「オイ!そこのお前!ボクの横を素通りするなんてどういうつもり!?」
「は…はあ…?」
「どういうつもりって聞いてんの!」
「どう…と言われましても…」

 なんか、よくわからんが生徒会役員のお坊ちゃんに廊下のど真ん中で怒られてるなう。お互い逆方向から歩いてきてすれ違っただけなのに何で怒られてるんだろう。

「挨拶の一つもできないの?これだから庶民は嫌だね!」
「はあ…。すんまそんぐ」
「ボクは本気で怒ってるんだよ!?このボクを怒らせたらどうなるかわかってんの〜!?」
「知りまてん」
「うう〜〜っ!生意気だぞ〜〜っ!」

 ほえ〜めんどくせぇガキだな〜。あの姫宮桃李にまさか絡まれるとは今日はツイてないなぁ。この後同じユニットの子達と打ち合わせがあるから急いでるんだけど。何で挨拶しなかっただけで怒れないといけないわけ。友達でもないのに挨拶なんてしなくない?知り合いどころか一度も会話したことない赤の他人相手に「こんにちは〜」なんてわざわざ言う?気持ち悪いだろ逆に。それなのにこのボンボンは私が挨拶せずに横を素通りしたことが相当気に入らなかったらしく、ぽこぽこ頭から湯気を出して怒っている。

「お前弓弦のクラスメイトでしょ?」
「弓弦…?ああ、伏見くんか」
「知ってるんだぞ!お前、授業中居眠りしたり授業を放棄したり、かなり問題児なんだって?」
「まあ…授業つまんないし。でも問題児ではない」
「充分問題児だよ!生徒会として黙って見逃すわけにはいかないね!」
「伏見くんは何も言わないけど」
「うそ!?弓弦の役立たずめ…!お前みたいな劣等生、ボクの力ですぐに退学にできるんだぞ!」
「はー?ほざけクソガキ。やれるもんならやってみ。こんな可愛い私を学園が手放すわけないじゃん」
「クソガキ!?このボクをガキ呼ばわりするなんて…!無礼者!」
「先輩をお前呼ばわりする君の方がよっぽど無礼者だわ」
「むかつくむかつくむかつくむかつくー!!このボクを敬え!今ならまだ許してやるから土下座しろ!」
「はあー?やなこったクソガキ」
「お前みたいな凡人を学園は必要としてない!!」
「君に何を言われても痛くも痒くもないよ。ブス」
「ぶ、ブス………!?!?このボクが…ブスだって……!?」

 姫宮くんはワナワナと震えて顔を真っ赤にした。効果はバツグンだ!ちょっと言い過ぎた気もするけど、まぁ良いか。世間知らずの坊ちゃんにはこのくらいの暴言は良い薬になる。
 …さて、ブスと言われて相当ショックだったのか姫宮くんも静かになったことだし、私は打ち合わせに向かうとしよう。五分も時間を取られるなんて…こりゃ遅刻だわ。まったく厄介な奴に絡まれ、

「ひ…っ…う………ぐすっ」

 て、え、え、ええええ???

「ひ、姫宮くん…!?」
「このボクが…っ!このボクがブスだってぇ…っ!?うああああん!」

 姫宮くんの絶叫が廊下に響いた。え…ええ…?泣くの…?そこで泣くの…?いやまさかブスと言われただけでここまで泣くとは誰も思わないじゃん。私は若干たじろぎながら姫宮くんの背中を摩る。

「ひ、姫宮くん。何も泣くことないじゃん」
「ボクに気安く触るなぁ〜〜!!!うあああんっ!ひうっ…ひっ…」
「あーーもううるっせぇ!ウソだよ!ブスなんてウソだよ!これで泣き止んでくれまちゅか!?…性格はブスだけど」
「うあああんっ!!!」
「ギャアア鼓膜破れるぅううう」

 姫宮くんは悲鳴のような泣き声をあげてワンワン泣き出した。しかも最悪なことに、廊下に響く姫宮くんの泣き声に反応して人がどんどん集まって来やがった。どう見ても私が泣かせた図が完成している。ヒェーッ!やめろ!やめてくれ!私のイメージがだだ下がりだろうがっ!

「えっと…ひ、姫宮くぅ〜ん?あっちでお姉さんとお菓子食べよっか〜?」
「謝れ!このボクをブスと言ったことを謝れ!」
「く…!…あーはいはい私が悪ぅござんした。オラこれで満足か??」
「土下座しろ〜〜〜!!!」
「この公衆の面前で!?鬼畜か!!」
「ボクの心を傷付けた罪は重いぞ!早く土下座しろ!床に額をつけて!深々と!土下座しろ!」

 こ、こ、こ、この野郎ぉ〜〜〜っっっ!言わせておけば……!ゼッッッタイ土下座しない!絶対しない!こんな偉そうなクソガキなんかに頭を下げるくらいならこの学園を出た方が何千倍もマシだわ!



「坊ちゃま、女性に土下座なんてさせてはいけませんよ」

 透き通った声が廊下に凛と響いた。姫宮くんの啜り泣く声も怒りで震える私の手もピタッと止まる。

「ゆ、弓弦ぅ…っ!」
「はい、坊ちゃま。坊ちゃまの泣き声が聞こえたものですから飛んで参りました」

 伏見くん…だと…!?最悪のタイミングだ〜〜!!!!

「おやおや、こんなに目を赤くして…」

 伏見くんは姫宮くんと同じ目線までしゃがむとハンカチを取り出し、彼の目元に優しく押し当てた。涙を拭かれながら姫宮くんは私を指差して何か喚いている。庶民がどうとかブスって言ったとかなんとか。涙声でよく聞こえない。それでも伏見くんはいつもの穏やかな笑みを崩さずに静かに頷いている。ちょっと待って。私の話も聞いて欲しい。姫宮くんからの情報だと明らかに私が悪い印象しか与えられないじゃないか。違うんだよ最初に喧嘩を売って来たのは姫宮くんで私は被害者…ああっ!もうイライラする!

「みょうじさん」

 急に名前を呼ばれてビクリと肩が跳ねた。

「はっはい!」
「坊ちゃまが迷惑をかけてしまったみたいですね。大変申し訳ありませんでした」
「…は、え?」
「ちょっと弓弦!?何を聞いてたの!?悪いのはボクじゃなくてこいつー…!!」
「坊ちゃま」

 伏見くんは肩を竦めて困ったように笑った。そして姫宮くんの耳元に顔を寄せて、私を横目で見ながら何か囁いている。

「…みょうじさんとお近づきになりたいのでしたら、もっと素直にならないといけませんね」
「っっ!?!?」

 突然姫宮くんの体がビクリと大きく跳ねて、みるみる顔がりんごみたいに真っ赤になっていく。な、何を話しているのだ。よく聞こえない。

「ふふ、困ったお方ですね。坊ちゃまは」
「は、はぁああ!?な、何でボクがこんな可愛げのない庶民なんか……!」
「お顔が真っ赤ですよ」
「!?う、うう〜〜〜っ!」
「…さて、みょうじさん」

 まったく状況を理解できず、居心地の悪さを感じながら様子を伺っていたら伏見くんがくるりとこちらを向いた。にっこりと優しく微笑みながら私に歩み寄ると、少し顔を寄せて小声で囁く。

「坊ちゃまは不器用な方なのです。誤解しないであげてください」
「は、はぁ」
「あぁそれと、今後もし坊ちゃまの姿を見かけましたらどうかお声をかけてあげて下さい。よろしくお願いします」
「え、でも私姫宮くんに嫌われ…」
「いいえ、全く。そんなことありませんよ」

 弓弦ッ!と姫宮くんが顔を真っ赤にして叫んだ。伏見くんは穏やかに微笑んで「それでは」と私に深々と頭を下げると、姫宮くんを連れてこの場を去った。去り際に姫宮くんにあっかんべーをされたから私も仕返しに盛大に舌打ちしてやった。直後に伏見くんの言ったことを思い出したけど、この態度で私を嫌ってないというのはどういうことなんだろう。もしもそれが本当なら姫宮くんは本当に何がしたかったんだ。世間知らずのお坊ちゃんが考えることなんてわからない。頭が痛くなってきた。とりあえずこんな廊下のど真ん中で突っ立ってても意味がないから歩きながら遅刻の言い訳でも考えよう。生徒会に絡まれた〜なんて馬鹿正直に答えたら最悪ユニット解散なんてことになりかねないから、彼らの名前は伏せておくことにする。…マジで面倒な奴らに絡まれたな、私。とりあえず強制的に退学なんて処罰にならないことを祈ろう。



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