目を開けると俺は四角い部屋の中にいた。窓は無く、部屋一面が白い。まるで箱の中みたいだ。やけに広くてシンプルなこの空間に唯一ある物と言えば、真っ白いベッドだけ。シーツの艶やかな発色が眩しい。あまりにも静かで本来聞こえないはずのシン…とした音が聞こえる。外の音も聞こえない。ここはどこだ。何故俺はここにいる。ここに来るまでの記憶が無く、自分の身に何が起きたのかわからない。

「おはよう、シャドウ」

 聞き慣れた声が聞こえてすぐさま振り返ると、ベッドに腰を下ろしてこちらを見ている男と目があった。

「ジョーカー…お前、何でここに」
「ふ、はは。スゲー顔。シャドウのそんな顔が見れるとは思わなかったぜ」

 自分の声が僅かに震えている。するとジョーカーはケラケラと愉快そうに笑い出した。腹を抱えて足をバタつかせる様子に苛立ちを覚えて咄嗟に傘を構えるが、どういう訳かブラッディレインが発動しない。壊れた…?いや、外傷は無いし、壊れるようなことをした記憶もない。何故反応しない。ダンッ!と傘の先を床に叩きつけると、ジョーカーはバタつかせていた足をピタリと止めて、ゆっくりと立ち上がった。そのまま無言で俺の前に歩み寄り、ニンマリと笑った。

「なーにワケがわからないみたいな顔してんだよ。白々しい」
「…何を言ってる。何のつもりだ、ジョーカー」
「何のつもりかって?さぁ?何ででしょう」
「質問に答えろ。何故俺はここにいる。そもそもここはどこだ」
「自分が一番よく分かってるだろー?あ、そうだ。最初に言っておくけどここからの脱出は不可能だぜ。その傘も何の威力も無いただの傘だしな」
「何…?」
「よく見てみろよ。窓も扉も無いだろ?ここは壁しか無い。壁を破壊する手段も無い。つまり脱出不可能ってわけ」
「……はっ、お前馬鹿だろ。この部屋に入って来れたってことは入り口があんだろ。それならそこから出れば良いだけの話、」
「ざーんねん!入り口もありません」
「はあ…?何言って…」

 全くもって意味不明なことを言い出すジョーカーに呆れて絶句する。馬鹿馬鹿しくて相手にする気にもならない。こいつは放って置いて自力で出口を見つけた方が早そうだ。くるりと奴に背を向けて壁に手を添えながら扉を探した。きっとどこかにあるはずだ。パッと見た限りでは辺りが真っ白でよく見えないが、どこかに隙間のようなものがあるはず。そもそも扉が無いと入ってくることは出来ないのだから。

「無駄だって言ってんだろー?」
「黙れ。必ず見つける」
「何で出たいんだ?」
「お前が嫌いだからだ。それ以外に理由なんかあるか」
「……っふ、ふふ、はは!あははは!」

 ジョーカーは突然腹を抱えて笑い出した。何がおかしいんだと胸ぐらを掴みたい衝動に駆られたが、掴む寸前で手を止めた。馬鹿の相手なんかしていたら埒が明かない。もう関わるのはやめだ。そっと腕を引っ込めて再び背中を向ける。

「あーあ、まーだ気付いてないんだ」
「…?」
「お馬鹿さんのためにここがどこなのか教えてやろーか?」
「馬鹿はテメーだ…、ッチ!」

 もう相手にしないと決めた矢先に挑発に乗ってしまった。まんまと奴のペースに乗せられてる自分自身に舌打ちが漏れる。

「ここがどこか知りたいだろ?」
「…」
「ここはな、」

 不意に体が後ろに傾いた。咄嗟に足に力を入れてみるが上半身が大きく揺れてバランスが取れない。倒れると思った瞬間、腹に腕が回った。

「お前の望む世界だ」
「…は?」
「俺とお前の二人きりの世界。お前はずっとこうなることを望んでいた。その望みが叶ったんだぜ?もっと喜べよ」
「…前々からわかってはいたが、お前は本当に馬鹿だな」
「ほー」
「俺がお前と二人きりになりたいと願っていただと?馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。殺すぞ」
「ふーん、認めないってことか」
「当たり前だ!テメェなんか顔も見たくねぇよ!わかったら離しやがれ気色悪い!」
「そーんなこと言っちゃって良いのかなぁ〜?」
「はぁ…?んだよ」

 するとジョーカーはパッと俺の体を離すとにししと意地の悪い笑みを浮かべ、ベッドに腰を下ろして両腕を広げた。そしてうっとりとした表情で俺の名を呼ぶ。

「おいで、シャドウ」

 俺の足が動いた。動くつもりなんてなかった。だって、それではまるでジョーカーの言うことに従ったみたいじゃないか。何で勝手に足が動くんだ。一体どうなってる。俺の意思に背いて足は一歩、また一歩とジョーカーの元へ進んで行く。くそ、クソ!クソが!歯を食いしばって足に力を入れてみるが、止まることはできない。目の前にはニヤニヤと笑うジョーカーがいる。勝手に腕がジョーカーに伸びて、奴の首にしがみつくように俺の体は倒れた。

「な、な、な……ッッッ!?!?」
「おーやっぱ体に聞いてみるのが早いな。素直でよろしい」
「テメェ何した!どうやって俺の体を操ってやがる!!」
「操る?何言ってんだ。俺はマジックはできても魔法は使えねぇよ」
「だったら何で俺の足が勝手に動くんだよ!」
「それがお前の意思だから」
「ふっざけんな!嘘に決まってる!」
「嘘じゃねぇよ。俺は『おいで』とは言ったが、抱きつけとまでは言ってないぞ」
「だからそれもテメェが…!!」
「言ったろ、ここはお前の望む世界だって。お前の本心で成り立っている。どんな建前を並べたって無意味。お前の嘘で塗り固められた心は素直な体には逆らえないんだよ」
「俺がテメェとこうなることを望んでるだと!?気色悪いこと言ってんじゃねーよ!!!くそ!離れやがれ!」
「お前も良い加減素直になれよ。離れたければ離れれば良いだろ。俺はお前を抱きしめてないぜ。お前がその腕を離せばいい」
「くそ…!くそ…ッ!」
「離れたくない。本心はそう言ってんだよ、シャドウ」
「黙れ!!!」
「なぁ、シアン」

 突然耳元で本名を呼ばれ、ビクリと体が震えた。ジョーカーは俺の首筋に片手を添えると、耳に唇が触れる程の距離で囁いた。

「ここから出る方法を教えてやろうか」
「ッ!な…っ、テメェやっぱり知って…!」
「出る方法は知ってる。でも、鍵を持っているのは俺じゃない」
「はぁ…?」
「お前だよ、シアン」
「俺は鍵なんざ持ってねぇよ!第一ここには扉なんてねぇだろ!」
「扉はある。でも今はない」
「何意味わかんねぇことを…」
「お前の1番の望みが叶った時に扉が現れ、そして開かれる。つまりこの世界をコントロールできるのはお前だけってこと」
「俺の1番の望みだと…!?そんなのこの部屋から出ることに決まってる!」
「変だなぁ?それが1番の望みなら出られるはずなんだけどなぁ?」
「テメェ俺をからかってやがるな!?俺の願いが叶えばここから出られるっつーのも嘘だろ!?」
「じゃあ確かめてみるか」
「は…?」
「俺はお前の1番の望みを知っている。今からそれを叶えてやるよ」
「何言って……っ!?」

 胸ぐらを掴まれ、視界がぐらりと歪んだ。反射的に目を瞑ると、唇に熱いものが押し当てられている気がした。気がした、ではない。少しカサついた何かが俺の唇に触れている。…重なっている。
 恐る恐る目を開けると、視界いっぱいにジョーカーの顔があった。突然のことに頭が真っ白になり、思いきりジョーカーを突き飛ばして数歩後ろに下がる。ジョーカーは「おっと」と余裕そうな笑みを浮かべながら唇を親指で拭う仕草を見せた。

「!?!?な、テメェッ!何して…!」
「?キス」
「バッッカじゃねーの!?何考えてんだ気色悪い!!」
「本当に素直じゃない口だな〜。顔真っ赤じゃん。可愛いな、シアン」
「ふざけんな!殺す!」
「何怒ってんだよ。あ、もしかして初めてだった?」
「そういう問題じゃねぇ!男同士でこんな気色悪いことしてんじゃねぇよ!」
「お前がそうしたいからしてやったのに」
「そんなわけ……ッ!?」

 動揺して俯いたその一瞬でジョーカーはまた俺の目の前に立ち、そして腰に片腕を回した。もう片方の手で俺の帽子をそっと取り、そして床に放り投げる。

「今からすること、お前は口では拒むだろうな。でもこの部屋を出るにはお前の本心の願いを叶えるしか方法はない。お前と二人きりっていうのは嬉しいけど一生ここに閉じ込められるのさすがにご免だからな。とっとと終わらせるぞ」

 ジョーカーは一息で言い切ると混乱して固まる俺をベッドに突き飛ばし、そして覆いかぶさるように俺の上に跨る。気付いた時には頭上で両手首をジョーカーの片手で拘束されていた。ジョーカーは空いた手で自分の帽子も床に放り投げ、ネクタイを緩めると指先を咥えるようにして白い手袋を外した。

「何……何をするつもりだ」

 情けないくらい声が震えている。感じたことのない空気に怯えている。無意識にグッと喉を鳴らして、俺はただジョーカーを見上げている。ジョーカーは目を細めて小さく笑うと、俺を縛っていた腕を解いた。

「愛してるよ、シアン」

 腕を解放されたこの一瞬の隙に逃げ出せば良かったのに、俺はジョーカーにされるがまま、また唇を塞がれてしまった。さっきよりも深く、まるで唇を食べるようにジョーカーの唇が執拗に重なる。ぬるりと入り込んだジョーカーの舌に歯を舐められ、舌を優しく吸われ、上唇を甘噛みされる。思わず漏れる自分の声にゾッとした。まるで満たされているような、そんな甘い声だ。こんな屈辱的な行為を受けているのに俺の両手はシーツを強く握り、何故かこの状況を受け入れようとしている。少しずつ意識が霞んできた。ジョーカーは息をさせまいと俺の唇を塞ぎ続ける。苦しい。苦しい。こんなに苦しいのにどうしてか突き飛ばせない。さっきまであんなに抵抗していたのに、何故今はこんなに気持ちが良いのだろう。気持ち良い。満たされる。もっと欲しい。
 俺はもう何も考えられなくなった。考えることをやめた。抵抗をやめた。必死に守ろうとしたプライドが音を立てて崩れていく。自分が自分でなくなっていく感覚が妙に心地良い。これがジョーカーが言い続けていた俺の『本心』なのだろう。素直に受け止めてしまえば後はもう身勝手に動く体に任せればいい。それでいい。無意識にジョーカーの首に腕が回った。求めるように、縋るように。ジョーカーは一瞬唇を離すと俺の鎖骨に吸いつき、ベロリと首を舐めた。そして俺の目をまっすぐ見つめて満足気に笑う。

「やっと堕ちた」




















「お兄ちゃん!お兄ちゃん起きて!朝よ!」

 目を開けるとそこには見慣れた自室の天井があった。起き上がり、辺りを見渡すとやはりここは俺の部屋そのものだった。真っ白な空間などどこにも無い。乱暴に部屋の扉を叩く音とローズの怒ったような声が響いている。一体何が起きたんだ。俺はいつの間にここに戻ってきた。いや、そもそも俺は今までどこにいたんだ。さっきまで見ていたあの光景は何だったんだ。ジョーカーはどこだ。俺は確か奴にー…。

「お兄ちゃん!入るわよ!」

 バァン!と勢いよく扉を開けて、ローズはドシドシと足音を立てながら俺の元へ歩み寄る。俺はただ呆然とローズを見上げているだけで何も言えなかった。どっちが現実だ。

「もう!お兄ちゃんってば、何度も起こしてるのに起きないんだから!朝ごはん冷めちゃったじゃない!」
「ローズ…ジョーカーはどこだ?」
「ジョーカー?何言ってるのお兄ちゃん。ジョーカーがここにいるわけないじゃない」
「え…いや、だが」
「もしかしてお兄ちゃん、ジョーカーの夢でも見たの?」

 夢…?夢、だったのか。俺が見ていたものは全て俺の脳が作り出したものだったのか。俺の夢だったのか。それにしてもやけに感覚の残る夢だ。まだ体が熱い。呼吸が荒くなる。自分の手がねっとりと濡れてる。ー…濡れている?恐る恐るシーツから手を抜き出すと、俺の手の平に白濁液がかかっていた。俺はギョッとしてベッドから飛び降りる。

「うあああああああ!!!!!!」
「おおおお兄ちゃん!?どうしたのお兄ちゃんちょっと待って!お兄ちゃんってば!」

 乱暴に扉を開いてガムシャラに走った。頭の中がごちゃごちゃだ。俺は真っ先に洗面所に駆け込んだ。何度も何度も手を洗い、皮膚が赤くなるまでタオルで擦った。綺麗になった手の平を数秒見つめる。息が上がって壁に凭れかかると、一気に力が抜けてズルズルと床に座り込んだ。

「ジョーカー相手に夢精なんて……何考えてんだよ俺は……」

 こんなこと、ローズやジョーカーには口が裂けても言えない。込み上げる羞恥心を怒りに変えてジョーカーにぶつけてしまえば楽だが、そんなことをしたところで俺の記憶が消えるわけではない。…もう訳わかんねぇよ。遣る瀬無い気持ちをうまく片付けられないまま、俺はローズに対する言い訳のようなものを考えていた。ローズは変に勘が良いから困る。ぶつぶつと独り言を言いながら自室に戻ると、ローズがベッドシーツを取り替えているところだった。……………しまった。

「な、ロ、ロ、ローズ!お前……ッッッ!!!」
「あ、戻ってきた。ねぇお兄ちゃん、この白い液体何?」
「いや、それは、その…!と、とにかくシーツは俺が片付けるからお前はやらなくていい!悪いが部屋を出てくれ…!」
「わ!もー何でそんなに慌ててるの?今日のお兄ちゃんなんか変。もしかしてこの間ジョーカーに貰ったコーヒーがいけなかったのかな…」
「…は?コーヒー?」
「あのね、この間ジョーカーがうちに来てコーヒーの美味しい国に行ってきたからってお土産にコーヒーをくれたの。お兄ちゃんが好きだから飲ませてやってくれって。昨日の夕方にお兄ちゃんに出したコーヒーがそれだったんだけど、何か変なものでも入ってたのかな?」
「…ローズ、ジョーカーは他に何か言ってたか?」
「うーん、確か『これはその国でしか手に入らない貴重なコーヒーで、飲むと良い夢を見られるらしい』とか言ってたわよ。どうだった?」

 殺す。 絶対殺す。

「…………ローズ」
「なぁにお兄ちゃん」
「今から出掛けてくる。夕飯までには戻る」
「え?あ、うん…」
「あとそのコーヒーは絶対に飲むな。すぐに捨てろ」
「え?捨てるだなんて…だって貰い物よ。捨てられないわ」
「捨てられないなら返してくる。今どこにある」
「食器棚のとこ…。お兄ちゃん、出掛けるってまさかジョーカーのところへ?」
「早く部屋を出ろ、ローズ。俺が帰ってくるまで部屋には入るなよ。良いな」
「あ!ちょ、ちょっと押さないでよ〜!どうしたのよ、お兄ちゃんってば!ちょっとー!」




☆ジョーカーの運命はいかにー…!?
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…見てくれよ、この昭和漫画のオチみたいなオチ。リボーンでももうちょっとまともなオチにするっつーのにな。こんなものでも誕プレだと言い張る…そういうメスなんですよ、鹿瀬というゴリラは。
お誕生日おめでとう!!!!遅くなってごめん!!!!!いやこの一週間で頑張ったのワイ頑張ったのわかって。結局おセッセシーン書けなかったけど夢の中ではしたってことで!!!!!誤字脱字とか単語の使い間違いとか色々頭の悪さが隠しきれない出来になったけど許して!!!!受け取って!!!!23歳お誕生日本当におめでとう!!!!
ちなみに理解力の高いローズはシャドウとジョーカーの関係に可能性を見出し、この後発売する同人誌がヒットして販売開始10分で売り切れる超人気壁サーになります。(売り子としてクイーンも同席します)〜完〜



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