雨なんて
死ねば良いのに
このクソ野郎
〜なまえ、心の俳句〜
「口より課題をやる手を動かしたらどうだ」
「やだァ〜〜〜〜!!!!一句読んだんだから何かコメントしてよ〜〜〜〜!!!!北斗くんノリ悪いよぉ〜〜〜〜!!!!」
「字余りしてる」
「ちゃんと季語の雨も入れてるじゃん!」
「雨は季語には含まれないぞ」
「そうなの!?松尾芭蕉への道は遠いな…」
「お前いつから俳人を目指してたんだ」
「廃人?何言ってんの廃人になんてなりたくないよ」
「…何を言っているんだ?」
「雨が憎いって言ってんの!!!!」
「そうか」
「北斗くんは雨が憎くないの!?雨のせいでせっかくのデートが無しになったんだよ!?北斗くんはアイドル活動で忙しくてなかなか会えないのに…!私なんてごく普通の高校生だから毎日暇してるのに…!」
「毎日暇してるのにどうしてこんなに課題を溜めるんだ?」
「なんだかんだ忙しいんだよね、毎日」
「お前さっき自分が言ったこと覚えてるか?」
「雨が憎い」
「その後だ」
「せっかくのデートが台無しになって悲しい」
「その後」
「毎日が忙しい」
「わかったもう良い」
「あーーーマジ腹立つ!!!呪う!一生呪う!雨の馬鹿野郎!!!」
「元気そうだな」
「どこが!?!?」
台風が接近しているらしい。まるでバケツをひっくり返したような雨が朝から続いている。ザーザーと屋根を叩くような大きな雨音が部屋に響いてめっちゃうるさい。今朝見たニュースによるとこの大雨の影響で電車は止まり、他県では洪水警報が出ているとか。今日が平日だったなら休校になる騒ぎだけど、あいにく今日は休日なのだ。そう、もし今日が平日だったなら私は泣いて喜んだ。台風が原因で学校が休みになるなんて超ラッキー最高〜!ってガッツポーズを掲げて一日中漫画を読んだりテレビを観たりダラダラした生活を送っていたに違いない。でも今日は休日。しかも、今日は一か月も前から計画していた北斗くんとデートをする日だったのだ。北斗くんはアイドルを養成する学校に通っていて毎日毎日レッスンやライブや舞台で忙しい。一方で私は一般の公立高校に通うごく普通の高校生で、部活動もアルバイトもしていないので特別忙しくはない、というか超絶暇人である。 ( でも課題はやらない。何故なら勉強が嫌いだから。 )
そんな超多忙な生活を送る北斗くんとせっかく休日が重なってこうして会えたというのに、家から出ることができないなんて最低最悪。雨なんて死ねば良い。そして冒頭の俳句を思いついたのだけど、北斗くんには相手にしてもらえなかった。
悲しい。何が悲しいって、北斗くんとデートができなくなってしまったこともそうだけど、何より北斗くんがそれほどショックを受けているように見えないことが悲しい。もう少しガッカリしてるような素振りを見せても良いと思う。北斗くんは勉強机に突っ伏して泣きわめく私の真後ろでベッドに寄りかかりながら優雅に読書をしている。
…おかしくない?せっかくうちまで来てくれたんだからもうちょっと私に関心を持ってくれても良くない?いや、確かにこの大雨の中、徒歩で移動できる距離であったとしてもうちまで来てくれたそのガッツは認める。でもせっかく来てくれたって私は課題で北斗くんは読書ってそんな個人プレイしてたら一緒にいる意味が無くないか?やっぱりこの状況変だよね!?
「北斗スーパードライ」
「ビールみたいに呼ぶな。何だ?」
「ショックが大きすぎて課題が手につかない。遊ぼう」
「休み明けに提出する課題があるんだろう?終わるまで待ってるから手を動かせ」
「課題は明日やればいい。北斗くんは今日しか会えない」
「そうやって先延ばしにするからいつまで経っても終わらないんだろう」
「大丈夫。ちゃんとやる。だから北斗くん、遊ぼう」
北斗くんは深い溜息を吐くと、本を閉じてこっちを向いた。ただし、すぐにでも読書を再開できるようにページの間には指が挟まれている。私を見る北斗くんの目が困ったような、責めるような複雑な色をしていた。
「出かけるのはまた今度でいいだろう。休みができたら空けておくから」
「嫌だ」
「なまえ…」
「違う、遊ぼうって言うのは外でって意味じゃない。こんな大雨の中、外に出ようって言ってるんじゃない」
「じゃあ何だ」
「北斗くんとお話ししたい。せっかく同じ部屋にいるのに、北斗くんの顔をちゃんと見れないなんて嫌だ。北斗くんより課題を優先したくない。せっかく二人きりになったんだもん。もっと北斗くんと過ごす時間を大事にしたいよ」
一息で言い切ると北斗くんは少しびっくりしたように目を見開いた。そして何かを言おうとしたのか少し口を開いて、それから黙り込んでしまった。…あれ?私、何か変なことを…。変なことっていうか、大胆なことを言ってしまった…?だんだん恥ずかしくなって机に勢いよく突っ伏した。その拍子にゴン!とおでこを打ち付けたけど気にしない。おでこめっちゃ痛いけど気にしない。寂しさを抑えられなくなってつい言葉にしてしまった。しかもそれが紛れもない本心だからこそ余計に恥ずかしい。きっと北斗くんは毎日が忙しいから私に会えなくても寂しさを感じる余裕なんて無いに決まってる。引かれた。重たい奴って思われた。
「なまえ、」
「ごめん、今の無し。聞かなかったことにして。ていうか私何も言ってない」
「いや、確かに聞いたんだが…」
「幻聴幻聴」
「そうか、この部屋には俺とお前しかいないのに妙だな。幽霊でも棲みついているのか?」
「ギャーーーーーー何でそうやってオカルトの方向に持って行こうとすんの!?幽霊なんているわけ無いでしょ!?南無阿弥陀!南無阿弥陀!」
「落ち着けなまえ。心霊現象に過剰な反応を示す人間程取り憑かれやすいそうだ」
「ギイーーーーーー!!!!!」
「オイ机に頭を打ち付けるな」
乱心する私の首根っこを掴んで無理矢理机から引き離した北斗くんは私をベッドに誘導すると、自分も隣に座った。今更強烈に痛み始めたおでこを押さえつつ、ついさっき自分が言った大胆な発言を思い出して死にそうになった。相手が悪かった。これがもし冗談の通じるタイプの子だったら「な〜んつって!うっそぴょ〜ん!」って可愛くウィンクでもしてやり過ごせたけど、北斗くんだから言い訳できない。北斗くんは「はぁ」と溜息を吐くと、持っていた本をカバンに入れた。
「すまん」
「へ?」
北斗くんが頭を下げて謝ってきたからビックリして間抜けな声が出た。だってまさか北斗くんがこのタイミングで謝ってくるとは思わなかったから。
「俺としてはなまえの為にと課題を優先させたんだが、迷惑だったな」
「迷惑って程じゃないよ。ただ…なんか、寂しいなって」
「…すまん」
「いや謝らなくて良いよ!?むしろ課題の心配させてごめん…これからはちゃんと計画的にやります…」
「そうだな。課題はしっかりと毎日やった方が良い。反省しろ」
「まさかのマジレス。つらい」
「だが、お前の言うことも一理ある。せっかく会えたんだ。この時間を大事にしないとな」
「ワーーーッッ!忘れてそのセリフ!」
「何故だ?俺も共感したぞ」
「共感したの!?」
「ああ。俺もお前と一緒にいると実感したい。もっと触れ合いたい」
「ふ、ふ、触れ、合い…」
触れ合い…たい…?北斗くんの口から触れ合いたいなんてちょっといかがわしいワードが出てきたから混乱して頭の中で動物園のふれあい広場を思い浮かべてしまった。そうじゃない。それじゃない!北斗くんが触れ合いたいのは動物じゃなくてこの私!触れ合いたいっていうのはただ触るっていうんじゃなくて、なんかこう、カップルらしく、イチャイチャとかそういう…!
「爆発しそう」
「な、何だ急に」
「ごめん北斗くん。私ミジンコ並のハートなんだわ。嬉しいんだけど羞恥心が上回る」
「大丈夫か?緑茶を飲むと良い」
「ありがとう…あ、北斗くんのマイボトル。うう…温かい…ホッとする…」
「そうだ、なまえの好きな金平糖も持ってきた。食べるか?」
「え!食べる!」
「なまえが好きだからとおばあちゃんが沢山持たせてくれた。好きなだけ食べると良い」
「北斗くんのおばあちゃんありがとう〜!えへへ、いただきます!」
「…」
「むぐ、北斗くんどうしたの?」
ぽりぽりと金平糖を頬張る私を北斗くんはジッと真っ直ぐな瞳で見つめている。食べているところをそんなに見られると照れてしまう。顔が整っている北斗くんだから余計に恥ずかしい。「あの、北斗くん…」とおずおず声をかけると、北斗くんはふんわりと優しく笑った。そんな風に優しく笑いかけてくれる北斗くんを見たのは本当に久しぶりのことで、私の思考は完全に停止した。え、かっこいい。普通に無理なんだけど。
「ほ、ほ、北斗くん…あの、なんか近い…」
「なまえ」
「北斗くん…!ちょ、ちょっと待って…!」
距離を取るように北斗くんの体を押し返すと、その手を掴まれてグッと腰を引き寄せられた。はわわわわ何だこの状況!?!?これってもしかしてキ、キ、キ、キッス!?待ってちょっと待って!好きなだけ食べて良いとか言うから欲張って今両頬に金平糖詰め込んでるんだけど!こんな状態で北斗くんとキスだなんてそんな……ッッッ!
「なまえは可愛いな」
「ほ、北斗くん…っ!」
「ハムスターみたいで」
「何でやねん!!!!!!」