しゃっくりが止まらない。

「っっひっく」
「おお!なまえ、今ので83回目のしゃっくりだぞ!もうすぐ100回だな!」
「守沢先輩、水くださ…ひっく」
「なまえさん大丈夫っスか!?俺のコーラ飲んでくださいっス!あ、でも間接キスはいけないっスよね…!」
「君はいつもそれだな。あとしゃっくり出てんのに炭酸飲んだら余計悪化するわ……ひっく!」
「ああ〜!なまえ殿しっかりして下され〜!しゃっくりが100回出ると死んでしまうんでござるよ!?」
「マジでござるか。君そんな迷信をこの歳になっても信じてるのか。…ひっっく!」
「なまえさん、しゃっくりを止める方法試しましたか?」
「翠くんはゆるキャラが絡まないと相変わらずまともだね…。…っく。いろいろ試したけどどれも効かないんだよねぇ……ひっく。水をコップの反対側から飲むやつとか、息を止めるとか、頭の中でナスを思い浮かべるとか…」
「な、ナスだと…!?!?ナスだけは勘弁してくれ!!!ナスだけは!!!ナスだけはッッ!!!!」
「守沢先輩ちょっと黙って……ひぃっく!」
「そうだ!!フライドポテトを思い浮かべるといい!!一緒にフライドポテトをイメージしよう!!」
「先輩お一人でどうぞ」

 何故今日に限ってこの騒がしい流星隊をプロデュースする日なのだろう。一年生ズはまだ良いとして、守沢先輩はさっきから一人でうるさすぎる。おちおちしゃっくりを止めることに専念できない。それにしてもしゃっくりのし過ぎて喉が疲れた。攣りそう。

「ひっく……あああもう嫌だ!お水買ってきます!」
「待てなまえ!それなら俺のお茶を飲め!」
「あ、それなら拙者のお茶をどうぞでござる!温かいほうじ茶でござるよ!」
「あ〜あったかいお茶嬉しい〜欲しい〜っっく」
「な…!待てなまえ!先に俺がお茶を差し出したのだ!俺のを飲め!!」
「え?何で…ひっく!」
「二人共今は張り合ってる場合じゃないっスよ!なまえさん、俺のコーラ飲んでくださいっス!」
「うん、コーラは結構です」
「先輩大変ですね。良かったら俺のお茶飲んでください」
「ありがとう翠くん…ひっく…ごくごく」
「ペットボトルを両手で持って飲む先輩かわいい…!」
「んぐ、ちょ、今は抱きつかないで!こぼす!」
「ああ!!高峯!抜け駆けは感心しないな!!正義の味方がずるい真似をするな!!」
「はあ…?ずるいって…意味がわからないんですけど」
「俺だってなまえと間接キスをしたいし抱きしめたいぞ!!!」
「正義の味方が堂々とセクハラ発言をしないでください……ック。アーッ!ダメだ!止まらない!!!」
「俺のお茶でもダメでしたか…」
「そんなガッカリしないで翠くん……ひッッくぅ!アーーーッッ!!!もう!!!」
「なまえ殿落ち着いてくだされぇ!発狂してるなまえ殿怖いでござるよー!」
「今ので95回目だな…いよいよか…」
「なまえさん〜〜!!死んじゃ嫌っスよ〜〜!!」
「はあ…突っ込むのもダルい」
「翠くん諦めないで。常識人の君がツッコミをやめたら今の流星隊は誰にも止められな……ひっく」
「96回目…!!」
「守沢先輩カウントはもう良いですから!忍くんも鉄虎くんも泣きながら制服にしがみつかないで!伸びる!ひっく!」
「そういえば深海先輩がいないですね」
「翠くんは相変わらずマイペースだな…。でもそういえばいないね。もう練習の時間過ぎてるのに」

 言われて初めて気が付いた。流星ブルーこと深海先輩がまだ来ていない。いつもはちゃんと練習に顔を出しているのに、今日はどうしたのだろう。まさか練習のこと忘れてまた噴水でぷかぷかしてるんじゃ…。いや、確実にそうだな。

「やっぱり飲み物買ってきます。ついでに深海先輩も連れてくるんでちょっと待っててください…っく」
「なまえ殿!生きて帰ってきてくだされ!」
「何かあったら携帯に連絡してくださいっス!!すぐ助けに行くんで!!」
「そうだぞなまえ!!!何なら俺も同行してやろうか!?横抱きで自販機まで連れて行ってやるぞ!なんならコアラ抱っこがいいか?」
「いや、自分で歩けるんで結構です。翠くんこの人たち見張っててね。お願いね」
「先輩がゆるキャラの着ぐるみをまた着てくれるなら…」
「わかったわかった着るから。お願いね」
「本当ですか…!?わかりました、任せてください!」

 翠くんは超絶可愛い満面の笑みを浮かべて頷いた。普段からこのキラキラとした笑顔をアイドルとして舞台で見せることができたら良いのにと心から思う。何故ゆるキャラが絡まないとと彼のエンジンはかからないのだろう。ゆるキャラに一体どんな力が秘められているというの。まあそんなことは今はどうでもいい。早いとこお水を買って噴水に行かないと、練習時間が終わってしまう。
 噴水に向かう途中にある自販機の前で小銭を片手にお茶にするか水にするかジュースにするか迷っていると、後ろでぴちゃんと水が滴る音が聞こえた。

「ん?」

 誰かの気配を感じて振り向くと、急に視界が真っ暗になった。は、はて。なんだかびっしょりと濡れたものに抱きしめられている…?………ま、まさか。

「なまえさん、こんなところできぐうですね」
「ぎゃあ〜〜!!!深海先輩!!!濡れてる!!!濡れてるぅ!!!」
「はい。ついさっきまで『ふんすい』で『みずあび』していましたから」
「何でそんな満足げなんですか!?もう!練習すっぽかしてやっぱりぷかぷかしてたんですか!もう!」
「『れんしゅう』…?あっ、ごめんなさい。すっかりわすれていました」
「あ、あの、シュンとする前に離れてください。私の制服までビショビショに…」
「でもぼくはまだなまえさんを『ぎゅっ』としていたいです…」
「さては反省してませんね!?…離れないと、もう二度と深海先輩とぷかぷかしませんからね」
「それはこまります」
「よし…まったくもう」

 予想どおり噴水でぷかぷかしていらっしゃった深海先輩に抱きしめられたおかげで制服が若干濡れてしまったが、まあこのくらいなら放っておいても乾くだろう。ブレザーから取り出したハンカチで深海先輩の顔を拭いてあげると、深海先輩はにっこり笑って私の手を握った。

「ぼくをさがしにきてくれたんですか?」
「そうですよ。ついでに飲み物を買いに……ひっく!あれ、止まったと思ったのに…」
「ふふふ、かわいい『しゃっくり』ですね。とまらないんですか?」
「そうなんですよ〜。色々試したんですけど…」
「『びっくり』すると、とまるときいたことがあります」
「さっき深海先輩にいきなり抱きつかれて心臓が止まりかけたんですけどダメでしたね…。もうどうすれば止ま…ひっく!」
「もっと『びっくり』することをすればいいです」
「た、例えば…?」
「そうですね、『たとえば』」

 両頬に手が添えられ、深海先輩の端正な顔がぐいっと近付いた。そしてにっこりと微笑むと、むにむにと私の頬の弾力を楽しむように摘んでは離してを繰り返す。よくわからない深海先輩の行動に私はひたすら目を丸くするばかりだ。えっと、一体これは何だろう。

「は、はの、しんはいへんはい。はひひて……」
「ああ…すみません。『びっくり』させようとおもったのに、おもいのほかなまえさんのほっぺが『ぷよぷよ』で、きもちよくて…。ふふっ」
「 ( えーっと、ナチュラルにデブって言われてる? ) 」
「では、『しゃっくり』をとめましょう」
「え!?できるんですか!?ひっく!」
「はい」
「是非お願いします!!」
「わかりました。では『め』をつぶってください」
「はい!つぶりま、」

 した。と言おうとしたけどできなかった。何故か?それは私の口が何かに塞がれているからだ。なんか温かくてふにふにしてて、時々空気のようなものが掛か、

「ん、んん!?!?」
「ん…んんっ…」
「んんん〜〜〜!?!?」

 エ……!?!?し、深海先輩にキスされている…!?!?何故!?どうして!?突然すぎる展開についていけなくて私の頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされている。混乱のあまり体が思うように動かなくて突き飛ばすこともできない。

「は…っなまえさん。もっとほしいです」
「先輩何し…!…ふぐっっ」

 突然ズボッと両耳の中に指が押し込まれ、音が聞こえなくなった。かと思えば、そのまま唇を甘噛みされて中にぬるりと舌が入り込む。耳を塞がれているせいで歯や舌を舐める水音がダイレクトに聞こえてきて、恥ずかしさのあまり私は顔から火が出そうだ。普段から奇行が多い深海先輩だけど今回ばかりは本当に意味がわからない。しゃっくりを止めるって言っただけなのに。

 ガクガクと膝が震えて力が抜けた。ふらりと倒れる私を深海先輩は「おや」と呑気に声を上げて抱きとめる。視界がぐるぐると回っていてもう何が何だか。怒る気にもならない。

「ふふ、かわいいですね。『たこさん』みたいにまっかです」
「し、ししし、し、し、深海先輩……何で…!」
「『しゃっくり』とまりましたよ?」
「そらこんなとんでもないことされた挙句息を止められてたらしゃっくりだってビックリして引っ込みますよ!!!」
「『しゃっくり』が『びっくり』したんですか…?」
「あ、やだ深海先輩ってばダジャレですか?も〜っお茶目!……じゃない!!!!」
「なまえさん、こわいです」
「そんなシュンとしてもダメ!!!もう!!!何してるんですか!!!何でこんなことするんですか!!!もう!!!ありえないです!!!」
「すみません…」
「こんなこと簡単に女の子にしたらダメですよ!?もう二度としちゃダメですからね!!」
「はあい」
「本当にわかってるのかな…っ!はあ、もう終わったことだからいつまでもネチネチ言ってても仕方ないか。流星隊のみんなが待ってるんで、早く練習行きますよ」
「『のみもの』はいいのですか?」
「しゃっくり止まったんでもう良いです」
「そうですか。ではいきましょう」
「あ!くれぐれもさっきのことはみんなに内緒ですよ!絶対に言ったらダメですからね!」
「どうしてですか?」
「どうしてですか!?何故そこで疑問系!?普通そこは『はい』でしょう!」
「みんなにいえば、『こうにんかっぷる』になれます」
「私は認めませんからね!!何言ってるんですか!!」
「しゅん…」
「あ、あざとい〜〜〜!!!悔しいけどかわいい〜〜〜!!!」
「わかりました…なまえさんがそこまでいうならだれにもいいません」
「よしよし…わかってくれましたか。それじゃあ練習に戻りますよ」
「はい」

 頭、痛い。何故に深海先輩はこんな謎が多いのだ。何故付き合ってもいないのに平気でキスができるのだ。加えて何故私と公認カップルになりたいのか。わからん。意味がわからん。転入したばかりの頃に比べたら深海先輩のことをわかってきたはずなのに、やっぱりまだ理解できない。しばらく深海先輩と二人きりになるのはやめよう。

「それにしても本当にビックリするとしゃっくりって止まるんですね」
「ああ、あれは『びっくり』したからとまったのではありません」
「え?じゃあどうして?呼吸を止めたから?」
「いいえ。『みみ』をふさいだからです」
「みみ?」
「ふふ。『みみ』をこのように『ゆび』でふさぐととまるんですよ。『ふしぎ』ですね」
「へ〜そうなんだ!両耳に指を押し込むだけで良いんですか?」
「はい」
「それは知らなかった〜!今度またしゃっくりが出たらやってみます!」
「はい。ためしてください」
「良いアドバイスをありがとうございます!………ん?あれ?ちょっと待ってください」
「はい」
「耳を塞ぐだけでいいんですよね?」
「はい」
「息を止める必要はなかったってことですよね?」
「はい、そうですね」
「それってつまり、キスの意味はなかったってことですよね?」
「…」

 おいこら。

「深海先輩、目が泳いでます」
「ぷか、ぷか」
「そうですね。深海先輩の綺麗な目がぷかぷかしてます。思いっきり泳いでます。ちゃんとこっち見てください。言い分によっては許しませんよ」
「おこらないでください、なまえさん。『やくとく』です。『ごほうび』です」
「役得!?!?ご褒美!?!?想像以上に最低な言い分が返ってきた!!深海先輩って見かけによらず遊び人なんですね…羽風先輩から悪影響を受けてるんじゃないですか?」
「…かおるにも『おなじこと』されたんですか?」
「いやさすがにされてませんけど。羽風先輩にされたら警察に突き出してますって」
「…ああ、よかった。もしかおるにも『て』をだされていたなら『しゅとう』でこらしめないといけませんね」
「………」
「ふふ。あしたのぶかつで『おしおき』ですね」
「…あの、深海先輩?されてませんからね?なんか顔が怖いんですけど。くれぐれも羽風先輩に変なことしないでくださいね?手刀もダメですよ?」
「あんしんしてください。なまえさんにてをだす『あく』は『りゅうせいぶるー』がゆるしません。ぼくがなまえさんをまもります」
「は、はあ、どうも ( あれ?私が怒ってたはずなのにいつのまにか深海先輩がキレてる…え?何で? ) 」
「なまえさん、きょうしつまでてをつないでいきましょう」
「え?いや手は別に…あ、はい。繋がせてください」

 笑っているのに笑っていない。深海先輩のドス黒い部分を垣間見て私は震えが止まらなかった。深海先輩、めっちゃ怖いんですけど。言うこと聞かないと私まで手刀を切られそうだったから言う通りに手を握り返しておいた。とばっちりを食った羽風先輩が心配だけど、まあ羽風先輩だし別に良いか。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -