「片倉様、助けて下さい」

顔面蒼白。まるで葬儀の参列者のような暗い面持ちで俺の元に来たなまえを見て、俺は深いため息をはいて額に手を当てた。またか。その言葉を外に吐き出したくて堪らなかったが、音にしてしまえばたちまちなまえがその懐に隠してある小刀を首に宛行いながら死にますとでも言い出しそうな雰囲気だったので、俺はあくまで冷静な態度を保つことに専念した。忍のくせに普段からにっこにっこと馬鹿丸出しな笑みを絶やさなかったあのなまえがこのように窶れ、おとなしくなったのには深い訳がある。その訳が俺にとってもあまり気分が良いものではないので、度々なまえに助言していたら変に仲間意識を持たれてしまったのか、近頃はこうして相談をされる日々を送っている。毎度毎度この件に関わると酷い頭痛に見舞われるので、本当は今すぐにでも手を引きたいところなのだが。

「なまえ、俺はまだ何も言ってないぞ」
「だってため息…」
「わかった、わかった俺が悪かった。頼むから小刀を取り出すな」

もはや俺はため息をはくことも許されていないらしい。なまえの懐からギラリと光るものが覗いた瞬間頭痛がしたのは小刀が反射した光で目の奥が痛んだだけだと信じたい。それにしてもなまえはこれほど悲観的な性格をしていただろうか。こんなになってしまう数ヶ月前のなまえの記憶を必死に頭の中でかき集めてみるが、むしろ前向き過ぎて腹立たしいくらいの性格だったことを思い出して俺は自嘲気味に笑いながら目を閉じた。頭、痛ぇ。

「もうどうすれば良いのかわかりません。私は忍をやめるべきなのでしょうか。それとも死ぬ」
「べきでは無いことは確かだから落ち着け。それから忍をやめたとしてもお前がここにいる限り事態は変わらないだろ」
「じゃあやっぱり死ぬ」
「本当に勘弁してくれ」
「片倉様泣いてるんですか?私のために…!」
「ちっっっ……がう!」

私のためにじゃなくて私のせいでの間違いだろ馬鹿野郎。そして断じて泣いていない。お前のお陰で頭痛が絶頂期を迎えたから目頭押さえながら必死に耐えてるんだよ気付け。などと罵倒を本気で浴びせたいところだがうっとうしい程悲観的になっている今のなまえには口が裂けても言えない。血の涙を流しながら心の中に留めておこう。

「片倉様、私真剣に悩んでるんです」
「…知っている」
「どうしたら政宗様もご理解下さるのでしょう」
「ああ」
「殿様が忍を娶ろうだなんて前代未聞ですよ」

そうなのだ。今なまえが言ったように、奥州筆頭伊達政宗様は忍者隊に所属しているくノ一のなまえに心底惚れており、妻に迎え入れるなどと言い出したのだ。思えば俺の記念すべき初めての頭痛は政宗様のその一言が原因だったような気がする。今まで俺は何でも政宗様に付き従ってきたが、さすがに婚姻に関してはもう少し慎重に考えるべきだと思うのだ。俺としては国を統べる者として政宗様には高貴な身分の女子と契りを結んで頂きたいのだが、一方政宗様によると「Han?んなもんどうだって良いだろ」だそうだ。どうだって良いわけがない。これほど政宗様に渾身の突っ込みを入れたくなったのは政宗様に仕えて以来初めてのことだった。俺は当時受けた衝撃を思い出しながら眉間に皺を寄せていると、前方でなまえがフッと息を吐き出す音が聞こえた。

「いや失礼。前代未聞だなんて今更でしたね。政宗様は訳のわからない南蛮語を話しながら両手に刀を六つ構えて青白い光か煙かわからんものを発して戦っていらっしゃるんですから。レッツパーティーとかなんとか言っちゃって…なんだよ忍者隊の私達にクラッカー鳴らせってか」
「クラ…?」
「片倉様聞いて下さい最近の政宗様頭おかしい」
「あ、ああ…」

もはやなまえの口から出る言葉は政宗様の悪口にしか聞こえないのだが、さすがにこの件に関しては政宗様を庇うことはできない。なまえの話を聞いていると不覚にも彼女に同情してしまう。確かに政宗様の愛情は行きすぎるものなのだ。しかし、それにしたって近頃のなまえは政宗様を邪険に扱かい過ぎではないか。前は政宗様の過度な愛情表現も「冗談キツイっすよ〜」とかなんとか言って笑って流してたような。最近ではやけに政宗様の一言一言に敏感かつ辛辣になってきている。ここ数日での変化だ。政宗様も政宗様だが、なまえもどこかおかしい。そろそろ限界がきたのだろうか。

「最近、夜這いしてくるんです」
「…」

そりゃ限界も来るわな。

「もちろん私も忍ですから本気出せば逃げられますよ。逃げられますけど政宗様が後に何をするかわからないから怖いんですよ。最近では頻繁に人目を気にせず抱きしめてくるし。信じられます?独眼竜と名高いあの政宗様が奥州筆頭の変態に成り下がりつつあるんですよ。これは一大事です片倉様。竜の左目としてなんとかして下さい」
「無理無理無理無理」
「片倉様しっかり」
「案ずるななまえ、お前の気持ちはよくわかった」
「片倉様…!」
「だから諦めてくれ」
「片倉様しっかり!!」

もうどうしようもないと判断した俺をなまえが逃すわけもなく、詰め寄って俺の肩をガクガクと揺さぶる。竜の左目が!甘えてんじゃないよ!とか聞こえるが俺は何も知らない。聞いてない。

「片倉様、私は今も昔も政宗様に忠誠を尽くしています。その心はいつまでも変わりません」
「…」
「私はただ、政宗様に恥をかかせたくないのです。しがない忍を娶るなどと並外れたことをなさる方だと思われたくないのです。片倉様だってそう思うでしょう?」
「いや…まあ…それは」
「Ha!そんな理由か、心配すんなよHoney」

前触れも無く政宗様が現れた。俺は頭痛が酷すぎるあまりに頭を抱え、なまえは真顔で明後日の方向を見ながら立ち尽くしている。この状況でもいつもの自分を発揮できる政宗様を心から凄いお人だと思った。消えたい。

「なまえ、忍を娶ることなんて恥ずかしいことじゃねぇよ。愛があればそれで良い。You see?」
「解せぬ」
「はん、照れ屋なのはわかってるが、たまには素直になったらどうだ?Honey」
「…」

うるせー黙れよ。と、なまえの顔に書いてある。政宗様の前でなんて顔してんだ馬鹿。耐えろ。俺はなまえを睨みつける。俺の視線に気付いたなまえは一度その不愉快丸出しな表情を消してからこちらに助けを求めるべく捨てられた子犬のような眼差しを俺に向けるものだから、俺は腕を組んで窓の向こうに広がる空を見上げた。政宗様はというとキメ顔を決め込んでいた。なまえは白目を剥いた。

「なあ、なまえ」

政宗様が目を閉じてなまえの手を優しく包み込んだ。なまえは死んだ魚のような目でハイと返事をする。なまえが政宗様に捕まっている今が絶好の機会だと判断した俺は二人の死角に隠れた。なまえは恐らく心の中で舌打ちをしていることだろう。知らん。もうどうにでもなれ。

「俺に不満でもあるのか?」
「愚問だと思います」
「Ha!そうだよな。この俺に不満なんてあるわけねぇよな」
「えええマジかそういう解釈か困るんだけど普通に」
「俺に不満が無ければ何をそんなに拒む必要がある。まさか他に男がいるのか…?」
「いやいやいやそういうことじゃ……………そうですね。あくまでその人は私の理想でしか無いのですが、まあ、気になってると言いますか…」

あいつ何言っちゃってんの馬鹿だろ。正真正銘の馬鹿だろ。政宗様の好意を理解しておきながらとんでもない発言をするなど何を考えて…。いや、違う。違うぞ。これはあくまで政宗様を遠ざけるための嘘に違いない。なまえは政宗様が自分を諦めるようにし向けているのだ。なんて油断ならない女だ。政宗様からサッと顔を逸らしてわざとらしく気娘のような表情をするなまえに思わずイラついた。女忍者の芝居を見ていると寒気がする。しかも政宗様の不機嫌度が一気に氷点下にまで下がったので心なしか手足が震えてきたような。いやいや、この俺が身震いなどするわけない。これは身震いと言ってもあれだ。武者震いだ。政宗様がギラリと目を光らせてなまえを見下ろしている。戦の時と同じ、龍の目だ。普通に怖え。これからどうなるのだとハラハラしながら見物していると、なまえがこちらを横目で見てクスリと笑った。笑ったというより、嗤った。

「…ほお。で、そいつの名は?」
「片倉小十郎です」

あのアマ覚えてろよ。




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