「寝室と玄関」

 それから洗面所、台所、居間。蔵ノ介はうんうん、と満足気に頷きながら先の尖ったえんぴつで裏紙に綺麗な文字を並べていく。向かいに座る彼がご満悦な理由をぼんやり思い浮かべながら、私はこたつでみかんに耽る。本日四個目のみかんに親指をブスッと刺したところで彼の手の中にあったえんぴつが役目を終えてテーブルの上に横たわった。ええ感じや、とお決まりの台詞を蔵ノ介が口にする。

「今年の大掃除もやっと終わったね」
「せやなぁ、去年は年越すまでに全部終わんかったしな」
「初詣から帰ってからの掃除ってなかなかに辛かったよね」
「ま、今年は二人で頑張ったんやし当然の結果やな。なまえと年を越しながらゆっくり過ごせるなんて嬉しいわ」
「うん、お互い頑張ったよね」
「なまえが掃除した冷蔵庫なんてピッカピカやな」
「そー!すごい頑張ったのー。冷蔵庫の棚がジャムまみれになってた時はちょっと泣きたくなった」
「え、俺今知ったわ。それは災難やったなぁ」
「蔵ノ介がカーテン洗ってくれてる時に発見したの。あ、そうそう棚に零れてたジャムはね、蔵ノ介愛用のブルーベリーのやつだった。私普段ブルーベリー食べてないよ、イチゴ派だもん」
「…」
「…」
「…」
「からの〜?」
「ホンマすまん」
「あ、本気で落ち込んでる」
「当たり前やろ!この俺がジャムの蓋をしっかり締めなかったなんていう不注意を働いたとは…」
「大丈夫大丈夫、人間なんだからやらかす時もあるよ」
「なまえは優しいなぁ」
「だから寝室のカーテンにシミ付けちゃったのも許して」
「あああ!あれお前やったんか!コーヒーのシミ落とすの大変やったんやで!」
「申し訳ない。寝室で朝コーヒーとかリッチなことやろうと思ったらなんかちょっと手元が狂った。でも仕方ない、人間だもの」
「…ええかなまえ、俺は同じ失敗はせぇへんで」
「…」
「寝室でコーヒー飲んだらあかん。ええな?」
「ぶー」
「返事!」
「はーい」
「よし、それでええねん」
「知ってたけどやっぱり蔵ノ介はお母さんだよね」
「何言っとんねん。俺は彼氏や」
「照れるから真面目に返すな」

 蔵ノ介が彼氏であるなんて分かり切っているはずなのに、何故だか照れてしまった。なんだろう、多分普段はいちいち彼氏彼女とか気にしていないからだとは思う。きっと蔵ノ介も同じだ。もう付き合い始めた頃の初々しい気持ちなんて薄れている。だから、たまにこういった彼の不意打ちは本当に心臓に悪い。

「なぁなまえ」
「うん?」
「今日で今年が終わるなぁ」
「うん」
「一年、あっという間やったわ」
「うん。仕事大変だったけど、旅行に行けたし、楽しいこといっぱいあったね」
「楽しいのは今年だけやない、来年も楽しいに決まっとる。なまえがおるだけで幸せなんやから」
「…蔵ノ介なんか変なもの食べた?」
「食ってへんわ」
「何この付き合い始めのカップルみたいな気分。やめて。恥ずかし過ぎる」
「アホ、俺はいつだってなまえを大事に思ってるんやで」
「さいですか…」
「せやからな、なまえ」

 何故か蔵ノ介がシリアスモードだ。訳もなくドキドキするのは何でだろう。気持ちが落ち着かなくて、気を紛らすためにみかんに手を伸ばしたらもうカゴの中のみかんは空になっていた。行き場を失くした私の手を蔵ノ介が握る。蔵ノ介の手はいつでも温かくて優しい。胸の辺りも温かくなっていくのを感じた。

「来年も、一緒にいよな」
「うん」
「そんで、再来年には俺らと可愛い赤ちゃんの三人で年を越すんや」
「…三人?」
「せや」
「蔵ノ介、それ…」
「あかん、まだやで。その時になったら、俺が言う。せやから」

 いつまでも変わらない優しい笑顔を浮かべて、蔵ノ介は言う。彼の思い浮かべる素敵な未来は、きっとそう遠くはない。

「これからもよろしゅう」


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今年もよろしくお願いします。



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