コンタクトのストックが切れていたことをふと思い出した。せっかくの土曜日だから買い物に行こうと思ったのに、完全に詰んだ。眼鏡は視力が下がってからレンズ変えてなくてこの間捨てたし、諦めて眼科に行くことに決めた私は果敢にも裸眼で家を出た。信号の色と車の確認さえできればいいか、なんて甘く見てたけど私ってとんでもなく視力悪いらしい。どうしよう、ほぼ何も見えない。今真横を自転車が通り過ぎたっぽいけど影しか見えなかった。これ事故ったら笑えねぇわマジで。行きつけの眼科は五分とかからないところにあるはずなのに、やけに遠く感じる。てかここ眼科への道じゃない。あれ、やばい間違えたっぽい。うおーいマジか!

「あれ、みょうじさんじゃないか」
「あ?」

あ?って何だ不良か。苗字呼ばれたから振り向いたけど霞んでて誰だか特定できないけど、声がなんとなくクラスメイトに似てる気がした。でも確信はない。

「ふふ、みょうじさん顔怖いよ。まるで不良みたい」
「えっと、幸村くん?」
「そうだよ。いきなりどうしたの?毎日学校で会ってるじゃないか」
「あーやっぱり幸村くんか。今コンタクトしてないから何にも見えないんだよね。よかった当たって」
「へぇ、そうなんだ。でも裸眼は危ないな。眼鏡は?」
「持ってないの。寝る時以外は常にコンタクトしてる人間だから」
「まさかこれから出かけるの?」
「うん、コンタクトを買ってからだけど。幸村くんはどこか行くの?」
「部活が終わってその帰りだよ。それにしても心配だなぁ。この先は信号が多いし、裸眼でうろつくのは危険だよ」
「平気だよ〜。周りの人見てれば信号が青か赤かくらいわかるって」
「て、言うけどさっき自転車にぶつかりそうだったね」
「…いや、あれは、えーと…ベルを鳴らさない自転車が悪い」
「事故になったら笑えないよ?」
「そ、そうですね」
「俺も付き合うよ?」
「そ、そうですね…じゃない!いいよ何言ってんの幸村くん…」
「君が心配だから」
「いや…たかが裸眼で外出するくらいで幸村くんに付き添って貰うとかクラスメイトの女子にボコられかねないし遠慮しとくよ…では、私はこれで」
「付・き・合・う・よ・?」
「…」

幸村くんが、怖い。






「お、お待たせしました…」
「思ってたより早かったね。コンタクトは買えたの?」
「うん、よく見たら前回の処方箋の有効期限切れてなかったからさ、診察受けずにコンタクトだけ貰った。もう新しいの付けてきたから大丈夫だよ」
「それは良かった。あ、前どうぞ」
「…お邪魔しま、す?」

結局、幸村くんは眼科の前まで私に付いて来ると「じゃあ俺はあの喫茶店で待ってるから。終わったら来てね、絶対」と、態とらしく語尾を強めてたから渋々言われたとおりに来たのだが、何で言う通りにしてるの私。いや、幸村くんの「絶対」が怖かったんだけど。そう、ただ私がチキンだったというだけの話。

それにしても眼科まで来てくれたのはありがたいが、喫茶店で紅茶飲みながら時間潰すくらいなら帰れば良かったのに。なんて、言えるわけないけど。大人しく幸村くんの向かいの席に座り、ウエイトレスのお姉さんに紅茶も頼んだ。とりあえず色々疲れたから休もう。目を白黒させながら話題を探す。

「えっと…付き添ってくれてありがとう。ここのお支払いは私が…」
「え?昼ごはん奢ってくれるの?」
「…千円以内でしたら」
「冗談だよ。奢ってくれなくていいから、ちょっと付き合って」
「はあ…どこに?」
「どこか」
「え」
「どこ行きたい?」
「え?」
「行きたいところあるでしょ?」
「幸村くんこそ行きたいところあるんじゃないの?」
「みょうじさんの行きたいところに行きたい」

何だこの人。

「えっと…じゃあ解散ということで…家に帰ります?」
「え?みょうじさんの家に行って良いの?ふふ、それは楽しみだな」

どうやら解散という言葉だけ 幸村くんの耳に届かなかったと見える。どんだけ都合の良い耳を持っているのだろう神の子幸村精市。…て、幸村くんのペースに流されてる場合じゃない。さっきの眼科の付き添いといい、このままでは本気で家に来るかもしれない。

「あ、えっと、それなら本屋に…」
「本屋?」
「うん…雑誌買いたくて」
「ああ…いいよ、俺も買いたい本あるから」
「さ、さようで…」

とりあえずセーフだ。私は気付かれないようにそっと胸を撫で下ろして窓の外を見た。さっきまでコンタクトしてなかったからよく見えなかったけど、今日はやたらカップルらしき男女二人組が多い。あ、土曜日だからか。畜生…カップルがこれ見よがしに腕組んでんじゃねぇよ…自転車でど真ん中突っ切ってやりたい。

「みょうじさんって彼氏いるの?」
「え、何で?」
「ふふ。羨ましそうに外のカップル見てたから」
「 (う、羨ましそうだったのか…) いや…、おりませんがな」
「どうして?」
「ど、どうしてと聞かれましても…縁がないから?」
「ふぅん、そう、彼氏いないんだ」

…で?って感じで会話が終了した。無駄に私がかわいそうな展開になったんだけどこれって後で修正効くかな?心の中で涙を流す私を尻目に幸村くんが中学生とは思えない程に大人びた表情で窓の外を眺めている。前々から思ってたけど、幸村くんはどこかミステリアスな部分がある。彼の表情から彼が考えてることを見抜くのは難しい。というか、私がただ幸村くんをあまり知らないだけなんだけど。なのに、今その幸村くんとお茶してるんだから世の中ぶっ飛んでるよなぁ。段階とか無視か。私と幸村くんは友達とまでいかないけどクラスメイトだし他人というほど薄くもない関係。そう、知り合い。これが一番しっくりくる。幸村くんもそう思ってるはずだ。それなのに、何を思って私と頑なに出かけたがるんだ。暇つぶしなんだろうけど、こっちは幸村くんの暇つぶしに付き合うほど暇じゃない。

「じゃあ…本屋行こうよ。夕飯までには帰らないと」
「うん、そうだね」
「…」
「…」
「…」

動く気ねぇこの人。
いつまで外見て黄昏てるんだろう。外の景色に何でここまで食いつくことができるのか甚だ疑問だ。幸村くんに釣られて私ももう一度外を見るけど何が面白いのかさっぱりわからない。

「幸村くん…すごい外見てるけど、誰か知り合いでもいるの?」
「ううん、そうじゃないけど」
「 (けど?) 」
「他人の男女が街中で二人組でいるとさ、カップルかなぁって思うでしょう?」
「あー、うん、そうだね」
「だからさ、俺とみょうじさんも周りから見たらカップルに見えるんじゃない?」
「…」

これ何て答えが無難なの?「いやーどうかな?」とか?「あははーそうかもねー」とか?いや、ちょっと待て一回落ち着こう。相手はあの幸村くんだ。そう、落ち着け、相手はあの高嶺の花の幸村くんだ…。一問一答と言えど彼の場合は命取りになる。返し方によっては明日から女子によるイジメのオンパレードが本当に始まるかもしれない。今お茶してるところを誰かに見られてたらその時点で余裕のアウトだけど。

「ど、どうかなぁ…幸村くんは単体で目立ってるから私なんて視界に映らないと思うけど」
「それ、本気で言ってるの?」
「え?」

幸村くんが私を見つめる。

「可愛いよ、みょうじさんは」



「あ、あざす」
「もう少し女の子らしい反応ができたらもっといいのにね」
「いや、自分、そういうの苦手なんで」
「ねぇ、急に俺の目を見なくなるのやめてよ」
「いや、別に深い訳は」
「じゃあ俺の顔見て、今すぐ」
「えっと…今コンタクトしてなくて…」
「馬鹿だろ。もう少しまともな言い訳しなよ」
「ば、馬鹿って言われた!幸村くんに!女の子には決して暴言は吐かないあの幸村くんに!」
「君がそんな馬鹿みたいな嘘つくからだよ。いい加減こっち見ないと胸ぐら掴むよ」
「暴力反対」

真顔で前を向いた。だって声音がマジだったから。だから私チキンだって言ったじゃんよぉ…。

「俺さ」
「うん」
「君と、ああいう関係になりたい」
「ああいう?」
「そう」

幸村くんが再び窓の外を見る。幸村くんの言う「ああいう」のヒントは間違いなく外の景色の中にあると思うのだけど…えっと、どれのことだ。さっきよりも人混みが引いてるからだいぶ特定しやすいけど、それでも候補がありすぎる。えぇーい勘で行ったれい。

「路上ライブ…したいの?」

ハズレたらしい。幸村くんの無言の圧力がものすごく重い、怖い。本気でちびるかと思った。

「えっと…犬の散歩する仲、とか?あ、でもごめんうち犬飼ってなくて…」
「…」
「それともウォーキングしたいとか?いいね!運動になるし。でも幸村くん運動部だし必要ないんじゃない?」
「…」
「えっと…」
「…はぁ。そのコンタクト度数合ってるのかい?診察してもらった方が良かったんじゃない」
「視界は問題なくクリアですが」
「問題ありなのは君の頭か。脳外科行ってね」
「幸村くんがどんどん毒舌に…!」
「人をおちょくる君が悪いよ。俺の言ってる『ああいう関係』が本気でわからないのかい?これだけ周りがカップルだらけなのに?」
「カップルは対象外かと思って」
「いつ俺がそんなこと言ったんだよ。勝手に除外するな」
「…幸村くん私のこと好きなんだ」

ここまで言われて流石に幸村くんの気持ちに気付かないわけもなく、正直びっくりしてたが以外と冷静に返してる自分に逆に驚いた。幸村くんはなんというか、もう、目を見開いてタコのような真っ赤な顔をしている。レアだ。こんな幸村くんの表情が見れるなんて。意外と驚いた顔は可愛い。

「そ、そうだよ!悪い!?」
「え、何で怒ってるの!?」
「お前馬鹿なのになんでそう直球なんだよ!不覚にもドキドキしちゃっただろ!」
「 (ドキドキしたのか) ご、ごめん?」
「は?まさかこの俺を振るつもり?」
「いやそっちのごめんではなく」
「言っておくけど俺を振るとかそれこそクラスメイトの女子からバッシング受けるからな。覚悟しろよ」
「!?!?」
「俺の期待通りの返事の用意ができるまで口も利かないし目も合わせないから」
「!?!?え、何これ喧嘩?」
「はぁ?君が喧嘩で俺に勝てるわけないだろ。まさかこの俺を敵に回して無事でいられると思ってるのかい?」
「 お、思っておりませぬ…(こんな幸村くん見たことないってか普通に怖いよ帰りたい) 」
「明後日までに返事用意しておいてね。それなりの覚悟を持って」
「あ、あい…」
「…じゃあ、また学校で」

ぷいと背中を向けると幸村くんは大きなテニスバックを抱えて早足で店を出て行った。結局本屋にも行かないみたいだし、何だったのさっきまでのやりとり。言いたいこと言って満足して帰っちゃったよ…いや、そんなことより、どうしようこの展開。あれ告白じゃなくて脅迫だよね。幸村くん、間違えてるよ。なんて過去のことを色々言っても仕方ない。とりあえず予定通り本屋に行くことにして、雑誌の恋愛コーナーでアドバイスでも貰うとしよう。

私の平和な休日に嵐を巻き起こした幸村くんは私の頭の中をぐちゃぐちゃに荒らして去って行った。もうこんな土曜日は二度と体験したくない。大きなため息を吐いて、ちらりとテーブルの端に置かれた紙に目をやる。

「結局私の奢りかよ」





(2014 6/1)

えらさんへ感謝の気持ちを込めて。企画参加ありがとうございました!



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