キルクラ/黒キルア

ハンター試験の4次試験
ゼビル島でのお話です。




「見ーつけた」


先ほどまで森の中を散々走り回り回っていたにも関わらず、呼吸一つ乱していないキルアは


物陰に隠れながら何かを見つめていた。


その喜々とした視線の先には
自分より2分前に島内に入り込んだ人物が一人で歩いている。


「嬉しいなー。こんなに早くに会えるだなんて」


音を立てないようにして
時折近くの木々に身を隠しながら


ゆっくりとゆっくりと

目的の人物に近づいていく。


暗闇から獲物を狙う肉食動物の気持ちが分かったような気がして


その臨場感に気分が高揚していた。


果たしてあの綺麗な顔がどのような驚いた表情を見せてくれるのだろうか…楽しみで楽しみで仕方がない。


確実に縮まっていく標的との距離に
キルアの唇が自然と釣り上がる。


「あと3mくらいかな…」


幼い頃から暗殺者として英才教育を受けてきた自分にとって、相手に気づかれることなく不意打ちをしかけることなんてなんの訳もない。


最後まで気づかれることなく仕掛けられる。



絶対にそう思っていた。



しかし




「あ」




あと一歩。

あと一歩で届くところだったのに


目的の人物であるクラピカが不意に足を止めて、自分が身を寄せている木の上へと視線を向けていた。


しっかりとした表情で
誰かも分からない追跡者を真っ直ぐ見据えている。


…あれ?もしかして気付かれちゃった?
キルアは小さく首を傾げた。




「降りてこい」




臆することなくはっきりとした口調で
静かに放たれたその言葉に


キルアの背筋がぞくりと震える。


無意識のうちに黒い黒い笑顔が広がっていた。



その強気な表情。



泣かせてみたら面白そう。




不気味な微笑みをさっと消して

キルアは音も立てずに地上に降り立った。


姿を現した意外な追跡者に
クラピカは目を見開いて言葉を失う。


「キルア…?」


追跡者がキルアだったことに、かなり驚いているようだった。

そんなクラピカの様子を気にも留めないで
キルアは衣服についた葉っぱや枝を音を立てて振り払っていた。


「あーあ、ばれちゃった。自信あったからちょっと悔しいなー。あんた、尾行に気づけるタイプなんだね」


クラピカは困惑していたようだったが


すぐにはっとしたように表情が変わり
キルアに鋭い視線を送る。


「何故私を追跡していた?」


「ん?俺のターゲットが404番だからだけど」


あっけらかんと放たれたその言葉を聞き終わらないうちに

クラピカは素早く後ろに飛び跳ねる。


一瞬で十分な間合いを取り
警戒心を剥き出しにして身構えた。


「いい動き。殺し屋とかに向いてるんじゃない?」


にこにこと。
満面の笑顔を貼り付けながら
キルアが近づいてくる。


キルアが一歩近づけばクラピカが一歩退き、ふたりの距離は一定に保たれていた。


しばらく緊迫した空気が流れる。


それをあっけなくうち破いたのは

余裕の表情を浮かべているキルアだった。


「あ、さっきの嘘。俺のターゲットはあんたじゃないよ」


クラピカの強張った表情は崩れない。


「ちぇー。やっぱ信じないか」


キルアはつまらなそうに呟いて

ポケットから二枚のプレートを取り出した。


クラピカに見せつけられた
99番と199番のプレート。


「本当だよ。俺、もう6点分集めちゃった。」


キルアはクラピカに近づいていく。
しかしクラピカは退くことを止めない。


決して縮まらないその距離に
キルアは小さな苛立ちを覚えた。


「なんで後ずさりするんだよ。そんなに信用できないわけ?」


「完全に信用するには不十分すぎる情報だ」


その言葉にキルアの眉がぴくりと動く。


…かなり頭にきた。


キルアは持っていた二枚のプレートをクラピカへと投げつけた。


クラピカは反射的にそれを掴む。
直後に目を丸くしてキルアを見つめた。


「…なんのつもりだ?」


「嘘じゃねぇって言ってんだろ。そんなに信用できないならあんたが預かっててよ」


クラピカは手の中の二枚のプレートを見つめ、徐々に肩の力を抜いていく。

キルアがゆっくりと足を動かす。


「ねぇクラピカ、俺と組まない?」


「え?」


何時の間にか、距離が縮まっていた。


先ほどまでより少し短くなった距離を保ったまま

クラピカはやはり後ろへ後ずさる。


「お互いいい条件だと思うんだ。この試験、一人でいるより仲間がいた方が絶対いい。」


クラピカは瞬時に頭を回転させる。


キルアの言っていることは正しいと思うし実際自分もそう思う。


しかし


どうもこの少年を信用しきれない自分がいるのも事実なのであって…


「お前の意見には一理あるが、私は一人でいい。悪いが他を当たってくれないか」


キルアから受け取った二枚のプレートを
投げ返した。


「どうして?俺があんたを陥れようとしてるとでも?」


「ああ、信用できないな。」


あまりにきっぱりと言い放たれて、
キルアの表情が目に見えて変化する。


「なんで?」


鋭い睨みを効かせて
殺気をこめた暗い声で聞き返す。


しかしクラピカは動じない。


「何故私を追跡した?」


完全に気配を消して。
何故私を監視していた?


その問いに、キルアはつまならそうに答えた。


「あんたを偶然見つけたからだよ。驚かせてやりたかっただけ」


嘘だけどね。


「……」


クラピカは黙ったまま動かない。

大きな瞳にキルアを映してじっと考えこんでいるようだ。


やがて口を開く。


「それでも私の気は変わらない。プレートを集め終わったのならば試験開始地点の近くに戻っていたほうがいいと思うぞ」


そう言い残し、キルアに背を向けて歩き出す。


しばらく間を置いたあと
後ろからほんの小さな足音が聞こえてきた。


足を止めると後ろの足音も同時に止まる。

再び足を踏み出すと、やはりその足音も動き出す。


「何故ついてくる?」


クラピカは足を止めることなく
後ろを振り返らずに呟いた。


「うーん…暇だからかな?」


背後からキルアの声が聞こえた。


クラピカは黙って前に進む。


「ねぇ、あんたのターゲットって誰?一緒に探してあげる」


「だから私はお前と組む気などないと言ってー」


言い終わらないうちに違和感に気づく。

キルアの気配が、一瞬にして消えていた。


即座に後ろを振り返った時にはもう遅く。


白い腕が目の前に飛び込んできたと思ったら


瞬時に視界が反転する。



「うっ」



背中を地面に打ち付けられて
鈍い痛みが駆け抜ける。

先程まで木々がそびえ立つ一本道を映していたはずの視界に
夕焼けに染まる赤い空が映り込む。


一秒にも満たないその短い間に
自分は誰かに押さえこまれ、 押し倒されてしまったという今の状況。


頭の中が混乱している。



「捕まえた」



楽しそうな声が降ってきて


キルアの大きな暗い瞳が、至近距離で自分を捉えていた。


すぐさま突き放そうと腕を伸ばす。


身長でも体格でも
明らかに自分のほうが勝っているはずなのに

キルアは微動だにしない。


ぐぐっと両腕に強い力を込めて
両肩を押さえつけられている。


この腕力…
とても12歳の少年の物だとは思えない。


「動かないでよ」


冷たく放たれたその言葉に
クラピカは大きく瞳を見開く。


嫌な震えが体中を駆け巡り、
瞬きすら許されない緊迫を覚えた。


キルアの片腕が動いて
クラピカの首筋に尖った指先が当てがわれる。

やがて鋭い痛みを感じて
首筋に生ぬるい何かがどろりと這う感触がした。


どうやら自分は変形された指先に
首筋を傷つけられたらしい。


自分の強張ったままの表情を見て
キルアは心底楽しそうにクスリと笑った。


「この状況、どっちが不利か分かるよね?もう一度聞くよ、俺と組まない?」


「………」


言葉が出ない。

何も言わないクラピカに、キルアの指先がさらに深く食い込む。


「断ったら出血多量で死んじゃうかもね。で、どうする?」


キルアの暗い微笑みは崩れない。
クラピカはゆっくりと口を開いた。


「どうして…こんなことをする…」


「気に入ったから。あんたのこと」


さらりと出たその言葉に
クラピカの思考は再び止まる。


キルアはその表情を食い入るように見つめていた。


「気に入ったものはさ、なんとしても欲しくなっちゃうんだ。」


最初見た時は弱そうだと思っていた。

女の子みたいな顔だし脆そうだし。

でも頭が良くて意外に強かった。
いつも冷静で強気なムカつく態度。
そして逆上したときに見せたあの赤い瞳。


何時の間にか目が離せなくなっているほど、彼への興味は尽きない。


キルアは貼り付けた笑みを深くした。


「俺と組もうよ」


これが最後のチャンスだよ?

そう言われている気がして

クラピカはごくりと唾を飲み込んだ。

今の状況は自分にとって絶望的。
どう抗ってもキルアに勝てそうもない。


底が見えない相手と組むなどまっぴらごめんだ。

しかし自分はまだ死ぬわけにはいかない。

自分にはやり遂げなければならないことがある。


クラピカはゆっくりと首を縦に振った。


それを見たキルアは満足げに微笑むと
クラピカの上からさっと退いた。


立ち上がると同時にクラピカの片腕を掴み、上体を起きあがらせる。


「はい」


顔を強張らせるクラピカに、持っていた包帯を渡した。


「首に巻いときなよ」


クラピカは怯えたような瞳でキルアをじっと見つめたまま、受け取ろうとしなかった。


その警戒心に呆れてキルアは大きく息を吐く。


「人の親切は素直に甘えないと駄目だぜ?受け取らないなら俺が巻いてやるよ」


自分の首に手を回すキルアに戸惑い、
クラピカは即座に身を捩った。


「いい。自分でできる」



「動くなよ」



冷たくて暗い声に背筋が凍り
クラピカの呼吸がぴたりと止まる。


キルアは慣れた手つきでクラピカの首に包帯を巻いていた。


「はい、終わったよ」


包帯を巻き終えたキルアが身体を離して
クラピカが立ち上がろうとした瞬間、


「あ、言い忘れてたけど」


キルアの腕が再びクラピカの首を押さえつける。

包帯越しに傷口に触れられて

塞ぎかけていた傷が開いて血が滲み出した。

「…何だ?」



「簡単に逃げられると思わないでね?」



「…意味が分からないのだが」


戸惑いに揺らぐクラピカの瞳を見て
キルアはつまらなそうに手を離した。


「ま、いいや。早く行こう?あんたのターゲットって何番?」


「16番…」


クラピカはようやく立ち上がる。


「それってトンパじゃん。あいつなら余裕だね」


二つの足音が
すっかり暗くなった森の中を支配していた。


キルアはしばらく歩いて、ぴたりと足を止める。


「なんで距離を置いて歩くのかなー?」


キルアが足を止めると同時に背後で止まった足音が息を呑む。


「そんなに怖い?俺のこと」


「そういうわけでは……」


キルアは顔だけ後ろを振り返る。

その挑発的な表情を見て
クラピカの背筋がぞくりと震える。


口元は確かに緩んでいる。

しかし瞳は一切笑っていない。



トリックタワーで、凶悪な囚人の心臓を抜き取った時と全く同じ表情…



キルアは何も言わない。

しかしクラピカには彼が何を言いたいのか痛いくらいに分かった。


こっちに来い。


鋭い視線はそう言っている。

自分の本能は近づくなと言っている。


しかしこのままでは確実に彼の反感を買ってしまうだろう。


動きたがらない足を無理やり動かして

クラピカは少し離れた少年の元へとゆっくりと歩き出した。


キルアはその様子をじっと見ている。

キルアの瞳から目線を逸らすことができないまま


一歩一歩慎重に近づいていき
あと一歩で横に並ぶという時だった。


「うわっ!」


ぐいっと。

いきなり腕を掴まれた。

クラピカの腕を引っ張る形になり、
キルアは前へ前へと進む。


「そんなに怖がんなよ。別に何もしないって」

「わ、分かったから手を離せ!歩きにくい」


「やーだよ。逃げようとするかもしんないじゃん」


困ったような表情を浮かべるクラピカに分からないように


キルアは静かに口元を歪めた。


(同盟組むのって、本当にこの試験だけだと思ってる?)


「ねぇクラピカ。俺から離れたら裏切りだと思って殺しちゃうかもしれないから注意してね?」


「…随分と用心深いのだな」


「当たり前だろ?ハンター試験って、命がけなものらしいし」


「お前がそう決めたのなら仕方がないな。少なくとも私は理不尽な取引を容易に裏切れるほど馬鹿ではない」


そんなムカつく憎まれ口ですら
今の状況では笑って受け流せてしまう。


やっと捕まえたんだから。


「ふふふ」


「何を笑っているんだ?」


「なんとなくね」


掴んだ手首は、絶対に離しはしない。

試験が終わっても、解放してやらない。


「試験中だけ」同盟を組もうだなんて
一言も言ってないもんね。


あんたはもう、俺の物。


「すっげーわくわくしてきた」


「?」


楽しそうに呟くキルアの意図を

クラピカは最後まで理解することができなかった。


しかし彼の意図が
健全なものだとは到底思えない。


直後に背筋に感じた嫌な震え。
それはきっと気のせいなのだと思いたかった。


ーENDー
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