休日に何の連絡もなく影山がうちに来た。次のテスト範囲を教えて欲しいとかなんとか言ってたけどうちに来た理由なんてものはどうでも良い。影山が私の家に来たのは実に5年ぶりのことだから緊張してしまう。先に影山を部屋に案内してからキッチンで飲み物とお菓子の準備をしていたら、お母さんが「飛雄くん、かっこよくなったわね」と少し頬を赤らめていた。そりゃ小学生の時よりずっと背が伸びたし、大人びた顔立ちになったとは思う。でも中身は何も変わってない。影山は昔からなに一つ変わってない。色褪せないものなんて、無いと思ってた。

「麦茶で良かった?」
「全然。悪い、手伝わなくて」
「いーよ、お客様なんだし」
「さんきゅ」

 落ち着かない様子でキョロキョロと目を動かす影山に麦茶を手渡した。久々に私の部屋に入ったから少なからず緊張しているのだろう。気持ちはわからなくもないけど、影山がその調子だと私も変に緊張してしまう。麦茶をちびちび飲みながら会話のネタを探した。

「部屋、」
「ん?」
「なんかさっぱりしたな」
「そうだね。飾ってた小物とか結構捨てたから」
「…あれは取って置いてあるんだな」
「どれ?」
「あのクマの人形」
「あー!小3の時に影山が私の誕生日にくれたやつね。当たり前じゃん、大切に取って置いてるよ」
「お前クマよりウサギのが好きだってゴネてたけどな」
「そうだっけ?今はクマのが好きだよ」
「…あっそ」
「あら〜影山くんさては照れてますな?ほっぺが赤いですよ?つんつんっ」
「だぁああ触んなっ!」
「はっ!
何このもちもちのお肌…生意気な!」
「だから触んなっつの!」
「良いじゃん減るもんじゃないんだし」
「そういう問題じゃねぇ…!」
「あ!逃げないでよ〜」

 影山があまりに嫌がるからついムキになって、膝立ちで詰め寄った。影山は上体を後ろに倒しながら床に片肘をついて、負けじともう片方の手で私の鎖骨当たりを押し返している。腕を伸ばしてもあとちょっとなのに届かない。キーッ悔しい!もう少し私の腕が長かったら。

「うーん!ふんぬうううっ」
「変なところで全力出してんじゃねぇよ」
「だって影山のほっぺ触りたい!」
「自分の触ってろボゲ!」
「ちょっとくらい良いじゃあん…」
「つかお前…この状況に違和感覚えろよ」

 指摘されて気付いた。これではまるで私が影山を押し倒してるみたいになってる。いやでも、それより。

「影山、私の胸触ってる」
「!?!?!?」
「おっしゃぁあ隙ありぃい!」

 やーい騙されてやんの影山。顔を真っ赤にして勢いよく手をどけたことで私の体は自由に移動できるようになった。瞬時に間合いを詰めて影山のほっぺを両手で挟む。影山のすごく悔しそうな顔を笑いそうになった。

「お前…!」
「もちもち〜」
「やめろっ!」
「ふぐっっ」

 バチーンと私も頬を挟まれた。しかもなんか潰そうとしてない?私今とんでもなく不細工な顔になってる気がする。悔しいから私も両手に力を入れたら、よくわからない顔の潰し合いみたいな喧嘩になった。当然決着なんてつかなくて私たちは無意味にも痛い思いをするだけだった。まあ私は影山のもち肌を触れて満足だけど。
 また隣に並ぶように床に座り込んだ。影山はあぐらをかいて天井を眺めている。一方で私は膝を抱えながらまた会話のネタを探していた。ていうか、勉強しに来たとか言ってたけどよくよく考えてみたらこいつ手ぶらじゃん。何しに来たの。

「…お前」
「んー?」
「及川さんの告白、断ったらしいな」
「んー。まあね」
「…そうか」
「何で断ったかは聞かないんだね」
「そこまで知る権利は無いからな」
「真面目だねぇ」
「…でも、ホッとしてる」

 相変わらず天井を見つめたまま独り言のように影山が呟いた。ぱしぱし、と定期的に柔らかな瞬きを繰り返して、影山の長い睫毛が揺れる。私は「そう」と返すだけだった。それ以外に返す言葉が見つからなかった。「何でホッとするの?」なんて聞いたら影山に期待しているみたいになる。期待を押し付けることが出来ても、私に押し付けられた時はどうしたら良いのかわからない。

「…俺は、まだこのままでいいと思ってる」
「?」
「しばらくは今まで通り、幼馴染でいい。お前の心の準備ができるまで待っててやる」

 影山は真っ直ぐな目で私を見る。バレーの試合中のような、真剣な眼差しで。

「だから、これからも」

 色褪せないものはここにある。

「…飛雄」

 下の名前で呼んだのは初めてではない。小学生の時はずっと飛雄ちゃんって呼んでた。でも中学に上がって及川さんが飛雄のことをちゃん付けで呼ぶようになったから、もう呼べなくなってしまった。だけど、もう良いかな。

「ありがとう、飛雄」
「…おう」

 私と飛雄の関係は色褪せない。これから先、今以上にもっともっと色付いて行くのだ、きっと。…ううん、絶対に。



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