私はカルチャーショックを受けた。東京から大阪に引っ越してからガラリと変わった環境には未だに慣れることができない。決して大阪は嫌いじゃない。むしろ良いところだとは思う。食べ物は美味しいし、街も賑やかだし、人も良い。私がカルチャーショックを受けた理由は転校先の中学校にある。
 四天宝寺中学校。ボケとツッコミで溢れたお笑い好きの、お笑い好きによる、お笑い好きのための学校である。ちなみに私はお笑いがあまり好きではない。

「でな、校長先生がー…」
「あははは!ヤバイ!何やそれウケる!」

 …ウケねぇよ。
 何でここの学生は昼休みを静かに過ごそうと思わないのだろうか。クラス中笑い話ばっか。しかも面白くないし。
 聞くのも面倒にかってきた私は若干イライラしながら立ち上がり、携帯をポケットにしまい込んで動物園のような騒がしい教室の扉をピシャッと閉める。

「何でだろう、普通の日常会話が全部漫才に聞こえる」

 標準語が懐かしいなぁ。図書館に続く廊下を一人歩きながら小声で呟いた。どうせ誰も聞いてないだろうし、万が一聞かれてても何言ってんだこいつ程度にしか思われないだろうから良いや。
 なんて考え事をしながら廊下の曲がり角を曲がろうとしたら、ニュッと人の顔が出てきた。

「ぎゃあああああっ」
「そんな驚かんでも…」
「…はっ!白石くんか!脅かすなこのやろ!」
「すまんすまん」

 ハハハと爽やかに笑いながら、クラスメイトの白石くんが包帯に包まれた手で私の頭をぽんぽんと撫でる。何故撫でる?という疑問が浮かんだけど特に聞かなかった。白石くんは稀に見るイケメンだから全く悪い気はしない。イケメンは何をしても様になるから本当に得な生き物だと思う。

「なんやそんなジッと見て。俺の顔になんか付いとる?」
「まあ…強いて言うなら綺麗な目とか」

 本当のことだけど冗談みたいに言った。白石くんがキョトンと目を丸くして私を見つめて、そして吹き出した。

「ぷ…みょうじさん、真顔でおもろいこと言うなぁ」
「そ、そうかな?」
「おん。みょうじさんでもジョーク言うんやな」
「 えー…私のイメージって一体 」
「あんまり冗談とか言わんタイプかと思っとった。クラスでも静かにしとるし」
「あーうんまぁね…もともとあまりワイワイすんの好きじゃないし」
「へぇ、何で?」
「なん、何で?」

 突然の質問にむしろこっちが疑問だった。何でそこ聞く?答えにくい、というよりこれっていう理由なんて無い。ただワイワイするのが好きじゃない、それだけだなんだけど。え?どんな理由を期待してるの?

「みょうじさん、大阪嫌い?」
「え、何で急に。好きだよ」
「せやけど、毎日つまらそうに頬杖ついて窓の外見とるやろ」
「 ( よく見てるなぁ… ) 」
「東京からの転校生が友達もあまり作らないで毎日つまらなそーにしてたら、そら前の学校が恋しいんかなぁとか、ここが気にいらんのかなぁとか思うやん?」
「そんな複雑な問題じゃないよ。ただ静かなところでぼーっとするのが好きなだけ」
「はな、大阪が嫌いってわけやないんやな?」
「もちろん」
「クラスメイトは?」
「騒がしいとは思うけど別に嫌いじゃないよ」
「俺も?」
「うん」
「ほな、友達になろ」

 ん?って感じで眉を寄せたら白石くんは綺麗にニコリと笑って私に左手を差し出した。握手、しようってこと?白石くんの左手と顔を交互に見合わせながら軽く首を傾げると、白石くんはうんと一度頷いて微笑んだ。おそるおそる手を握ると、私より一回り大きな手に包まれた。

「はい、これからは俺たちはただのクラスメイトやないで?友達や!」
「はぁ」
「友達なんやからこれからは一緒に昼飯食お」
「は、え、え?」
「あと、遊びにも行こな。大阪案内したるわ。京都にも行こ」
「ちょ、どうしたの急に」
「ん?」
「いや…、『ん?』って…」
「なまえと仲良うしたいねん。あかん?」

 あかんかあかんくないのどちらかで聞かれるなら答えは後者だ。けど、何で私なんかと友達になりたいのか白石くんの考えてることがわからない。意味不明、この四文字が頭に浮かんでいる。
 初めて男の子に下の名前で呼ばれたことに、少なからず照れた。前の学校では女友達でさえ名前呼びはあまりされなかったのに、白石くんの綺麗な声で名前を呼ばれて照れないわけがない。
 握られた手が汗ばみ始めた。あの、と声をかけると互いの手が離れる。

「何で?って思っとるやろ」
「うん、まあ」
「まだ秘密」
「はあ?」

 ふふんと鼻を鳴らして人差し指を私の唇に当て、白石くんは不敵に笑った。白石くんの綺麗な瞳に間抜け面の私が映ってる。

「いつか教えたる」


( 2014 9/23 )

土本さんへ感謝の気持ちを込めて。企画参加ありがとうございました!



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