バスケ部の見学はなんかもう色んな意味ですごかった。私も軽い練習試合に参加させて貰うことになったわけだけど、何故か私がボールを持つと「なまえからボールを奪うなんて正義の味方失格だ…ッッ!」とか言って涙を流しながら途中で戦線離脱した守沢先輩のせいで勝負にならずに終わった。その後、私はベンチに座ってただ呆然と練習風景を眺めるだけで、特にバスケ部らしい体験をほとんどできなかったのである。何だったんだあの時間は。ていうか、守沢先輩は何がしたかったんだ。謎が謎を呼び、もはや考えるのも面倒臭い。制服に着替えてから帰る支度を済ませ、廊下をドボドボと歩いていると誰かの怒鳴り声が辺りに響いた。

「てんめぇこの吸血鬼ヤロー!!起きやがれ!!この棺桶ごと窓から放り投げるぞ!!」
「わー!もう大神先輩落ち着いてくださいよ〜!朔間先輩はいくら声かけたって起きませんよ〜!」
「それにもうすぐ夜になるんですから、勝手に起きますって」
「今起きなきゃ意味ねーだろ!双子も見てねぇで手伝え!!」
「ちょっとちょっと何するつもりですか!?」
「決まってんだろ!この棺桶を持ち上げるんだよ!ウガアアア!!」
「ちょーちょちょちょ!さすがの朔間先輩も死んじゃいますって!」
「おお〜!大神先輩力持ち〜!」
「アニキ!感心してないで止めろよ!!」

 なんかとんでもない殺人事件が起こりそうな予感。予感というか、まさにリアルタイムで行われようとしている。朔間先輩が、永遠の眠りについてしまう…!と、止めねば!勢いよく扉を開けると部屋の中にいた人物たちが一斉に振り返った。棺桶を担ごうとしている大神くん。それを止めようとワタワタしているゆうたくん。机の上に座ってその様子を眺めていたであろうひなたくん。

「か、カオス…」
「あ、なまえさんだ!どうしてここに?」
「なまえさーん!!なまえさんナイスタイミングです!大神先輩を止めてください!」
「ああ?なまえじゃねーか。こんなところで何してんだお前」
「いやそれはこっちのセリフだよ?大神くん、君が今しようとしていることは立派な殺人だよ??」
「吸血鬼ヤローはこのくらいじゃ死なねーよ。ゴキブリみたいにしぶといんだからな」
「朔間先輩をゴキブリと一緒にしないでー!!」
「なまえさんどうしてここにいるの?あ、そういえば先生から部活の入部を急かされたって噂で聞いたんだけど、本当なの?もしかして軽音部に興味アリとか?」
「アニキはマイペース過ぎだろ…!なまえさんなんとかしてくださいよ〜〜」
「と、とりあえず大神くんは棺桶を床に降ろしてください。話はそれからだ」
「チッ」
「チッて」

 大神くん、思いっきり足の方から持ち上げようとしてたから朔間先輩は絶対に頭に血がのぼったと思う。大丈夫かな…。まあこんな騒がしくしてても起きないということは当分目を覚まさないだろうけど。

「で、どうなの?軽音部に興味あるの?」
「なまえさんが部活を見て回るって噂が昼から流れ始めたんで、今どこの部活もなまえさんを勧誘しようとすごく張り切ってるみたいですよ。特に生徒会長が部長の紅茶部なんかなまえさんを出迎えるために最高級のお茶を取り寄せたって話だし、」
「あと、演劇部もなんかすごい仕掛け用意してるらしいよ!日々樹先輩、なまえさんのこと気に入ってるしね〜」
「うわぁ…今すごく鳥肌が立ったよ…なんか行きたくない…」

 最高級のお茶なんて庶民の舌じゃ緊張して味わえないよ…。あと日々樹先輩のすごい仕掛けっていうのが気になる。頼むから普通に出迎えて欲しい。そこは氷鷹くんが食い止めてくれるかな…。

「もうどこの部活も目を光らせてるからね〜。なまえさん、軽音部なら安全だよ?どう?入ろうよ!」
「特に楽器が演奏できなくても大丈夫ですよ。気になる楽器があれば教えますし」
「楽器かぁ。ピアノを弾けるようになりたいから、キーボードにはちょっと興味あるかな〜」
「ケッ。くだらねぇ。こんな部活に入ったところで時間の無駄だぜ」
「え、何で?」
「見りゃわかんだろーが。吸血鬼は活動もしないでこうして寝てやがるし、双子は双子で自由に遊んでるだけだしよ」
「何ですかその言い方ー!否定はしないけど!」
「否定しないんだ…まぁ確かにそうですけど」
「でも大神先輩だって楽器かき鳴らして騒音作り出してるだけじゃないですかー!」
「ああ!?んだともういっぺん言ってみやがれクソが!お前双子の兄貴の方だな!?」
「きゃあ〜!ゆうたくん助けて!お兄ちゃん怖いっ」
「アニキが失礼なこと言うからだろ?ったくもー」
「軽音部ってみんな仲良いね」
「「「え?どこが?」」」

 軽音部は比較的平和な気がする。さっきまでちょっと危なかったけど、大神くんは実は良い子だし、葵兄弟もなんだかんだ仲良いし。ただ一つ問題なのは、

「くああ……何じゃ?騒がしいのう。目が覚めてしまったわい」
「あ、朔間先輩が起きた!おはよーございます」
「もう夜ですけどね」
「やっと起きたか吸血鬼!オラ立ちやがれ!シャキッとしろ!」
「お〜わんこや。相変わらずキャンキャンと………ん?この匂い、」

 パチッと目が合った。朔間先輩は私を見つけるやいなや目を見開いて固まってしまった。なんとなく気まずくて私は苦笑いを浮かべながらとりあえず片手をヒラリと挙げる。ハロウィンのイベントで寝起きの朔間先輩に服を脱がされそうになってから少し警戒してしまうようになった。いや、朔間先輩が良い先輩だということはよくわかっているけども。それとこれとはまた 別問題だ。

「ど、どうも…おはようございます…」
「……」

 な、何で無言なの…?寝起きでボーッとしてるのかな?いや、でも目がこれでもかってくらい開いてるけど。え、怖い。助けを求めるつもりで大神くんの袖を掴むと面倒くさそうに顔を歪められた。

「オイ吸血鬼野郎、何ボケっとしてんだよ。なまえが困ってるだろ」
「なまえ…」
「 ( あ、いつもみたいに嬢ちゃんって呼ばない…何でだ? ) は、はい」
「こっちにおいで」

 ちょいちょいと手招きをされ、近付こうと足を一歩踏み出した時に血を吸われそうになった時のことを思い出して少しゾッとした。ピタリと進行を止めると、朔間先輩は困ったように笑って両腕を広げた。

「おいで、なまえ。この間のことは謝ろう。もう一度その可愛い顔を見せてはくれぬか?」

 何て言うものだから、ズルいなぁと思いつつ朔間先輩の元に歩み寄った。棺桶の側まで来て朔間先輩の目線に合わせるようにしゃがむと、彼の冷たい手が私の頬に伸びた。ひんやりしていて少し気持ちが良い。思わずうっとりしていると、朔間先輩は小さく笑った。

「あの時は血を吸おうとしてすまなかったのう。許して欲しい」
「はあ!?テメェこいつに噛みつきやがったのか!?ぶっ殺す!!」
「落ち着けわんこや。噛みついとらん。未遂じゃ、未遂」
「未遂でも噛みつこうとしたことには変わりねーだろ!!殺す!!」
「大神先輩落ち着いてくださいぃ!」
「おおおお大神くん落ち着いて!何もされてないから!あの時は朔間先輩寝ぼけてただし!私ももう気にしてないし!」
「テメェ何でこいつを庇うんだよ!ついさっきまで俺の後ろに隠れてたじゃねーか!」
「それは条件反射と言うか…なんというか…」
「くく、まるで騎士のようじゃのう。わんこ」
「ああ!?何ニヤニヤしてんだテメェ」
「いや、微笑ましくてのう」
「やっぱりぶっ殺す!!!」
「おお〜修羅場だねぇ」
「アニキ楽しんでるだろ…」
「ちょっとね」
「ちょ、やめてよ!今日こんなんばっかだよ!!みんな仲良くしてよ!!」
「なまえさんが軽音部に入ってくれたら二人とも落ち着くと思いますよ」
「何でそうなる!!」
「嬢ちゃんが軽音部に…?ああ、そういえば各部活を見学して回っておるんじゃったな。今日軽音部を見学するならもっと早く言ってくれれば良かったものを…」
「あ、いや今日は見学のために来たんじゃなくて、たまたま立ち寄ったというか…」
「朔間さん!朔間さんもなまえさんが入部してくれたら嬉しいですよね?」
「それはもちろんじゃ。うちのわんこもちっとはおとなしくなるじゃろうしな」
「ああ!?どういう意味だ!!」
「何より、可愛い嬢ちゃんが我輩のそばにいてくれるのは嬉しいのう」

 う、うう…そう言われると弱るなぁ。そんな嬉しそうな顔をされたら断われない。でも軽音部のメンバーはバスケ部よりは疲れないし ( 見放してごめん衣更くん ) 、キーボード弾けるようになるかもしれないし、結構いいかもしれない。葵くんたちも朔間先輩も歓迎してくれてるけど、大神くんはどうだろう。

「大神くん」
「あ?」
「私が入部したら、嫌?」

 見上げるようにおずおずと尋ねてみると、大神くんは顔を真っ赤にして固まった。な、何だその反応。顔の前でひらひらと手を振ってみても反応がない。大神くんの魂が帰って来ない。

「わんこも可愛いところがあるんじゃな。応援したくなるわい」
「応援?」
「え!大神先輩って…え!?そうなんですか朔間先輩!」
「面白い話聞いちゃったねゆうたくん!これはイタズラできるぞ〜!」
「ちげーよ!!双子も悪ノリしてんじゃねー!!殺すぞ!!」
「耳まで真っ赤じゃぞ、わんこ」
「ウガアアア吸血鬼ヤローぶっ殺す!!やっぱり窓から突き落としてやる!!」
「ああ〜〜!振り出しに戻っちゃった!!なまえさんも止めてくださいよー!」
「ごめん無理」
「諦めないでなまえさん!!」

 …軽音部もバスケ部とあまり変わらないかもしれない。やっぱりもう少し考えよう。



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