part5A







「鎖の反応は?」


「曖昧だ。薬という大きな括りではどんな形をしているかどんな状態なのかはっきり想像できない」


「団長は白い錠剤だって言ってたけど」


「そんな情報で特定できたら苦労はしない」


クラピカはいらいらと隣にいるマチを睨みつけた。


クラピカとマチ、コルトピは車の中にいた。


とあるマフィア同士の取り引きの品を奪うべくヨークシンシティを巡回する。


マフィア達にとっては絶対に失敗できない大事なものらしく、取り引きの具体的な場所や時間、品物のありかなどの情報はクロロでさえ突き止められなかった。


その為にクラピカの鎖を使って捜索する必要があったのだが


想定外に手こずっていた。


いつものクラピカならば、目にしたことがなかったり一切知らないものでも意識を集中させさえすれば目的の物を即座に見つけ出すくらい訳ないのだが

先ほどから薬指の鎖は空を彷徨ったまま定まった方向を示さない。


理由は明らかだった。


(ヨークシンシティ…できればもう二度と来たくなかった)


随分と心が乱れていた。


クラピカにとってヨークシンシティは特別因縁深い場所である。


復讐を決意してから初めて仇の二人を殺害し、大事な仲間を危険に晒した。

人質をとられたことにより蜘蛛の頭を潰す絶対的なチャンスを逃してしまった。

気を張り続けた反動で三日三晩原因不明の高熱に侵され、ようやく手に入れたと思った同胞の緋の目は偽物だった。

自分にとって悪い思い出しかないこの場所の中心で、余計なことを思わずに意識を薬指の鎖に集中させるなんて全然できていなかった。


そして何より、
今現在の自分の目的を作るきっかけになった場所もこの街なのだ…


この街で自分は仲間に危険な知識を植え付け、最悪の結果をもたらしてしまった。


ここ最近そのことばかりに気を取られて冷静さをかいてしまっていた自分があっさりとこの仕事を受け入れてしまったことに、今の自分は後悔していた。

クロロがあえて自分をこの仕事に送り込んだのは確実に何かの思惑があるのだと、今更になって思う。


自分は何故そんな簡単なことに気付かなかったのか?


嫌悪感に苛まれているクラピカは
鎖を具現化させることにすらまともに集中できない


コルトピがハンドルを握り
黒い車体がヨークシンの街中を駆け巡る。


隣に座ったマチは窓の外を眺めていた。


二人とも、自分の鎖が物を見つけるのを静かに待っている。


(早く終わらせてやる…)


クラピカは大きく深呼吸をすると
ゆっくりと瞳を閉じた。


集中しろ…
今は余計なことを考えるな。

探すべきはこの世で一番強力な解毒剤
丸くて白い錠剤

白い錠剤…
白い錠剤…


チリ。
鎖が小さく音を立てたと思ったら
右薬指がわずかに火照るような感覚がした。


ダウジングチェーンがゆっくりとある方向を導き出す。


「次の信号を右に曲がって車を止めろ。……、そこだ。二軒屋の小さなビルに密売品が厳重に保管されている」


人の気配がする。

どうやら見張りがいるようだ。

オーラを若干感じるところから
念使いがいるな、厄介だ。

人数は4、5人と言ったところだろうか…


「コルはここにいて見張っといて。私たち二人で盗ってくるから」


「うん、了解」


車が止まったやいなや、マチはそそくさと地面に降り立った。


「行くよ」


そうクラピカに言うとビルの中に向かって歩き出す。


「……」

心の中で悪態をつきながら、渋々マチの後に続いた。


鎖の切っ先は地下へとのびている。


暗い階段を下って行くにつれ
感じるオーラの量が増えてきた。


どうやら敵はこの近くにいるらしい。


「「…!」」


階段を下り終え、
近くの部屋へ入った途端

物凄いスピードで念弾が襲いかかって来た。

(放出系か?)


二人は即座に二手に別れる。


的を外した念弾は、近くの壁に当たって爆音を立てた。


一瞬にして壁が崩壊する。


(もの凄い威力だ…)


クラピカは攻撃を避けながら
敵の数を確認する。

ざっと見て相手は4人だった。

一人は部屋の奥で小さな箱を大事そうに抱えている。


きっと目当てのものだろう。


全員が念使いのようで
似たような年弾が空を飛び交っている。


「あんたは奥の奴を、私はこっちの三人を殺る。」


マチは念糸を操りながら応戦していた。


指示を受けたクラピカは
鎖を使って念弾を弾きながら奥の男へと近づいていく。


薬指の鎖にオーラを込めて超人的なスピードで襲わせるが


男は苦戦しながらもなんとか避ける。


身が軽い

さすがは見張りを任されるだけあると言ったところか。


だが、数々の死線を闘ってきたのはこちらだって同じ…


勝負は10分もしないうちについた。


クラピカの目の前には箱を抱えたままの男が気を失って床に転がっている。


「気を失ってもなお、箱を手放さないとは大した執念だね」


マチの方も決着はついたようだ。

腕や手首にかすったような跡があったが
大した怪我はもちろん負っていない。


ふと、先ほどまでとは違う違和感を感じた。

生きた人間の気配が消えている。


「………彼らを殺したのか?」



「当たり前だろ。他のマフィアの連中に顔が割れでもしたら厄介なもんさ」


マチはなんの気なしに倒れている男の首に念糸を巻きつけた。


「っ…待てっ!」


クラピカの即座の制止に耳をかさず、
マチは何の悪びれもなく糸を引いた。


男は一瞬だけ痙攣したかのように身を震わせたが

バタリと倒れると一ミリたりとも動かなくなった。


あまりにもあっけない最期…


唖然とするクラピカを気にも留めず、
マチはだらりと力が抜けた男の腕から小さな箱を奪う。


「目当てのものは手に入れた。あとはフェイクを作って見つからないうちに帰るだけだ。早く行くよ」


返事も待たずに地上へ向かっていく。



ーああ、やはりこいつも蜘蛛なのだ。


計り知れない嫌悪感と憎しみが一気に込み上げて吐き気がした。


自分の前を歩く恨めしい後ろ姿に向かって、しばらく使っていない中指の鎖を向かわせたくなる。


(抑えろ、まだやるべきことがあるだろう)



自分の目的を果たす為には
二つ目の制約に殺られる訳にはいかない…


クラピカはぐっと拳を握り締めると
マチの後に続いてコルトピが待つ車へと戻る。






「どう?コピー出来る?」


「問題ないよ。箱の中の瓶の蓋や錠剤の模様まで寸分違わずフェイクを作れるさ」


コルトピがオーラを宿して箱に触れたとたん、何もない空間から全く同じものが生み出された。


マチはフェイクを手にとると
箱を開けて瓶を取り出し、鋭い眼光でまじまじと眺める。


「本当にそっくりだ。相変わらず便利な能力だね」


「一日経つと消えてなくなっちゃうのがネックなんだけどね」


クラピカは二人の会話を他人事のように聞いていた。


ふと、マチがフェイクを自分へ手渡す。


「私たちは奴らの死体の処理に行く。あんたはこれをどこか目に付く場所に捨ててきな。何者かに強奪されかけたがあくまで失敗して物を置いて逃げたように見せかける。奴らは品物さえ無事なら四人の見張りが消えたことなんて気にもならないだろ」


自分の意思は一切無視され
マチの口をついて淡々と語られる計画をクラピカは黙って聞いていた。


むくれた表情をしたままフェイクの箱を受け取る。

確か近くに廃墟があったはずだ。

適当にそこにでも捨ててくればいい。


マチとコルトピが肩を並べて歩く後ろを
少し距離を置いて歩いていく。


「?」


ふと、目の前に大勢の人だかりを見つけた。


深夜にもかかわらず小さな子供や高齢者の姿まで見つけられる。


彼らは何かを囲むように大きく円を描き、
深夜でも交通量の多い都会の道路を占拠していた。


中央から誰かが声を張り上げているのが聞こえた。


(何かの演説か?)


そんなことを考えながらぼうっと人だかりを眺めていたクラピカだが、




彷徨わせていた視点がとある一点を捉えた途端






「!!!!!」







自分の瞳に映ったそれを認識して
一瞬で思考が停止した。








「近々選挙が行われるらしいよ、なんの選挙かは知らないけど」


先ほどから人だかりを見つめていたクラピカにマチはなんの気なしに話しかけた。


しかしクラピカから返事はない。


クラピカは一点を凝視したまま
驚愕で目を見開いている。


呼吸をするのも忘れているようだった。


不審に思ったマチとコルトピは
クラピカの目線の先を辿った。





「どう、して…」


頭の中が空白になった自分の口から飛び出たのは

あまりにも間抜けな言葉だった。


一瞬で金縛りにあったかのように身体が一切の自由を聞かなくなる




向けた瞳が捉えた点を手放さない





クラピカの目線はとある後ろ姿に注がれていた。



数多くの人だかりの後ろで小さく飛び跳ねながら前を見よう見ようとしている少年の姿 …




低い背丈



逆立っている黒い髪




緑色の服を着て


釣竿を肩にしているその姿はーー










(何故………)






息をするのも忘れていた。



遠目からでもはっきりとわかるその姿から目が離せない。




どうしてだ…
どうしてお前がここにいる?
危篤状態ではなかったのか。
回復したのか。




身体はもう、きつくはないのか?



様々な疑問が脳内を巡っていた。







長い間を置いた後、はっとして思考回路が回復する。



目線の先の少年が


自分が会いたくて会いたくて仕方がない人物であるということが瞬時に思い出される。




「ゴ、ゴンッ!!!!!」




気がついたら大きな声で名前を呼び、
即座に駆け寄ろうとしていた。



が、



「待ちな。」


背後の女がそれを許さない。


一歩踏み出そうとした自分の手首をがっしりと掴み、女性とは思えない強い力で引き寄せられる。


クラピカは負けずにその場を動かない。


華奢な見た目からは想像できない力で掴まれた腕を引っ張り返すそれを見て


マチはわずかに目を細めた。


「待ちなって言ってんだ。あんたが死んだら制裁を受けるのは私たちだ。このまま行かせる訳にはいかないよ」



「離せ!!お前らがどうなろうと私には一切関係ない!!」



待ち焦がれて待ち焦がれた大きな大きなチャンス。


まさかこんなところで訪れるとは…



しかしこれを逃す訳にはいかない。


キルアやレオリオに会えずに終わってしまうのは残念だが


少なくともゴンに謝罪ができればそれでいい


最近の自分はたったそれだけを望みにして生きていたのだから。



「悪いことは言わない、諦めな。あの子のことを思っているのなら特に」



その言葉を聞いて思考回路が再び停止する。


…今、こいつはなんと言った?


瞬時に視界が燃え上がっていた。



先ほどまでの驚愕や動揺が即座に怒りに変わり、ありったけの殺意を込めて後ろの女を振り返る。



「…………どういうことだ?」



マチは動じない。



「そのまんまの意味だよ。あんたが死んだら団長が黙っちゃいない。あの子達に危害を加えないと思う?」


「そんな勝手な真似を許すと思うか?」


「食い止めるもなにも
死んだらなにもできないじゃないか」





なにも言い返せない。





深い暗闇の中に、
いきなり突き落とされたような感覚がした。



わずかに見えていた小さな光がぷつんと消え去り


真っ暗な暗闇だけが自分の視界を覆う。



クラピカはしばらく固まったままだったが



腕の力を抜いて
がっくりとうなだれる。


虚ろに開かれた無機質な瞳は
地面のコンクリートだけを写していた。


震える足でゆっくりと


ゆっくりとゆっくりと


飛び出そうとしていた方向に背を向けて

正反対の方向に歩き始めた。




マチとコルトピは抜け殻のような彼の背後に回り、ぴったりと張り付いたまま監視するようにクラピカの後に続いた。







先ほど襲撃したビルで二人と別かれ、
近くの廃墟へと力なく足を進めた。


声を張り上げる人物を見ようと
必死で後ろから飛び跳ねるかつての仲間の後ろ姿が焼き付いて離れない。


「 ……… 」


あれ程会いたかったのに…

命を落とす覚悟はとっくにできていたはずなのに…



『あんたが死んだら団長が黙っちゃいない。あの子達に危害を加えないと思う?』




たった一言

たった一言聞いただけで足を止めてしまった。


自分の決意は
たった一言の言葉で崩れてしまうほど脆いものだったと言うのか…


自分の弱さに虚無感だけが責め立ててくる。


いや、虚無感だなんて分かりやすい表現ではすまないくらいにやりようのない絶望の色を宿した感情が、自分の心を食らいつくしていた。



クロロはゴンがここにいることを知っていたのか?



知っていてわざと自分を仕向けたのか?



「…………」


最早「考える」ということができなくなってた。


(もう、どうでもいい。)



早く仕事を終わらせる。



機械的に無理矢理脳を動かしながら
生気の抜けた足取りのまま廃墟の中へと入って行った。


廃墟の中は横に筒抜けになっているようだった。


入り口から入ってそのまま前に進むと外に出られるようになっている。


ポタリポタリと雨漏りのような音が聞こえた。

最近雨が降ったのだろうか?

頭上を見上げると
天井のすぐ下で薄く取り付けられた板の上に置かれた傾いたバケツが

一身にその雫を受け止めていた。

見るからに満杯のそれは
衝撃を与えたらすぐにでも引っくり返ってしまいそうだ。


クラピカは特になにも考えずに一歩足を踏み出した。

僅かに生じた空気の振動に
満杯のバケツが耐えられなかったらしい。


バシャリ


大きな音を立てて大量の水が自分に降りかかってきた。

避けることもせずに直にそれを受け、全身がずぶ濡れになる。


「………」


クラピカは無表情に何処かを見つめたまま

フェイクの箱を投げ捨てた。


ポタポタと、髪から雫が伝うが拭う気もおきない。


がくりと

その場に力なくへたり込む。


もはや生きている意味も失われてしまったようだ。


いっそのことここで命を落としてしまおうか…

死ぬなら監視の目がない今のうちしかない。

クラピカは右手の小指に力を込めた。





ふと、誰かの足音が聞こえた気がした。





「そこでなにしてるの?」




あまりにも聞き覚えがある声に
クラピカの身体がびくりと飛び跳ね、頭の中が真っ白になる。


先ほどまでどこかに行っていた思考回路が慌てて元に戻っていた。


落ち着いていたはずの心臓が激しく音を立てて鼓動する。



背後の自分の姿を確認した人物が
驚愕で大きく息を呑む音が聞こえた。





「…………クラ…ピカ?」





※Bへ続きます
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