「あっ」

 と驚くことがあった。それはもう、自分の目を疑うくらい驚いた。未だ嘗て自分がこれ程驚いたことがあるだろうか。いや、ない。夢かもしれないと自分の頬を抓ってみたけど、普通に痛かった。夢じゃない、幻でもない、本当の本当なんだ。

「ジャンルカに彼女…だと?」

 こいつだけは絶対彼女できないだろうなザマァと馬鹿にしていた男に彼女 ( それも可愛い ) が出来たという噂は流れていたけど信憑性の無いそれなんて全く信用していなかった。けど今まさに、偶然にもイッチャイチャと腕を組みながら街中を歩いている噂の男女を目撃してしまったものだから、現実を認めざるを得ない。
 口をポカンと開けて棒立ちする私に男女が気付いた。

「やぁ、なまえ。偶然だね」
「あ、うん」
「ジャンルカ、だぁれ?この子」
「ああ、クラスメイト」
「ど、どうも…」
「あら、そうなの。私、ジャンルカの彼女のエレナよ。よろしく」

 ニコリと花のような可愛らしい笑みを浮かべた女の子、エレナちゃんは間違いなくジャンルカの彼女だと言った。本当に彼女なのか。もしかしたら妹とかそんなベタな展開かもしれないと最後まで疑わずにはいられなかったけど、やっぱり彼女だった。しかもあのジャンルカ如きがこんな可愛らしい女の子をゲットするなんて。どんな技使ったんだよ。神かよ。

「それじゃあ俺たちはデートに戻るとするよ」

 今すごいイラっときたわ。デート強調すんな。あとそのドヤ顔やめろ。

「じゃあな、なまえ」
「さよなら、なまえちゃん。また会いましょう」
「さよなら、エレナちゃん。…ジャンルカ」

 死ね。と別れ際に口パクするとジャンルカがキッと睨みつけてきた。エレナちゃんはもうすでに前を向いていたから私の口パクには気付いていないだろう。彼女は良い子そうだった。ジャンルカには勿体無いくらい完璧な子だった。

「うああああん!!悔しい!!悔しいよぉ!!」
「よーしよしなまえ、たんと泣くといい」
「マルコぉおおおぐやじい!!私ぐやじいよ!!ジャンルカなんかに!!あのタラシのジャンルカなんかに彼女が出来て私に彼氏ができないなんて!!ぐやじい!!」
「わかったから鼻水拭け」
「ちーん!!」
「…うん、女の子らしく静かに拭けないかな?」
「あぁん!?」
「凄むなよ。涙とか鼻水で顔ぐっちゃぐちゃだぞ」
「わかってらい!!」

 ジャンルカ達と分かれてそのまま私の足が向かったのは幼馴染のマルコの家だった。何でかわからないけど無意識に向かっていた。多分、愚痴を零したかったのだと思う。多分じゃなくて絶対そうだ。さっき自分が吐き出した台詞は愚痴以外の何物でもない。マルコもいい迷惑だろうに、嫌な顔せず自室に招き入れてくれて、こうしてちゃんと話を聞いてくれている彼は本当に良い子だと思う。さすがモテるだけあるよ、ジャンルカと違って。なのに、なのに。

「マルコにも彼女出来ないのに…!何で神様はジャンルカなんかに彼女を与えたのですか…?」
「お前さりげなく失礼だな。だいたい彼女出来る予定だったのに俺の告白断ったのお前じゃん。『幼馴染のままがいい』とか言って」
「ごみんね」
「悪気ゼロかお前は」
「だってマルコに私は勿体ないよ。あれ、ん?私にマルコは勿体ないよ。ん?どっち?」
「いーよどっちでも…ていうか、自分を卑下すんのやめろ」
「やだマルコにときめいちゃった…単純な自分が嫌になる。あ、今の卑下じゃないよ?違うよ?」
「はいはい」

 ぺしぺしと私の頭を軽く叩いてマルコは盛大に溜息をついた。溜息は見過ごせない。マルコの口元でぺしんと手を合わせると「おおっ?」とマルコが目を丸くした。溜息をつくと幸せが逃げてしまう。これ以上マルコの幸せがジャンルカに行ってしまったら困る。私が。

「でもジャンルカも隅に置けないよな。いつの間にか彼女作ってんだから」
「っっは!!もしかして催眠術!?ジャンルカの奴、エレナちゃんに催眠術かけてるんじゃない!?」
「そんな訳あるか。ていうかエレナって?その子がジャンルカの彼女?」
「うん、かわゆい子だったぞ。まるで花のような…」
「ああ、エレナか。エレナなら知ってる」
「えっ。何で?」
「前に告白された」
「エッッッ」

 平然と言って退けたマルコの思いがけない一言に言葉を失った。な、何て?ちょっと待ってよくわからない。

「はい!?!?」
「そんな驚かなくても」
「驚くよ!?普通の反応だよ!?」
「いや、そんな驚くことじゃないって、マジで」
「これがモテ男の余裕か…?いやそんなことより、いつ?いつ告白されたの?」
「んー、先月?」
「最近じゃねーか!!」
「最近だな」
「え!?どういうこと!?」
「何が」
「いや、だって、おかしくない?エレナちゃん今ジャンルカと付き合ってるんだよ?それなのに一ヶ月前はマルコのこと好きだったってことでしょ?心変わり早くない?」
「うん、更にその数日前はフィディオに告白してフられてたよ」
「!?!?!?」
「混乱してるみたいだから順番に話すわ。エレナって子は、俺たちのサッカーチームのファンだって言って最近マネージャーになった子なんだよ」
「…」
「んで、チームのファンって言うよりか、あれはミーハーだったね」
「ミーハー?」
「うん。とにかくうちのサッカーチームの奴らと付き合いたいみたいで、片っ端から告白してたぜ。一応顔で選んでるみたいだったけど」
「顔…ミーハー…」
「最初のターゲットはラファエレだったんだけど、あいつモデルだしそういう追っかけ珍しくないみたいでさ。エレナはあっけなくラファエレにフられてすぐにフィディオにアタックしたけどまたもやフられて、そして俺にも来た」
「やばい、やばいぞ、混乱してきた」
「一息つく?」
「いや、いい。つまりこういうこと?所詮ジャンルカはエレナちゃんの告白の順番が回って来ただけに過ぎなくて、ジャンルカはその真実を全く知らないと…」
「うん、多分。エレナが懲りずにまだ続けてたらの話だけど」
「…あれ、おかしいな。ジャンルカが可哀想に思えてきたよ」
「涙拭けよ」
「ああ、ジャンルカよ…早く気付け。お前は騙されている…」
「しっかしエレナもよくやるよなぁ」

 エレナちゃん、君は一体何者なんだい?何がしたいんだい?そんなにイケメンばかり狙ってどうす…ってジャンルカはイケメンじゃなくね?

「ちなみにジャンルカは何番目になるの?」
「さあ?正確にはわからないけど俺の直後はブラージだったぜ。多分その次はダンテ。次は…」
「やめろ!!涙出てきたマジで!!」

 エレナちゃんの中でジャンルカのランキングは限りなく低いということがわかってしまった。何それ切ない。ダンテに負けちゃったってどうしたのジャンルカ。それで良いのかジャンルカ。

「まーだからホラ、ジャンルカを応援してやろうぜ?せっかくジャンルカが嬉しそうなんだし」
「うん、そうだね」
「な?もうこの話は終わり。パスタ作るけど、食って帰るだろ?」
「もちろんだよダーリン!」
「現金な奴」

 そこにはたして愛があるのかはわからないけど、まあ上手くやってくれたまえジャンルカ。私は君のあの嬉しそうな横顔と腹立つドヤ顔を忘れない。仲良くやって下さい。手を合わせて神様にお祈りした。






 翌日の朝、登校中に見かけたのは背中を丸めてトボトボと歩くジャンルカの後ろ姿だった。昨日と比べて随分と雰囲気が違う。昨日はこう…キラキラとしたオーラが漂ってたけど、今はどんよりとした暗い雲を背負ってる感じ。足音を立てずにジャンルカの背後に回ってそろ〜っと横から顔を覗き込んで見て、ギョッとした。まるで生気を感じられない。一日しか立ってないのに頬が痩けてげっそりしている。おまけに目の下の隈が半端ない。何かあったとしか思えない。何か、が嫌な予感しかしないんだけど。私はとんとんとジャンルカの背中を軽く叩いた。亀のようにゆっくりとこちらを向くジャンルカの目はやっぱり死んでた。

「おはよ、ジャンルカ」
「…………ああ」

 声低くぅ。テンション低くぅ。あまりの暗雲に息が詰まる。思わず顔に出そうになったけどなんとか踏み止まった私は偉い。にっこりと笑って、今度は少し強めに背中をバシバシと叩いてやった。元気出せよって意味で。するとジャンルカは「ふふ…痛いよなまえ…」と掠れた声で笑った。目が笑ってない。

「…笑いなよ」
「あい?」
「エレナにフられたんだ。見りゃわかるだろ」
「ああ、うん。やっぱり」
「『オルフェウスのメンバーだから付き合ってみたけど、やっぱり貴方はタイプじゃないわ』だってさ」
「 ( きっつぅ!!エレナちゃん容赦ねぇ!! ) 」
「やっと俺にも春が来たと思ったのに、結局これかよ」

 ノロノロと空を見上げるジャンルカの横顔は哀愁が漂ってた。とても10代には見えない貫禄。ヨッ色男!なんてジョークは今は禁句だ。

「元気出しなよぉジャンルカ」
「…笑わないのか?」
「笑えねぇわ」
「いっそ君の笑い声でこの悲しみを吹き飛ばして貰いたいよ」
「私そんな豪快なキャラじゃないんだけど」
「ああ、そうだったね。君はキュートな女の子さ」
「…おぇえっ」
「どうした?気分が優れないのか?」
「人の心配じゃなくて自分の心配をなさい」

 末期だ。これはもう駄目だ。どうしようもない。私が下手に励ますよりも時間に解決して貰った方がきっと良い。うん、もうそっとしておこう。

「なまえ」

 と思ったのに声かけられちゃったよ。地雷踏んだかな。教室に着くまで愚痴を聞かされる羽目になったらどうしよう。今のジャンルカを相手出来る余裕なんてない。…けど。

「…なまえ?」

 ジャンルカの手を握ってしまった。握らずにはいられなかった。何故かって?知らん、そんなこと。

「ジャンルカ、今日映画を観に行こう。マルコも誘って」
「え、映画?いや、良いけど、それより…この手、何?」
「不満なの?じゃあ遊園地にする?」
「いや、そうじゃなくて…だから、手…」
「じゃあ良いじゃん。お金はチケット代だけ持って来てね。ポップコーンは奢る。マルコが」
「……ふふ」
「…何」

 ジャンルカが突然吹き出し、しまいには腹を抱えて大笑いし始めた。周りの生徒たちもなんだなんだと私たちを見ている。今更繋がれてる手が恥ずかしくなってきた。

「いや、ごめん…っく!」
「まだ笑ってるよ…。この短時間で何があった」
「いや、やっぱ好きだなぁって」
「はぁ?」
「そんな怖い顔をするなよ」
「頭大丈夫?」
「失礼だなぁ」
「ジャンルカが変なこと言うから」
「何で?本当のことさ。好きだなぁって改めて思う。君と過ごす時間が」
「あーそう、良かったねぇ」
「うん。やっぱ俺は恋愛するより君やマルコ達と過ごす方が好きみたいだ」
「そ。良かったね、良い友達に恵まれて」
「うん、良かった。本当に良かった。ありがとう、なまえ」

 さっきと比べてジャンルカの表情は随分良くなった。これに懲りてもう悪い女の子に引っ掛からないように努めて貰いたい。
 ムカつくから口が裂けても言わないけど、ジャンルカは根は良い奴だからそこそこ好きだよ。そこそこ。

「…は!!見ろなまえ!あの噴水の側にいる子可愛い!!」
「…懲りてねぇ」


( 2014 9/23 )

藤本バーバラさんへ感謝の気持ちを込めて。企画参加ありがとうございました!(ごめんかっこよくできなかった)



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -