※捏造あり


 ずっと一緒にいたから、離れ離れになることなんて考えもしなかった。これからも当たり前のように毎日顔を見て、話して、笑って。私達はこれからも何一つ変わらない、なんて根拠もなく信じてた。

 別れは突然やって来る。




「…地元を離れる、とは」
「検索エンジンで調べるみたいに聞くなよ…。ほら、前にアイドルのオーディション受けるって話しただろ?そしたらさ、受かったんだよ!ついに夢が叶うんだ!お前にすぐ報告したくってさ。ビックリしたか?」
「オーディション…?オーディションに受かったの?」
「そ!一織と一緒に事務所に所属するんだ。アイドルになるんだぜ!まぁ、まだ見習いっつーか、デビューできるかもわかんねぇけどな」
「三月、」
「ん?何だ?」
「どこまでが嘘でどこまでが本当?」
「いや全部本当だけど!?」
「三月がオーディションに受かったっていうのは嘘でオーケー?」
「オーケーじゃねぇよ!そこ一番大事なところだろうが!」
「え?何で?何で私に何の相談もなく…」
「いや相談はしてないけど、オーディション受ける話はしたよな?お前『頑張れ三月』とかうちわ作って応援してくれてなかった?」
「作ったし応援してた」
「じゃあ何でそんな不満気なんだよ。もっと喜べよ」
「でも受かるなんて聞いてない」
「いや俺もまさかって感じだったけど…え?何、お前嬉しくないのかよ」
「嬉しいよ、嬉しい。すごく嬉しい。三月の夢だったもんね、アイドルになるのは」
「じゃあもっと嬉しそうにしろよ。俺としてはお前一人で俺を胴上げしようとするレベルで喜んでくれると思ってたんだけど」
「いやさすがに三月でも一人胴上げは無理。もはやお姫様抱っこだしそれ」
「じゃあ何でそんな落ち込んでるんだ?」
「…三月、さっき言ったじゃん。地元を離れるって」
「ああ…それか。うん、寮に入るんだ。しばらくこっちには戻れない」
「………」
「いてててて痛い痛い痛い!無言で腕を抓るな!何だよ!?」
「しばらく会えないじゃん!」
「お、おお…そうだな」
「顔を見ない日なんて無かったのに!毎日三月の顔を見て、三月の声を聞いて、三月の下手くそな鼻歌を笑って、それが当たり前の毎日だったのに…」
「うん、そうだな。なんて言うと思ったかこの野郎!下手くそな鼻歌は余計だ!」
「生活リズムが狂う。無理。この世の終わりだ。三月に会えないとか無理」
「お前そんなに俺のこと好きだったのかよ」
「いや好きっていうか、毎日必ず食事を取る行為と同じくらい三月と会うのが当たり前だったから。三月と会えなくなるのは断食しろって言われるのと同じくらいショック」
「よくわかるようでわからない例えだな。つまり俺はお前の生活の一部ってこと?」
「そう。三月といて当たり前。空気?みたいな」
「それいない者として扱ってるよな?いてもいなくても変わらないってことだろ?」
「難しいことはよくわからん」
「お前が出した例えだろ」
「と、とにかく!三月と毎日会えないなんて嫌だ!三月は寂しくないの!?幼稚園からずっっっと一緒だったんだよ!?もはや私ら家族みたいなもんじゃん!?弟の一織くんは連れて行くのに何で私は置いていくの!?」
「そりゃ寂しいけどさ、でも二度と会えないわけじゃないんだしそんなに悲しむこと無いって。電話するよ」
「毎日帰ってきて。ていうか自宅から通えば良いじゃん」
「そうはいかないんだよ。もう決まったことだし」
「ドチクショーー!!三月の薄情者ーー!!こうなったら私もオーディション受ける!三月のマネージャーの!」
「いやマネージャーは他にもういる」
「は?」
「俺より年下の女の子」
「は?ざけんなよ」
「いてっ!何で殴るんだよ!?情緒不安定かお前は!」
「なんか三月の鼻の下が伸びてたからムカついた」
「いや伸びてないから」
「はあ…そうやって三月はあっさり私の代役を見つけて色んなモデルや女優やアイドルと関係を持って芸能界で生きていくんだ。はあ。鬱かよ」
「最低な未来を予想すんな」
「で、いつ行くの」
「明日」
「は?」
「イッッテ!!!何で脛蹴るんだよ!?」
「明日って何だよ。急すぎだろ。一か月後とかならまだ気持ちの整理もできたけど明日ってオイ。明日ってオ〜〜イ!!!」
「いやだからこうしてお前に会いに来たんだろ?お前の部屋も見納めかもしれな、イダッッ!!!」
「いつでも帰って来い!!!」
「お、おお」
「毎日電話しろ!!!」
「うーんそれは難しいかもなぁ…」
「ワーーン!!!」
「うわ泣いた!いや電話する!電話するって!でも毎日は多分難しい…」
「ビェエエ」
「な、泣くなよ…」
「不安だ…不安過ぎる…三月のいない生活が不安…」
「お前どんだけ俺に依存してんだよ」
「三月ィ〜〜!!!」
「はいはい何だよ」
「たまにでいいから電話してね!」
「…うん」
「たまにでいいから帰ってきてね!」
「うん」
「私のこと忘れないでね!!」
「忘れるかよ馬鹿だな」
「うわぁ〜〜ん三月ィ〜〜!!!遠くに行ってもズッ友だからねぇ〜〜!!!」
「え?遠く?」
「え?」

 泣きながら三月にしがみついて頬ずりしてたら三月が「お前何言ってんだ?」ってほっぺを摘んだ。痛い。結構力入ってる。普通に痛い。

「あのさぁ…お前、俺がどこか遠くに行くと思ってたのかよ」
「え?違うの?」
「事務所、東京だから」
「え???」
「ここから電車ですぐのとこ」
「……」
「……」
「激近じゃねぇかよ!!!」
「遠いとは言ってないだろ!?」
「はあ!?ふざけんな!泣いて損したわ!聞いてねぇよ!そんな近いのかよ!?遊びに行くわ!」
「事務所に入れるかわかんねぇけど連絡くれたら俺が会いに行くよ」
「何だよめっちゃシリアスに受け止めちゃったよ恥ずかしい!ハァー!なんだこれ恥ずかしッ!てっきり飛行機じゃないと移動できない距離かと思ったよ!」
「まあでも家を出るのは事実だから…」
「でも東京でしょ?遊びに行く」
「ちゃんと連絡入れろよ?」
「おうよ」
「忙しくて電話できない日もあると思うけどなるべく連絡するからな」
「まだデビューしてないんだしどうせ暇だよ」
「嫌な奴だなお前!?チクショー今に見てろよ!!売れっ子アイドルになって超多忙な人生送ってやるからな〜!」
「ははははやってみろ」
「ダーーーッッッ絶対売れてやる!絶対売れてやる!」
「頑張れ三月。私はここから応援してやろう」
「ライブやることになったら絶対来いよ!」
「おけおけ。行く行く」
「…絶対だからな」
「うん」
「…なまえ」
「うん」
「何でまた泣くんだよ」
「うん…」
「ティッシュいる?」
「いる」
「俺としては笑顔で見送ってほしいんだけど」
「うん、大丈夫。安堵の涙だから」
「安堵?」
「今更だけど、三月の夢が叶って良かったなって。すごく安心した。良かったね、三月」
「…ありがとな」
「頑張ってね」
「ああ」

 三月のこの笑顔もしばらく見れないんだろうなぁ。そう考えると、やっぱり少し寂しい。でも私は三月の夢を精一杯応援しよう。三月がどれだけアイドルになりたかったか、私はよく知ってるから。

「三月」
「何だよ」
「誰が何と言おうと三月のファン一号は私だからね。あと一織くんのファン一号も私」
「欲張りだなぁ。でも、ありがとな」






≪≪≪







 三月が寮に入って早くも一か月が過ぎた。会うことはできなくても電話やメールなど連絡手段はいくらでもあるから、意外と寂しくない。現代の技術って本当すげぇのな。改めて実感してしまった。
 三月はレッスンやお仕事が重なってどんなに疲れていてもほぼ毎日のように深夜に電話をくれる。お互い次の日の予定もあってそんなに長くは話せないけど、声を聞けるだけ幸せだと思う。悩み事の相談にも乗ってくれるし、面白かった出来事とか、くだらないことまで聞いてくれる。三月も私に色んな話をしてくれる。IDOLISH7のメンバーのこととか、寮生活のこととか。色々と大変そうだけど話してる時の三月の声がとても明るいから、きっと毎日楽しいんだろうな。アイドルって個性的な人が多そうなイメージだから自らツッコミ役に回る三月が疲れちゃうんじゃないかってちょっと心配してたけどそれも問題ないみたい。新しい環境にも慣れて、お仕事も少しずつ増えて、三月はアイドルとしての人生を一歩ずつ確実に歩み始めている。先日行われたライブは、観客は少なかったけど、みんなキラキラしてたし歌もダンスもうまかった。すごいなぁって胸がドキドキしたのをよく覚えてる。その中でも三月が一番輝いてた。って三月に電話で伝えたら『まぁな!』って何故か得意げに鼻を鳴らしてた。何だその自信。個人的に金髪の外国人みたいなイケメンがタイプだったけどそれは言わないでおこう。
 そんなこんなで初ライブも終わり、本格的に始動ーー…と思いきや、そんなうまくいかないらしい。詳しくは知らないけど、まだまだデビューはできそうにないって三月が言ってた。でもその声は落ち着いていたけど元気がないわけではなく、なんというか、やる気に満ちてるっていうか。詳しい事情は教えてくれないけど ( 企業秘密だ!とかなんとか言って ) とにかく三月が元気ならそれで良い。三月の元気が私の活力だ。三月の笑顔を思い浮かべれば何だってできる。三月の声を聞くたび思うんだ。私も「頑張ろう」って。

「なんて思うわけねぇだろ!!!普通に寂しいわ!!!枕を濡らす日々を送ってるわ!!!帰ってこい三月!!!」
『いって!耳元で叫ぶなよ!キーンってなったわ!』
「うわーーん三月ィ〜!!!寂しい!寂しいよー!」
『オイさっきまでのクールなお前はどこに行った』
「クールな私はう!そ!」
『嘘かよ』
「ウワーン!三月の前ではこのクールなキャラ押し通そうと思ったのな!思ったのにー!それなのに三月が…っっ!」
『うるせぇよ叫ぶな…』
「三月が私の誕生日にお仕事があるからこっちに帰ってこれないなんて言うからーー!!!」
『ダァアもう叫ぶなって!鼓膜破れる!仕方ないだろ仕事なんだから…』

 そう。そうなのだ。三月がアイドルとしての仕事が増えてきたのは嬉しい。三月が努力しているのを知っているから私は極力ワガママを言わないようにしてたのだ。それもこれも「お前の誕生日はちゃんと祝えるようにそっちに戻る」って三月が約束してくれたからなのに。それなのに。それなのにー!

「仕方ない!仕方ないのはわかってる!お仕事優先しないといけないのもわかってる!」
『何だよ物分り良いな』
「でも何でよりによって私の誕生日!?神様のバカァー!!!」
『それは俺もどうしようもない』
「うええ…毎年三月が作ってくれるバースデーケーキ楽しみにしてたのに…!うえーん!」
『また別の日にちゃんと祝ってやるから』
「別の日っていつ!」
『えーと…それははっきり言えない』
「ブゥウウウウン!!!!」
『え?何今の音。バイク?あ、鼻をかむ音か!?そんな強くかむな!耳聞こえなくなるぞ!』
「三月のバカアホチビ童貞!」
『オイお前今最後に何つった?』
「もうしばらく三月に電話しない!メールもしない!手紙も書かない!」
『いや手紙もらった事無い。つかそんなに怒んなよ!子供じゃあるまいし…お前もう21だろ?』
「22になりますけど!?」
『ああ、うん、そうだな』
「…三月が悪く無いのはわかってる。でもあまりにもショックが大きい。三月にとって私の誕生日なんて何てことない日なんだろうけど、私にとっては一年で一番楽しみにしてる特別な日だったんだ」
『何てことない日なんて思ってるわけないだろ!お前が生まれてきてくれた日なんだから俺にとっても幸せだよ』
「…」
『急に照れて黙るのやめろ』
「と、とにかく!この心のモヤモヤが晴れるまでしばらく連絡しません!バイバイ!」
『あ、オイなまえ!?ちょ、』プツッ

 電話を切った。そしてベッドに思い切り叩きつける。肩で息を整えながら某ボクシング漫画みたいに真っ白に燃え尽きた。
 ……やってしまった。喧嘩したかったわけじゃないのに。つい三月の前では素直になり過ぎてしまうのは昔からの悪い癖だ。三月の言う通り、もうすぐ22歳になるのに私ってば何してんだろうなぁ。もう大人なのに、いつまでも私を甘やかしてくれる三月に甘えてしまっている。三月はどんどん大人になっていくのに、私は子供のままだ。ダメだ。こんなの絶対にダメだ。三月のお荷物にはなりたくない。しっかりしなきゃ。三月が安心してアイドルのお仕事ができるように、私が三月の心を支えてあげないといけないのに。…まぁ、それは弟の一織くんの方が適任か。そう考えると、私って三月にとってかなり邪魔なんじゃー…?
 チラリとスマホの画面を覗き込むと、メッセージが1件届いていた。三月からだ。

『誕生日に帰れなくて本当にごめんな。落ち着いたらまた連絡してくれよ』

 短ッ。というのが素直な感想だけど、そっとしておこうとしてくれているのが充分伝わってきた。こっちこそごめんね、三月。三月の夢を邪魔するようなことして本当にごめんね。俯いたら涙が溢れた。私、泣き虫になったなぁ。私にとって三月という存在がどれだけ大きかったかが今になってよくわかる。一緒にいることが当たり前だったんじゃない。私が三月の傍にいたかったから、一緒だったんだ。当たり前なんかじゃない。恵まれていたんだ。こうして三月と離れて、やっとわかった。三月、三月。名前を呼んでも私の声は虚しく消えていく。こんなにも三月のことが大切で、大好きで。でも三月は私を必要としていないんじゃないかって、すごく不安で。地球で私一人だけになったみたいな、そんな心地がした。ありえない量の涙が頬を流れる。ポタポタと大粒の涙がスカートにシミをつくっていく。

「三月…」

 そういえば「いつも一緒にいてくれてありがとう」って、ちゃんと感謝の気持ちを伝えたことなかったなぁ。




≪≪≪







 自分でも正直驚いているが、本当に誕生日の今日まで三月と連絡を一切取り合わなかった。や、正直に言うと三月から連絡あるんじゃないかって期待していた部分もある。けど電話どころかメールも来なかった。そりゃそうか。軽く喧嘩みたいな感じになっちゃったし、切ったのが私からだから三月からは連絡取りにくいよね。だよね。私が素直に謝ってたら今頃お誕生日おめでとうメール貰ってたのかな。あれー?三月に対して素直過ぎた私がいつの間にかこんな頑固者になっちゃった。環境は人を変えてしまうってよく聞くけど、三月がいないというだけでほとんど以前の環境と変わらない私がこんな嫌な人間になってしまった。三月はあれからどうだったんだろう。

 前にたまたま付けたラジオ番組に三月が出ていた。IDOLISH7のメンバーと一緒に楽しそうに話してた。久々に三月の声を聞けてすごく嬉しかったけど、それと同時にメンバーと話す三月が楽しそうでちょっと妬いた。私以外ともそんなノリで話すんだ。ふーん。って、子供みたいに唇を尖らせた。でもよく考えたらすごいよね。この短い期間でラジオ番組でのお仕事貰うなんて。本格的にデビューしてライブもやってるみたいだし。次のライブはチケット争奪戦になるって誰かがブログで書いてた。IDOLISH7は今かなり人気らしい。最初のライブが嘘みたいだ。ガラガラだったのに、今や超満員だなんて。すごいなぁ。アイドルってすごいなぁ。他のメンバーも美形揃いだし、歌もダンスもすごいし、ぶっちゃけ三月が秀でてるのってトーク力とかだからライブではあんまり生かせないだろうけど、それでもちゃんとIDOLISH7のメンバーとして存在感のあるパフォーマンスをできているのがすごい。三月ってすごい奴だったんだなぁ。少し誇らしくなった。最近、ご近所でもよく三月のことでおばちゃんたちから声をかけられる。「三月くんと付き合ってるんでしょう?アイドルの彼氏なんてすごいわねぇ!」なんて言われたけどそれは全力で否定しておいた。実際付き合ってないし、そういう小さな噂がスキャンダルを引き起こすのだ。いっそのこと「三月とはご近所付き合いです」という看板を掲げて街を歩きたい。いちいち聞かれるのも疲れる。あともう一個ビックリしたのが、前に「和泉さんのお家を知りませんか?」って若い女の子の二人組に聞かれたことがあった。知ってるけど、知らないフリをした。だって個人情報だし。商店街があるだけで特に遊べるような施設もないパッとしない地元が、和泉三月と和泉一織の出身地だというだけで人が集まってくるなんて。アイドルってすげぇ。ていうか三月達すげぇ。いつの間にこんなビッグな男になったんだ。そのうち美人な彼女とか連れて帰ってくるんだろうな。あーあ。

「何でせっかくの誕生日なのに家に引きこもってこんな愚痴っぽい独り言零したんだろう、私」

 母からの誕プレで貰ったブタの抱き枕 ( 私に似てるとかで買ってきた ) ( 嬉しくねぇ ) を抱きながらベッドに横たわる。大学の友達からは沢山お祝いメールを貰ったけど、三月からはまだ貰っていない。もうすぐ日付けが変わってしまう。誕生日が終わってしまう。以前の三月なら日付けが変わった瞬間に電話でお祝いしてくれたのになぁ。ちゃんと昼には手作りのケーキ作って持ってきてくれたし。けど今年は電話もない。ケーキもない。プレゼントもない。三月から貰うものが何もない。
 …やっぱり私から連絡するべきだったのかな。私が謝らないといけなかったのかも。三月、怒ってるのかな。どうしよう三月から祝ってもらわないと私22歳になった心地がしないよ。三月に祝って貰って初めて誕生日を迎えたって心地がしたからなぁ。泣きそう。日付けが変わるまであと5分。もうこれは来ないな。諦めて目を閉じることにした。

 チクタクと時計の針の音が部屋に響く。今日はやけに針の音が気になる。私自身がカウントダウンしてるからか。あと3分。

 ちょっとウトウトしてきた。もうこんな時間だし、三月からの連絡待ってたから今日は一日中緊張してた。緊張の糸が緩み始めてる。えーと、あと1ぷ、

 ブー…ブー…

「え!?え!?何!?」

 バイブ音が聞こえ、一瞬で目が覚めた。飛び起きてスマホの画面を見ると、メッセージが二件届いてた。なんだ電話じゃないのかよ…と無駄に期待していた分落ち込んだが、メッセージの相手の名前を見てすぐにテンションのメーターがマックスを超えた。三月からだ。しかも2件とも。2件って何だ?何で二つに分けた。まぁいいや、見ればわかることか。震える指先でメッセージを開くと、そこに文章は無かった。

 は?

 一瞬固まった。そこにはボイスメッセージと動画があった。その2件だ。……ボイスメッセージ使ってる人初めて見た。ていうか、ボイスメッセージと動画って何や。何の組み合わせや。頭の上にクエスチョンマークを浮かべながらまずはボイスメッセージを開くと、久しぶりに聞く三月の声が流れ始めた。

『オッッッス!久しぶりだななまえ!元気か?ちゃんと毎日飯食ってるか?お前目を離すとすぐ携帯食に手を伸ばすから栄養のバランスが取れてるのか心配なんだよなー。ちゃんと母ちゃんが作ってくれる飯いっぱい食って学生らしく勉強しろよ!しばらくお前と連絡取り合ってなかったから心配で心配で胃がスゲー痛かった。まあ仕事には何も問題ないけど。あ、悪い!説教するつもりでこのボイス送ってるわけじゃないから!この後に送る動画見てくれ!じゃあな!』

 ボイスメッセージはここで終わった。……は???お誕生日おめでとうのおの字も無かったんだけど。は???何これ。説教するつもりじゃないって言いながら思いっきり説教じゃん。何これ?何だこれ?もう疑問しか浮かばない。残された動画が一体どういう内容なのか。とりあえず動画を見ろって言ってたし、見てみよう。
 動画の再生ボタンを押した。そしたら三月がスマホの位置を固定している様子が映ってた。何やってんだ。普通はスタートボタン押す前にチェックするもんだろ。画面いっぱいに三月の顔が映って『あれ?ここか?いやこっちか?』なんて言ってる。何だこのグダグダな動画。あ、でも久しぶりに三月を見れたのはちょっと嬉しい。『よし!でーきた!』セットが完了して、三月が画面から離れた。そして私は目玉が飛び出るくらい驚いた。

『なまえちゃん!お誕生日おめでとう!』

 IDOLISH7が、全員揃ってる。三月の『せーの!』の掛け声で一斉にクラッカーを鳴らした。画面の向こうで『これ普通クラッカー鳴らしてからのおめでとう!じゃないのか?』ってメガネの人がツッコミを入れた。私もそれ思った。いや、そんなことどうだっていい。それよりIDOLISH7がががががえええええ????何これ?

『お誕生日おめでとうなまえ!どうだ?ビックリしたか?まさかIDOLISH7総出で祝われるとは思わなかっただろ〜!』
『OH!ミツキも隅に置けませんね!こんな美しい女性とお知り合いだったなんて…!ヘイガール、今度私とディナーを…』
『あー!ダメだよナギ!なまえちゃんは三月の特別な人なんだから!』
『いや誤解を招くようなことを言うなよ陸!?そりゃ特別だけど…いやうん、まぁ、そうだけど…』
『みっきー顔真っ赤。ウケる』
『笑うな!!!』
『誰かのお誕生日をお祝いするのってやっぱりワクワクするよね。三月さんの特別な人、会ってみたいな』
『なまえさんなら私達の初めてのライブに来てくださってましたよ。一番前の席で兄さんの名前を入れたうちわを全力で振ってる女性がいたでしょう。アレです』

 一織にアレ扱いされた。

『そうだったんだ。ありがとう、なまえちゃん』
『お兄さんからもお礼言うわ。ライブ来てくれてありがとうな。あ、知ってると思うけどおれは二階堂大和です。よろしく』
『あ!そういえば自己紹介してなかった!俺は七瀬陸です。よろしく!』
『俺、四葉環。好きなものは王様プリン。よろしく』
『ワタシは六弥ナギです。アナタの瞳に恋してまァす!』
『逢坂壮五です。三月さんから色々とお話聞いてます』
『よ、余計なこと言うなよ壮五!』
『なまえさんのことを話すときの兄さん、目がキラキラしてますから。わかりやすいですよね』
『いいい一織まで変なこと言うな!』
『なぁ、これスマホで撮ってるビデオだろ?あんまり長いと送りきれないんじゃないのか?』
『アーー!お前らが自己紹介とかするから俺ほとんど話せてねぇじゃん!』
『今からまとめて話せばいーじゃん』
『環くん、撮影中だからプリンを食べない方が良いんじゃないかな。なまえちゃんが見てるよ』
『みっきーの友達でしょ?別に気にしないっしょ。これ最高に美味いから今度食べてみて』
『お前は相変わらずゆるゆるだな…。なんかグダグダになっちまってごめん!今までで一番のサプライズプレゼントにしようと思ったんだけど…あ、でもまだプレゼントは他にあるんだ!明日の朝、ポスト見てみろよ。そこにスゲープレゼント用意してるから、楽しみにしておけよ!…あと、この間は俺もムキになってごめんな。お前の声を毎日聞いてたせいか、それがパッタリ無くなってスゲー寂しかった。だからこれからはちょくちょく連絡くれよ!俺もまた電話する。今日は本当におめでとう!』
『三月、ラブラブだね…なんか俺が恥ずかしくなっちゃった…』
『あっちぃな、クーラー入れようぜ。環、ガンガン冷やして』
『オッケー』
『電気代がかかりますやめてください。でも確かに暑いので窓を開けましょう』
『ああ…!二人は愛し合っているのですね…!惜しいですが、アナタのことを諦めなければならないようです…』
『そうだよナギくん。なまえちゃんは三月さんの特別なんだから』
『お、お前ら………!』

 三月がみんなに飛びかかろうとしたところで動画が切れた。容量がオーバーしたらしい。画面がいつものトーク画面に戻り、やっぱりそこにメッセージは無かった。

 とりあえずスマホをベッドに置いて、その前で正座をした。あまりにもビックインパクト過ぎて、ビッグサプライズ過ぎて頭が状況をよく理解していない。まさかIDOLISH7が私の誕生を祝うなんて、誰が想定するよ?想定外過ぎだわ。一生分驚いたわ。ていうか動画の中で好みの金髪イケメンに口説かれてたわ。なるほどそういうキャラなのね。でも普通に嬉しい。よく見たら全員イケメンで背も高くて三月マジ小さすぎね?って感じだったウケる。久しぶりに見た一織くん、ちょっと大きくなってたなぁ。表情が前より柔らかくなってて、嬉しいんだけどなんか寂しい。私をアレ扱いしたのは引っかかるけど。あとメガネの人もかっこよかった。雰囲気的に年長者かな。三月のことミツって呼んでた。なんか可愛い。髪が赤い子も、背が高いユルユル系男子も、爽やかなイケメンもみんな個性的でかっこいいけど、でもやっぱり三月が一番だなぁ。こんなプレゼントを考えるなんて天才かよ。

 気持ちが少し落ち着いて、お礼をしようとスマホの電源を入れた。三月のトーク画面を開くと、新着で2件届いていた。『さっき入りきらなかった分送る!まだ仕事中でしばらく顔出せないけど、また明日電話する』という内容のメッセージと、続けて動画が送られていた。まだ仕事中なんだ。続きの動画って何だろう。ちょっとワクワクしながら動画を開いた。さっきと変わらずIDOLISH7がズラリと並んで、端にいる三月がゴホンと咳払いをした。

『誕生日のなまえの為にIDOLISH7が歌います!聴いてください。ハッピーバースデートゥーユー』
『みっきー歌番組の司会者みたい』
『喋ってないで歌え!!!』
『ていうかこれってミツ一人が歌った方が良いんじゃないか?』
『確かに。三月さんが心を込めて歌った方がなまえちゃんも喜ぶ気が…』
『え!?俺一人!?』
『全員並んでお誕生日の歌を歌うのも少し恥ずかしいですしね』
『オイ一織まで…!』
『俺たち手拍子するから三月歌いなよ!ファイト!』
『ワタシも賛成です!ワタシは歌の代わりに美しいアナタに愛を込めた眼差しを送ります』
『ええー!?マジで俺一人で歌うのかよ!?アーーッもうわかったよ!男、和泉三月歌います!あとナギはなまえを口説くな!張っ倒すぞ!』
『よ!ムードメーカー!』
『ヒューヒュー!』

 グダグダなやり取りの中、お誕生日恒例のあの曲の前奏が流れ始めた。そして三月がめちゃめちゃ照れながら、何故か手でマイクを作って歌い出した。何で中腰で拳を握ってるんだ。何でちょっと演歌っぽい歌い方なんだ。後ろでメガネのお兄さんが口元を手で隠しながらプルプル震えている。よく見たら数人笑ってる。いやもう耐えられなくて全員笑った。

『お前ら笑うなよ!!!!』
『いやだってそんなワハハ!!!』
『爆笑すんな!一旦動画切るぞ!テイク2だ!』

 そして動画が切れた。え、テイク2があるの?つまりこれがテイク1の失敗作だとすると、三月の奴送る動画間違えたな?仕事中だって言ってたし、バタバタしてたんだろう。まぁ大目に見てあげよう。

 スマホの電源消して、ベッドに倒れ込んだ。胸が苦しい。苦しいのは寂しいからじゃない。三月が私の為に歌ってくれたことがたまらなく嬉しいからだ。画面越しなのに三月の声が私に話しかけてくるようだった。会えない期間にできた心の溝が温かいもので埋まっていく。心の黒いものが消えていく。三月がすぐ隣にいるような心地がして嬉しくて少し泣いた。こんなに幸せな誕生日は初めてだよ。きっと、今の私は世界で一番幸せだ。三月の歌が、その想いが子守唄のように心地よく胸に溶けていく。














 翌朝、言われた通りにポストを見て目玉が飛び出た。三月から簡易書留で送られきたから何だ何だと慌ただしく封を開けたら、今度行われるライブのチケットが一枚入ってた。しかも前の方の席。これってもしかして前にブログで読んだ、超満員が予想されるっていう幻のライブのチケットなんじゃ…。

 クラウチングスタートのように勢いよく二階に駆け上がってスマホに飛びかかる。久しぶりに開く電話帳の三月の名前にらしくもなくドキドキしながら、震える手でその名前を押した。三月が出たら、何て話そう。込み上げる気持ちに名前を付けられなくて、抱き枕を抱えながら足をバタつかせた。すると『ぷつっ』と電話に出る音と、周りの雑音が聞こえ始める。大好きな三月の笑い声が聞こえる。触れていないのに三月の手の温かさを思い出して私は子供みたいに泣いた。この涙が止まったら今度こそ伝えよう。いつも一緒にいてくれてありがとう。大好き。って。





∴アイドリッシュセブン夢企画サイト『You bring happiness to rainy days.』様に提出させて頂きました。素敵なお題をありがとうございました。



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