さすが及川さんだと思った。

「諦めないって言ったじゃん」

 他人事のように感心する。今日は月曜日だから及川さんとうっかり遭遇しないように裏をかいて裏門から出たはずなのに、その裏をかかれたらしい。フェンスに寄りかかりながら爽やかな笑みを携えて及川さんはそこにいた。裏門はもともと生徒の出入りが少ないから、今日は女の子に囲まれることもなく静かに待つことが出来たと得意げに鼻を鳴らした。いやそんな顔されても、ねぇ。

「飛雄ちゃんとはまだ付き合って無いんでしょ?」
「え、ええ、まあ」
「まだ俺にもチャンスはあるってことだよね。よぉし、飛雄ちゃんなんかに負けないぞっ」
「はあ」
「てことでなまえちゃん!デートしよう」
「嫌ですけど」
「もうちょっと悩んで?即答されるといくら俺でも傷つくよ」
「観たいドラマの再放送があるんで帰ります。さようなら」
「…あっ!なるほど、なまえちゃんはお家デートがしたいのか。わかったよ、じゃあなまえちゃん家にレッツゴー!」
「はぁ!?何でそうなるんですか!」
「だってなまえちゃんが及川さんと二人でドラマの再放送観たいって言うから」
「言ってませんけど」
「俺にはそう聞こえた」
「勘違いですけど」
「良いじゃあん!俺もお家に入れてよー。飛雄ちゃんは良くて俺はダメなの?」
「はい」
「ガーン!なんで!?」
「飛雄は昔から出入りしてましたし今更断る理由もないですけど、他人の及川さんを家に上げるのはちょっと…」
「ひどい差別!…ん?あれ、今なまえちゃん、飛雄って言った?」
「はい」
「名字で呼んでたよね?飛雄ちゃんのこと…」
「まあ、そうですね。これからは昔みたいに名前で呼ぼうかなぁと」
「…ずるい」
「あい?」
「徹って呼んで。俺のこと」
「嫌ですけど」
「何で飛雄ばっかり良くて俺は駄目なの!」
「だって、及川さんとそんなに親しくないし」
「親しくなりたいから下の名前で呼んでって言ってるの!」
「えぇ〜めんどくさい人ですね…」
「めんどくさいって言われた…なまえちゃんにめんどくさいって…。ぐすん…」

 鳴き真似だとはわかってるけどうざい。でも、たかが下の名前で呼んでって言われただけなのにちょっと冷たくしすぎただろうか。いやでも、調子に乗るとめんどくさいからなぁ、この人。とりあえず帰りたいんだけど、この状況をスルーするのはありだろうか。

「あ?なまえ何やったんだこんなところで……!?!?」
「あ、飛雄」
「あ、飛雄ちゃんヤッホー」
「及川さん…!?あんたこんなところで何してんですか!?」

 飛雄はグワっと怖い顔をして肩を怒らせると、私の肩を抱いて背後に回した。ガルルルとまるで犬が威嚇するみたいに歯を剥き出しにする飛雄を及川さんは不敵な笑みを浮かべて眺めている。
 ていうか、あれ、ちょっと待てよ。何で飛雄がここにいるんだ。

「いけないなぁ飛雄ちゃん。部活中でしょ?」
「及川さんには関係ありません。…女子が及川さんをこの辺で見たって騒いでたから、もしかしてと思って来てみたら…」
「えっ!もしかして飛雄ちゃん俺のファンだったの?」

 ハッと口元に手を当てて驚くそぶりを見せる及川さんを私と飛雄は白い目で見つめる。及川さんの冗談にいちいち反応すると余計面倒臭くなることを北一出身の私たちはよく知っている。

「飛雄、部活は大丈夫なの?」
「ああ、今日は自主練」
「あ、そうなの」
「ちょっと、及川さんを無視するなんて良い度胸だね飛雄ちゃん」
「まだいたんすか及川さん」
「なまえちゃんを置いて帰るわけないでしょ?ふーんだ!これから俺はなまえちゃんとデートするんだからねぇ、飛雄ちゃんは絶対交ぜてやんない!」
「飛雄、私そんな約束してないからね。あの人が勝手に言ってるだけだからね」
「だろうな」
「いーや今日こそデートするから!この間は未遂で終わっちゃったからね」
「は?この間って」
「 ( やべっ。及川さんにまた告白された話は飛雄にしてないんだった ) いや、まあ…、この間偶然帰宅中にばったり会ってね、うん、それだけ」
「手繋いで帰ったよね?なまえちゃん」
「んだとっ!?!?」
「ひぃぃいっっ」
「飛雄ちゃん、顔怖いよ」
「及川さんあんた…なまえに何してんですか」
「なまえちゃんの手、プニプニしてあったかくて可愛かったなぁ〜。おもちみたいだよね」
「ちょ、及川さんやめて飛雄が怖い」
「お前…あれだけ無防備にすんなっつっただろーが!まさか覚えてないとか言わないよな?あ?」
「お、覚えてますとも!違うの!手を繋いでたんじゃなくて及川さんに引っ張られてただけで…」
「引っ張られてどこに連れて行かれたんだよクソが!」
「うえええ」
「なまえちゃん可哀想に…こっちおいで?」
「及川さんのせいですけど!?」
「飛雄ちゃん、好きな女の子を怯えさせたら駄目でしょ?なまえちゃん涙目になってるよ。よーしよし可哀想ななまえちゃんは及川さんとデートしよう。美味しいケーキ奢ってあげるからね」
「美味しいケーキ…」
「何誘惑されてんだボゲ!」
「あいひゃっ」
「ちょーとちょっとちょっと!なまえちゃんのほっぺ抓らないでよ可哀想だろ俺の前でイチャイチャすんなッ!!」
「及川ひゃん本音がポロリしてまふ」
「なまえはこれから俺と帰るんで、及川さんはこのまま一人で帰ってください」
「飛雄ちゃんこそ一人でお帰り。シッシッ」
「飛雄、自主練習は?」
「今日は切り上げる」
「 ( なんか雲行きが怪しくなってきたぞ ) 」
「飛雄ちゃんもなかなかしつこいね。なまえちゃんは俺と帰るの」
「しつこいのは及川さんです。だいたいこいつと家反対方向っすよね?俺ら、家近いんで」
「自慢かこのやろ」
「なまえは絶対渡しません」
「俺だって飛雄なんかに負けない。この可愛い可愛いなまえちゃんと釣り合うのは素敵な及川さんだけだからね」
「なまえが迷惑してるって言ってます」
「なまえちゃんが飛雄怖いから嫌だってさ」

 小学生のおもちゃの取り合いのような低レベルな口喧嘩はどんどん悪化していった。既に私が木陰に隠れていることにすら二人は気付いていない。それ程に周りが見えていないのだ。私絡みでああなってるのは申し訳ないけど、あんな空気に飲まれるのは真っ平ごめんである。あいにく私はそこまでタフじゃない。帰ろう。二人に背中を向けて正門に向かった。最近心に余裕が無かったからとても癒しが欲しい。

「みょうじさんはっけーん!」
「なんてナイスタイミングなんだグッジョブ日向くん!一緒に帰ろ!」
「うぇえ!?!?」

 このあと飛雄と及川さんに死ぬ程追いかけ回された。日向くんも一緒に。


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おしまい



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