「菅原」
「何?みょうじ」
「あのさ、助けて欲しいんだよね。え!うそ〜協力してくれるの?ありがとうぉっ!すっごい助かるー!」
「俺まだ何も言ってないのに話が進んじゃったよ。助けてって何?宿題なら見せないからな」
「違う違うだから助けて」
「用件を言わんかい」
「ストーカーにつきまとわれてるの。だから助けて」
「詳しく聞くわ」

 みょうじは「ふぅ」と短く息を吐くと、俺の前の席に座って体をこちらに向けた。心底うんざりしたように両手で顔を隠しながら、「あのね」とゆっくり声を漏らす。こんなにげんなりした様子のみょうじを未だ嘗て見たことが無い俺はかける言葉に迷う。よっぽど追い詰められているんだろうな。なんだかかわいそうで頭を撫でてやると子犬のように「クゥーン…」と鳴いた。それはちょっとキモい。

 俺とみょうじは一年からずっとクラスが同じのため仲が良い。今まで何回か相談を受けたけど、こんな深刻な相談は初めてだ。これまでは「金がない!どうしよう!」とか、「宿題が終わらない!どうしよう!」とかどうでもいいし頑張れとしかアドバイスできないような内容ばっかりだったけど、今回はみょうじが頑張れば何とかなるような問題でも無さそうだ。よく見ると目の縁の隈がすごい。大丈夫か。頭を撫でていた手をどけて真剣に聞こうと少し身を乗り出すと、みょうじがゆっくりと顔を上げた。

「順番に話すね」
「おう」
「今から一カ月前かな…下校中にたまたますれ違った他校の高校生に告られたの」
「順番に話す割にいきなりぶっ飛んでるな。それで?」
「初対面でさ、向こうも私を初めて見たっていうんだけど、まぁ、何?その、」
「何?」
「うーん」
「え?何で渋るんだよ。何だよ」
「一目惚れ?みたいな」
「みょうじに?その高校生が?」
「そう」
「何でドヤってんだよ」
「いやだって一目惚れなんてちょっとフフフなんか照れるじゃんドゥフフ」
「それで?」
「オイなんかコメントしろよ。まぁ良いや…でさ、連絡先聞かれたの」
「うんうん。もちろん教えなかったんだろ?」
「いやそれが教えちゃったんだよね」
「解散」
「いやぁあ待って菅原帰らないでーーー」
「馬鹿なの?みょうじ馬鹿…、あ!馬鹿だった!」
「思い出したように言うな。でも馬鹿なことしたなって思う。思うよ。軽率だった。いくら相手がイケメンだからって赤の他人に連絡先教えるなんてどうかしてるよね…」
「どうかしてるし、馬鹿」
「ちょっとは否定しろよ。あと馬鹿馬鹿言うな」
「…で?」
「うん、しばらく連絡取り合ってたの。最初は趣味とか、部活のこととか、何てことない話題で盛り上がってたんだけど」
「うん」
「だんだん恋愛の話になっていって」
「うん」
「で、プロポーズされて」
「は?」
「本当。マジ。プロポーズっていうか、『なまえちゃんと結婚したいな!』みたいな」
「は?」
「菅原顔めっちゃ怖ぇよ」
「みょうじと結婚したいとか言う奴の気が知れない」
「は?殺すぞ」
「それでみょうじは何て返したんだよ」
「『ウケる』」
「ウケねぇよ!」
「いや冗談だと思ったから」
「冗談にしたってありえないべ!?」
「うん。それが冗談じゃなかったみたいで」
「は?」
「その日、連絡がプッツリ切れたと思ったら、翌朝家の前にそいつがいて」
「…え」
「あれー?家の場所教えたっけ??って私も記憶が曖昧でヘラヘラしながら聞いたらさ、『ずっと前から知ってたよ』って」
「怖!!ホラー!?!?」
「うんそうホラーだよね。私もこいつヤバいなって思って」
「それでそれで!?」
「そのまま一緒に登校した」
「何ッッッでだよ!!!」
「菅原天井に向かって叫ばないで怖い。いや、あのね、本当は家の中に避難しようとしたんだけど、そいつが上がってきそうで怖かったから」
「そいつ頭大丈夫か!?いや大丈夫じゃないからストーカー行為なんてするんだろうな…。登校中何か言われなかったか?」
「『昨日言った結婚したいって話は本気だからちゃんと受け止めてね』って」
「ンガガガ、え、う、」
「菅原が壊れたファービーのように…!しっかりして菅原!」
「…それいつの話?」
「一昨日」
「みょうじまだ何もされてないか?監禁とかされそうになってない?大丈夫?」
「監禁はさすがに無いと思うけど、今日学校まで迎えに来るって。『月曜日は部活が休みだからこれからは一緒に帰ろう』って」
「お前一人で帰れ!!!」
「菅原!?」
「って言ってやれよ!!!」
「断ったよ。付き合ってるわけでもないのにお迎えとか良いよって」
「そしたら?」
「『え?俺たち付き合ってるよね?』」
「なぁそいつ相当ヤバくないか?」
「だからヤバいって」
「お前も勘違いさせるようなこと言ったんじゃないのか?」
「言…………ってない」
「はい怪いし〜〜〜。心当たりは?」
「いや本当だって!変なことは言ってない!ハートの絵文字は使ったけど」
「いまどきハートの絵文字で付き合ってると思い込む奴なんているかぁ?」
「だから私は悪くないって!向こうが勘違いマンなんだよ!」
「…それで、今日どうするんだよ。待ち伏せされてるかもしれないんだろ?」
「うん…」
「俺今日部活だから一緒には帰れないぞ」
「うん………うあああん」

 みょうじが勢いよく机に突っ伏した。「くそ!くそ!私の馬鹿!イケメンだからって!イケメンだからって!くそ!」と机をドンドン叩いている。うるさい。耳を塞いで黙っているとみょうじがビクッと震えて起き上がった。

「あばばばばは」
「え、何?どうした?」
「電話!電話が鳴ってる!あいつだ!」
「え!?」
「はわわわどうしよう菅原!!スガワラー!!!」
「ポケモンみたいに言うなよ……はぁ、貸してみ」
「え?」
「電話の相手、そのストーカー野郎であってる?」
「あ、うん…名前登録してあるし間違いない…。菅原が出るの?」
「おう。俺が電話に出て、みょうじに付きまとうなってガツンと言ってやる」
「菅原…!かっこいい!」
「ほらだからスマホ貸して」
「お願いします!」

 みょうじは嬉しそうに涙を浮かべてスマホを差し出した。泣くほどか。そんなに嫌なら連絡無視すれば良いのに…妙なところで律儀だよなぁ、みょうじって。
 それにしてもみょうじに手を出す男って誰だよ。物好きだなって思ったけど、まぁ確かにみょうじは可愛い。黙ってればの話だけど。みょうじとは付き合いが長いし、彼女のことはそれなりに大切に想ってる。だからみょうじを困らせる奴は俺が許さない。よし、ガッツンと言って二度と立ち直れなくしてやる。
 みょうじからスマホを受け取り、電話の相手の名前を見る。

『及川徹』

「…」
「菅原…?出ないの?」
「なぁ、及川徹って、まさか」
「え?知ってんの!?」
「高校って、青葉城西だよな?」
「そうそう!うそ!?知り合い!?マジかよこんな偶然ある!?でもちょうど良いわ!知り合いなら立ち直れなくなるまでガツンと言ってやってよ!」
「ごめん無理」
「は?」

 俺は電話には出ず、即切った。そして苗字の友達リストの中から及川の名前を見つけ出し、ブロックする。ついでにこれまでの会話の履歴も全て削除した。

「え、ちょ、菅原」
「みょうじ」
「え?」
「なんとかこれで頑張って」
「いやどう頑張れと!?」
「とりあえずこれで連絡来ないから」
「向こうは電話番号も家の場所も知ってるんだよ忘れたの!?」
「その時は…頑張れ」
「ねぇちょっと菅原」
「頑張れ、みょうじ!」
「選挙ポスターみたいなキメ顔すんな。ガッツポーズやめろ。ねぇ、菅原助けてくれないの?私たち友達だよね?」
「みょうじ」
「はい」
「友達だからって頼りすぎは良くないぞ」
「はい絶交」



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