及川さんは今ご機嫌ナナメなのだ。

「ねぇ岩ちゃん聞いてよ!」
「嫌だ」
「即答!?何でよ!聞いてよ!岩ちゃんのけちんぼ!」
「今テスト勉強してんのが見てわかんねーのかよ。バカ及川」
「小テストでしょ!?勉強しなくても大丈夫だよ!」
「小テストでも赤点だと再テストなんだよ。わかったらどっか行け」
「エーッ!!岩ちゃん酷い!聞いてくれても良いじゃんかー!なまえのことで相談なのに!」
「それならご本人が俺の真横の席だろうが。お前よく本人の前で相談なんて言えるよな。バカか」
「なまえにも聞こえるように相談したいの!!」
「だとよ、みょうじ」
「何も聞こえないから大丈夫」
「どうして二人とも俺にそんな冷たいの…!?」
「「小テストがあるっつってんだろ」」

 二人は声を合わせるだけでなく、全く同じタイミングで俺を睨みつけた。え、何これ。シンクロしてんの?俺を差し置いて二人で何シンクロしちゃってんの?ムカつく。俺もなまえとシンクロしたい。

「岩泉、ここテスト出るかな?」
「いや、そこは前の小テストでも出たからもう無いだろ」
「でも前回の答え合わせの時先生が言ってたよ。『これで次間違えた奴呼び出すからな』って」
「マジか!やべぇ!」
「あ、あとここも怪しい」
「みょうじって本当に頼りになるな。ありがとよ」
「いえいえ。岩泉のためだよ」
「何これ!!!すっごくつまらない!!!」

 俺は地団駄を踏みながら叫んだ。だって岩ちゃんとなまえがなんかいい感じになってんじゃん!意味わかんない!なまえは俺の彼女なのに!しかもマッキーから聞いた話によるとなまえと岩ちゃんは同じ委員会に立候補して、今絶賛活動中らしい。何それずるい。俺の頭の中は不満の文字でいっぱいだ。もうこの際岩ちゃんに相談なんて回りくどいことしないで今このタイミングでぶっちゃけてやる。俺がここ数ヶ月抱えていたつらーい悩みをその元凶達にぶちあけてやる。

「岩ちゃんもなまえも!ちょっとラブラブ過ぎやしませんかー!?この俺を差し置いて!俺がなまえの彼氏なのに!」

 岩ちゃんとなまえはきょとんと目を丸くして俺に視線を移した。俺はフンッと鼻息を荒げて腕を組む。そして二人は顔を見合わせて首を傾げ、何も言わず再びテスト勉強に戻った。…ってオイ!

「無視ですかーー!?何で無視すんの!?」
「お前がくだらないこと言うからだろ」
「そうだよ。私と岩泉のどこがラブラブなのさ」
「だってだって!学校にいる時二人ともずっと一緒じゃん!俺だけクラス違うからって除け者にするなんて酷過ぎ!」
「被害妄想」
「被害妄想」
「二人で同じこと言わなくて良いよ!!」

 ぷっちーんと俺の中で何かが切れた。一瞬スゥと体が軽くなって、そしてすぐにふつふつと怒りが湧いてきた。だってあんまりじゃないか。俺がこんなに必死に訴えかけてるのに、それでも二人はテスト勉強を優先するんだから。俺の気持ちなんて二人はどうでもいいんだ。無視されたり暴言吐かれるのは慣れてるけど、今回に関しては許せない。

「…もう良い」
「おー。わかったら邪魔すんなよ」
「うん、いいよ。二人の邪魔はもう二度としない」
「…及川?」
「もう我慢できない!なまえなんて岩ちゃんと付き合えば良いじゃん!俺よりずっと大切みたいだしね!」
「ち、ちょっと及川」
「もうお別れだねなまえ!!今までありがとう!!岩ちゃんとお幸せに!!」

 そして俺は教室を飛び出した。今思い出したけどここ教室だった。そういえばギャラリーにすごく見られてた気がする。少し恥ずかしくなったけど、なまえに別れ告げたことに後悔はない。…いや、嘘。めっちゃ後悔してる。なまえと別れたいわけじゃ無かった。ただ俺の気持ちをわかって欲しくて、つい。勢いであんなこと言ったけど、なまえは満足してたらどうしよう。本気で岩ちゃんと付き合うことを考えてたとしたら…。ど、どうしよう!?これから気まずくなるね!?もう後の祭りだ。なまえが別れ話をどう受け止めるか、それはなまえにしかわからない。肩を落としながら廊下をトボトボと歩いてたら、後ろから走り寄る足跡が聞こえた。ハッとして立ち止まり、勢い良く振り返る。も、もしかしてなまえが俺を追いかけ…!?

「こんのボゲェ!!!」
「岩ちゃん!?!?グッハッッ」
「このドアホが!!!」

 岩ちゃんでしたーッ!ものすごいアッパーを食らって星が飛びました。目がチカチカする。

「テメーめんどくせぇ奴だな!!わがまま言ってんじゃねーよ!!テスト勉強中だって言ってんだろうが!!!」
「そ、それとは関係なく!関係なく最近二人とも俺に冷たいじゃん!二人で仲良く話してるじゃん!」
「仕方ねーだろクラスメイトで話題を共有する機会が多いんだから!!つか俺とみょうじは同じ委員会で仕事があんだよ!!今一番忙しい時期なんだよタコ!!」
「タコ…!?で、でも俺だって交ぜてくれてもいーじゃん!除け者にすることないじゃんか!」
「委員会の話聞いてどうすんだよ!!」
「委員会の内容なんてどうでもいいよ!なまえといることに意味があるんだから!」
「とか言ってお前『つまんないから話題変えよう!』って邪魔ばっかしてんじゃねーか!」
「邪魔って言わないで!!俺のなまえなの!!いくら岩ちゃんでもなまえは渡せないー!」
「…それ今すぐ本人に言ってやれ」
「え?」
「お前に嫌われたとか言ってみょうじの奴テスト勉強放棄して死んでるぞ」
「死…!?ちょっとなまえは無事なの!?」
「さあな。お前がしたことだろーが」
「なまえー!!なまえ死なないでー!!ごめんねーー!!」

 猛ダッシュで教室に引き返してスパーンと扉を開けると、なまえの席の周りに人だかりができていた。一斉に視線が俺に向けられ、俺は冷や汗を流しながらピンと背筋を伸ばした。だってみんなめっちゃ顔が怖い。俺に優しくしてくれた女の子達でさえとても冷ややかな目をしている。何で非難の目を向けられているのか。それは人だかりの中心にいる人物を見れば一目瞭然だった。

「なまえ…あの、ちょっと大丈夫?」
「…」

 なまえは机に突っ伏したままピクリとも動かない。よしよしと頭を撫でても無反応。岩ちゃんが死んでると例えた意味がよくわかる。

「及川くん、あれは無いわ」
「うん。無いわ」
「えー!?」

 名前は忘れたけどなまえと仲の良い女友達に軽く舌打ちされた。すごい責められてる、俺。確かに別れ話は大袈裟だったけど、でも俺だけ悪いわけじゃないのに。

「なまえと岩泉はね、委員会のクラス代表として授業間の10分休憩も昼休みも放課後も家にいる時間もつかって寝る間も惜しんで活動してるんだよ。だから小テストの勉強もこの時間で詰め込むしかないんだよ」
「…え、そうなの…?」
「なまえ、言ってたよ。週末の及川くんとのデートで思う存分遊べるように今頑張るって」
「う、うそ…」
「それなのになまえ、かわいそう…」

 女の子達数人がガバッとなまえに抱きつき、くすんくすんと啜り泣き始めた。「うわ…及川サイテー」「男が嫉妬とかないわ。しかも幼馴染の岩泉に」「心が狭いよな」ブーイングが半端ない。一言一言しっかり胸に突き刺さってます。はい、泣きたいのは俺のほうです。

「…別れたいの?」

 なまえがゆっくり上体を起こしてか細い声で言った。潤んだ瞳と目があって、不謹慎だけど可愛いと思ってしまった。俺は何度も首を横に振った。こんなに愛しい子と別れたいわけがない。

「ごめんねなまえ、俺が間違ってた…!つまらない嫉妬してごめんね!」
「…ホントに?」
「本当に!ごめん!!」

 髪型が崩れるのも気にせずに勢い良く頭を下げた。なまえを傷付けて謝るだけじゃ済まないのはわかってる。だけど今の俺は謝ることしかできない。

「徹、」

 なまえが俺の名前を呼んで、スッと息を吸った。その時。

 キーンコーンカーンコーン…

 予鈴が鳴った。

「……ああああああ!!岩泉!!ヤバイ!!小テストォ!!」
「アーーッ!!ヤベェ!!全く進んでねぇ!!」
「どうしよおおお再テストなんて受けてる余裕無いのにいいい」
「みょうじ落ち着け!とりあえずさっき言ってた出る確立高いところだけ今抑えておこうぜ!後は天に祈る」
「岩泉!!神頼みという現実逃避はダメだ!!諦めるな!!」
「…え、えっと…なまえ、岩ちゃん…」
「クソオオこうなったらやれるだけやってやる!みょうじ!問題出せ!」
「よしきた!」
「ね、ねぇなまえ、岩ちゃん」
「んだよまだいたのかよグズ川。早く教室戻らねーとお前も授業遅れるぞ」
「でもまだなまえと仲直りしてな…」
「は?あーー…、うーーーん」

 なまえは眉間にシワを寄せて腕を組んだ。それからうん、と大きく頷く。

「次のデートでケーキ食べ放題奢ってくれたら全て水に流してやる」
「食べ放題!?」
「何だよ。テスト勉強の邪魔した挙句別れようとかほざいたくせに」
「ハーイ!喜んで奢らせて頂きまーす!」
「わかったら帰れ」

 シッシッと手で追い払われて半ば強制的に俺は教室を後にした。静まり返った廊下で一人立ち尽くしながら、俺はそっと財布の中を確認する。福沢さんと樋口さんは不在。野口さんは一人、二人、三……人もいない。……うん、厳しい。でもこれでなまえが機嫌を良くしてくれるならなんてことない出費だ。この程度のはした金、俺がなまえを想う気持ちに比べたら大した額じゃない。よし。

「短期でバイトしよう」



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