家に帰ると玄関の前に人が座っていた。すっぽりとフードを被ってヤンキー座りしているから不審者かと思って一瞬身構えたけど、見覚えのあるヒョウ柄のパーカーにホッと胸をなでおろす。

「ユーリ…普通に怖いんだけど…」
「…遅ぇ」
「え、ごめん。会う約束してたっけ?」
「いつもより帰りが遅ぇ。待たせんな」
「ご、ごめん… ( 突然来たくせに何言ってんだ?こいつ ) 」
「早く中に入れろ」
「うちに来るの?」
「そのために来たんだろーがバカか」
「痛っ!蹴るなよ!」

 膝裏をゲシゲシ蹴られながら慌ててカバンから鍵を取り出して鍵穴に差し込む。地味に残る足の痛みに小さく舌打ちをしながら家の扉を開けると、家主の私より先にユーリがズカズカと上がり込んでスニーカーを乱暴に脱いだ。せめて綺麗に脱げよ…と呟く私の声はユーリの耳には届いていない。バラバラに散らばったスニーカーを私が綺麗に揃えていると、部屋の奥から「腹減った!メシ!」という怒鳴り声が聞こえた。ユーリは自分が客人だという自覚が持った方が良いと思う。前は土足で家に上がろうとしていたから、それを思い出すと今は幾分かマシだけれど。でも人の家のソファを堂々と占領するのはどうなんだ。

「お前日本人だよな」
「そうだけど…何今更」
「日本食って何がウメェの?」
「えーなんだろ。基本何でも美味しいよ。寿司もうどんも蕎麦も天ぷらも」
「…ふーん」
「何?作って欲しいの?良いけど実家から送られてきた調味料ほとんど無くなっちゃったんだよね。こっちで買うと高いし」
「別にいらねぇ」
「食べたいから聞いたんじゃないの?」
「違う。今度日本に行く。日本のハセツ」
「は?」
「ヴィクトルの馬鹿を連れ戻して来る」
「は???」
「んだよ」
「ユーリが日本に行くの?コーチと?」
「いや、一人で」
「ほぁ」
「間抜けな声出すなよ」
「ヴィクトルって…あのトップスケーターの?」
「ああ」
「その人が日本にいるの?」
「ああ。俺との約束を放棄して日本の選手のコーチをやるとか言いだしやがった。…連れ戻して、約束を守ってもらう」
「ほぁ」
「だから何なんだよその反応は」
「いや…まさかユーリが日本に行く日が来るとは…なんか日本人としては嬉しいようで普通に羨ましい。私も実家帰りたい」
「お前も来れば良いだろ」
「いや金欠やねん」
「やねん?」
「良いかいユーリ。日本には地域によって複雑な方言がある。日本のハセツがどこか知らんが基本的に英語はほぼ通じないと思え」
「お前日本人なのにハセツ知らねぇのかよ」
「知らん」
「日本の南の方。キューシュー?とかいうところ」
「九州!?ユーリ九州行くの!?良いな!お土産買って来て欲しい!」
「荷物になるから嫌だ」
「いつもうちでタダ飯食べてんじゃん買って来てよー!」
「うるせぇ」

 九州旅行かぁ良いなぁ。日本人の私でさえ九州行ったことないよ。と、ユーリにわざと聞こえるように独り言を呟いてみたけど普通に無視された。だよね。ユーリが私のためにお土産買ってきてくれるわけがないよね。そうだよね。

「オイ、腹減った。早く何か作れ」
「ボルシチでいい?」
「昨日食ったから却下」
「客人に拒否権があるのか」
「何か文句あんのか」
「お前がな」

 何でユーリってこんな偉そうなんだろう。私とユーリが友達として互いの家に行き来しあっていることに今更ながら疑問を抱いた。私は基本的に身勝手な奴が嫌いだけど、ユーリのことを嫌いにならないのはユーリが根はいい奴だって知っているからだ。ただもうちょっと可愛げがあれば良いのになとは思う。だから誤解されるんだよ。

「ユーリ今何食べたい気分?」
「肉」
「肉…あ、豚肉があったな。でも野菜キャベツしかもない……あ!!!」
「急に大声出すなよ」
「とんかつにしよう!!」
「…トンカツ?」
「豚肉にパン粉まぶして揚げたやつ。日本食だよ。すっごいおいしいんだよ!」
「へー」
「せっかくユーリが日本に行くんだから日本食の素晴らしさを知って欲しいなぁ」
「お前日本食作れんのかよ」
「当たり前じゃん。よく作ってるよ」
「俺には作ったことねぇのに」
「好き嫌いがあるかなって。でもとんかつは多分気に入ると思うな〜。待ってて、今作るから」

 コートを脱ぎ捨ててエプロンを身に付けると駆け足で台所に向かった。材料を一通り取り出して、足りないものが無いか確認しているとリビングからユーリの「なぁ」と、呼ぶ声が聞こえた。

「何?ユーリ何か言った?」
「お前今学校は休みだろ」
「うん。一昨日から冬休み入ったよ」
「予定は?」
「何もないよ。学校の友達と遊ぼうかなって思ってるぐらい」
「なら飯食ったら出かける準備しろよ」
「何で?この後どっか行くの?」
「今日じゃねぇけど、明後日」
「どこ?」
「日本」
「え?」
「の、ハセツ」
「え!?」
「日本、帰りたいんだろ」
「帰りたいけど…え、明後日!?私お金ないんだってば!」
「ん」

 のそのそとソファから起き上がったユーリが台所に来て気怠げに壁に寄りかかると、スマホを私に差し出した。「ん」て。画面を見ろ、ということだろうか。スマホを受け取り画面を見ると、どうやら航空会社のホームページを見ていたらしい。チケット購入の履歴が表示されている。明後日出発の福岡空港行きのチケットが、2名。

「2名…?」
「お前の分」
「え!?な、何ちょ、勝手に!」
「心配すんな。俺が出してやるよ」
「いやいやいや!日本までいくらすると思ってんの!払ってもらうわけなはいかない!」
「前に優勝した大会の賞金が入った。大したことねーよ」
「ぐぁー!そうだった何気にユーリ稼いでんだった!」
「だから行くぞ、日本」
「いやでも!宿泊費とか!その他諸々!めっちゃお金かかるじゃん!待って…親に連絡しよう…頭下げて振り込んでもらう…!!」
「落ち着けって。多分、ホテルはなんとかなる」
「何その自信!?」
「ヴィクトルもいるんだしなんとかなんだろ」
「…ユーリ、ヴィクトルさんに頼りすぎじゃない?言っておくけど私ヴィクトルさんと面識ないからね?初対面なのに金銭面でお世話になるわけないじゃん」
「心配すんなよ。お前の面倒は俺が見てやる。お前より金持ってんだから」
「何でユーリここまでしてくれるの…?私ハセツなんて土地知らないしガイドもできないよ…?」
「期待してねーよガイドなんて」
「じゃあ何で…」
「ついでだよ。さっきも言っただろ、ヴィクトルを連れ戻すために日本に行くって。そんなに長居はしねぇからな。いっつも『日本が恋しい日本が恋しい』ってブツブツ言われてこっちも聞き飽きた。短期間でも日本に戻ったら気分転換にもなるだろ」
「ユーリ……」
「俺が勝手に決めたことだ。金の心配ならしなくていい。いつもメシ食わせて貰ってるしな」

 最後の言葉はモゴモゴしててよく聞こえなかったけどユーリが照れているということはよくわかったので何も言わずに抱き着いた。突進するように抱き着いてしまったのにユーリはビックリしつつもちゃんと受け止めてくれる。「重い、デブ」と文句が聞こえるけど聞こえないフリをしてしがみついた。それでも無理やり引き剥がそうとはしないユーリは本当に良い奴だと思う。

「ユーリありがとう大好き」
「気持ち悪いこと言ってんじゃねぇよ」
「観光しようね」
「しねぇよ。ヴィクトル連れ戻すだけだって言ってんだろ」
「九州名物一緒に食べようね」
「お前な……まぁ良いや」

 パシパシと背中を叩かれ、ユーリから離れる。「ヴィクトルをぶん殴ったらすぐ帰るからな」と釘を刺されたけど、私はニヤニヤしながら頷いた。そしたら頬を摘まれた。痛いけど緩んだ顔は戻らない。

「うふふ楽しみ〜」
「…呑気な奴」
「え?」
「行くのは俺とお前の二人だけなんだからな。少しは警戒しろよ」


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続くか続かないかわからない



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