「やっちまったぜ」

 お弁当を忘れた。ただでさえ朝ごはん抜きでヘロヘロなのにお昼ご飯も食べれないなんて。しかもこの後は体育の授業がある。しかも持久走。しかも測定。畜生…と項垂れながら用済みのカバンをそっと机の横にかけて、お財布を持って立ち上がった。こうなったら購買に頼るしかない。金銭的に今月は非常にピンチだけど、生きるためには止むを得ない。何でよりによって体育がある日にお弁当を忘れるんだろう。この後が家庭科の調理実習だったら良かったのに。

「…あ」

 ブツブツと文句を垂れながら廊下に出たら見慣れたオレンジ髪が見えた。オレンジ髪の男子なんてこの学年では一人しかいない。

「日向くんヤッホー」
「ん?あ、みょうじさんっ」
「日向くんも購買?お弁当じゃないんだ。珍しいね」
「いや、弁当はある!早弁したから足りない分買ってきた」
「おおう…さすが男子はよく食べる。で、何買ったの?」
「菓子パン」
「へーうまそ。ていうか購買の袋持ってる人やたら多くない?もしかして今混んでる?」
「すごい混んでたぞ。ていうか食べ物系全部売り切れてた。これが最後の菓子パン」
「エ」
「もしかしてみょうじさん、弁当無いの?」
「…無い」
「それはドンマイ」
「超萎えた。日向くんの菓子パン恵んで」
「え!嫌だ!」
「はぁ!?私は朝から何も食べてないんだよ!?ひもじくて死にそうなんだよ!?かわいそうだと思わないの!?」
「うぅ〜ん…かわいそうだけど俺何も持ってないし…」
「君のその手の中にあるものは何?」
「あ、影山!」
「おいコラ無視すんな」

 あ、UFO!みたいな感じで私の気をそらそうっていう魂胆でしょ?わかってんだよそのくらい。この私を欺こうなんて百年早いわ。そんなタイミング良く影山くんが来るわけ「何やってんだお前ら」あったわ。

「みょうじさんが弁当忘れたから腹減ったんだって」
「弁当?」
「うん、お弁当。聞いてよ!日向くんにこの間のグラビア雑誌のお礼に菓子パン寄越せやってお願いしてんのにくれないんだよ!?酷くない!?」
「俺グラビア雑誌貰ってねぇし!」
「あ、欲しかった?」
「い、いらねぇよ!」
「そんなに腹減ってんのか?」
「うん…朝ごはんも食べてないからお腹減りすぎて気持ち悪くなってきた…おええ」
「吐かないでみょうじさん」
「吐く時は日向くんのカバンの中に吐いてやる…マーライオンの如く」
「100円あげるからやめて」
「安い。却下」
「そんなに腹減ってるなら弁当分けてやるよ」
「「え」」

 影山くんの言葉に私と日向くんは揃って声を上げた。聞き間違いだろうか。影山くんらしくないというか、予想外なセリフが聞こえた気がする。

「何で日向まで驚いてんだよ」
「いや…だって…影山が女子に弁当を分けるなんて意外だったから…」
「こいつが腹減って死にそうだって言ってんだから分けてやるだろ。普通」
「影山、ナチュラルに俺のこと責めてる?」
「ま、マジで…?影山くんのお弁当分けてくれるの?」
「やる。来いよ」
「ありがとー!!影山くんマジイケメン!!神様!!日向くんはクソ!!」
「悪かったなクソで!!」

 教室に入っていく影山くんの後にぴょこぴょこと軽くスキップしながら続く。影山くんが着席した座席の前の席から椅子だけ借りて影山くんと向き合うように座った。予想外だったけど、お昼ご飯を食べられるしお金も浮いたしラッキーだ。お弁当は何を分けて貰えるんだろう。ニヤニヤしながら待機していたら、影山くんが弁当袋の中から何やら黒い塊を二つ取り出した。それを「ん」と私に手渡す。

「これは…」
「おにぎり」
「え!?こんなちゃんとしたもの貰って良いの!?」
「良い。どうせ部活の後に食おうと思ってたやつだし、問題ねーよ」
「部活の後に食べるつもりだったなら私にあげちゃダメでしょ…」
「別に良い。帰れば夕飯があるし」
「え、でも…」
「腹減ってんだろ?食べろよ」

 そう言って影山は自分のお弁当の包みを解き始めた。こんな特大おにぎりを私にくれるなんて影山くんはマジで神様か何かなんじゃないの?この間はからかってごめんね。ありがたく頂戴する。おにぎりと影山くんにお辞儀してからラップを剥がした。

「ありがとう影山くん。いただきます」
「おう」

 おにぎり、うめぇ。すごくお腹が空いていたから今は世界中のどの食べ物よりもこのおにぎりが美味しいと言い切れる。なんて美味しいの。普通のおにぎりだけど。塩のおにぎりだけど。でもすごくすごく美味しい。米の甘みが胃に染み渡る。

「美味しいぃいい」
「別に普通だろ」
「美味しいよすっごく!私は今猛烈に感動している!」
「良かったな」
「うん!ホントにありがとう!」
「…別に」

 影山くんは照れ臭そうにそっぽを向いた。さてはありがとうって言われ慣れてないな?影山くんは根は優しくて良い子なんだけどなぁ。何で友達少ないんだろう。近寄りがたい雰囲気なのは確かだけど。

「あ、影山くん。お茶ちょうだい」
「…は?」
「?お茶ちょうだい」

 もぐもぐとおにぎりを頬張りながらお茶を受け取るべく右手を伸ばす。しかし、影山くんはぽかんと口を開けたまま手を動かそうとしない。

「…お前そのくらいは持ってるだろ」
「うん。でも教室」
「取りに行けよ」
「だって私が席離れたら影山くんぼっちじゃん。さみしいでしょ?」
「さみしくねーよ」
「本当のことを言うと取りに戻るのがめんどくさい。ペットボトルに口付けないように飲むからちょうだい」
「いや、そうじゃなくて…ていうかお前は俺の飲みかけで良いのかよ」
「全然問題なし」
「…」
「何その顔」
「…別に。ほら」

 超ぎこちない手つきでペットボトルを手渡された。そんなに私に飲まれるのが嫌なのか。地味に傷付く。

「んぐっんぐ」
「…」
「ぷはー緑茶うめぇ」
「…お前、こういうこと他の男にもやってんのか?」
「こういうことって?」
「いや、だから…」
「お茶貰ってるかってこと?貰ってないよ。だって自分のあるもん」
「…そうか」
「ていうか影山くんにしか頼めないよ」
「っっ!!」

 フグッと変な声を上げて影山くんは箸を咥えたまま固まった。なんかすごい顔赤いけど、大丈夫?とりあえずお茶飲んで落ち着けよという意味を込めてさっき私が飲んでたお茶を手渡した。勢い良くペットボトルを掴んでお茶を喉に流し込んだ影山くんはゼーハーと肩で息を整えている。すごい事故が起きてたらしい。影山くんの顔が青くなったり赤くなったり、なんか大変なことになってる。

「お、お前!いきなり変なこと言うなよ!」
「え、私?何か言った?」
「言った!!」

 はて、何のことやら。影山くんが激おこプンプン丸になってしまった。何故か私のせいみたいに言われてるけど、私は何も変なこと言ってないし。正直「え?」って感じ。気にせずにおにぎりを頬張っていたら、影山くんは盛大に舌打ちをしてからお弁当にがっついた。結局何だったんだろう。

「影山くん影山くん」
「…何だよ」
「その卵焼き美味しそうだね。影山くんの家の卵焼きは甘いの?それともしょっぱい?」
「しょっぱいっつーか、だし巻き卵だな」
「うわ〜〜!」
「何だよ」
「うち甘い卵焼きなんだよ!だし巻き卵食べたこと無いの!いいな〜美味しそう〜」
「…」
「えへえへ」
「ほらよ」
「わーい!!」

 卵焼きを箸で一口サイズに切った影山くんはそのまま私の口元に運んでくれた。この黄色い輝き、たまらん。我慢できなくて一口でペロリと平らげてしまった。やっぱ思った通り超うまい。影山くんのお母様はお料理が上手なのだな。

「んふふふ美味しい」
「すげー顔」
「美味しすぎてにやけが止まらない」
「そんなにうまいならもっとやるよ」
「マジで〜!影山くん大好き!」
「っっ!!お、おう…」

 いやー影山くんの株がどんどん上がっていく。もともと高かったけど、こんな優しくされると見方変わるよなぁ。「ほら」と卵焼きを挟んだ箸を向けられて口を開こうとしたら、教室の扉がガラガラと騒がしく開いた。

「みょうじさんごめん!やっぱこの菓子パンやる!俺、自分の弁当持ってるのにお腹減ってるみょうじさんに酷いこと………して…、」
「あ、もぐもぐ日向くん。もういいよさっきのことは。影山くんにおにぎり貰ったし、こうして卵焼きも」
「な、ななななな!」
「な?」
「何やってんのお前ら!?!?」

 ものすごい衝撃を受けたようなリアクションで日向くんは後ずさった。何やってんのって、食事だけど。逆にその日向くんの反応こそ何。

「お、お、お前ら付き合ってるのか!?」
「は?付き合ってないけど」
「じゃ、じゃあ何で…!」
「何で?なんか日向くんが聞いてるよ影山くん。…影山くん?」

 影山くんの方を向いたら影山くんは机に突っ伏して謎の死を遂げていた。え…何があったの影山くん。

「なぁ!みょうじさん!」
「えーなになに。日向くんは何でそんな騒いでんの?」
「だって信じられないじゃん!!影山がみょうじさんにあーんってやってたんだから!」
「あーん?何それ。跡部様?」
「ち が う よ !カップルがよくやってるご飯を食べさせてあげるやつだよ!あーんって!」
「ああ。『はい、あ〜んっ』ってやつ?」
「そうそう!」
「別にそういうつもりでやったわけじゃないけどね。私が箸を持ってなかったから影山くんが食べさせてくれただけだし」
「だからってあの影山がみょうじさんに!?みょうじさんが影山にやるならまだわかるけど影山がみょうじさんに!?」
「日向…それ以上言ったら殺す…」

 ゆらりと影山くんは顔を上げた。めちゃくちゃ顔が怖い。瞳孔が開いてる。でも顔が真っ赤だからちょっと可愛い。日向くんは一瞬ビクついたもののすぐに「今のお前全然怖くねぇ」と指差して笑った。

「日向コノヤロ…」
「まーまー落ち着きなよ影山くん。ご飯食べよ?お昼休み終わっちゃうよ」
「影山〜お前本当はみょうじさんにあーんってやってもらいたいんだろ?素直になれよー」

 ブチっと音が聞こえた。影山くんの堪忍袋の緒が切れた音だろうなと呑気に考えていたら、もうそこに日向くんの姿は無かった。逃げ足早ぇ。一方で影山くんはワナワナと震えながら悔しそうに歯を食いしばっていた。

「影山くん」
「ああ!?」
「なんかごめんね。日向くんには私から言っておくよ」
「…あ、いや。別に良い。俺から言っておく」
「影山くん」
「んだよ」
「明日は私がお弁当作ってくるね。そしてまた一緒に食べよ」
「…別に気を遣う必要は」
「んーじゃあ率直に言うね。これから一緒にお昼を食べませんか?」
「っ!?」
「嫌?」
「………嫌じゃねーよ。…はぁ」

 耳まで真っ赤になった影山くんはまた机に突っ伏してしまった。



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