part4

フェイクラ(?)気味です。





「手短に言え。少しでも無関係なことを言ったら帰る。」


結局、ついてきてしまった。

昔の仲間というのは三人全員のことを指すのか、それとも個人を指すのか。

クロロはソファーに腰掛けると
静かに口を開く。

「欲しい情報なんてなかったんじゃないのか?」

「くだらない挑発はやめろ。乗ってやるほど暇じゃない。」

「暇じゃないやつが俺の警告を無視してのこのこ危険な散歩に出かけようとするのか?」

「話をそらすな。これ以上続けるのなら時間の無駄だ。」

「部屋に戻るのか?」

「………」


緋の目の情報はハッタリだと見破った。

もし本当だったとしても、
話を聞かずにその場を離れて自室へ戻ることができただろう。

緋の目はあくまでクラピカ「個人」の問題なのだから。



しかし、今からクロロが話そうとしていることは嘘なのか本当なのか全然分からない…。


−−例え本当だとして、
知ってどうする?
私は彼らに何もすることはできないのだぞ。


相手にするな、早くでていけ。



冷静な自分はそう語りかけてくる。



客観的に考えればごもっともな意見だろう。


しかし今の自分はそれができない。
まるで金縛りにあったかのように
ここから動けない。

目の前の男の言葉を待ってしまう。


知りたかった。


この男の言葉なんて、
簡単に信頼できないのは百も承知だ。


彼はなんの遠慮もせずに
すらすらと嘘を連ねることができる。


それでも誰かの口から彼らの近況を教えて欲しかった。


例え自分が、なにもできないのだとしても…。


「お前、そんなに色が白かったか?」


つい先ほどまで思っていたことを口にされ
不快感がじっとりと心の中へ広がる。


「早く言え。」


クロロはソファーのひじ掛けに頬杖をついて、クラピカをじっくりと見つめている。

クラピカの心境を知ってか知らずか
余裕の笑みを浮かべて面白そうにしている。


クラピカはぐっと拳を握りしめた。

自分がこの男の思い通りに動かされている事実に情けなさがこみ上げてくる。


「どうした?無関係なことを言ったら帰るんじゃなかったのか?」

……明らかに馬鹿にされているな。
焦らして焦らして自分をからかっている。

苛立つ自分を見て、楽しんでいる。

分かっていながらも
余裕なその態度が癪に触る。

「………早く話せと言っている。」

クロロは空間に視線を向けると
組んでいた足をほどいてソファーに座り直す。


「お前の昔の仲間に、黒髪の幼い少年がいただろう?ヨークシンで銀髪の少年と共に俺たちに捕まった…、名前は確か…」

「ゴン=フリークスだ。」

「…まぁなんでもいい。あのガキに関しての情報を小耳に挟んだ。」


知りたいか?
再びわざと焦らしてクラピカを挑発する。


「だからここにいる。」


思いのほか即答した。


プライドが高いこいつがわざわざ下手にでるほど、三人の仲間の存在は
未だにこいつの中に深く息づいているということか。



「キメラアントの存在は知っているだろう?」

「キメラアント…?」

クラピカは眉をひそめた。

「最近まで人間を脅かしていた巨大な蟻だ。ついこの間、流星街に巣を作っていた奴もいただろう。」

ああ、

フェイタン達が討伐したあれか。

残像すら見えない速度で動けるフェイタンにダメージを与え、苦戦させた怪物たちのことだろう。

たしか人間と協定を結び、
騒動はおさまったはずなのだが…。



「そのうちの一匹にこっぴどくやられたらしい。

危篤状態だそうだ。」



「なに?」




クラピカははっと息を呑む。


思考が一瞬凍結し、じんわりと気持ちの悪い冷や汗が額に浮かんだ。



「「誓約と制約」を破ったらしい。蟻は奴に殺されたが、誓約を破ってしまえばどれほどのダメージを負うのか想像できるだろう。」

クロロの言葉に

無意識に呼吸が早くなる。

何故だか嘘をついているとは思えない。



「……それは、確かな情報なのか?」


「嘘をついてどうする?確かにこの耳で聞いたことだ。」


それは誰から聞いたのだ?
普段の自分ならそう聞いただろう。

しかし今はそんなことどうでも良かった。

そこまで考えつく余裕はない。


明らかに動揺し始めたクラピカを見て、
クロロは嗜虐的に表情を歪めた。

こいつをもっと追い詰めたいという衝動に駆られる。


「どうしてだか知らんが、
いつも一緒の銀髪は側にはいないらしい。いつ死んでもおかしくないだろうな。」


クラピカは焦点の定まらない目を見開いたままガタガタと奥歯を震わせる。


自分では震えを押さえることができない。


クロロは無慈悲に言葉を放つ。



「で、どうする?奴はお前の助けを求めているかもしれないぞ。」


気がついたらクロロを思い切り殴っていた。


胸ぐらを掴み
ソファーの背面に何度も叩きつける。


「何故!そんなことを言う!?」


視界が赤く染まっていたが、どうでも良い。


「会いには行かせないぞ。お前は死んでしまうからな。」

もう一度頬を殴りつける。

クロロの口から血が流れ出る。

「お前、俺を殴るのがよほど好きらしいな」

「お前の目的はなんだ!?」

「お前が欲しい情報を聞かせてやっただけだ。お前が欲しいものは俺が全部与えてやると言っただろう。」

クラピカは緋色の瞳をきつく閉じるとクロロから離れた。

そのままなにも言わずに早足で部屋を出て行く。


「……久しぶりに見ることができたな。」

クロロは何の感情も込めずに呟いた。

しかし、どれだけ挑発しても仕事の時以外では見れることがなかった美しい緋色の目が
これだけ簡単に見れたとは。

仲間のことで簡単に逆上してしまうだなんて
やはりお前は心を殺しきれていないのだな。

クロロは額の包帯を外しながら
無表情でクラピカが閉めたばかりの扉をぼんやり眺めていた。



真っ赤な視界のまま、クラピカは長い廊下を力強い足取りで進んでいた。


「くそっ…」


クロロに緋の目を見せてしまったのは後悔すべきことだが、

今はそんなことはどうでもいいと思えるほど、
別の思考に囚われていた。

近くの壁に寄りかかり
自分の額を思いっきり打ち付ける。


(どうしてだ…。)


どうしてゴンは「誓約と制約」という
あまりにも危険な諸刃の劔を使ってしまったのだ。


余りにも真っ直ぐなゴンのことだ、
どうしても許せないことがあったのだろうか。
それは「誓約と制約」を使わなければならないほど、激しいなにかだったのか。


だが、そんなことよりも。






「誓約と制約」と言う言葉を彼に教えたのはどこのどいつだ。





「くそっ……」







ヨークシンシティの抗争で
自分の能力の強さの秘密を教えるついでに、
無邪気な少年に、
その危険な知識を植え付けてしまったのは


一体どこの馬鹿だったか。





「くそっ!!!!」


クラピカは壁を殴りつけた。


彼を危険な状態に陥らせたきっかけを作ったのは、自分自身じゃないか…。


自分が余計なことを言わなければ
彼はその存在を知らぬまま、
感情に任せて「誓約と制約を使う」という思考に至らなかったのではないのか。


「私は、どうしてこうなのだ…。」


なんとしても仲間を巻き込むまいとしていたくせに、
結果的に仲間の命を危険に晒してしまっている。



とんだ矛盾野郎だ…。



今にも苦しみ続けている仲間に
直接謝りにいくこともできないだなんて。




クラピカはゆっくりと重心をもとに戻すと

先ほどとは打って変わったおぼつかない足取りで、

ふらふらと歩き始めた。








自室を通り過ぎ、
ふらりと大広間へ入る。


シャルナークはいなくなっていた。


いつものコンクリートへ力なくへたり込むと、横の壁にぐったりと体重を預ける。


自分の横髪が視界を覆うが
払いのける気力がない。


(−−−ゴン。)


キルアはゴンを救うため、
単独で動いているのだろう。


レオリオだってなにか行動を起こしているはずだ。


自分の携帯電話には、
彼らからの着信やメールが届いているのだろうか…。


刺青を彫られた日にクロロに取り上げられた携帯電話は、今どこにあるかも分からない。


もしかしたら処分されてしまったのかもしれないな。


クラピカは虚ろな瞳を広げたまま、
瞬き一つせずに、やたらと明るい月をじっと見上げていた。


赤かった景色が、だんだんと元の色彩を取り戻していく。







ああ、今の自分は本当に無力だ。








目はすっかり冴えてしまった。
しばらく眠れそうにない。

このまま朝までここにいようか。

明るい月がだんだんと姿を消して、
外の景色が徐々に太陽の光に包まれていく瞬間を見るのも悪くない。


「………」


クラピカの思考は止まっていた。
もうなにも考えたくなかった。



「……!?」

ふと、こちらに向かって足音が聞こえた。
誰かがこちらに近づいてくる。


ひたりひたりと静かな音を立てる小さな軽い足音は
小さな子どもか小柄な女性のものだろうか。


ぼんやりとそんなことを考える。


足音が聞こえなくなり、
背後に気配を感じた。


「お前、こんなところで何してるか。」

抑揚のない、無機質な冷たい声が聞こえた。

静かに振り返ると
金色の細くて鋭い眼光と視線がぶつかる。


意外にも、フェイタンがそこにいた。

その様子から、外から帰ってきたばかりのようだ。


彼はあまりこのアジトには帰ってこないのだが

流星街に巣を作ったキメラアントの討伐以降、しばらくここへ身を固めているらしかった。


クラピカは旅団で唯一、
自分がこの小柄な男へ畏怖の念を抱いていることを認めていた。


それは彼が自分を捕まえた張本人であることに大いに関係があるのだが…。



それだけではない。

彼はなにを考えているのか本当に分からない。

街を一つ破壊しろと言われれば
なんの考えなしに軽々と一人で大胆にやってのけてしまいそうだ…。


彼は自分を邪険に扱いこそしなかったが
他の旅団のように
必要以上に話しかけてくることもなかった。

それは自分に対してだけではないので

周りと隔たりなく平等に扱うという点では、他の団員となんら変わりないといえば変わりないのだが…。

余りにもドライで他人を無視したようなその態度は

不思議とクラピカに話しやすさを与えた。


この男となら、会話をしても罪悪感を感じないのだ。


人一倍警戒してはいるのだが…。




フェイタンはクラピカに答える意思が無いのだと分かると、


なにも言わずに冷蔵庫へと向かった。


扉を開け、ミネラルウォーターを取り出す。

さっきシャルナークが持っていたものだ。

なんの躊躇もせずに蓋を開けると
マスクを下げて口をつけた。


ごくりと音を立ててミネラルウォーターを飲みはじめる。


「なに見てるか。話あるなら早く言うね。」

さっきから黙って自分を見ているクラピカに鋭い視線を投げかける。

クラピカはわずかに体を強張らせた。

この男に話しかけられると
どうしても緊張してしまう。


「……ひとつ、聞きたいことがあるのだが。」

「何か。早く言うね。」

「……キメラアントについてのことだ。」

フェイタンはわずかに眉間に皺を寄せた。

クラピカが再び体を強張らせたのなんて、一切気に留めていない。


「ああ、巣作てたやつらか。あいつらが何か。」

「奴らは、どれ程までに危険な存在なのだ?」

「危険?は、笑わせるね。ワタシ死んだ奴らに興味ないよ。」


答えるまでもないと言うように
フェイタンはミネラルウォーターに口をつける。

「お前が倒した奴らは、どれ程の力量を持っていたのだ?」

「師団長て言てたよ。たいしたことなかたね。」

よほど喉が渇いているのか、
既に飲み終えたペットボトルを床へ投げ捨てると

再び冷蔵庫を開け、
小さなペットボトルを取り出した。

ゴンとフェイタンでは
フェイタンの方に分があるだろう。

いや、ゴンの成長の早さは凄まじいものがあるので侮れない。安易に判断はできないのだが。

ゴンが戦ったキメラアントは
フェイタンが倒した「師団長」とやらよりも強い奴だったのだろうか。

できるだけ多くのキメラアントについての情報が欲しかったのだが

フェイタンはこれ以上話す気はなさそうだ。

不本意だが
シャルナークやシズク達の会話に耳を傾けてみるか?


ふと、フェイタンは手にしているペットボトルの蓋を開け
口をつけた。

暗くてよく分からないのだが
ペットボトルの中の液体は少し濃い色をしているように見えた。


フェイタンは液体を一口含み、
ごくりと飲み込んだ。


しかし、次の瞬間のことだった。


「う"っ...かはっっ」


いきなり激しく咳き込んだと思ったら

まだ中身が入っているペットボトルを投げ捨てた。


クラピカは自分の足元に転がってきたそれを訝しげに拾い上げる。


緑色の液体をしたそれは、
ラベルに大きな文字で「青汁」と書かれていた。


フェイタンは肩口に口を押し付け
相変わらず激しく咳き込んでいる。


クラピカは意外なフェイタンの一面を目の当たりにして目を丸くした。


「…………ふふ。」


無意識に口元が緩み
思わず声が漏れてしまった。


しまった!と思った瞬間にはもう遅く、


その僅かな声を聞き逃さなかったフェイタンが、抉るような眼光をこちらに向けていた。

まるで暗闇のなかから獲物を狙う狼のように

フェイタンは殺気を込めてこちらを睨んでいる。


「いや、……その、お前は、苦いものが苦手なのだな。」


言ってしまってから自分の愚かさに気づく。


フェイタンの眼光がさらに鋭くなる。


…怒らせてしまったか?
危害を加えられてしまうかもしれない…。

クラピカの体に緊張が走り、
小さく身構える。


フェイタンは別に何もしなかった。


クラピカから目を離すとその場を離れようとする。

「ち、ちょっと…!。」


「何か!??」


「いや、このペットボトルは」


「お前が飲めばいいね。いらないなら捨てろ、冷蔵庫に戻したら許さないよ。」


フェイタンはペットボトルを押し付けて今度こそ行ってしまった。


「なんだったんだ……。」


しばらく呆然としていたクラピカだったが、
手に持っていた飲み掛けのペットボトルを見下げる。


「青汁…か。」


一体誰が持ってきたのだろう。
このようなもの、誰も飲まないだろうに。


冷蔵庫の横のごみ箱に向けてひゅっと投げる。


ドサリと重い音を立てて
見事にごみ箱の中へ落ちる。


「しかし、意外だったな。」


好戦的で拷問好き、残虐な性格の持ち主であるフェイタンが
青汁如きであんなことになってしまうなんて。




「ん?」




クラピカはふと、
自分の中に違和感を感じた。


さっきまで心の中を支配していた底知れぬ虚無感や悔しさが



わずかながら軽くなっている気がした。


少なくとも
まともな思考が戻っている。





それは此処にきて、
初めてとも言える感覚だった。



初めて感じる不思議な感覚に
大きな戸惑いを隠せない。



しかし、その戸惑いはすぐにやるせなさに変わる。

胸を抉りとられるような虚しさが蘇ってきた。


自分は一体こんなところでなにをしているんだ…。


それは何度も自分に問いかけていることだ。



「なんだったんだ…。」


先ほどと全く同じ言葉を呟いた。



膝を抱えて項垂れる。


先ほどまでの不思議な感覚なんて、
既に忘れてしまっていた。






明るい月は間もなく身を潜め、
薄暗い外の景色が
太陽を迎え入れようとしていた。


もうすぐ、朝が訪れる。





−to be continue−




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