簡潔に言おう、休暇が欲しい。

なんてことを言ったらもう二度と仕事のオファーが来なくなりそうだから独り言で済ませておこう。私は心の中で滝のような涙を流して切実な想いを押し殺した。連日に及ぶハードなスケジュールに殺されかけているのに全力で仕事をする私ってなんて健気…!それなのに、現実とは時に冷たく残酷なものだ。これだけ頑張っても褒めてくれる人なんていやしない。当たり前だ、これが私の、アイドルの仕事なのだから。

しかし今日こそ本気で死ぬかと思った。いや、実際死んでいたかもしれない。日々の疲労感は抜けないどころか積み重なっていくばかりで、私のライフゲージはもうミリ単位にまで削られている。精神より肉体がもはや限界だ。まるで酔っ払いのような千鳥足で通勤しながら何度もぶっ倒れそうになり、それでも踏ん張ってスタジオまで来てみれば、雑誌の撮影だから、と未だかつて見たことのないハイヒールの装備を義務付けられ、私は自分の足に鞭を打って撮影に臨んだ。静かな悲劇の始まりだった。「はい笑ってね〜」と、無理難題を押し付けてくるカメラマンに正直掴みかかりたくなったけど、グッと堪えた私はすごく偉いと思う。笑えねぇよ。拷問されているような気分を味わいながら、それでも私は仕事を貰えることは有難いことなのだと前向きな思考を試み、なんとか撮影を乗り切ることができた。

しかし悲劇は終わらなかった。追い打ちをかけるような出来事が今日の昼間に起こったのである。例の拷問器具のようなハイヒールを脱ぎ捨て、再びお気に入りのマイスニーカーをはいてジュースでも買いに行こうかと楽屋を出た時のことだ。たまたま同じ事務所の藍ちゃんに廊下で会って、うっはああ藍ちゃんだ今日もめちゃんこかわええええとものすごいテンションが上がるのを感じながら両腕を広げて飛びつこうとしたら、藍ちゃんに汚物を見るような目で見つめられて固まった。「何その酷い顔。乾物みたい」理解に苦しんだ。乾物みたいな顔してるね!と、生まれてから一度も言われたことのなかった私はただただリアクションに困り、そのまま何も返せずにただ藍ちゃんの冷たい眼差しを全身に浴びながら硬直するしかなかった。藍ちゃんはつまらなそうに小さく鼻を鳴らして「じゃあね」と私の横を颯爽と通り抜けて廊下の奥に消えて行った。私はそっと目頭に指を当てる。あの藍ちゃんに癒して貰おうなんて少しでも考えた過去の自分馬鹿。馬鹿。藍ちゃんは顔は可愛くても発言が全く可愛くないことなんて初めからわかってたはずなのに。もう消えてしまいたかった。

気を取り直して廊下の突き当たりにある自販機に向かった。こういう時こそ甘いジュースでも飲もう。そう思ってルンルン気分でお金を入れてオレンジジュースのボタンを押した。おしるこが出てきた。オレンジジュースのボタンではなくその隣のおしるこのボタンを誤って押してしまったことに気付いたのは私がおしるこを手に取って五秒後のことだった。

もう一歩も動けない。

「もおおおおおおおやだあああああああ!!!!!!!」

楽屋の机に張り付きながら私は叫んだ。泣く代わりに叫ぶだけでもだいぶ気持ちは落ち着く。スタジオにいる方には大迷惑かもしれないが。しかし許して欲しい、さすがに一日ツイてなさすぎる。結局先ほど誤って購入したおしるこは捨てることもできず、一気飲みという手段で処分した。噎せた。甘くドロっとしたものを一気に喉に流し込んだ当然の結果に、私は生理的に浮かんだ目尻の涙を豪快に拭う。…泣くななまえ。どんなことがあってもこの道を行くと決めたではないか。そう、私はあの日、真っ赤な夕陽に誓ったのだ。芸能界で生き残るために、私は努力を惜しまないと。
しかしそれはそれ、これはこれ。

「私のガラスのハートが修復不可能となった…いや、私のハートはガラスより耐久性低かった…。ペロペロキャンディ並だわ…もう木っ端微塵…アリの餌…」

もうどうにでもなれよ…天に任せる。もはや悟りを開いた私に神様は微笑んでくれるのだろうか。ちょっとで良いから、一瞬で良いから神様…。私は神頼みに走りつつあった。昔から神頼みは得意なのだ。アイドルのオーディションも神頼みで受かったようなものだ。なんて、胸を張って言えることではないことに気付いて私は本日何度目かのため息を吐き出した。
すると不意に扉が開いた。机に張り付いたまま、ぐるりと顔だけ扉の方に向けると、よく私のお世話をしてくれるスタッフさんが立っていた。あれ…私今日もう仕事終わりだよね…。

「ちわー。なまえさん今日もお疲れ様でした」
「ええ…お疲れ…様です…」
「…うん、お疲れ様。大丈夫ですか?なまえさんここんとこ連勤でかなり疲れてると思うから、今日はもう帰って、明日も一日ゆっくり休んで下さい。明後日以降の予定の確認は明日メールで」
「はい、はい、わかりましたありがとうございま…え?明日一日中休んで良いんですか?」
「?何言ってるんですか、休みとったのなまえさんでしょ」

マジか。

「おおおおお!!!!」
「そういうわけで、今日はお疲れ様でした。車出してあるから、急いで帰る準備して下さい」
「ハイ先生!!」
「先生じゃない」

ま、ま、マジか!休みとった過去の自分グッジョブ!私はひたすら自分の頭を撫で撫でしてあげたい衝動に駆られたが、今はまだ我慢だ!ここで堂々と自分で自分の頭撫でたらかなり痛い子だと思われる。もう手遅れかもしれんが。と、とりあえず悲劇はもう終わりだ!エンディングを迎えたのだ。後は帰るだけの私に悲劇なんてもう待ち受けていないのだから、もう大丈夫だ。間違いない。
でも何で明日休みとったんだっけ?なんか忘れてる気がする。けど、まあいっか。そのうち思い出すか、もしくは私の考え過ぎなだけかもしれないしな。ひゃっほい!私は本日一番軽い足取りで車に乗り込み、明日何をしようなんて考えながら帰路についた。私はこの時は幸せの絶頂だった。







しかし幸せは長くは続かなかった。

「おっかえり〜い!なまえちゃんお仕事お疲れさ・まっ!なまえちゃんが愛してやまない嶺ちゃんのお出迎えだよ〜ん!どうっ?嬉しい?びっくりした?あ、先にご飯にする?それともお風呂?それとも〜〜っ…ボ・ク?」
「…いけない、自宅と地獄を間違えてしまったようだ…帰らなければ」
「ちょ、なまえちゃん真顔で受け流さないで!やめて!僕ちんずっと待ってたんだからっ!」
「何でだよ」
「も〜っ!なぁにかな〜その顔はっ!なまえちゃんは僕に会いたくなかったのかな?」
「そうですね…正直今は…」
「何ですって!?」

酷い…うああ酷いあんまりだぁああ!見た目は大人、頭脳は子供な嶺二はわざとらしいオーバーリアクションをしてその場にしゃがみ込んだ。何だこの二十五歳。若干ドン引きしつつ、そういえば何でこの人私の部屋に入れてるんだ…と少し考えてみると、彼に合鍵を渡した記憶がすぐに蘇えって落胆した。馬鹿…私の馬鹿…。しかし、まあ渡してしまったものは仕方ないとしても、だ。では、何でこの人今日という日に私の部屋に来たんだ。回想シーンを必死に脳内で描いていると、下からグスンと鼻を啜る音が聞こえた。え、泣くほど?泣くほどのこと言ったか?やべぇ。何があったかわからんが嶺二が泣くほどということはどんな理由であれ私が悪いじゃん。マジか。ちょっと待て何だっけ。あ、あ!わかりそう!思い出しそう!…あっ!!!

確か一ヶ月前…。

『なまえちゃんなまえちゃん!最近仕事が忙しいみたいだね。ちゃんと休めてる?』
『う…うん。まあ…ね』
『仕事頑張るのは大事だけど、無理しちゃダメだぞぉ〜?あ、そうだ!なまえちゃん、この日空けといてね!』
『?良いけど、何で』
『ふっふ〜ん!お兄さんがお仕事を頑張ってるなまえちゃんにご褒美として、なまえちゃんの行きたいところに連れて行ってあげま〜すっ!』
『ま、マジで!?』
『マジマジ〜!イェイッ!』
『やった!絶対空けとく!』
『というわけで前日はなまえちゃん家でお泊まり会ねっ!僕の方が早く仕事終わったら車でなまえちゃん家に行って、先にご飯作って待ってるからねん!』
『唐揚げよろしく!!』
『任せなさいっ!』

回想を終了する。
冷や汗がとまらない。心臓を雑巾の如く絞られる感覚に耐えきれず、閉じていた目を開けてそのまま下を見ると、ハムスターみたいにプク〜と頬を膨らませて拗ねている嶺二が何か言いたそうな目でこちらを見ていた。私は居た堪れない気持ちになった。

「嶺二」
「ふんだっ!楽しみにしてたのは僕だけだったみたいだねっ!」
「ごめん、本当にごめん。最近色んなことあって必死で、すっかり忘れてました。ごめんなさい」

嶺二の目線に合わせるようにしゃがみ込んで、嶺二の膨らんだ頬を両手で掴む。ちょっとびっくりしたのか嶺二が目を丸くするが、すぐにまたムッとしたような表情で私を見つめ返した。

「僕まだ怒ってるよ」
「うん、ごめんね」
「プンプンだよっ」
「だよね。私が逆の立場でも怒ってると思う。本当にごめんね。嶺二に会いたくなかったなんて嘘だよ。本当はホッとしてる。私を安心させてくれるのは嶺二だけだもん、久しぶりに嶺二と二人きりになれて嬉しいよ」
「…本当?」
「うん」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…仕方ないから許してあげようっ!」
「わ、わわ!」

急に立ち上がった嶺二に抱き上げられ、私はコアラ抱っこという謎の体制のままリビングに連れて行かれた。とりあえず機嫌は良くしてくれたみたいだ。良かった、せっかくの休日を喧嘩で終わらせるなんて真っ平御免だ。

ボフンと柔らかなソファの上に下ろされる。

「本当は今すぐにでもなまえちゃんとイチャイチャしたいけど、まずはご飯ねっ!お腹空いたでしょ?あともうちょっとでできるから、休んでて」
「あ…ありがとう。本当に作っててくれたんだ」
「嶺ちゃんは約束をきちんと守るんだよ〜んっ!なまえちゃんリクエストの唐揚げもあるから、楽しみにしててねっ」
「わーい!」
「よ〜しよ〜し!素直で良い子だね〜!可愛い可愛いっ」

なでなで。嶺二の大きな手で頭を優しくと撫でられ、ついうっとりしてしまった。仕事で疲れた後にこうして優しくして貰えると、嬉しくて思わず涙腺が緩んでしまう。不思議だ、昼間はあんなに死にかけていたのに私の体力は全回復しつつある。

「なあ〜に?うっとりしちゃってえ〜っ!猫ちゃんみたいだねぇ〜。かーわーいーいーっ!」
「嶺二」
「うん?なあに」
「わがまま言っていい?」
「もちろんだよっ!ドンと来いっ!それで?お姫様はどうして欲しいのかな〜っ?」
「ご飯食べ終わったら、嶺二に甘えたい」
「…え?」
「ダメ?」

私が本当に欲しかったのは休日ではなく、嶺二だったのかもしれない。一人で過ごす休日を想像して、ちょっと淋しくなったから。こうして嶺二が私の家にいることがたまらなく嬉しい。

「…」
「…」
「…ごめん、何でも無い」
「いやいやいやっ!ごめんそうじゃなくてっ!ちょっとびっくりしただけだよっ!なまえちゃんが珍しく素直だから…」
「甘えて良いの?ダメなの?」
「〜っ!!良いに決まってるじゃんよぉーう!!!」
「うわっ、ちょ、重い!」

潰される。顔を真っ赤にして私に覆い被さるように抱きついた嶺二をなんとか受け止め、けれど重力には逆らえずそのままソファに倒れこんだ。背中に回る嶺二の腕がこれでもかというほど力を入れてくるので正直苦しい。やべっ今どっかの骨が鳴った。

「もおおうっ!どうしてこの子はこんなに可愛いかなぁ!僕をどうしたいのっ!胸がキューキューして痛いよっ!好き!大好き!なまえちゃん大好きっ!」
「うん、私も好きだよ」
「…大好きって言って」
「大好きだよ。愛してる」
「キャアアッ!もうなまえちゃんのイケメンっ!嬉しくて嶺ちゃん死んじゃいそう…っ」
「意味わからん」
「もう今夜は寝かせないからねっ!」
「いや寝かせて」

煽り過ぎたか。きゃーっ!愛してるって言われちゃった!僕張り切ってご飯作るねっ!と、ハイテンションで台所に駆け込む嶺二の後ろ姿を見て私は小さくため息をついた。私が甘えたい側だったのに、いつの間か嶺二が甘える側になっているような。まあ、いっか。要は嶺二と一緒にいれればそれでいい。台所から漂い始める良い匂いをいっぱい吸い込んで、クッションをぎゅっと抱きしめて足をジタバタさせた。幸せだ。私の体に疲労感なんてものはまるで無い。ただただ嬉しい気持ちでいっぱいだ。あとお腹減った。嶺二のご飯をお腹いっぱいになるまで食べたい。

そういえば、明日は私の行きたいところに連れて行ってくれるって約束だったけど、どうしよう。小走りで台所に向かい、フライパンを片手に唐揚げをあげる嶺二をこっそり覗き見る。

「あっれ〜?なまえちゃん、休んで無くて良いの?」
「うん、嶺二がご飯つくってるとこ見てる。あとなんか手伝う」
「 (何この可愛い生き物っ…!) ありがとねっ!でも今油使ってるからあまり近付かない方が良いよっ、危ないからね!アチチだからね!」
「…う、うん。あのね、嶺二」
「うん?」
「明日どっか行きたいとこある?」
「僕はなまえちゃんが行きたいところで良いよんっ」
「本当?」
「ホントホントっ!」
「じゃあ、ドライブが良い。嶺二の車で」
「ドライブ?なあに〜?もしかして嶺ちゃんの運転してる姿見てドキドキしたいのかなぁ〜?そのまま車内でイチャイチャしたいってこと?もうっ!なまえちゃんったら大胆っ!」
「 ( うぜえ… ) うん、まあそんな感じ」
「えへへ〜っ!明日はなまえちゃんとドライブデートでイチャイチャかぁっ!楽しみぃ〜!あ、唐揚げ揚がったから気をつけてねっ」
「う、うん、おおお!美味しそう!」
「当然!お袋さんの味だよ〜ん!」
「わーい!わーい!」

カラッと揚がった嶺二お手製の唐揚げがお皿に豪快に盛り付けられるのを見て、思わずヨダレを垂らしそうになった。危ない。ヨダレを垂らす彼女なんて引かれるに決まってる。

「じゃあなまえちゃん、出来上がったご飯テーブルに運んでくれる?」
「うん!」
「気を付けてね」

取り皿類を取り出してテーブルに並べる。嶺二がうちに来た時用の箸のお茶碗も用意した。うん、準備は完璧だ。次々運び込まれる料理はどれも美味しそう。ていうか。

「嶺二は良い主夫になるね」
「!!!なまえちゃんそれって…!」
「え?何?」
「遠回しなプロポーズ…!?わ、わわ!どうしようっ!嶺ちゃんお婿さんになっちゃうっ!」
「 ( 話が見えない ) 」
「でもなまえちゃんのためなら毎日唐揚げ作るよ!」
「いや、さすがに毎日は良いかな」
「今ならお味噌汁もついてくる!」
「なに通販の宣伝みたいなこと言ってんの」
「だから僕をなまえちゃんのお婿さんにして下さい!」
「いや意味不…えええええ」
「あ…うっかりプロポーズしちゃったっ!てへっ!」
「何がうっかりだよ!」
「でも本当だよっ!僕はいつでもなまえちゃんのお婿さんになりまーす!」
「…恋愛禁止令を堂々と破るつもりですか」
「うーん、確かに今は無理だけど…。でもアイドルだって結婚しても良いよね?人間なんだから許されるよね?」
「う、うん。そうだね」
「だから、いつかちゃんとプロポーズするから、待ってて」
「…うん」
「あ、その前に」
「うん?」
「僕と同棲して下さい」
「どうせ…えええええ」

プロポーズの次は同棲宣言と来た。結婚はともかく、今のは本気なんだと思う。だって嶺二、珍しく真顔だし。ちょっと混乱してきた。

「最近なまえちゃん、痩せたよね」
「そ、そう?」
「うん、痩せた。ちゃんとご飯食べて無いでしょ。そんな生活続けてたら倒れちゃうよ。忙しいのはわかるけど食生活はきちんとしなきゃ」
「はい…おっしゃる通りで…」
「そこでっ!僕が毎日なまえちゃんのご飯を作ってあげまーす!」
「え」
「嫌?」
「嫌というか、嶺二だって忙しいのに悪いよ」
「なまえちゃんとずっと一緒にいられるなら苦労なんて感じないよ。仕事でクタクタになって帰って来ても、なまえちゃんと一緒に眠れる夜を毎晩過ごせるなら何だってする」
「…嶺二って」
「うん?」
「私のこと大好きなんだね」
「えぇー?ちょっとちょっとぉ〜!そんなこと今更でしょ?それに、僕のなまえちゃんへの愛情は言語化不可能ですぅ!好きとか愛してるなんて言葉で形容しきれないねっ!」
「そんな胸を張って言われても…照れるのですが」
「えへえへ!照れてしまえ〜照れてしまえ〜」
「も、もう…。でもさ、同棲してるのバレたら大変だよ?最悪クビになっちゃうかも…」
「問題ナッシーン!」
「あるよ!」
「ノンノンノンっ!チッチッチッ、甘い、甘いぜなまえちゃん」
「何が」
「セキュリティ完備が充実したマンションならだいじょーぶ!愛があれば不可能はない!」
「不安だ」
「…ね、なまえちゃん。僕はなまえちゃんと暮らしたくてたまらないよ。なまえちゃんは?」
「いや…まあ、それは…」
「ん?」
「…暮らしたいよ」

本音だ。嶺二と暮らせたら、ずっと一緒にいれたらどれだけ幸せだろうと何度も考えたけど、絶対恋愛禁止令がいつも頭をちらついて、私は一歩を踏み出すことができなかった。嶺二と離れて過ごすことに慣れようとさえしていたかもしれない。でも、臆病な私を見兼ねてこうして嶺二が迎えに来てくれた。とても嬉しいと思う。私は少し照れ臭くて顔を背けると、嶺二は至極嬉しそうな顔でガバッと私に抱きついた。

「なまえちゃんゲット!」
「やかましい」
「へっへ〜」

デレデレと鼻の下を伸ばして私を抱きしめながらよしよしと頭を撫でる。何だこれ…全然ときめかない。むしろ身の危険さえ感じてしまう。

「なまえちゃんと毎晩イチャイチャ…えへへ」
「ちょっと、いつまでデレデレしてるの。ご飯冷めちゃうよ」
「んもう!なまえちゃんアイアイみたい〜」
「早くご飯食べて、ゆっくりしようよ」
「…!なまえちゃんってば大胆…!ゆっくりイチャイチャしようだなんて…!いやん!」
「だまらっしゃい!!」
「ふぐっ…!!」

お腹をパンチしたら良いとこに入ってしまったらしい。お腹を抱えて蹲る嶺二を他所に私は茶碗にご飯を盛り始めた。せっかくの揚げたての唐揚げが冷めてしまったらもったいない。夕飯は作りたてホカホカに限る。

「なんか…いいね」

蹲っていた嶺二がテーブルの下からひょっこり顔を覗かせたかと思えば、机上に腕を組んでニコニコしながらこちらを見ている。何が良いんだ。嶺二がご機嫌な理由がイマイチわからない。

「何がいいの?」
「ん?なんかご飯盛ってるなまえちゃんが奥さんみたいだったから」
「そ、そうかな」
「うん。すごく良い。幸せ」

嶺二が目を細めて笑う。幸せ、という言葉にふさわしい、柔らかな表情をしていた。そんな表情されたら反応に困るじゃんかよ。嶺二の顔をまともに見れなくなってしまった。

「…明日」
「うん?」
「新しい部屋、探そうか」
「え…ドライブは?良いの?」
「ま、また今度で良い。嶺二と一緒にいれれば、それで、…うん。ドライブなら二人で暮らすようになったらいつでも出来るし…。い、嫌なら良いけど!」
「…なまえちゃん」
「…何ですか」
「だぁあああい好きっっ!!」

ああもう、また嶺二が調子に乗ってしまった。子供みたいに強く抱きついてきた嶺二の力に負けて私達は床に倒れこむ。ふわふわの髪から覗いたご満悦な表情を浮かべる嶺二を見て思った。私は甘やかされたいと思う半面、嶺二を甘やかして喜ばせることが好きみたいだ。だって嬉しそうな嶺二の顔を見れて、こんなに嬉しい。これからは毎日嶺二の笑顔を見ることができるなら、明後日以降に待ち受けているどんなハードなスケジュールだって耐えられる気がする。要するに、嶺二が側にいてくれるだけで私は幸せなのだ。それだけで、単純な私の世界は美しい彩りを見せてくれる。


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「これからは毎日行ってらっしゃいのチューもおかえりのチューもしてあげるからねっ!」
「それはいらん」






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