさに戸惑うばかりであり

その温かさを好きになることができてはいない。

そんな事実がとめどない罪悪感となって
一身に襲いかかっている。


「すまないな。お前だって辛いだろうに」


「そんなことないよ。君と一緒にいられるだけで幸せなんだ。たとえ君が何も思い出せなかったとしても、俺は辛くなんかないよ」


クラピカは泣きそうな表情を浮かべながら
両手で頭を抱え込んだ。


「大丈夫だよ」


シャルナークは両手を伸ばす。


温かい体温が
クラピカを丸ごと包み込む。


ぽんぽんと。

シャルナークの手のひらはあやすように
クラピカの背中を叩いていた。


「私は何も覚えていないのに…」


「いいよ。片思いは嫌いじゃないんだ」


あくまで優しい言葉が突き刺さり
クラピカの視界がじんわりと歪む。


「それにね、記憶を失う前の君だって、俺のことが好きだったかなんて分からないんだ」


君は素直じゃなかったからね。


シャルナークは困ったようにくすりと笑った。

クラピカはふるふると頭を振る。


「きっと好きだっただろう。お前みたいな善人を嫌いになれるはずはない」


「善人か……」


ふと、クラピカの肩に
何かちくりと刺さるような感触がした。


「私に何か刺したか?」


「針治療だよ。君がゆっくり眠れるように」


その言葉通り、だんだんと瞼が重くなる。

心地よい眠気に包まれて
クラピカは幸せそうに目を閉じた。


「お前はこんなこともできるのか」


「得意なんだ。前の君には嫌がられていたけどね。たった一本刺すのにかなり苦労したっけ」


君ってすぐに逃げちゃうから。


「ふふっ、昔の私は本当に素直じゃなかったのだな」


「そんな刺々しさも可愛くてさ。結局大好きだったんだけどね」


「私の記憶が戻ったら、その刺々しさも戻るかもな」


「それはちょっと厄介かも」


面白そうに笑うクラピカにつられて
シャルナークの唇もだんだんと緩んでいき

二人は肩を揺らしてしばらく笑い合っていた。


それの光景は紛れもなく
ありふれた幸せに満たされていて…


それが作られたモノクロの世界だなんて
誰一人として思わないだろう。


「でもね、クラピカ」


「?」


「本当は俺、君にあんまり思い出して欲しくないのかも」


「え?…」


「記憶がなくなる前の君はね、随分と辛い思いをしてたから」


「そうなのか?」


「うん。全てを思い出してしまったら悲しくなることもいっぱいあると思うよ」


その時君は
一体どんな顔をするんだろうね。


「それでも私は、きちんと思い出したいぞ」


クラピカは唇を固く噛み締めた。

「そう?」


「私がどんな経緯でお前と会ったのか、私がお前にどんな感情を抱いていたのか…知りたいことはたくさんある。」


「きっと君はびっくりするよ?」


「例えそうであったとしても、きっと受け入れられるだろう。大丈…だ…」


クラピカは最後まで言わなかった。

不思議に思って目線を下げてみると

全体重を自分に預けている彼は
すやすやと小さな寝息をたてていた。


「寝ちゃった…」


指先が無防備な横顔を滑り
柔らかい金色の髪を梳きはじめる。


「ごめんね、実は針じゃないんだ」


クラピカの肩に新しく刺したコウモリ型のアンテナが、深く深く突き刺さっていた。


「本当に記憶が戻ったら、君は最初に何て言うんだろうね」


間違いなく自分を殺そうとするだろう。

彼にアンテナが刺さっている限り
そんなことはあり得ないのだけれど。

その時の彼の表情を
見てみたい気もしないでもない。


「だけど、大丈夫だよ」


クラピカの髪を愛おしげに撫で続ける指先は止まらない。


もしも君が全てを思い出しても
また全てを忘れさせてあげる


また新しいアンテナを刺してあげる。


まっさらな今の君に、その度に戻してあげるからね。

何も知らない、何も覚えていない

そんな状態の君はなんの罪悪感も抱かないままに

俺を好きになってくれればいいよ。


「ふふふっ」


楽しげな笑い声が口から飛び出ていた。


真っ白な彼と真っ黒な自分…
モノクロの世界で生きる自分達はきっと

クラピカが好きなカフェオレみたいに
いい感じに調和できるだろう。

時間がかかっても問題ない。


君の記憶を奪ってしまうほど
俺はこんなに好きなんだから。


「ずっと一緒にいようね、クラピカ」


眠り続けるクラピカを抱きしめる両手の力を強くして

シャルナークは心から幸せそうに呟いた。


ーENDー

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