外に目を向けてごらん
美しい物、醜い物、悲しい物、優しい物
そこには君の知らない素晴らしい物がたくさん溢れていてるよ。君も触れてみるといい

大丈夫さ。この世界はもう二度と
君を見捨てたりはしない




瞼を差す心地の良い光に促され、クラピカの意識が覚醒した。
懐かしい声が聞こえた気がしたがそれが誰の声なのか、無意識に忘れてしまった。
ひんやりとした気温と未だオレンジ色の空を窓から眺め、朝が訪れたのだとぼんやり考える。

決して悪い目覚めではなかった。
昨日までの疲労は綺麗に取り払われ、体が軽い。
すぐにでも体を動かしたいと思うと同時に憎むべきこの地で安眠できてしまうことに複雑な気持ちになる。
ガラクタが擦れる音や笑い声が微かに聞こえ、なんとなく息を吐いた。

この街は世間に見捨てられているにも関わらず生気に溢れている。

ベッドから身を起こし部屋を出た。
正直な所、流星街の朝日は嫌いではないのだ。

「よう、早ぇじゃないか」

ドアを閉めた途端に声をかけられた。
視線を投げるとそこにいたのは両手に袋を抱えたフィンクスだった。

「なんだよ。無視すんな」
「離せ」
「あいさつぐらいしろっつってんだ」

腕を掴まれたことに嫌悪感が差して
気の短そうな瞳をギロリと睨みつけた。
フィンクスはうんざりと肩を落とす。

「朝からそんな顔すんなよ、気分が悪くなるだろ」
「……」
「待てよ。散歩か?」
「お前には関係ない」
「あるんだなぁそれが」

どさりと。
ふいに足元に何かが投げられた。
フィンクスが両手に持っていた二つの袋である。

「ついでにさ、捨てて来てくんねぇか」
「どうして私が」
「どうしてもくそもあるかよ。その中は大抵ペットボトルなんだぜ?果たしてその中にお前が捨てたものが何本入っているんだろうな」

嫌味な言い方に眉を顰め横目でフィンクスを睨むが当の本人は気だるげにあくびをしている。

「……」
「おーおー頼んだぞー」

乱暴に袋を掴み早足でその場を去ったクラピカを確認して
もう一眠りするかと独り零しながら、フィンクスは自室に戻る。



「全く。どうして私が」

地面を踏みしめる力が自然と強くなる。
ガラクタの山を歩き、そこに生じるガチャガチャとした機会音を不快に思わなくなったのはいつの時からだったか。

ゴミをかき分け拾い物をしている数人の子供達が自分に気づき、にっこりと笑って手を振ってきた。
裸足で尖った金属の上を走り回る彼らの足は血だらけで、顔も服も薄黒く汚れていて、それでも彼らは無邪気に笑って、ガラクタを漁る。

生きるために。
この地で生きるために。

(くそっ)

考えたくなかったことが脳裏によぎってしまい唇を硬く噛み締しめた。

所定のゴミ置き場にたどり着き、袋を投げ捨てた。
そばのゴミ山に丁度良い高さのガラクタが捨ててある。
クラピカはその上に座り、徐々に日が登るのをぼんやりと眺めた。

考えたくなかったことを考える。
考えてしまう。

どうしてこの街を受け入れてしまったのか。この街にいることを、心から拒否できなくなってしまったのか。

「似ているんだ…」

この街は生まれ育った場所と酷似している。
世間から切り離された場所で
同じ立場の者達が、肩を寄せ合いながら暮らしている。
来る者を拒まず仲間として受け入れ
生きるために必死で手を汚す。

そこまで考えて、泣きたくなって腕の中に顔を埋めた。

自分は今何をしているのだろう
どこで生きているのだろう
どうしてしまえばいいのだろう

全てが分からなかった。
「生きる」「死ぬ」「殺す」「殺される」
そんな単語が頭の中でぐるぐると回り
やがて全てがどうでもよくなる。

(どうでもいい…自分の命なんて…)

今までもそう考えていたはずなのに
今までとは違う感情を抱いている気がするのは気のせいなのか。

ふと、気配を感じて身構えた。
ガラクタから素早く飛び降り周りを見渡した。

神経を尖らせてみても、なにも起きない。

「誰だ…」

クラピカは静かに警戒した。
やがてどこからともなく一つの影が眼前に現れる。

それは意外な人物だった。
クラピカは瞳を大きく見開き丸くする。

「お前は」
「流星街。やっとみつけました」

身にまとう着物の袖を軽くはたきながら
カルト=ゾルディックは呟いた。

「どうしてお前がここにいる?ここがどういう所か分からない訳ではないだろう」
「依頼です。そのために探しました。2月ほどかかりましたがね、地図に乗ってないんですから」

やれやれと言いながら気怠げに肩を回す様子にたじろいた。
流星街に足を踏み入れるということは決して簡単なことではないし、見つけることすら困難だ。
2月かかったと言っても目の前の殺し屋は涼しげな表情で飄々と立っている。

「あなたに聞きたいことがあります。嘘偽りなく答えて下さい」
「……」

やがてこの子も兄達に負けず劣らず、優秀な殺し屋に育つのだろうか。

「お前の依頼人はゴンか?」
「いいえ、キルア兄様です」
「キルアが?」
「ええ、情報の収集だなんて普通じゃしませんよ。ボクは殺し屋ですから。単刀直入に聞きますがあなたの状況を教えてください。何故幻影旅団と行動を共にしているのですか」

カルトの視線は鋭くて、クラピカは諦めたように口を開いた。
口をついて出てくる言葉は驚くほどに正直だ。自分で話しているのかどうかも分からなくなるくらい不思議な感覚だった。
この場も監視されているのだろうがその先なんてどうでもいい。
ただ聞かれたことに答えてカルトがその場を去ればいいと、そのことだけを考えた。

しかし、当たり前のことに今更気づく。

「私の情報をどうする気だ?」
「兄様に伝えます。当たり前でしょう」
「…伝えないことを依頼したい」
「できません」
「……」

きっぱりと言い放たれた。

「それでは失礼します」

話を聞き終えたカルトはさっさと身を翻し、ガラクタから飛び降りようとした。

「待て!まだ伝えていないことがある」
「なんですか」
「……」

一呼吸置いて、口を閉じ、やがて再び口を開いた。




「私は自分の意思でここにいる。
邪魔をするなと伝えてくれ。
もしもお前達が私を追おうとするならば、やむ終えないならば、…殺すことも厭わない」



カルトは分かりましたと一言呟いて、やがて姿を消した。

再び一人になった其所で呆然と立ち尽くす。
日が登り、周囲の笑い声が段々と増えてきた。

「ふふ…」

なんとなく笑った。

これでいいのだ。
自分は彼らと同じ世界で生きれない。
彼らを巻き込んではいけないのだ。

「馬鹿馬鹿しいな…」

そう思っていたじゃないか。
仲間など作らないと、全てを失ったあの日に決めたじゃないか。
だから自分は彼らを諦めよう。


きっと楽になるだろう。


ふと、脳内に割れるような衝撃が走る。

「うっ…ああ!」

耐え難い頭痛に思わずよろめき、その場で蹲った。
なんだ…これ…

(やぁ、久しぶり)

どこからともなく、しかし確かに聞こえたその声に背筋が凍った。
即座に辺りを見回すが気配は感じられない。
それは死んだはずの人間の声であり、故に聞こえるはずのない声で…

「幻、聴?」

(幻聴じゃないよ。君には言ってなかったけれど、僕にはこんな能力がある。君の意識に直接語りかけることができるんだ)

「あああああ」

(まぁ、これを使うと君の肉体に随分負担をかけちゃうんだけど)

声が少し申し訳なさそうにくすりと笑った。

(君に死なれちゃ困るんだよ…)

「……」

声が淋しそうに呟いたのに息が止まった。

「お前は誰だ。何故あいつの声を聞かせる?答えろ!」

(やだなぁ。僕は僕でしかないし今も君を見ているよ。嘘だと思うのなら上を見上げてごらん)

「ふざけるな!お前はオレ…が」

睨むように見上げた先を見て頭の中が空白になった。
そこには死んだはずの人間が廃材の上に腰掛け、にこにこと笑顔を浮かべながらこちらに手を振っていた。

「僕はこの通り生きてるよ。
君に一度殺されちゃったけど◆」







「キルア、ごめんね」

寝息をたてるキルアの兄弟を見ながら
ゴンは申し訳なさそうに呟いた。

「あー…正直アルカに無理はさせたくないけどさ、それしかねぇんだろ?」

キルアは椅子に腰掛け頭の腕を組みながらつまらなそうに言った。

「だって、それしか思いつかなかったんだ…」

泣きそうになりながら唇を噛みしめるゴンに、キルアは宙に視線を泳がせる。

「あのさ、クラピカが本気で俺たちを殺すつもりだったらどうすんの?」
「本気なもんか!クラピカはそんなこと言わないよ!」
「そうかー?あいつってなんでも自分でやりたがるだろ?ヨークシンの時みたいにさ。だから蜘蛛にいるのも自分の意思っていうのも本気で邪魔されたくないってのも…」

その先は言えなかった。
ゴンは唇を固く噛み、拳を握りしめている。

(うわぁ…相当キレてるな…)

「俺、悔しいんだよ。ヨークシンでクラピカを見つけた時、何で手離しちゃったんだろうってずっと後悔してた。あのまま離さないで蜘蛛の奴らに引き渡さなければもっと違う結果になってたかもしれないのに…」

まるで自分が見捨てたかのように
まるで自分のせいでクラピカが諦めてしまったかのように

キルアは大きく息を吐き、椅子から飛び降りた。

「ほんっとお前、自分本位だよな!」
「そうかなぁ」
「否定しないのかよ。まぁ、ゴンがそうするなら付き合うぜ。流星街、行くんだろ」
「キルア…ありがとう」

ゴンは力強く立ち上がった。

「行こう…クラピカを、助けに行こう!」

その言葉に、キルアも静かに頷いた。


ーto be continueー


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