これの続き


英二とお付き合いを始めて一ヶ月が経とうとしていた。今のところ喧嘩や別れ話といった恋人同士によくある危機的なものは一切なく、平和な関係が続いている。そう、平和過ぎるくらいに。

「あんまり前の関係と変わってないような…」
「にゃんか言った?」
「いえ、何も」

私と英二はお隣さんという関係が長いこともあって、もともとすごく仲が良かった。名前呼びなんて小学生の時からだったし、手をつないで下校したことだってある。手をつなぐ行為はさすがに小学五年生あたりから周りの冷やかしもあってやめたけど。
だからなのか、付き合うことになっても私達の関係はこれといって変わらなかった。本音を言うと、想像していたのと少し違うというか、がっかりというか。何かしらの変化が見られると思っていた。例えばまた手をつないで歩くとか、だ、抱きしめ合うとか!

「おお!なまえ、この料理本借して!すっごい美味しそうだにゃ」
「ええ、どうぞ」

それなのに当の本人である英二がこれだ。彼女である私の部屋にいるというのに、室内を物色しては暇つぶしになる物を探している。料理本の次はファッション雑誌に手を伸ばした。英二は頑なに私の方を見ようとしない。何故だ。何故、英二は私に何もしないのだ。いや別に何かして欲しいわけではなくて…違う、そうじゃない。ただお互いドキドキして初々しいカップルみたいなオーラを漂わせてみたいのだ。だって告白してくれたのは英二の方なのに、こんなの絶対におかしい。中学生ってもうちょっと性的な欲求があるものじゃないのか。性的な欲求とか言って自分で恥ずかしくなった。まるで私が欲求不満みたいだな。あながち間違ってはいないけど。

「…そんな私の気持ちも露知らず、英二は雑誌に夢中なのであったー…」
「?やっぱりなまえ変だにゃ」
「うるせぇにゃ」

彼氏がいる友人は付き合い出して一週間以内にはキスをして、一ヶ月経つ前には事を終えたという。やっぱりおかしい。一ヶ月経ったというのに、私まだ英二とキスどころか手を繋ぐことすらしていない。もしかして英二は私を彼女として見ていないのかもしれない。…うわあ、英二ならあり得る。確かに恋人としてより幼馴染としての方が付き合いは長いけど、それなら何故告白したんだよって話な訳で。何でこう…無関心なのかなあ、英二は。そんな不満を零したところで、女性ファッション雑誌に夢中になってる英二に何を言っても無駄だ。可愛い女物の下着のページなんて見ちゃってさ。それ女の子が見るものであって男の子が見るものじゃな

ちょっと待て。

「えええええええええ英二」
「ん〜?」
「ちょ、何見てるの?やめて?見るところ間違ってるよ?」
「なまえってこういうひらひらの白い下着が好きなの?丸印ついてるけど」
「やめろ!!!」
「俺的には薄いピンクとか水色とかの方がなまえには似合うと思うけどなぁ〜」
「お前は変態か!!!」
「にゃんで?彼氏なんだから良いじゃんよう」
「…」

キュンとした自分一回死ね。単純すぎるにも程がある。彼女と思われてないのかもしれないと心配していた直後だからとは言え、こんな状況で喜ぶなんてどうかしてる。

「なまえ顔真っ赤」
「…っ、う…うるさ…」
「可愛い可愛い」
「!?ううううくっそおおお」
「なまえ必死過ぎ。もっと俺に甘えればいいのに〜」
「…え」

一瞬で頭の中がごちゃごちゃになった。英二は今何て言った?うな垂れていた顔を上げて英二を見上げると、彼はにっこりと満面の笑みを浮かべていた。

「え、英二どうしたの…?悪い物でも食べたの?拾い食いはあんなに駄目だって言ったのに…」
「ちょっとちょっと、何だようその言い草は〜!可愛くないぞー」
「だって英二が甘えて良いだなんて…そんな馬鹿な…」
「ぷっ…にゃんだそれ。さっきも言ったけど、俺はなまえの彼氏だよ?そしてなまえは俺の彼女なんだから、好きなようにして良いに決まってんじゃんよ」
「!?わ、笑ったな!私だって英二ともっと恋人っぽいことしたいよ!うわああん言っちゃった!!!」
「ふむふむ。なぁんだ、じゃあ俺もなまえを好きにしていいんだ?」
「…うん」
「じゃあなまえ、おいで」

手招きをして両腕を広げる英二はどこか嬉しそうだった。何がそんなに嬉しいのだろう。かく言う私も嬉しくて頬がゆるゆるだけど、それを隠す気にもならなかった。英二が嬉しそうな理由が私と一緒だと嬉しい。英二の胸に顔をうずめながらそう思った。あ、英二から柔軟剤の良い匂いがする。

「なまえ、ちゅーしたい」
「え、え!?そ、そんな急に…」
「ダメ?」

確信を持った犯行か。眉をハの字にして露骨にしょんぼりする英二に私は弱いのだ。この表情で頼みごとをされて断れた試しが無い。そういえば小学生の時もこれに負けて夏休みの宿題手伝わされたっけ。でも今回は宿題なんかとは比べものにならない程ハードルが高い。ちゅーってあれでしょ、キスでしょ?え、どうしよう。さっきまでキスとか恋人っぽいことしたいって言ってたけどさ、言ってたけどさ。いざとなるとこんなに恥ずかしいなんて、あまり無茶な注文するんじゃなかった。

「なまえは目を閉じてるだけでいーよん」
「え、英二は恥ずかしくないの…?」
「んー。恥ずかしいと言えば恥ずかしいけど、それ以上になまえとキスがしたい」
「…」
「ね?大丈夫だから。目、閉じて」

優しい手つきで前髪を撫でてくれる英二の手が首裏に回った。これはもう覚悟するしかない。目を閉じるだけ、閉じるだけ。あれ、呼吸って止めた方がいいの?

「ちょ、ストップ!」
「わっ。びっくりしたぁ」
「ううう色々タイミングがわかんない…!やっぱり恥ずかしくてキスなんてできないいい」
「…」
「うう…ごめん…英二ごめ、んう!?」

視界が英二の顔がでいっぱいになった瞬間、声が出なくなった。息苦しいのに気持ちが良い。唇がポカポカと温かくて、腰に回る英二の腕が心地よい安心感をくれる。やっと英二とキスしているんだ気付いた。それが羞恥心を煽ったことは言うまでもない。

「ん、ん…」
「ん…う」
「…ちょっ待…、苦し…」
「ん…ダ〜メ。まだ止めないよん」
「ふんん!?ひょ、えい…んむ!」

キスがどんどん深くなっていく。ついに英二の舌が口内に侵入したところで私の羞恥メーターはマックスを迎えた。それでも英二はキスを止めない。むしろどんどん激しくなっていく一方だ。ついに私は脱力し、英二が覆いかぶさる状態でキスは続いた。やめて欲しくても手首を掴まれてるから、気持ちを伝える術はない。そろそろ酸欠で頭が真っ白になってきた。だらしなく口角から伝った唾液が気になってモゾモゾしていると、それに気付いた英二が舌で唾液を舐めとり、そのまま自分の口角もペロリと舐めて唇を離した。どうしよう、エロい。英二とは長い付き合いだけど、こんな表情の英二は知らない。心臓がドキドキいっているのは多分トキメキとかではなく、身の危険を感じ取った焦燥感からだと思う。今の英二はさながら飢えた獣のようだ。頭がぐちゃぐちゃになっていても、現状がかなりやばいということは何となく理解できた。しかし、どうしたら良いのかまではわからない。

「…うー。ちょっとやばいかも」
「え?」
「なまえが好きで好きでたまらない。もっとキスしたいし、なまえを感じたい。ダメ?」
「!?えええ英二…ちょっと…」
「いいじゃんよ、だって俺ら付き合ってるんだし」
「で、でもさ!ほら、順番というものがあるじゃん…?」
「え〜。もう充分待ったじゃん」
「…待ったの?」
「待った。なまえのこと好きになってからずっとこうしたかった」
「…っ」
「好きだよ、なまえ。ずっと好き。大切にするから、なまえの全部が欲しい。俺にちょうだい、ね?」

どうやら私は色々と勘違いしていたらしい。欲求不満を感じていたのは私だけではなかった、と言うよりはむしろ、英二の方がずっと欲求不満だったのかもしれない。待っててくれたのは、私を思っての彼なりの気遣いと優しさだったのだと思う。当然それは嬉しいし、同時に愛しいとも思う。そして、少し申し訳ない気持ちもある。私だって先に進みたかったのだ。ずっともどかしさを感じていたこの一ヶ月だったが、そんな気持ちとも今日でおさらばするとしよう。英二がこれ以上の関係を望んでくれているのであれば、私の答えはもう決まっているのだ。


まじわる小指の未来




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -