「あけおめことよろ」
「何だその呪文」
「明けましておめでとう今年もよろしくの略だよ」

 幼馴染の影山と二人で真夜中に初詣に行く恒例行事は今年で何度目を迎えたのだろう。元旦、それも一番冷え込む時間帯にこたつを抜け出して初詣だなんて、こんなテンションの上がらない行事を提案したのはどっちだ。私だ。せめて太陽が上ってからにすれば良かったと今更後悔している。クソ寒い。東北の寒さは防寒対策をとったところでほとんど意味がないのだ。神社に向かう途中の自販機で購入した温かいお茶で体の内側から暖めておかないと、きっと神社に辿り着く前に凍え死んでしまう。さっきからガクガクブルブルと震えが止まらない私に比べて影山は平然とした様子で規則的に白い息を吐き出している。見るからに私よりも薄着なのに、何でそんな余裕そうなのか意味がわからない。もしや筋肉か。バレーで鍛え上げたその筋肉で寒さを凌いでいるのか。ヒートテックならぬミートテックの効果半端ない。

「そういえば今日ってバレー部の先輩の誕生日なんでしょ?誰だっけ…菅原さん?じゃなくて、三年の」
「東峰さん」
「そうそう!東峰さん」
「何でお前が東峰さんの誕生日知ってんだよ」
「日向くんから聞いた」
「ああ…お前ら同じクラスだったな」
「いえす。あ、日向くんにあけおめメール送ってないや」
「んなもん直接言えば良いだろ」
「えー。じゃあ代わりに影山が言っておいて。ついでに金田一と国見にも」
「はぁ?何で金田一達の名前が出てくるんだよ」
「だって卒業してから全然会ってないんだもん。連絡先も知らないし。影山はちゃんと金田一達と仲直りしたんでしょ?」
「仲直りって何だよ。んなもんしてねーよ」
「またまたー照れちゃって〜痛ッ!」

 ニヤニヤしていたら頭を鷲掴みされた。オイオイ私の頭はバレーボールか。指がギリギリ食い込んでて普通に痛い。

「あ。金田一達と言えばさ、おいなりさん元気?」
「…おいなり?」
「おいなりさん。あれ?おいなりって名字じゃなかった?」
「誰だよそれ」
「誰って…影山の先輩だよ。バレー部の」
「……」
「え、いたじゃん!あの、なんか、いつもうるさい人!影山のことトビオちゃんって呼んでて、バレーうまいんだけど、なんかいつもうるさい人!」
「トビオちゃ………ああ、及川さんな。お、い、か、わ」
「おいなりさんじゃなかったか。こりゃ失敬」
「食い物と間違えんなよ」
「てへぺろ。で?元気?」
「知らねぇ。どうでもいい」
「お前…」

 そんな冷たい言葉聞いたら及川さん泣いちゃうよ。及川さんのことよく知らないけど。ついさっきまで名前間違えて覚えてたけど。でも影山のことを「トビオちゃん」と独特な呼び方をしていたことだけはよく覚えている。影山のこと気に入ってるんだと思ってたけど、実際そんなことはないと影山が言っていたからちょっと意外だった。繰り返すようだけど及川さんのことは本気で何も知らない。顔もぼんやりとしか思い出せない。茶髪だったような。あとイケメンだった。イケメンって言っても浮かぶ顔はテレビや雑誌でよく見かける俳優やモデルばかりだ。二年くらい前に一回か二回、遠目で見ただけだし覚えていなくて当たり前か。

「あ、」

 影山が不意に足を止めた。釣られて私も立ち止まって振り向くと、影山が目を見開いて固まっていた。どうしたの?と尋ねる私にちらりと視線をやってから「…いや、別に」とスヌードで口元を隠す。

「顔隠しちゃってどうしたの?まさか知り合いでもいたの?」
「いや…」
「…あれ、もしかしてトビオちゃん?」

 いきなり真後ろから声が聞こえたからびっくりして飛び跳ねた。慌てて振り向くと茶髪のイケメンが目を見開いて影山を指差していた。あれ、このイケメンどこかで。

「やっぱりトビオちゃんだ!奇遇だね。あけましておめでとう。ことよろ〜!」
「…っす」
「ちょっと、何その顔は。久しぶりに中学の先輩に会ったっていうのに、本っ当に可愛くないね!ていうか新年の挨拶しなよ!」
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願、いしません」
「しません!?!?」

 あ、と思い出した。間違いなく例のイケメンはこの人だ。私が思い出そうと奮闘していた及川さんご本人が目の前に現れるなんて、どんだけタイムリー。及川さんの名前と顔が一致したことで私の頭の中のモヤモヤがすーっと消えていく。そして不安なことが一つ。この二人、新年早々険悪なムードに入った。

「及川さんが何でこんな時間にここにいるんすか」
「トビオちゃんこそ。ていうか何。何で女の子といるの?もしかしてこの子トビオちゃんの彼女?トビオちゃん彼女いたの?トビオちゃんのくせに生意気だよ??」
「こいつとはそういうんじゃないです」
「そうなの?ねぇねぇ君名前は?」
「みょうじなまえです。どうも」
「なまえちゃんか〜可愛いね!トビオちゃんと初詣行くんだったら及川さんと行かない?新年早々こんな仏頂面で可愛げの無いトビオちゃんよりも俺といた方が楽しいよ」
「て、言ってるけど影山どうする?」
「どうするじゃねぇよッ!」
「それにしてもトビオちゃんに女の子の知り合いがいるなんて…二人はどういう関係なの?」
「幼馴染です。ね?影山」
「まあ…そんな感じ、です」
「へぇ〜!でも君ホントに可愛いね。及川さんのタイプ」
「マジすか。どうしよう影山。新年早々ナンパされてる」
「…及川さん、岩泉さんと待ち合わせてるんでしょう?だったらこいつにつまらない冗談言わないでください」
「冗談じゃないよ。確かに初詣は岩ちゃんと行く約束だけど、なまえちゃんみたいな可愛い子とお知り合いになりたいのはホント。ね、なまえちゃん連絡先交換しよう?」
「ほお」
「何感心してんだお前」
「いやまさかこんなイケメンな方に連絡先を聞かれる日が来るとは思わなかったから」
「お前さっき及川さんのことうるさいって言ってただろ」
「馬鹿!言うなよ本人の前で!」
「え…そうなの…」

 及川さんは眉を下げてしゅんとした。その姿がちょっと可愛くて少しだけ申し訳ない気持ちになった。だがしかし、前言撤回はしない。実際にうるさいから。

「…行くぞ、なまえ」
「あ、うん」
「ちょっとトビオちゃん!まだ話の途中!ていうかなまえちゃんの連絡先聞いてない!」
「こいつ携帯持って無いですよ」
「ウソ!?!?」
「嘘ですけど」
「ウソかい!!!!」
「じゃあ、そういうことで」
「あ、ちょっと!」

 こらこら何勝手なことしてんだ。とも言えないまま影山にグイグイと手を引かれて神社の鳥居を潜り抜け、人混みの中に移動した。及川さんの姿はもう見えない。あーあ、ちょっと残念。あんなイケメンは滅多にお目にかかれないのに。そういえば月島くんと知り合った時も影山に邪魔された気がする。何なの。何がしたいの。

「影山ーゆっくり行こうよー早歩きするの疲れたー」
「体力無さすぎんだろお前」
「だって私、運動部じゃないし」
「…」
「影山?」
「…」
「…」
「…」
「影山、よくわからないけど怒らないでよ」
「怒ってねぇよ」
「じゃありんご飴食べよ」
「じゃあって何だよ」
「初詣と言ったらりんご飴でしょ」
「いやたこ焼きだろ」
「じゃあたこ焼きで良いよ。帰りにりんご飴買うから。先にお参りしよう?」
「おう」

 真夜中にも関わらず、神社に集まる人の数がすごい。参拝者の列の長さには目が飛び出るかと思った。なんだこの長蛇の列。この寒空の下で長時間立ち続けなければならないのか。つらい。仕方ないから列の最後尾に回った。購入した温かいお茶はすでに冷たくなっている。

「影山は何をお願いするの」
「…健康で過ごせるように」
「へー。バレーで勝てますように、とかじゃないんだ」
「それは神頼みすることじゃねぇよ」
「おおーかっこいい」
「お前は?」
「彼氏ができますようにってお願いする」
「…」
「何その顔。え?変?」
「馬鹿かお前」
「影山にだけは言われたくねぇ」
「そんなしょうもないこと願ってどうすんだよ」
「だって彼氏欲しい。あ、それか新しい洋服が欲しい」
「自分で買え」
「だって他に思いつかないんだもーーん」
「自分の健康でも願っとけよ」
「すでに健康だから問題ない」
「…そうかよ」
「でも影山がそこまで言うなら別のことお願いする」
「もうすぐだぞ」
「あ、本当だ…意外とすぐだったね。うーん、うーん」

 特にこれと言ってお願い事は思い浮かばない。強いて言うなら、去年と同じように楽しく過ごせるならそれで良い。私はそれ以上を望んではいないのだ。もうそういうことで良いや。拝殿前に出てお辞儀をしてからお賽銭を投げて鈴を鳴らす。シャンシャンと音を確認してから手を叩いてそのまま合わせた。目を閉じる。今年も楽しく過ごせますように。あと、家族がみんな健康でいれますように。あとあと、成績が上がりますように。あとあとあと。

「…お前長ぇよ」
「ハッ!欲張り過ぎた」
「で、結局何を願ったんだ」
「うーん、いっぱい。簡単に言うと来年も楽しく過ごせますようにって」
「無難だな」
「あとね、影山とこれからもずっと一緒にいれますようにって」
「…そうかよ」
「あと出来れば及川さんとお近付きになりたいたたたッ!」


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あけましておめでとうございます。



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