part2A



ようやく自室のドアを開けたクラピカは
ドアを閉めるやいなや、大きなベッドへと倒れこむ。


自分に与えられたこの部屋は
かつて自分が殺したウヴォーギンという巨漢な団員が使っていたものだった。


不本意ながらも団員ナンバー11番を引き継いだクラピカには、この部屋を使う義務があると言われた。


自分への当て付けのような気がして腹が立つが、そんなことはここにいれば日常茶飯事だ。
気にするなんて馬鹿馬鹿しいと思えた。


「くそっ!」


思わず顔を埋めた枕を殴りつける。

毎日毎日思うのだが、1人になるとどうしても溢れる苛立ちを抑えられない。


(一体何故だ?)


仰向けになり、右腕を額に載せ、ぼんやりと天井を見ながら考える。

(奴らは何故、私を拒否しない?)


シズクやシャルナークだけではない、
この集団の中に自分を邪険に扱う者なんて誰1人として存在しないのだ。

まるで自分がずっと前からここにいたかのように。

まるで自分が大事な仲間の1人であるかのように。


彼らは何の違和感もなく接してくる。



それはクラピカを十分に苛立たせた。


「何故なんだ…」


小さな街で捕えられたあの日、
10個の視線は明らかに殺気をはなっていたではないか。


自分は確かに彼らから深い恨みを買っていたはずだ。


なのに何故、彼らはこうも簡単に自分を受け入れてしまえるのか。




クラピカは恐怖を感じていた。


彼らに慣れてしまうことが。

このまま彼らに流され、受け入れてしまい、長年抱いてきたそこ知れぬ怒りと憎しみが徐々に風化されてしまうことが。


怒りの風化はクラピカが最も恐れていることだ。


彼らが自分を邪険に扱ってくれれば、
いっそのこと散々痛めつけられても構わない。

その方が何の迷いもなく彼らを憎しみ続けることができる。

自分は彼らを受け入れる訳にはいかないのに。

怒りを風化させることなど絶対にあってはならないのに。

この環境に、馴染んではいけないのだ。

ぎりり…
クラピカは奥歯を噛みしめる。


右の肩甲骨に彫られた忌々しい蜘蛛の刺青に爪を立てる。

自分の爪が深く食い込んで鋭い痛みが走った。

このまま抉りとってしまいたい。
自分の皮膚ごとむしり取って、なかったことにしてしまいたい。


しかしそれはクロロが許さないだろう。
そうしたところで今度はもっと目立つところへ新しい刺青を彫られるだけだ。


「クラピカ、入るぞ。」

ふと、ドアがガチャリと開かれる。

クラピカは立ち上がる気もせず、
ゆっくりと視線を横に流した。

目が合った意外な人物に
クラピカはわずかに瞼を動かす。

彼は常に出掛けていて
アジトへ帰ってくることは滅多にないのだが……。


そこにいたのは30代かそれ手前の長髪の男だった。

ノブナガ=ハザマ。

この男は他の奴らよりも長く自分を「鎖野郎」と呼んでいた。

一番深い殺気を放っていたのもこの男だった。

しかしそんな彼もまた、日が経つにつれて自分を仲間のように扱うのだった。

「寝てたのか?そりゃ、悪かったな。団長が呼んでるぞ。今すぐ部屋に来いだとよ。」

クラピカは仰向けのまま物憂げに天井を見つめると、横になったまま背を背けてしまう。

背後で大きなため息が聞こえた。

「おいおい、二度寝なんかすんなよ。怒られんのは俺なんだぞ?」

「……あと5分してから行く。」

あーそうかよ。
ノブナガは呆れた声を出してドアを閉めた。

クラピカは大きく息を吸い込んで
思い切り吐き出す。

気怠げに身体を起こすとクロロの部屋へと向かった。

(どうせ大した用ではないのだろう…)

そんなことを考えながら
やたら長い廊下を進む。






「やっと来たか。」

クロロはソファーに座って古書を読んでいた。

大分前のものなのだろう、古び、変色し、それでも最低限しか傷のないそれは
一見しただけでも貴重なものだと分かった。

仕事をしてきたのだろうか、クロロの姿は前髪を上げ、黒いコートを着た「幻影旅団の団長」としての顔をしていた。

テーブルには
何処かの小さな田舎らしい町の地図が大々的に広げてある。

「この本の続きがどうしても読みたいんだがな、ずっと探していたんだが最後の一巻がどうしても見つからなかったんだ。しかしつい最近、この小さな田舎町に隠されているという情報を掴んだ。まさか、全くのノーマークだったよ。」

クラピカは広げられた地図を見やる。

「この町には美術館や博物館が9個ある。その内のどこかにあることは確実なんだが…。お前の鎖で探せるか?」

クロロは地図をクラピカの方へ押しやる。

「そんなことの為にわざわざ私を呼んだのか?」

「そんなこと?結構大事なことなんだけどな。」

ふっと
クロロは自嘲気味に苦笑いを浮かべた。

クラピカは地図上に具現化させた薬指の鎖を垂らすと
ゆっくりと目を閉じて意識を集中させた。


するすると球型の切っ先が地図上を滑り、
三番めに小さな博物館を導き出した。

「なるほど、なかなか目を付けにくい場所に隠したわけだ。このくらいの規模なら他の奴らはいらないな。俺とお前だけで十分だ。」

クラピカは怪訝な表情を浮かべる。

「何故私がついていく必要がある?お前1人だけで十分だろう。」

「いや、お前は必要だ。その鎖でダミーを見分ける必要がある。」

…そんなことをしなくても見分けがつくくせに。

この男はどうしても自分を巻き込みたいらしい。

「決行は3日後だ。23時きっかりに俺の部屋へ来い。」

クロロが右手を空へ浮かべると、
ぼわっと音を立ててスキルハンターが具現化された。

「生身だとここから丸3日はかかる。そんな面倒なことはせずに瞬間移動させてやる」

瞬間移動の能力。
きっと誰かから盗んだのだろう。

指示をされてはクラピカに拒否権はない。
要件を聞くとさっさと出て行こうとした。

「なぁ、クラピカ」

クロロが呼び止める。

無視してドアノブに手をかけて回そうとした。

「蜘蛛には、慣れたか?」

クラピカの足が止まる。

流れる沈黙。

クロロは何も言わずに
クラピカの返事を待っているようだった。

「容易に慣れてしまうほど、私は馬鹿ではない。」

言い放つと返事も聞かずに外へ出た。


自室へとたどり着いたクラピカは
部屋の前で携帯電話を片手に通話をしているノブナガを見つけた。

誰にかけているのかなど一切興味はない。

無視して部屋へと入ろうとしたが、

「よぉ、団長、何の用だった?」

通話を終えたノブナガが話しかけてきた。

「襲撃か?あのボロい古本の最後の一冊が見つかったのか?」

「………あぁ。」

「そうか、団長のやつ、随分と探していたからな。お前も行くんだろ?怪我しないように気をつけろよ。」

じゃあな、と
背後に手を振り手中の携帯電話を弄びながらその場を離れようとするノブナガ。


−気をつけろよ。
−気をつけろよ。
−気をつけろよ。

ノブナガが最後に放った言葉が
頭の中で何回も反芻される。

クラピカの中で、 なにかが弾ける音がした。


「……………ぜだ」

「あ?」

ノブナガは歩みを止めて振り返る。

クラピカは素早くノブナガの胸ぐらを掴むと強引に壁に押し付けた。

ノブナガは驚きの表情を浮かべてクラピカを見た。

「なんだよ!…いきなり」

「何故なんだ!!??」

「は?」

「何故殺さないのかと聞いているんだ!私はお前の大事な仲間を二人殺したんだぞ!!お前は私をあんなに憎んでいたじゃないか!!」

悲鳴にも似た声で叫ぶクラピカを
ノブナガは静かに見つめる。

「今の私は無防備で余りにも無力だ!殺すなど容易いことだろう!!なのに何故、お前は私をのうのうと生かしておくことができるんだ!!?」

「何故ってお前、蜘蛛が蜘蛛を殺せるかよ。それに団員同士のマジ切れご法度だぞ?」

「私をお前たちと一緒にするな!私は仲間なんかじゃない!!」

「何言ってんだ。背中の刺青を見てみろ。お前は既に蜘蛛の一部なんだよ。」

ぐっと奥歯を噛み締めて
胸ぐらを掴む両手に力を込める。

ノブナガは目をそらさずにクラピカを見つめていた。

「クラピカ。少し落ち着け。」

諭すように言った。

「はっ!!」

クラピカは乱暴に両手を離した。

気付いたら視界が真っ赤に染まっていた。

ぎゅっと瞼を硬く閉じる。


……見られてしまった。

誰にも見せないと決めたのに。
感情を押し殺すと決めたのに。
常に冷静であろうと決めたのに。

……この男に見せてしまった。

自分の不甲斐なさに言いようのない悔しさが込み上げる。

「お前、少し疲れてるんじゃないのか?睡眠はしっかりとれよ」

ノブナガは乱れた衣服を整えると
何もなかったかのように歩き始める。

クラピカは呆然としたまま自室へ戻ると
無意味だと分かりながらも鍵を閉めた。

全身の力が抜け、膝からガクンと崩れ落ちる。

床にへたり込んだその状態で、
赤く染まった視界がじんわりと歪んだ。

「あ…うっ……」

ぽたぽたと。
大粒の涙が床を濡らしている。

拭う気も起きなかった。

自分を支配するこのやるせないこの感情は、
なんと表現すればいいのだろう。

ボロボロと。
次から次へと涙が溢れでる。

抑えようとしても、抑えようとしても、
こぼれ落ちる雫は止まらない。

「うわぁぁぁあっ」

何時の間にか声をあげて泣いていた。

止めろ。誰かに見られたらどうする。

理性は泣きやめと告げている。


しかし本能はそれを受け入れない。

まるで今まで抑えていたものを吐き出させてくれと、そう言っているようだった。

「ひっく…。うっ…。」

すすり泣く自分の声だけが静かな個室へ響き渡る。

どうしようもない孤独感を感じた。

孤独には慣れていたはずなのに。
苦に感じることはなかったのに。
どうしてこんなにも苦しいのか。

「……そういうことか、クロロ。」

プライドを捨ててこの環境を受け入れてしまっては自分に対する裏切りに苛まれ。
プライドに縋り這い上がろうとすれば自分の鎖が心臓に突き刺さり、死が待っているだけだ。
このまま壁を作り続けていれば孤独に支配される。

どう転んでも地獄を見るんじゃないか。

お前の狙いはこういうことなのだろう?

死ぬよりも辛い地獄を見せ続け
私に「絶対的な絶望」を与え続ける。

それは仲間を殺した私への「復讐」なのか。

(復讐なんてやめておけ。後に残るのは虚しさだけだ。)

いつの日か自分へ念能力を教えた師から言われた警告が鮮明に浮かんだ。

これは無謀な「復讐」を仕掛けた自分への罰なのか?


どっちにしろ私は
蜘蛛の糸で縛られ、お前の手中で踊らされる操り人形にならなければならないのだろう。

お前はそんな私を見て
暇つぶし程度に嘲るつもりか。

私に抗う術はない。

既に私はお前の糸に囚われてしまったのだから。

悔しさと無念さが込み上げて、
どうしようもなく無力感に苛まれる。

いっそこのまま精神が崩壊してしまえばいい。

何も聞こえない何も見えないなにも感じない。

言葉通りの操り人形になってしまえばどんなに楽だろうか。

赤い視界のまま開かない窓を見上げ、瓦礫ばかりの外を眺めながら、
クラピカはぼんやりとそんなことを考えた。


−to be continue−



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