「ヤムライハお願いだよぉお!!魔法で私を仕事のできる人間にしてください!!このとーり!!」
「ちょ、ちょっとなまえ!?」

バン!と倒れこむ勢いで全力の土下座の体制をとった私にヤムライハが走り寄る。どうしたの!?と、慌てふためくヤムライハは私の背中に手を回して膝をついた。心配するように眉尻を下げて顔を覗き込むヤムライハの美しさと言ったら。あぁ、ヤムライハは今日も美しい。美しいだけでなく、彼女は強い。魔法などの多彩な才能にも恵まれている彼女はシンドリアに尽力し、これまでにも多大な功績をあげてきた。人は彼女をこう呼ぶのだ、天才魔導師、と。

一方で私はシンドリア王国の王宮に使える文官であるにも関わらず、恵まれた才能などは持ち合わせていない。文官採用における筆記試験も運と勘で乗り切っただけのいわゆる凡人なのである。 まさか採用されるとは思ってもみなかったから、ここに来た当初は浮かれていた。これも何かの縁、私はシンドリアの王宮に導かれたのだと。しかも政務官を務めておられるお偉いさまの直々の部下に指名されるなんて天にも昇る心地だった。私はもしかして知らず知らずの内に周りに認められるような立派な人間に成長したのではないか。そう自負していたのだ。
けれでも勘違いだった。私はやはり凡人でしかなかったのだ。出来る仕事と言えば簡単な事務ぐらい。難解な業務に携わったことがない。上司は優しいお方だから、決して私を責めることはない。却ってその優しさが辛いのだ。私はいつだって自分の無能さを実感しながら、それでも与えられた仕事だけはこなそうと努力するも、いつになっても成果は見られない。それどころか上司の仕事を増やしていく一方だ。こんなことをいつまでも続けてはいけない。私が有能な人間でなければ、いつか心優しい上司だけでなくこの国に見捨てられてしまう。充分にその可能性がある以上、なんとしても最悪の事態だけは避けなくてはならない。では、どうすればいいのか。これまで何度も努力してきたが、もうこれ以上は自分一人ではどうしようもない。
そんなことを考えながら一人で廊下をトボトボと歩いていると、前方にヤムライハが見えた。そして思いついたのだ。ヤムライハに魔法をかけて貰おう。上司も認めてくれるような、有能で人の役に立つ人間にしてもらおうと。親しい仲であるヤムライハならきっと引き受けてくれる。そう信じて私は縋るように土下座した。

そして冒頭に至る。

「無理よ」

あっさりと断られてしまった。なんとなくそんな気はしていたのだ。そんなうまい話あるわけない。それなら皆とっくに出世してこんなひーひーふーふー言いながら働いていない。
ガクリと項垂れて床に手をついた。もう後がない。このままで無能さ故に本当に国外追放される。これ以上に努力したところで実を結ぶかわからない。いや、努力はこれまでにもしてきたのに結果がこれだ。もう私は役立たずというレッテルを貼られたまま生きていくしかないんだ。

「うああああ最後の砦だったヤムライハにも見捨てられたああ!私どうしたら…!!」
「なまえ、私は見捨ててなんかいないわよ?ただ魔法で人の素質を変化させることはできないのよ」
「ぐず…やっぱりダメか…私もうここを出て行くしか…」
「え!?どうしてそうなるの!?」
「だ、だって…上司に…、ジャーファルさんに申し訳ないんだもん…。ジャーファルさんの優しさが辛い…。… そりゃあ怒られる時もあるけど、こんな役立たずの私に解雇命令を出さないなんて…。あれだ、絶対面接の時に両親を養っていくためにお金が必要なんですってアピったからだ…!だから解雇しにくいんだ…うううすみませぇん…申し訳なくて申し訳なくて私どうしたら…ううう」
「落ち着いて、なまえ。大丈夫よ、貴女が努力家なのは皆知っているし、だからこそジャーファルさんも貴女を側に置いているのよ?元気出して。だってジャーファルさんは貴女のことー…あぁ、これ以上は駄目ね。ほら、もう泣き止んで。可愛いお顔が台無しだわ」

グズグズと涙やら鼻水やら顔から出るものをほとんど流している汚らしい顔にヤムライハが躊躇いもなく手を添える。両頬を掴まれて、ヤムライハの綺麗な瞳に見つめられたらハッとして羞恥で顔が熱くなった。しばらく見つめ合った後、くすりとヤムライハは笑って手を離した。

「貴女は今のままでいいのよ」

ヤムライハは私の手を取って立ち上がらせると一言そう言い残してどこかへ行ってしまった。どういう意味だろう。ヤムライハが消えて行った廊下の奥を見つめながら涙を拭う。少し落ち着きを取り戻したところでここが廊下のど真ん中であることに気付いた。召使いやら兵士達がこちらを見てザワザワしている。こちらを、というより、私と私の背後を交互に見ながら何かぼやいている。何、私の後ろに何かいるの。

「ここにいたのですね、なまえ」

神様どうか私の聞き間違いでありますように。

「探しましたよ。資料を取りに行くと執務室を出てからなかなか戻らないものですから、何かあったのではないかと…。どうかしたのですか?」

迂闊だった。まさかこのタイミングで現れるなんて。ヤムライハの後を追ってそそくさと退散すればよかったと今更ながら後悔している。もしかして一部始終聞かれてたりして。どうかしたのですか?と聞かれても…ねぇ。

「じゃ、ジャーファルさん…」
「ああ、なんて顔をしているのです。何かあったようですね、大丈夫ですか?こんなところではなんですし、とりあえず執務室に行きましょう。お茶を用意させます」

まるでさっきのヤムライハみたいな表情を浮かべながら、ジャーファルさんは身を屈めて私の顔を覗き込んだ。その表情はおそらく現状を理解できていないということ、だろうか。もしかして見られてなかった?セーフ?これセーフ?私の手を引いて執務室に誘導するジャーファルさんが何を考えているのかはわからないけれど、とりあえずこの泣き顔のことは適当に誤魔化しておこう。…あれ、ちょっと待って執務室?そういえばさっきジャーファルさん私の帰りが遅いからどうのこうのって言ってたけど、私今日非番だよね。ん?どういうこと。結局、執務室に到着するまで私はジャーファルさんに声をかけることができなかった。バタンと扉が閉まり、椅子に座るように言われて素直に腰を下ろした。ジャーファルさんもゆっくり腰を下ろし、ニコリと笑った。

「先程はヤムライハと中々興味深い話をされていましたねぇ。詳しく聞かせて頂きたいものです。安心なさい、私と二人きりです」

アウトだった。吹き出る冷や汗が焦りを物語っている。詳しく話せと言われても、あの通りなのですが。も、もしやここで解雇されるなんてこと。ドクドクと心臓が早鐘を打っている。くしゃりと袖を握りしめて、私は俯いた。

「じゃ、ジャーファルさん…あの、私…」
「ふ、ふふ…」

緊張感漂う空気が流れ出した、と思ったら突然ジャーファルさんが笑い出した。俯きながら袖で口元を隠して静かに笑っている。キョトンとしばらくジャーファルさんを見つめていた私だけれど、このなんとも言えない空気に耐えきれずに思わず立ち上がった。

「わ、笑い事じゃないですジャーファルさん!」
「いえ、失礼。なまえがあまりに可愛らしい悩みを抱えているものですから」
「か…!もう!私は真剣に…」
「安心なさい。お前を見捨てるものですか。そんなこと考えたことは一度もありません」
「ほ、本当ですか…!?」
「ええ、むしろ死ぬまでここで働いて頂きますよ。家族を養いたいのでしょう?」
「し、しかし…私ジャーファルさんに貢献どころか多大な迷惑を…」
「仕事のミスはあれど、それを迷惑だと感じたことはありません。むしろ、私はお前のおかげで仕事が捗るというものです」
「え、な…何故…?」
「何故?…さぁ、それは自分でお考えなさい」

喉で笑うジャーファルさんはどこか艶っぽくて、思わず魅入ってしまう。自分で考えろって言われても、私の何がジャーファルさんのやる気を刺激しているのかなんてわからない。わからないけど、ジャーファルさんが幸せそうに笑うから、私はこのままで良いのかな。ふと、別れ際にヤムライハが言い放った言葉を思い出した。

「ジャーファルさん、具代的に私があなたにできることはありませんか」
「具代的にですか?そうですね…」
「私に出来ることがあればなんなりとお申し付けください。ジャーファルさんのお役に立ちたいんです」
「そうですか、それは心強いですね。ですが、結構ですよ。もう充分してもらってますから」
「ええ?何をです?」
「それも自分で考えなさい」
「ジャーファルさんそればっかり…」
「ああ、それとこの書簡を明朝までに」

ドサリと机に積み上げられた書簡の山は今にも崩れそうな程である。え、待って私今日非番なんですけど。目で訴えかけようにもジャーファルさんは「いいからやれ 」とでも言わんばかりの高圧的な笑みを浮かべて私にゴーサインを出している。これを今からやれと。出来ることはなんでもやると言ったばかりではあるけれど、さすがにこれは。ちらりとジャーファルさんを盗み見ると、とんでもなく素敵な笑顔がそこにあった。

「できますね?」
「はい!!!」

反論できるわけがなかった。勢いよく一礼して私は書簡を抱えて逃げるように執務室を飛び出した。ジャーファルさんの笑い声が聞こえる。

「ふふ、誰よりも愛しいお前を手放す訳がないのに。まったく、いい加減気付いて欲しいものですね。そこが可愛いのですが。お前は私を狂わせる天才ですよ、なまえ」

ジャーファルさんがそう呟きながら優しく微笑んでいたことを、もちろん私は知らない。


(2014 2/21)
りいこさんへ感謝の気持ちを込めて。企画参加ありがとうございました!



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