突然だけど俺には好きな子がいる。彼女はサッカー部のマネージャーでありクラスメイトでもある。一年生の時に初めて出会って一目惚れをして以来、ずっと好きだ。ずっと彼女だけを見てきた。優しく、賢く、可愛い彼女に俺はぞっこんなのである。

なんて片思い歴が長いという話が全く自慢にはならないことくらいわかっている。良く言って一途、悪く言って意気地なし。今のところ告白するつもりはまだない。何故なら今の関係を壊したくないからだ。部活とクラスが同じということもあって俺は部員の誰よりも彼女との関わりを多く持っている自信がある。そして誰にもこの席を譲るつもりはない。俺にとって彼女といる時間は何よりも大切なのだ。万が一、その想いを伝えて彼女にフられたら俺の人生、ジ・エンドだ。そうなるくらいなら片思いでいい。そう思い続けて二年。二年目だ。さすがに長い。

高校生活もいよいよ三年目に突入して、卒業を意識し始めるきっかけが以前よりも増えた。そのきっかけの一つが提出期限が来週に迫った進路希望の書類である。進路なんてものはどうでもいい。問題なのは卒業だ。卒業すれば、彼女とは離れてしまう。俺の長年の片思いが無かったことになってしまう。そんなことあってたまるか。フられるのも嫌だけど何もせずに離れ離れになるのはもっと嫌だ。もうこの際、期待通りの返事が返ってこなくても構わないから、せめてこの想いを彼女に伝えたい。そうだ、告白しよう。

そんなわけである。まるで京都に行くようなノリでようやく告白する気になったのだが、人生はそんなにとんとん拍子で進んでくれない。目の前に聳え立つ壁が、高い。根本的な問題を抱えていることに今になって気付いたのである。

俺は、ヘタレなのだ。

「…ヒロト、お前」
「やめてよ風介。そんな可哀想な子を見るような目はやめて」
「実際可哀想だろう」
「風介…もしかして俺を心配してるの?」
「お前のその可哀想な頭をな」
「晴矢ー!風介がいじめる!」
「いや、実際気持ち悪いぞお前」
「ガーン!」
「第一ヒロト、お前は部活もクラスもなまえと同じなのに全く話さないだろう。それなのに、そんなになまえのこと好きだったのか。ストーカーかお前は」
「風介そのくらいにしとけ。ヒロトがいじけたらうぜぇから」
「…もう手遅れだよ晴矢。俺のガラスのハートが砕けた」
「軟弱な奴め」

フンとつまらなそうに鼻を鳴らす風介の横で呆れたように晴矢がため息を吐いた。昼休みにこの二人の教室に行って相談しようなんて考えた俺が間違っていたのか。恋愛とは縁の無さそうな二人を選んだのがそもそもの間違いだった。だけど俺はこの二人に信頼を寄せているわけだし、やっぱり相談するなら彼らだ。なんだかんだ言ってこの二人は頼りになるし、俺を見捨てる真似はしない。

「くだらないね。私は降りる」

…と、思ってたんだけどな。そう吐き捨てて風介は立ち上がり、教室を出て行ってしまった。おそらく購買にアイスを買いに行ったのであろう。あっけなく風介に見捨てられてしまった俺はすかさず晴矢に子犬のような目を向ける。一瞬、ウッと顔を歪めた晴矢は気まずそうに顔を背けた。晴矢は口は悪いけど根は優しい。風介はただの薄情者だ。

「…とりあえずお前から話しかけてみろよ」
「え、無理、レベル高すぎるよ」
「このヘタレが!そんなこともできねぇのかよ!じゃあメールは?」
「みょうじさんのメアド、知らない」
「…嘘だろ。お前そのくらい聞けよ」
「できたらとっくにやってるよ…だからこんなに悩んでるんだ」
「お前なぁ…なまえはマネージャーだぞ?話すきっかけくらい腐るほどあるだろ。話の内容はなんでもいいんだよ。とにかく声をかけろ」
「う、うん…そうだね。話って部活のことでもいいのかな?」
「まあ、初めはそんな感じでいいんじゃねぇの?」
「そうか…うん、頑張ってみるよ」
「おう…」
「…」
「…」

短い沈黙。晴矢は机に肘をついて眉を寄せながら外を眺めている。晴矢の前で俺は縮こまっていた。何だろう、この体感したことのない空気の温度は。この沈黙を破ったのは「もうすぐチャイム鳴るぞ」という晴矢の声だった。今更だけど、こんな恋愛相談まるで女子のようだと思う。俺も晴矢も気まずくなって無言で俯く。ガラガラと扉が開く音がして振り向くとガリガリ君ソーダ味をくわえている風介がジト目でこちらを見ていた。

「お前達、揃って気持ち悪いぞ」

思いっきり晴矢に足を蹴られた。







放課後になった。晴矢からアドバイスを受けたものの、結局みょうじさんとは話せず仕舞いである。同じクラスとは言え席が若干遠いから声をかけるタイミングがなかなか掴めなかったのだ。なんてことは言い訳に過ぎない。部活中には絶対声をかける。そう自分に強く言い聞かせてグラウンドに向かった。先に来てリフティングをしていた晴矢とバチリと目が合った。目を細めて探るように俺を見つめている。

「…」
「…」
「…」
「…ごめん。まだ話してない。部活中に絶対話す」
「…そんなことだろうと思った。練習中はシャキッとしろよ」
「うん。あれ、そういえば風介は?一緒じゃないんだ」
「ああ、購買に行ってる」
「またアイスか」
「だろうな」

思わず苦笑いが零れる。そういえばみょうじさんの姿もない。

「あれ、珍しいな。なまえと風介が話してる」
「え」

え、どこ、どこ。キョロキョロしていると晴矢が「ほら」と、顎で示した。そこにはガリガリ君巨峰味をくわえた風介と、その隣にはタオルやら医療品やらが入った籠を持っているみょうじさんがいた。何やら楽しそうな雰囲気。ムキーッ!ジェラシー!ハンカチをくわえたくなる衝動に駆られて思わずギリギリと歯を食いしばる。ばっかじゃねーのと晴矢が吐き捨てた。

「で、風介は進路相談の紙に何て書いたの?」
「まだ何も。特に決まってないからな」
「えぇ?でも大学受験するんでしょ?」
「さあ」
「えぇ〜嘘〜」

はははとみょうじさんが風介の背中をペシペシ叩きながら笑ってる。いいな!俺もみょうじさんに叩かれたい!顔に欲が出ていたのか「キモい」と晴矢に踵を蹴られた。別に晴矢に蹴られたかったわけじゃないんだけど。
踵の痛みに気を取られている間に風介とみょうじさんが目の前に移動していた。心臓が跳ねた。

「ね、晴矢は進路決まった?」
「あー就職か専門かで迷ってる」
「おぉ、晴矢はちゃんと考えてるんだねぇ。基山くんは?」

お、俺のターンきたーっ!とテンションMAXになったのも束の間、すぐに俺だけ名前で呼ばれていないことに気付いてテンションガタ落ちした。風介と晴矢だけ名前呼びなんてそんなのズルい。でもみょうじさんとあまり話したことないし、仲良くもないし、当然か。淀んだ空気は隠しきれそうにない。

「な、何?もしかして基山くん聞いちゃまずかった?」
「いや気にすんなよ。くだらねぇ理由だから」
「全くだ。情けない」
「酷いなぁ…二人共俺を何だと思ってるのさ」
「「ヘタレ」」

正解!ピンポーンとどこからか音が聞こえた。返す言葉が見つからず俺は更に空気を淀ませる。

「基山くんは大学行くんでしょ?」
「え…!え、う、うん。そうかも…」
「テストではいつも上位だもんね。やっぱり難関目指すの?」
「え、えっと…」

見つめ合うと素直におしゃべりできない。そんな歌詞の曲が頭の中でBGM的役割を果たしている。会話ってこんな緊張するものだっけ。ちらりと晴矢達を見れば、俺から距離をとって二人だけの会話を楽しんでいた。ちょっと待って、俺完全にアウェイだ。というか今みょうじさんと二人きり?口から心臓飛び出そう。

「基山くんって確か理系だったよね」
「う、うん」
「そっか。私理数系苦手なんだよね〜だから羨ましいよ」
「そ、そうなの?でもみょうじさんって英語と国語得意だよね。いつもテストで満点近くとってるじゃないか」
「得意というか、好きなんだよね。昔から本読む方だったし、英会話教室通ってたから」
「へぇ。俺は国語とかの方が苦手だからみょうじさんが羨ましいな」
「はは。私たち足して2で割ればちょうどいいのかもね」

会話してる、あのみょうじさんと。頭で言葉を選ぶ間も無くポイポイ口から会話のボールを投げることができている自分に感動した。というか、みょうじさんに羨ましいって言われた。というか、俺が理数系なの知ってた。感動。俺のことなんて何も知らないと思ってたけど、意外と見てくれていることが嬉しい。

「もうすぐ中間テストだね。部活も今週でしばらくお休みか」
「そう、だね」
「テストやだなぁ。今回の数学の範囲が本当苦手でさ〜参っちゃうよ」
「俺も今回の古典がちょっとね…活用が難しくて覚えられないよ」
「そう?コツさえ掴めれば簡単だよ。あ、そうだ!」

みょうじさんが何か思い付いたようにポンと手を叩いて俺に詰め寄った。え、何、何!?みょうじさん顔近いよ、可愛い顔が近いよ。

「来週の放課後から部活ないし、よかったら一緒に勉強会開かない?私も古典教えるから、数学教えて!」
「え、うん」

何も考えずに頷いたら「やった!決まり」と嬉しそうにみょうじさんが微笑んだ。決定しちゃったよ。というか俺がみょうじさんと勉強会。俺が、みょうじさんと。も、もしかして二人きり!?

「そういえば基山くんのメアド知らないなぁ。せっかくだし、教えてよ」
「あ、うん」
「よかったぁ。今日部活終わったら一緒に帰ろ!その時に教えて」

じゃあ私ドリンク作ってくるから、準備運動始めてて!みょうじさんが水道の方に走って行った。一方、この場に取り残された俺は呆然と立ち尽くすことしかできない。何が起こった。頭がパンク寸前である。
ふいに肩を叩かれてゆっくり振り向くと、ニヤニヤしている晴矢と興味なさげにガリガリ君をシュレッダーのごとく貪る風介がいた。なんてシュールな。いや問題はそこではなくて。

「よかったな。放課後の約束もしたみたいだし、なまえのメアドもゲットできるじゃん」

もしかして、向こうもお前に気があるんじゃねぇの?晴矢はケラケラ笑うと少し離れた所で再びリフティングを始めた。最後の最後まで安定の無関心を貫き通していたあの風介までもが小さく声を出して笑っている。ちょっとまだ何が起きたのかわからない。

「ヘタレなりに頑張りなよヒロト。なまえに負けないように」

風介が珍しくコメントを残したかと思えばすぐにどこかに消えてしまった。頑張りなよって、何を。


数秒後、晴矢と風介の言葉を理解して俺の頭はついにパンクした。


( 2014 6/6 )

ぼるぼっくすさんへ感謝の気持ちを込めて。企画参加ありがとうございました!



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