part5B





クラピカの身体に電流のような何かが走り、
反射的に駆け出そうとした。



「ま、待って!!!」


逃げようとしたクラピカに背後の人物が慌てて駆け寄り、ずぶ濡れの服の袖を掴んだ。


クラピカはその手を振り払えない…


しばらくの間沈黙が流れる。


クラピカの金色の髪から流れ落ちる雫が

ポタリポタリと床に落ちる音だけが響き渡る。



「クラピカ…今までどこにいたの…?」



服を掴む少年が、震える声を出して長い沈黙を破った。



「俺たち、ずっと探してたんだよ。連絡はとれないし…ハンター協会に問い合わせたりもしたけど一切の消息は不明だったし。この前センリツにも会ったんだ。そしたら半年くらい前にいきなりいなくなっちゃって探しても見つからないって言うし………随分と心配したんだよ?」



背後の少年は、ゴンは、戸惑いながらも悲しげな笑顔で

なにも言わないクラピカに話しかけていた。


「あれからいろんなことがあったんだ…。俺、事情があって今は念が使えないんだけど…でもわくわくする冒険もたくさんあったんだよ?ジンにも会えた。すぐにいなくなっちゃったけど……クラピカ?どうしてこっちを向いてくれないの?」



何も知らない少年は
不思議そうに問いただす。



今すぐ彼の手を振り払って
この場から立ち去らなければならない。


分かっているのに足が一歩も動かない。


「クラピカ?泣いてるの…?」


赤く染まった視界を硬く閉じる。

流れ出る涙を抑えることができない…

クラピカの肩の震えに気づいたゴンは

ぎゅうっと

クラピカの服をさらに強く掴む。


「危ない橋を渡ろうとしているの?…なら、やめてよ…。一人で抱えようとしないで……。ねぇ、俺たちと一緒に来よう?もう1人で行動しちゃ駄目なんだよ。頼ってよ!俺たちをもっと頼ってよ!俺たちはそんなに頼りないの?俺たちに助けを求めることが迷惑だとでも思ってるの?クラピカが何をしてようと、何に手を染めてようと、俺たちはクラピカを責めたりなんかしないよ!!嫌いになったりなんかするもんか!ねぇ!?ねえってば!!」


最後の方はもはや叫び声だった。

ぐいぐいと袖を引っ張り
クラピカを振り返らそうとする。

ゴンの瞳には
何時の間にか大粒の涙が伝っていた。


「俺…この前大切な人を殺されて、憎しみと悲しみで胸がいっぱいになって。どうしても殺したやつが許せなくて、気づいたらそいつを殺してたんだ…。その後、どうしようもなく虚しくなって、悲しくなって…本当にどうしようもなかったんだ…。ク、クラピカも蜘蛛の一人をこ、殺した時、こんな気持ちだったんだって思っ、思った…」


ゴンは流れ落ちる涙を拭わずに
クラピカの背中をぼやける視界でじっと見つめ、

嗚咽を漏らしながらも言葉を続ける。


「俺、クラピカにはもうこんな思いして欲しくないんだ…。仲間を皆殺しにされて悲しみのどん底に落とされたってのに、どうしてさらに辛い思いをしなくちゃならないのさ?そんなの変だよ…、クラピカだけが苦しまなくちゃいけないなんてどうかしてるよ……、まだ復讐なんてこと考えているなら手を引いて。緋の目を探してるなら一緒に探そう?キルアだって喜んで協力してくれるよ!!ねぇ、お願いだよ。お願いだよクラピカぁ……」


いつしかゴンはクラピカの背中に顔を埋めて泣き喚いていた。


必死の説得を聞き入れてくれるよう
袖を掴んで懇願する。


ゴンもクラピカも、
もう抑えることはできなかった。


マチからの警告は頭から吹っ飛び
勢いよく後ろを振り返ろうとした



その時だった。



「やっと見つけた。何してるんだい?早く帰るよ」


ふたつの足音が背後から無慈悲に近づいてきた。


「お前たちは……」


ゴンがはっと息を呑み、服を掴んでいた手を素早く離すと
自分の背後で身体の向きを変えた。

ばっと何かを広げる音がした。

直接見なくとも
ゴンが両手を広げて自分の盾になっている姿を安易に想像できる。


あらんかぎりの殺気を込めてマチとコルトピを睨みつける。


「なんのつもりなの!?クラピカに近づくな!!」


「どきな。念が使えないんだろ?あんたに勝ち目はない」


なんで知っているんだという疑問と
念が使えない自分に勝ち目はないという恐怖でゴンの身体に冷や汗が流れる。


それでもゴンは動かない。


こいつらをクラピカに近づける訳にはいかない。


二人は間合いを詰めてくる。


ゴンの表情に緊張が走り、僅かに身構える。


だが、


二人は見えてないかのようにゴンの前を通り過ぎた。


「え?」


驚いて後ろを振り返ると
二人はクラピカの前に立ちふさがっていた。


「仕事は終わった。見つかる前に早く帰るよ」


…仕事?…見つかる?

さっきからこの二人は誰になんの話をしているんだ…。


クラピカは一切の反応を見せない。

痺れを切らしたマチが
クラピカの片方の腕を掴んで引いた。

よろりと力なくクラピカの身体が傾く。

「や、やめろ!!」

ゴンは即座にもう片方の腕を掴む。

互いにクラピカをとり合う形になりながら、どちらとも手を離そうとしない。


「クラピカに触るな!今すぐ手を離せ!」


ぐっと力を込めて引き寄せる。


「何言ってんだ。あんたこそ離しな。これ以上私たちの邪魔をしたらただじゃおかないよ」


マチの言葉に

一瞬だけクラピカの身体がぴくりと反応する。

「一体何が望みなの?クラピカがお前たちに何かしたなら俺から謝る。だから見逃してよ。お願いだから…」


違う…

違うんだゴン…


「別に謝罪される所以はないさ。私たちはこいつを迎えにきてやっただけ」

違う…

違うんだゴン…


「…何訳の分からないこと言ってるの?」


「分からないのかい?そいつは既に私たちの仲間だって言ってんのさ。嘘だと思うならそいつの背中、見てみな」


見るな…

見るんじゃない…


「はっ」


ゴンの瞳が驚愕で見開かれる


衣服が濡れ、肌が透けていたクラピカの
背中に視線を漂わせ

右肩肩甲骨のあたりに不自然な模様を発見した。

それは白い肌に不自然に刻まれた刻印のようで

蜘蛛のような形をしていて

真ん中には何かの文字が浮かび上がっていて……。

並外れた視力を持つゴンは目を凝らさずとも
その模様が数字の11だということに十分に気がついた。


「どうして……」


困惑と動揺を隠しきれないゴンは
力を抜いてしまった。

その隙にマチにぐいっと引っ張られ

クラピカの手首が自分の手からするりと逃れる。

ゴンは離れかけたその腕をもう一度掴んだ。

間髪いれずに話しかける。

「クラピカ、説明してよ。どういうことなの?話してくれなきゃ分かんないよ…。何か訳があるんだよね?無理矢理嫌な仕事をさせられてるの?ねぇ、何か喋ってよ。お願いだから…」


クラピカは何も答えない。


「クラピカ………」


ゴンの表情が困惑と絶望の色にみるみる染まる。


今度こそ。


クラピカの手首が離れてしまった。


ゴンはもう、

その手を掴むことはできなかった。

ただ茫然と立ち尽くし、


蜘蛛の1人に手を引かれて歩く後ろ姿を腕を伸ばしたまま見つめることしかできなかった。





(違うんだ)


ただ腕を引かれ

引っ張られるがままに歩みを進めるクラピカは赤い視界のまま、先ほどの光景を思い返していた。


結局振り返ることができなかった。


最後に弱々しく自分の名前を呼んだゴンの、絶望の入り混じった声が忘れられない。


振り返らなくても分かる。


絶望と困惑の表情で、自分の後ろ姿を送り出すゴンの姿が。


彼は自分を軽蔑しただろうか?


今まで必死に守り続けてきたなにかが
自分を今まで支えてきたなにかが


音を立てて崩れ去っていく。


(違うんだ)


ー何が違うんだ?



かつて自分がこの地で殺した男の声がする。



(違う。これは私の意思じゃない)


ー何甘えたことを言っている?全部自分で撒いた種だろうが。



(違う。違う違う違う)


ー違わない。お前が無謀な復讐にすがったせいで招いた正当な落とし前だ。お前自身も分かってるんだろ?



(やめろ)



ーお前は俺を殺した。お前は俺たちと同類だ。お前が俺たちと同化することは必然的にお前に与えられた義務だろうが





(やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ)




ーお前の運命は俺を殺した時から既に決まっていたんだよ。



(やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめやめろやめやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめ
































ーくたばれ、馬鹿が。




































「うん、さっきから何も言わない。何を言っても反応しないし瞬きもしない。きっと自我が崩壊してる。時折なにかを呟いているだけ。何を言ってるのかは分からないけど」


携帯電話を耳に押し付けながら
マチは隣に座っているクラピカを一瞥する。


燃えるような緋色の目は既に影を潜め、
人形のように無表情な顔でまっすぐ何処かを見つめている。


半開きの口からは聞き取れない声で絶えず言葉が呟かれ


身体は車内の窓にぐったりと立て掛けられている。



誰がどう見ても不気味だった。



「すぐに連れて帰るよ、自分で歩こうとしないから手を引いて歩かせる。いざとなれば抱えるから平気、軽いし。….うん、分かった…。団長も無理しないで」


通話を終えたマチは運転席の方へ顔を向ける


「コル、出して」


鈍いエンジン音を響かせて
黒い車体が動き始めた。


1人の少年が姿を消した車内には
気味の悪い静寂が漂っていた。




マチは再び隣のクラピカに顔を向けた。


先ほどからなにも変わっていない



人形のような無気質な表情で
瞬き一つせずにどこかを見つめ、唇だけが素早く動いている。


濡れた髪から覗く頬は血まみれだった。


流れ出た血が首や鎖骨、襟元や肩までもを赤く染め上げていたのだが


本人は今の自分の姿など認識してはいないだろう。


マチは先ほどの光景を思い出す。


かつての仲間と別かれ


しばらく自分に手を引かれて歩いていた彼は、急に立ち止まって地面にへたりこんでしまった。


真っ赤に燃えあがる瞳を顔ごと両手で覆ったと思ったら
いきなり地面に突っ伏した。


やがてきつく両耳を塞ぎ、激しく首を振りだした。


不審に思った二人が話しかけたのだが


まるで聞こえていないようだった。


鋭い爪で自分の皮膚をえぐり、頬や耳から鮮明な血が流れていた。



さすがのマチもギョッとした。




二人がしばらく呆然としていると、


急に立ち上がりふらふらと歩き始め


なにをしてもなにを言っても反応を示さない廃人状態になってしまっていた。



彼の中で、何かが完全に崩壊しまったことが容易に分かった。



「………」




マチの鋭い勘は告げている








この少年は今度こそ本当に「死んだ」のだと。








暗闇に調和する黒い車は静かにエンジン音を立てて、仲間たちが待っている流星街へと確かに向かっていく。




「…どうするつもりなの?団長」



心の中だけで呟いたはずの疑問は



無意識のうちに口からこぼれてしまっていたようだ。








ー to be continue ー



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