徹ちゃんと映画を観に行く約束をドタキャンした罪は想像以上に重かった。謝れば許してもらえるかもしれない、なんて甘く見ていたけど、徹ちゃんはガチギレだったのだ。ドタキャンした罰として徹ちゃんのお願いを一つ聞くことになったのだけど、徹ちゃんは「俺と結婚するって約束してくれたら許す」の一点張りで私は泣きながらそれ以外でお願いしますと懇願した。説得すること2時間、ようやく徹ちゃんが折れて新たなお願いが出された。

「なまえ〜!俺の可愛いなまえ〜!」
「はぁ〜い…あなたの可愛いなまえでぇ〜す…」
「今日は一体何の日でしょ〜っか!?」
「……え〜?な、何かなぁ〜〜?」
「なななーんと!今日は待ちに待ったなまえと俺のお泊まり会でーす!イェーイ!!」
「い、いえぇ〜〜〜い…」

 テンション高く右腕を上げる徹ちゃんに合わせて私も弱々しく拍手をした。イェーイじゃない。全然イェーイじゃない。どちらかと言えばヒェーイだ。悲鳴をあげたい。

 徹ちゃんから新たに出されたお願い、それは徹ちゃん家で一晩お泊まり会という名の拷問を受けることだった。いくら幼馴染でも付き合ってもいない男女が一晩同じ屋根の下で過ごすのはアカン。どう考えてもアカン。ドタキャン事件から様子がおかしい徹ちゃんと二人きりなんて緊張感が尋常じゃないよ。こんなことになるなら結婚の口約束を適当に聞き流しておけば良かった。なんて後悔したところでもう遅い。こうして徹ちゃんが家まで迎えに来てしまった時点で現実逃避は不可能なのだ。たった一日。されど一日。私は何事もなく及川家で一夜を明けることができるのであろうかー…!?愚問だ。ゼッタイ無理。

「徹ちゃん、あのさ?やっぱお泊りは…」
「俺はもう18歳だし、なまえも16歳だし、法律的には問題無いんだよね。お泊まり会やめて市役所行く?」
「やだな〜〜!お泊まり会楽しみにしてたんだから〜〜!市役所見学なんていやだよ〜〜!」

 だ、ダメだァ…!婚姻届出すつもりだよこの人…!徹ちゃん怖過ぎ。何で法律的には問題無いとか言うの。口元は笑ってても目が笑ってないよ。超怖いよ。これはもう血の涙を流してお泊まり会を耐え抜くしかない。徹ちゃんがまたおかしくならないように今はおとなしく従っておくことにする。手錠を繋がれる気持ちで肩を落としながら徹ちゃんに手を引かれて、とうとう徹ちゃん家にやって来た。わぁ〜徹ちゃん家久しぶり…。こんな監獄みたいなお家だったっけ〜?

「たっだいま〜!」
「お、お邪魔しますぅ〜〜」

 …まあ、いくら徹ちゃん家に泊まると言っても徹ちゃんママもパパもいるわけだし、変なことにはならないよね。うん、ならないよ。大丈夫大丈夫。

「…なーんちゃって。今日うちに誰もいないんだけどねぇ」

 え。

「え!?誰もいないの!?!?徹ちゃんママは!?」
「大学時代の同級生と旅行に行ってるよ」
「パパは!?」
「出張」

 オッケーわかった。これはヤバイ。

「なまえとのお泊り、すごく楽しみにしてたんだから。二人きりの方が良いでしょ?ね?」

 ニッコリ笑って、徹ちゃんは私の手首を掴んでいた手を離すと自然な動作でするりと互いの指を絡めた。少しゴツゴツとした男の手のひらに触れてヒヤッとした。汗が吹き出てるのに何故か寒い。やだなんか走馬灯見えてきちゃったよ。帰りたい。家の中なのに恋人繋ぎで徹ちゃんの部屋まで誘導されている間、私は心の中でガチ泣きしていた。




≪≪≪




 徹ちゃんの部屋にはテレビがある。なんとも贅沢だ。よく自室で試合のデータを取ってるとかなんとか一ちゃんと話しているのを聞いたことがある。バレーのことは詳しくないし、部ともあまり関わってないからよくわからないけど。

「さぁて!まずは映画を観よう!」
「え、映画?」
「そ。なまえも好きなラブコメ借りてきたよ〜」
「わ、わあ。ヤッタネ」

 …やっぱりまだ映画のことは根に持っているな。徹ちゃん家に来てまさか映画を観ることになるとは思わなかった。いや、でもまぁ映画鑑賞は健全な遊びだし、とりあえず安心だ。変なことを想像していたわけではないけど、今の徹ちゃんは何をしでかすかわかったもんじゃないから警戒心は解けない。徹ちゃんのペースに巻き込まれてはいけない。それはドタキャンの埋め合わせでこのお泊り会を強制参加させられた時に身を以て思い知った。隙を見せたらナメられる。ヤバイと思ったら拒否しよう。勇気を出せ、私。

「R指定のやつだけど良いよね?」

 ヒェ〜〜〜〜〜〜ッッ!早速ヤバイ〜〜〜ッッ!!

「ちょっと徹ちゃん!何でそんなのチョイスしたの!?」
「え?だって盛り上がるでしょ?」
「盛り上がらないよ!!盛り下がるよ!!気まずさマックスだよ!!」
「照れてるなまえも可愛いねぇ〜」
「照れてるように見える?」
「見える」
「…」

 て、手強い。今日の徹ちゃんはかなり手強い。まさかこの状況でR指定のシーンを二人きりで鑑賞しろと?無理無理。羞恥心とかいろいろヤバイって。もうあまりにヤバ過ぎて言葉が出なくなってきた。マックスヤバイ。

「緊張してるの?」
「ひっ…」

 急に耳元で囁かれて小さく声が漏れた。ちょ、勘弁してよ。普段そんな甘い声出さないじゃん。すぐ隣にいる徹ちゃんから離れようと腰を浮かせたらお腹に腕が回り、強い力で引き寄せられて徹ちゃんの胡座の上に尻餅をついてしまった。あいたたた。男の子の体ってやっぱり固いわ。…て、呑気に座り心地の感想を言っている場合じゃない。

「ととととと徹ちゃん、」
「さて、このまま映画鑑賞始めるよ〜」
「始まらないで!待って!下ろして!」
「何?正面から抱きしめられたいの?」
「誰もそんなこと言ってねぇえよ!」
「もーなまえ静かにして。ほらベッドシーン始まったよ」
「わああいきなりかよおおお」

 映画が始まったかと思えばいきなり男女の荒い吐息が混ざり合うような声が流れ始めて、私は両手で目を塞ぎながら呻くことしかできなかった。何でこんな拷問を受けてるんだ私。こんなピッタリ密着されてたら心臓がバクバク言ってるのが聞こえちゃうじゃないか。それなのに徹ちゃんは私の胸の下に両腕を回してピッタリくっついて離れない。頭に顎を乗せられて、もう完全にぬいぐるみ扱いだ。私は抱き枕と違うぞ。勘弁してくれ。しかも何で徹ちゃんってばいつも静かにして欲しい時はうるさいのにベッドシーンの時に限って静かなの?何をそんなに真剣に見てるの?あ、あれあれ?なんか徹ちゃんの手の動きが怪しいぞ。あれ?ちょっと待って?今セクハラされてる?

「ととととととと徹ちゃん」
「ん〜?」
「て、手!くすぐったい…!」
「んーふふふ。なまえ、柔らかい」
「ふうっ…!耳元でしゃべらないでよ!」
「かわい〜」
「やああもうやああああ」
「こーら逃げない。今日なまえは及川さん家の子なんだから、言うこと聞いて貰うよ?」
「だからって何でこんな…!」
「なぁに?まさか変な気になってるの?やらしい子」
「お母さあああああん!!!!」
「安心してよ。嫌がるなまえを襲ったりしないから」
「当たり前だよ!ていうか!嫌がってなくても襲わないでよ!付き合ってもないのにこんなのおかしいよ!」
「え?」
「え?」
「付き合ってるようなもんでしょ?俺たち」
「え???」
「こんだけ長いこと一緒なのに逆に付き合ってないとかおかしくない?」

 徹ちゃんがきちんと日本語を話してくれないおかげで見事に私は混乱した。くるりと振り向いて、きょとんと目を丸くする徹ちゃんを見つめ返す。…え?

「お、幼馴染だよね?私たち」
「そうだね」
「付き合って、ないよね?」
「今はね」
「???」
「でも俺はなまえ以外の子と付き合うつもりはないし、結婚もしないよ。だから俺はなまえと付き合いたい。今すぐに」
「な…なん…と」
「…ねぇ、なまえ」
「は、は、はい」
「好きだよ」

 本気の目でジッと見つめられて、なおかつ本気の声で囁かれた。私の心臓はもうバックンバックンと破裂寸前である。幼馴染の徹ちゃんが今だけは一人の「男」に見える。顔が整っている分、余計に心臓に悪い。

「う、うん」
「あれ?驚かないね」
「うん…そんな気はしてた」
「あっははーだよねぇ?さすがにわかるか〜」
「でも、私、わかんないや」
「ん?」
「徹ちゃんのことは好きだよ。でもそれは幼馴染として、だと思う」
「…うん」
「徹ちゃんと私が付き合うって、なんか、想像できないっていうか…」
「そういうものじゃない?」
「そ、そうかな…」
「そりゃ付き合ってみないとわからないよ。特に俺たちの場合は10年以上家族みたいな付き合いがあったしねぇ」
「うん…」
「でも俺は、その分片想いしてる期間が長い。だからそろそろハッキリしちゃいたいんだよね」
「…そ、そうだったんだ。ごめん」
「いいよ。なまえが謝ることじゃないし。だからさ」
「うん」
「キスしよう」
「うん…………うん!?!?」

 思わず流れで頷いたけど、何ナチュラルにとんでもないこと言ってんの!?シリアスな雰囲気に惑わされるところだった…。

「とりあえずキスしてみたらわかると思うよ」
「何が!?」
「俺のことが好きかどうか」
「何を根拠に言ってんの!?無理に決まってんじゃん!」
「えー!どうしても?」
「当たり前だよ!何言ってんの!?徹ちゃんどうしたの!?」
「通常運転だけど」
「ちゃんとハンドル握ってくれる!?話の方向がわからないよ!」
「なまえってば馬鹿だなぁ〜。キスしてみてドキドキすればそれは好きってことでしょ?めでたしめでたし!」
「徹ちゃんの頭がめでたいよ!!そんな単純な問題じゃないし!!」
「えー?気難しい子だなぁ」
「徹ちゃんはちょっと黙ろうか」
「キスしてもいいなら黙る」
「うん、喋って良いよ」
「うん!?今うんって言ったよね!?ヤッター!キスの許可が出た〜!さあなまえ目瞑って!あ、見つめ合いながらの方が興奮する?も〜なまえってば大胆なんだからぁ〜ッ!エイッ!押し倒しちゃえばもうこっちのもんだよね!我慢してた分とびっきり深くて甘いのをあげるよっ。はぁ、なまえってば本当に可愛い。やっと素直になってくれて徹ちゃん嬉しいよ。大好きだよ。大切にするからね」
「ううううううあああああああああ!!!!!!ブレーキ!!誰かこの人のブレーキ踏んでよォ!!!!助けて一ちゃあああん!!!!!」



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