まぁ、何が起こるかわからないのが人生だよね。

「ちょ、ちょ、ちょ、ゆうたくん!?一旦落ち着こう!?ね!?」
「待てません。なまえさん、キスしてください。俺のことを好きって言ってください」

 だからと言って未だかつて経験したことのない現状をすんなり受け入れられるわけもなく、ポロポロと涙を流しながら訳のわからない要求をしてくるゆうたくんに突然押し倒された私はアホ面で固まることしかできない。息吹を感じる程の距離で互いの鼻先がぶつかり、彼の涙が私の頬を濡らした。んん?どうしてこうなった。

 事の発端は数分前にさかのぼる。放課後、突然ゆうたくんから「今、会えませんか」と震える声で電話があった。何だか元気が無いように思え、心配になりすぐに彼が指定した音楽室に向かうと、ゆうた君はとても思いつめたような表情で教壇に座っていた。彼の前まで歩み寄ると、ゆうたくんは今にも泣き出しそうな顔で何も言わずに私の手を握った。「なまえさん、なまえさん、」ひどく焦った様子で何度も私の名前を呼ぶものだから、とりあえず落ち着かせようと掴まれていない方の手を彼の頬に伸ばした。次の瞬間、ボロっと彼の両目から涙が零れ、そして思い切り突き飛ばされた。後ろに倒れる私を追うようにゆうたくんは教壇から飛び降り、私の後頭部と腰に両腕を回して抱き締め、そのまま二人で床に倒れこんだ。幸いゆうたくんの腕がクッション代わりになってくれたから痛みを感じることはなかったけど、そのせいでゆうたくんに押し倒される状況を作り出してしまった。

 というわけである。突然突き飛ばしたかと思えば抱き締めたり押し倒したりキスをねだったり、今日のゆうたくんは明らかにおかしい。それは電話を貰った時から薄々気付いていたけど落ち込むことがあっただけだと思ったのに、どうやら彼がこんな状態になった理由はそれだけではないらしい。詳しくはゆうたくん本人に聞いてみないとわからない。まずは落ち着かせることを優先しよう。落ち着かせるって言っても何て声をかけたらいいのかわからんけど、何か言わなければ。う〜んと頭を抱えていると、ゆうたくんの涙がまた私の頬に落ちた。

「ゆ、ゆうたくんは何で泣いてるの?何かあったの?」
「…先輩、」
「う、うん」
「先輩は俺とアニキのどっちが好きですか?」
「は…え、え?」
「答えてください。俺とアニキ、先輩はどっちを選びますか」
「え…ええ…?」

 何でそんなことを聞いてくるのか意味がわからなくて言葉に詰まった。私が黙っていると、ゆうたくんは微かに顔を歪めた。う〜ん、そんな顔されてもなぁ。片方を選べと言われても難しい。だって二人とも同じくらい好きだから優劣なんて付けられない。それが答えだからそう伝えれば良いんだけど。…良いんだけど。

「俺の方が好きですよね…?ね?そうでしょ?先輩」

 こんな念押しをされて正直に言えるわけがない。かと言って嘘をつくのも気が引ける。さて、何て答えるのがベストだろうか。

「えっと、ゆうたくん。とりあえずどいてくれないかな?どいてくれたら答えるよ」
「答えてくれたらどきます」
「 ( そう来たか… ) 」

 しぶとい。思わず舌打ちしそうになったけど寸前のところで堪えた。今のゆうたくんは超絶ナイーブだから丁寧に扱わないと。

「何でそんなこと聞くの?何かあったの?」
「…俺の方が好きって、言ってくれないんですね」
「や、そういうわけじゃなくて。まず何でそんなことを聞いてくるのかが気になったの。先に教えてくれる?」

 とりあえず冷静になろう。ゆうたくんがこんな情緒不安定になった理由を聞き出さないことには何もできない。ていうか良い加減背中痛いんだけど。

「…アニキは」
「うん」
「先輩のことが好きなんです」
「…うん?」
「今朝、本人がそう言ってたんで間違いないです」

 いや、それ私に言っちゃって良いの?俄かに信じがたいけど、いくらゆうたくんでもこの状況で嘘はつかないだろう。ひなたくん、私にイタズラばっかりするから嫌いなのかと思ってた。

「そ、そうなんだ〜。で、それが何か関係あるのかな?」
「大アリですよ」
「ほ、ほお。何で?」
「俺も先輩のことが好きだからです」
「……」

 悪いと思いつつ、私はノーリアクションを決め込んだ。決して何も思うことがなかったわけではない。状況を理解することに必死だったのだ。必死に頭をフル回転させてわかったことはただ一つ。私はいつの間にか双子の修羅場に巻き込まれてしまっていたということ。なるほど、それでゆうたくんは混乱しているのか。理解した。でもよく考えて貰いたい。一番混乱しているのは間違いなくこの私ではないだろうか。

「俺、アニキに負けたくないんです」

 瞬きをした拍子にゆうたくんの両目からポロポロと涙が落ちる様子を私は呆然と眺めていた。な、泣くほどショックだったのか。普段から出来の良い兄に対してコンプレックスを抱いているのは知ってたけど、同じ人を好きになったからってここまで取り乱すかなぁ。ていうか、この子達って食べ物の好みは真逆なのに好きなタイプは被るんだな。双子ってわかんねぇ。

「えっと…ゆうたくん、色々あるみたいだから話はちゃんと聞くよ。でもとりあえず起き上がろう?ね?」
「…先輩、逃げるつもりでしょ」
「に、逃げないよ!ちゃんと話聞くよ!」
「話すことなんて無いです。ただ言って欲しいんです。俺の方が好きって。ねぇ早く言ってくださいよ。言ってくれないと俺、」
「な、何…?」

 ゆうたくんは少し上体を起こすと、ゆっくりと窓の方を向いた。

「ここから飛び降ります」
「やめろー!!!馬鹿か!?!?」
「言ってくれたら飛び降りません」
「き、君ねぇ!?そんな脅して言わせて楽しい!?それでゆうたくんは嬉しいの!?」
「どんな理由でも先輩が好きって言ってくれたら嬉しいです」
「もうダメ。この子手に負えない。私じゃもうどうしようもない」
「じゃあキスしてください」
「じゃあの使い方おかしいよ」
「先輩ってなかなかしぶといですね」
「君に言われたくない」

 泣き顔でムッとされても怖くない。話がどんどんややこしくなってきたせいで頭が痛くなってきた。おまけに背中も痛い。そろそろ堪忍袋の尾が切れそう。

「…ゆうたくんわかってるでしょ?こんなことしたって何も変わらないって」
「…」
「私、今のゆうたくんは好きじゃない」
「っ」

 ハッとしたようにゆうたくんは瞳を揺らして固まった。その隙に彼の胸元を押し返して私は素早く起き上がる。やれやれ、やっと背中の痛みから解放された。結構長いこと床に寝てたから体のあちこちが痛い。でもそれはゆうたくんもきっと同じだ。ずっと床に手をついていたわけだし、きっと赤くなってる。

「ゆうたくん」
「…せ、先輩…俺、」
「うんうん、気が動転してたんだよね。わかってるわかってる。ちょっと手見せて。あーやっぱり赤くなってる。馬鹿だねぇ〜」
「先輩…っ!先輩…っ!」
「ほら立って。いつまでも床に座ってたら制服汚れちゃうよ」
「先輩…!」
「わっ!?」

 いきなり立ち上がったゆうたくんに勢いよく抱きつかれ、またさっきみたいに転倒しないようになんとか踏ん張った。頭を抱え込むようにギュッと抱きしめられ、鼻が押しつぶされて痛いけど少し我慢してやるかと寛大な心で背中をポンポンとたたいてやる。

「すみません、先輩を困らせてしまうようなことを言って」
「うん、良いよ。許してあげる」
「俺、すごく必死で。周りがみえなくなってました」
「うん」
「でも俺、やっぱりアニキには負けられない。先輩を渡したくない」
「お、おう」
「もちろん他の男にも渡したくない。俺以外の男と先輩が話してるところを見ると、嫉妬で頭がおかしくなる」
「……お、おお…」
「だから俺以外の人と仲良くしないでください」
「………ん?」
「先輩と一緒にいて良いのは俺だけですから」
「え…んん?」
「もし先輩が仮に俺以外の男を選んだら、屋上からそいつを突き落としてやりますから」
「………へ」
「本気ですよ」
「…………」
「先輩、大好きです。早く俺のものになってください」

 その日から私の中でゆうたくんにヤンデレ属性というレッテルが貼られることになった。



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