※モブが出しゃばってます


 生まれて初めて不審者に遭遇した。

「君、烏野の生徒だよね?可愛いね。写真撮って良いかな…?ね?一枚だけだからさ。ね?良いでしょう?撮らせてくれたらお礼にお菓子あげるよ」

 チェックのシャツをジーパンにインしたオタク感否めない中年の男がハアハアと息を荒げて首からぶら下げている一眼レフのカメラ ( 良いの持ってやがる ) を私に見せながら、何やら必死に交渉してきおる。オイオイ、お菓子って。女子高生をお菓子で釣れると思ったのかよこの人。ていうか手口が古い。相手にするのもめんどくさくて無表情でスルーした。無言でおじさんの横を通り過ぎる。

「ね、ねぇ待って!お菓子じゃ足りないなら、お金あげるからさ!お願い!一枚いくらが良い?」

 金。思わずピクリと肩が揺れたけど、なんとか振り返らなかった自分を褒めたい。危ねぇ…いくら今月金欠だからって、自分を売るような真似は絶対に駄目だ。写真を撮られたらどんな風に悪用されるかわかったもんじゃない。見ず知らずの人間、それも明らかな不審者に金で釣られてたまるか。ハイ、無視。

「ね、ねぇってば!」

 汗でベタベタの手で手首を握られ、私は飛び跳ねた。

「ギャアアアア」
「わっ!ご、ごめん!でも…手首細いね…手も綺麗…」

 キレた。

「アーーーッッもう!!あんたマジでしつこいなッ!無視してんだから嫌がってることくらい察しろよ!あと発言がいちいち気持ち悪い!」
「い、一枚くらい良いじゃないか!」
「はぁ!?良いわけないでしょ!?何のために私の写真を撮りたいっての?言ってみろよオラ」
「そ、それは…」
「言えないような目的のために私の写真が欲しかったのぉ〜?やぁだ〜あいこ怖ぁ〜い」
「君、あいこって名前なの…?」
「偽名に決まってんだろ。誰が不審者に本名明かすかよ」
「ふ、不審者だなんて!僕は違うよ!」
「明らかな不審者だろーがテメェッ!鏡見て出直して来い!!」

 フンッと思いっきり鼻を鳴らして背中を向けた。もう構ってやらん。私は帰る。帰るぞ!不審者の相手をしてやるほど私は暇じゃない。今日は真っ直ぐ家に帰ってドラマの再放送を観るんだ。

 小走りで逃げようとしたら、男が付いて来た。しかも全速力で。

「待って!ねぇ待ってってばぁ!」
「ワアアアア!?!?」

 さすがに命の危険を感じた私は全速力で逃げた。それなのに不審者は息を切らしながらもまだ付いてくる。だ、誰かー!誰か助けてくれ!ていうか人いなさすぎだろどうなってんの!ふざけてんのこの田舎道!

「もう本当勘弁してよぉ!!怖いよぉ!」

 陸上選手のように全力で腕を振って走った。もはや逃げ切ることしか私の頭の中には無い。太ってるのにどんだけ足速いんだよこの不審者はよぉ…。その執念に拍手を贈りたい。

「うおっ!なんだなまえか…どうしたんだそんな慌てて…」
「とび…飛雄ぐぅうん!!!」

 キキーッとブレーキをかけて角を曲がると、家がお隣さんの飛雄くんがいた。なんてナイスタイミングなの。半泣き状態で彼の胸に飛びついたら飛雄くんはびっくりしながらもちゃんと受け止めてくれた。

「オイ…どうしたんだよ」
「不審者!不審者が出たの!追っかけてくるの!」
「はぁ!?不審者!?な、何があった!つか、何もされてないか!?」
「されそうになって逃げて来たんだよぉ!」
「はぁ…はぁ…待ってよ…写真一枚だけだから…」

 キターーーーッッ!なんかめっちゃ汗かいてるぅ!!めちゃくちゃ息を切らしながら不審者は曲がり角の電柱に手をついて呼吸を整えている。私はギンと涙目で不審者を睨みつけながら飛雄くんの背後に隠れた。

「あの人ー!!飛雄くんあの人だよ不審者ー!!」
「だから違うっ…て、え!?あ、お、男…!?」
「オイあんた…」
「う、うわあ!」
「あ、オイ!」

 飛雄くんの存在に気付いた不審者が顔を青くして逃げ出した。待てよ!と飛雄くんは不審者を追いかけようとしている。

「す、ストップ飛雄くん!追いかけることないよ!」
「あぁ!?けどお前、あいつに変なことされそうになったって…!警察に言った方が…」
「いいの!大丈夫!本当に大丈夫!写真撮りたいって頼まれて、逃げて来ただけなの」
「はぁ!?お前…それ立派な犯罪だろうが!やっぱ警察に…」
「いいいいや!?そんな騒ぐほどのことじゃないよ!ごめん、私が泣きついたからだよね…!ちょっとびっくりしただけだから、騒いで本当にごめん」
「けど…」

 飛雄くんの腕をギューっと掴んで必死に食い止める。元はと言えば私が初めから全力で逃げればいいものを煽るようなことを言ったのが悪いんだし、そもそも面倒ごとにしたくない。警察にこのことを話したりなんかしたら、ご近所からも学校側からもいろいろ面倒なことを聞かれるに違いない。町内会の情報伝達は恐ろしく早いのだ。何より、私の両親は私に対して超絶過保護なのだ。もし私が不審者に遭遇したと知られたら間違いなく門限を早められ、そしてしばらく学校以外の外出を認められなくなる。嫌だ。絶対に嫌だ。だから、縋り付いて迷惑かけた飛雄くんには悪いけど、このことは他言しないで貰いたい。

「お願い!みんなには黙ってて!」
「お前…またさっきの不審者に遭遇するかもしれないんだぞ。しかも今度は無理やり車に乗せられる可能性だってある。そうなったら今日みたいに逃げられねーぞ」
「ちゃんと周り警戒して帰れば大丈夫だよ!…た、多分」
「そんなうまくいくとは限らないだろ。ボゲ」
「ううう…」
「…ハァ」

 飛雄くんは深いため息をついた。なんか申し訳ない気持ちになった。助けを求めて来たくせに何だよって感じなのはすごくわかる。でもどうしても面倒ごとにしたくないのだ。シュンとしていたら、急にわしゃわしゃと頭を撫でられた。まるで犬の頭を撫でるみたいな手つきで。おかげで髪型がボッサボサになった。

「そこまで言うなら黙ってる。でも、しばらく一人で下校すんのはやめろ」
「え、でも友達みんな家逆方向だよ…」
「親は」
「共働きで普段家にいない」
「…お前、部活入ってたか?」
「帰宅部」
「なら俺が家まで送る」

 え。

「飛雄くん、部活あるじゃん…」
「おう」
「じゃあ無理だよ。それに飛雄くんに申し訳ない。私一人で帰れるよ」
「無理じゃない。俺が部活終わるの待ってろ」
「何てーーー!?!?」
「だから、部活終わるのを」
「うんごめん聞こえてる!ちょっと自分の耳疑っただけ!」
「聞こえてるなら良い。澤村さんには俺から話しておくから、お前は明日から体育館で待ってろ」
「え、えぇ〜…でも…」

 なんか面倒なことになっちゃったよ。飛雄くんって私に対してこんな過保護だったっけ?家がお隣さんだから小学生の時は毎日一緒に登下校してたけど、中学に上がってからは周りの冷やかしの目を気にして飛雄くんがあまり私に話しかけなくなったのを今でもよく覚えている。そんな飛雄くんが一緒に帰ることを提案してくるなんて。なんだか昔に戻れるみたいでほんの少し嬉しかった。いや、しかし快く承諾できない。飛雄くんの部活が終わるのは確か夜の8時くらいだ。8時まで待ってたらドラマの再放送が観れない。毎日楽しみにしているドラマと起こるかもわからない身の危険を天秤にかけたら、若干ドラマの方に傾く。だから断ろう。うん、と決意を固めて顔を上げたら飛雄くんが眉を顰めた。

「警察に、」
「わかったよぉ!!不審者よりよっぽどタチ悪いよ君!!」

 諦めることにした。ドラマは録画しよう…とほほ。

「ほら。帰るぞ」
「あ、うん」
「………おい」
「え?」
「何でそんな離れて歩くんだよ。意味ねーだろ」
「え!?だって飛雄くん迷惑かなって…」
「何でだよ」
「何でって…。ほら、誰かに見られたりしたら困るんじゃないかな〜?って…」
「別に困らねぇよ」
「彼女さんとかいない?」
「はあ?いねぇよ。何でいると思ったんだよ」
「いや飛雄くんモテるし」
「そんなことねーよ」
「無自覚かー!嫌な奴!」
「お前こそ彼氏は?」
「いませんけど。彼氏なんてできたことありませんけど」
「…そうか」
「何その間。まさか同情してんの?ハーッッこれだからモテ男は!」
「同情なんかしてねぇよ。ちょっと意外だっただけだ」
「意外?」
「いや、お前、なんつーか…それなりに、っていうか…その…かわ、」
「??」
「……な、何でもねぇよ!」
「えー!何その気になる言い方!」
「うるせぇ!そんなんだから不審者に目を付けられるんだろうが!ボゲ!」
「はあ!?どういう意味だし!」
「そのまんまの意味だ!」
「何怒ってんの!?逆ギレ!?」
「自分の頭に手を当てて考えてみろ!」
「それを言うなら頭じゃなくて胸にだろ!相変わらず馬鹿だね!」
「馬鹿はお前だクソが!!」
「馬鹿に馬鹿って言われたくないんだけどー!?」
「とにかくお前は危機感が無さ過ぎなんだよ!ボケッとしてたらまた今日みたいな男に付け回されるぞ!」
「くっ…言い返せない…!これからは気をつけるよぉ…」
「…まあこれからは俺がいるし、守ってやるから良いけどな」
「うん………ん?」
「………あ、」

 今なんかすごく男らしいかっこいいセリフを聞いた気がする。気のせいかな。いや、飛雄くんの顔が尋常じゃないくらい赤い。言った。この反応は間違いなく言ったわ。うっひょひょ〜〜!!かっこうぃ〜〜!!からかってやろうかと一瞬考えたけど、空気を読んでやめておいた。また警察に報告してやると脅されるかもしれないし。

「…ありがとね、飛雄くん」
「……チッ」

 プイとそっぽを向いて頭をガシガシかきながら飛雄くんは舌打ちをした。その仕草が照れ隠しかと思うと不覚にもちょっとかわいい。ふへへ、と笑うと飛雄くんに思いっきりほっぺを抓られた。かなり痛かった。飛雄くんが本当に私を女扱いしてるのかしてないのか甚だ疑問である。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -