「赤葦、暇」
「そうですか。おめでとうございます」
「…」

 赤葦が冷たい。向かいの席でせっせと課題のプリントに取り組んでいる様子からして今は話しかけない方が良いのだろうけど、それにしたって先輩、いや、可愛い彼女に対する態度があれで良いのだろうか。いや、良くない。

「ねぇねぇ赤葦」
「…」
「赤葦」
「…」
「あ〜か〜あ〜し〜」
「…」
「あっかっあっしっ」
「…」
「あぁかぁあぁしぃ」
「…」
「赤司」
「誰ですかそれ」
「あ、やっと反応した」
「はぁ…。で、何の用ですか?なまえさん」
「だから暇なんだって」
「ならどうぞ自分のクラスに戻ってください」
「何で?」
「何で?じゃないです。昼休みに三年生のあなたが俺のクラスに来ること自体まずおかしいでしょう。それに俺は次の授業の予習があるんです。悪いですけどなまえさんに構っている暇は無いんです」
「赤葦よく喋るねぇ〜」
「あなたのせいです」
「おっふ」
「わかったら木兎さんのところに行ってください」
「なんで木兎?」
「あの人といれば暇な思いはしないでしょう」
「えーいいよ。木兎とは部活で会えるし。へいへーい」
「…」
「わかったよ。静かにしてるからそんな目で見るなよ」

 チッと舌打ちをしてそっぽを向いた。やれやれと言った様子で肩を竦めた赤葦がため息を吐いた。こいつため息多くね?どんだけ二酸化炭素出してんの。赤葦は地球にも私にも優しくない。

「…」
「…」
「…」
「…」
「赤葦、あのね」
「…静かにしてくれるんじゃなかったんですか」
「だって赤葦に聞いて欲しいことあったから来たのに昼休み終わっちゃう」
「はあ…わかりましたよ。手短かにお願いします」
「簡潔なのと超簡潔なの、どっちが良い?」
「超簡潔で」
「チッ…わーったよ」
「それで、何なんですか?」
「私、関西の大学に行くことにした」
「…え」

 字を書き並べ続けていた手をピタッと止めて、赤葦はプリントから顔を上げた。驚愕の表情だ。プリントを支えていた手がピクリと震える。

「な…んで、ですか」
「んー、大学の雰囲気に惹かれたからかな」
「何で…東京にも大学はたくさんあるのに」
「あるねぇ。でも昔から関西に住んでみたかったんだよね。もちろんその大学に通いたいっていうのが一番の理由だけど」
「一人暮らし、ですか?」
「だね。それか寮で相部屋かな」
「…」
「ちょ、赤葦?フリーズしてるけど大丈夫?」
「…もう決まったんですか?」
「ん?いや、まだだよ。試験これからだし。もし落ちたら都内に残ることになると思う。親が一人暮らしするの反対してんだよねぇ」
「なんだ、まだ合格してすらいないんですね。落ちれば良いのに」
「オーイ不吉なこと言うな!?」
「滑ろ」
「やめろーー!!!」
「俺も一人暮らしなんて反対です。先輩が自炊なんてできるわけないじゃないですか。朝も一人で起きれないのに」
「ううーん確かに。赤葦のモニコはとっても助かってるよ。でも、だからこそ自立しないとなって思って」
「…」
「いつまでも誰かに甘えてちゃダメ人間になっちゃうしね〜」
「もうすでにダメ人間ですよ」
「おおっと厳しい一言!でも赤葦もいつまでも私に頼られてたらうざいでしょ?せめて赤葦のモニコに頼らずに起きられるようにならないとね〜」
「………ない、」
「え?」

 赤葦が小声でボソボソと何か呟いているけど、全然聞こえない。耳に手を当てて顔を近づけながら聞き返すと、赤葦は「はぁ」と小さく息を吐いてシャーペンを机の上に置いた。

「うざいだなんて、思ったことないです」
「え…」
「そりゃ、高3なのに朝一人で起きられないなんてどうかしてるとは思いますけど、うざかったらモーニングコールなんてしませんよ」
「うううん?でも馬鹿にしてるね?」
「なまえさん、馬鹿でしょう?何か間違ってますか?」
「悔しいけど間違ってないわ。でもモニコが嫌じゃなかったなんて…赤葦って良い子だね…」
「どんな理由であれ、朝一番になまえさんの声が聞けて嬉しかったんですよ」
「…え?」
「でも、もうできないんですね」
「え、嬉しかったって、え?マジ?エイプリルフール?」
「今日は4月1日じゃないよ。馬鹿ですか」
「嘘かと思うくらいありえないこと言われたから疑っただけだよ!!!マジレスすんな!!!」
「嘘じゃないですよ」
「マジか。赤葦私のこと好き過ぎじゃね?」
「…」
「黙るなよう。滑ったみたいじゃん」
「滑ってますよ。なまえさんの試験結果も」
「ヤメローーー!!!」
「おとなしく都内に残ってください」
「え、ええ〜…そう言われてもなぁ…」
「都内の大学に通いながら一人暮らしすれば良いじゃないですか」
「実家から通える距離なのに一人暮らしをする意味…」
「自立したいんでしょう?」
「ええー…うーん…」
「…別に良いじゃないですか。誰かに甘えたって」
「え、」
「甘えられてる方が嫌じゃないって言ってるんだから、甘え続ければ良いじゃないですか」
「赤葦…」
「今更なまえさんを突き放すなんて逆に無理な話ですし」
「え…マジかよ…赤葦のせいでますますダメ人間を極めてしまう…」
「良いんですよ、なまえさんはそれで。一生俺を頼ってれば良いんです」
「赤葦は私を甘やかしすぎてると思う」
「そうですね。自覚はあります」
「やっぱり私のこと超好きじゃん」
「そうですね」
「ウアッ。きゅんとした」
「志望大学、ちゃんと考え直してくださいね」
「お、おう…」

 赤葦が珍しくデレてるから思わず頷いてしまった。えーどうしよう、デレる赤葦の可愛さを理由に志望大学を変更するのもどうなんだろう。また担任からうるさい小言を貰うことになりそうだ。あーあ、セコいよなぁ。滅多にデレない赤葦にそんな風に言われちゃったらさ、東京離れたくなくなっちゃったんだけど。どうしてくれる。

「ところでチャイム鳴ってますよ」
「え?ウオアーーーッッ授業始まる!!!」
「お疲れ様です」
「赤葦ごめん長話して…課題終わってないよね…?」
「いえ、終わりました」
「赤葦のそういうちゃっかりしてるところ嫌い」
「俺はなまえさんのそういうところも好きですよ」
「そういうところって何」
「危なっかしいところです。この人は一人にしたらダメだなって、つくづく思います」
「う、う、うるせーよ!!私も好きだよ!!!」

 私が顔を真っ赤にして叫ぶと赤葦は嬉しそうに笑った。先生、ごめんなさい。今から授業に戻る前に職員室で進路希望調査書取ってくるのでどうか叱らないでください。



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