部活の休憩中に体育館裏の水道に行ったらクラスメイトのやっくんが顔を洗っているのを見かけた。抜き足差し足忍び足で背後に迫り、そっと両手を伸ばす。顔を洗うのに夢中で、すぐ後ろに私がいることにやっくんは全く気付いてない。

「動くな。動いたら撃つ」

 人差し指と中指を銃に見たててやっくんの背中に当てる。するとやっくんはピタリと顔を洗う手を止めて、ゆっくり両腕を上げた。

「何が目的だ。金か?」
「金?そんなものいらない。私が欲しいのは命だ。…お前のな」
「…」
「…」
「「うぇえ〜〜〜い!」」

 何も無かったかのように私とやっくんはハイタッチをした。いや〜やっぱやっくんとの茶番劇は楽しいわ。やっくん前よりノリが良くなったし。前なら「何やってんだお前」って笑われただけなのに。

「やっべ。濡れたまま顔上げたから服濡れた」
「やだやっくん破廉恥!」
「お前のせいだろ」
「めんごめんご。今部活中?」
「おう。顔面にボール食らったから冷やしがてら顔洗ってたとこ」
「やっくんが顔面に!?リベロなのに!?」
「いやポジション関係ねーから」
「だってレシーブ得意じゃん」
「レシーブできる状態じゃなかったんだよ。後輩がふざけて投げたボールがたまたまそばにいた俺に当たったんだから」
「うわーそれは災難。やっくん大丈夫?よしよし」
「まあな…でもあのバカを蹴飛ばさないと気が済まない」
「先輩が後輩に手を上げたらアカンやろ」
「いいんだよあいつは。タフだから」
「でもやっくんにボール当てるなんて命知らずだよねその子。どんな子?」
「バカみたいにデカイ一年」
「犬岡くん?」
「違う違う。犬岡は可愛いもんだよ」
「犬岡くんじゃないのか…名前は?」
「リエーフ」
「え?何て?」
「だからリエ、」
「夜久さん呼びました?」
「「ギャアッ」」

 突然目の前に巨人が現れて私と夜久は飛び跳ねた。でも夜久はすぐに「何だリエーフか…脅かすんじゃねーよ」と巨人の膝裏を蹴った。

「巨人…巨人だ…進撃だ…」
「落ち着けみょうじ。こいつがさっき話してたリエーフ」
「パターン白ですっ!!」
「みょうじ、いろいろ混ざってる」
「近くで見るとますます小さいですね…夜久さんより小さい人久々に見ました!あ、お名前は何て言うんですか?」
「テメェさりげなく俺まで侮辱すんなリエーフ」
「小さくて悪かったな。やっくんの大親友のみょうじなまえだ。覚えとけよノッポ君」
「ん?いつからお前俺の大親友になったの?」
「何ィ〜!?やっくんあんまりだぜ!一緒にプリクラ撮った時にズッ友って書いたのやっくんじゃん!!」
「プリクラ撮ってねーし書いてねーから!捏造すんな!」
「夜久さんのお友達だったんですか…。俺、一年の灰羽リエーフです!バレー部のエースです!」
「一年なのにエースなんだスッゲ」
「いやこいつが勝手に言ってるだけだから。スゲー下手くそだから」
「夜久さんひどい!エースに向かって!」
「エースは人の顔面にボールぶつけたりしねぇよ!!」
「でもだいぶ腫れ引いたみたいで良かったっス」
「良くねぇえ〜〜〜!!」
「ああ、彼にぶつけられたのか…」
「ところでみょうじさん!」
「なんじゃい」

 呼ばれてリエーフくんを見ると顔の位置が高過ぎて軽く首攣った。改めて見るとこの子本当大きいわ。ていうか、ハーフ?顔立ちもだけど名前からしてハーフだな。ほへ〜モデルかよ。さっき失礼なこと言ってたけど顔が綺麗だから許すわ。

「みょうじさんって彼氏いないですよね?」

 と思ったけどやっぱり許さない。思い切り腹パンを入れた。

「ぐふっ!」
「おーおー君、初対面の人間に向かって失礼じゃないかい?人を見かけだけで判断すんなよ?私に彼氏がいないって決めつけんな?」
「え!?いるんスか!?」
「いねーよ!!!」
「みょうじ、涙」
「うう…うええ…うええん!!!やっくんんん!!!びええええ」
「え!?ちょ、え!?」
「あー気にすんなリエーフ。いやちょっとは気にすべきだけど。こいつこの間失恋したんだよ」
「失恋…ですか」
「木村くぅううん!!!」
「あれ?前言ってた奴と違くね?野村じゃなかったか?」
「木村だったのおおお!!!間違えて覚えてたのおおお!!!」
「好きな奴の名前間違えるとかおっちょこちょいの領域を遥かに超えてるわ。さすがみょうじ」
「えーっと、つまりみょうじさんは木村さんに告白してフられたってことですか?」
「まだ告ってない!!!告ってないの!!!そしたら彼女できちゃったのぉ!!!」
「だそうです夜久さん」
「いや知ってるから」
「ぐすん…野村くん…」
「木村だろ」
「そうそう木村くん…くすん」
「まあなんだ…失恋は辛いけど早く元気になれよ」
「いやもうすっかり元気」
「立ち直り早過ぎだろ」
「はっはっは。いやいや、なんのなんの。はっはっは」
「夜久さん、みょうじさん壊れてます?」
「いつも壊れてる」
「今日のやっくん厳しい〜。そして灰羽くん私に対して失礼過ぎだろ。言っておくけどこう見えて私もエースだから」
「知ってますよ。バスケ部ですよね?」

 知ってる、だと?

「な、何で知っとっと?」
「何で博多弁なんだよ」
「部活見学でたまたま練習中のみょうじさんを見かけたんですよ。すっげぇ遠くからシュート決めてましたよね!まさか夜久さんと知り合いとは思わなかったですけど」
「何で女子バスケ部を見学してるのか聞きたいところだけど触れないでおくよ。あと私がすげぇのはちゃんと理解しとけよ。私すげぇんだからな」
「何がすげぇのかわからないのは俺だけ?」
「夜久さんお友達なのにみょうじさんのすごさわからないんですか!?お友達なのに!」
「灰羽くんもっと強く言って!やっくんに思い知らせてやって!」
「みょうじさんのシュート完璧なんですよ!こんなに小さい体が投げてるとは思えない威力で!こんなに小さいのに!」
「君さっきから一言余計だよ?」
「まあ確かに女子バスケ部も全国大会出てるしな。そりゃすげーだろうよ」
「へへっ。まあな。私のすごさがやっとわかったか。サインあげよっか?」
「いらねぇ」
「じゃあメアドをやろう」
「いや知ってるし」
「あ、俺!メアド教えてほしいです!」
「「え」」

 バッッと勢いよく灰羽くんが挙手した。めっちゃ目がキラキラしてますけども。別に良いんだけど、何のために?

「俺、前からみょうじさんのこと気になってて。ずっと話したいなって思ってたんですよ」
「そんなに私のシュートすごかった…?自分ですげぇすげぇ言っててあれだけど、別に普通じゃね?」
「いやシュートとかどうでも良いです!」
「どうでも良いんかい」
「みょうじさんが俺のタイプだったんで!ずっと可愛いなって思ってました」
「……」

 なかなかに唐突だ。ノーリアクションで目を泳がせる。これでもかなり驚いているが、何故か隣のやっくんがそれ以上に驚いている。

「はぁあ!?!?リエーフ!お前!はぁあ!?!?」
「え?どうしたんスか」
「お前がどうした!!!」
「だってみょうじさん可愛いじゃないですか。ねぇ?」
「私に意見求めてどうする」
「何でみょうじ!?」
「ダメですか?」
「ダメじゃねぇけど…!まさかクラスメイトと部活の後輩がこんなことになるなんて想定しねぇだろ!」
「やっくんの驚きはよくわかる。私も想定しなかった。めっちゃバカにされまくったしね」
「バカになんてしてませんよ。小さくて可愛いって意味です」
「君やるねぇ」

 ズキューンと思わずハートに矢が刺さった。小さくて可愛いって言われたことないからさ。これでも平均身長だし。でも灰羽くんから見たらそりゃ小さいだろうよ。でもまさか可愛いと言われるなんて思わなかった。しかもこのモデル級の体型と顔を持ってる灰羽くんに。照れた。

「し、仕方ないなっ。特別にメアド教えてやるよっ」
「ヤッタ!」
「特別にこっちのIDも教えてやるよ」
「マジすか!超嬉しいっス!」
「いつでも連絡してくれて構わないぞ。特別に」
「ありがとうございます!」
「ええ〜〜〜お前ら〜〜〜!!」
「なぁに、やっくん。仲間はずれにされてさみしいの?グループ作ろうか?」
「絶対嫌だ!!」
「俺も嫌です!みょうじさんと二人が良いです」
「灰羽くん私のこと好き過ぎだろ」
「はい!」

 元気良く即答された。

「はい!じゃねぇえよ!!」
「え!?何で怒ってるんですか夜久さん!ちょ、痛ッ!」
「なんか腹立つ!なんか腹立つ!」
「何でですか!?」

 低身長を生かしてやっくんは灰羽くんのガードしにくいところに集中的に殴る蹴るを繰り返している。もちろん本気ではない。それにしても何故やっくんがこんなに突っかかってるんだ。私は攻防戦を繰り広げる二人を見守りつつ、ふとスマホの画面を見た。

「ところで君たち部活戻らなくて良いの?」
「…あっ!」
「あー!俺夜久さん呼んでくるように言われてたんだ!」
「それを早く言え!!」
「スイマセンッ!じゃあみょうじさん、部活終わったらすぐ連絡します!」
「うん、待ってるー」
「…あっ!」

 じゃーね〜と手をひらひらと振って見送っていると、背中を向けていた灰羽くんがピタッと足を止めて振り向いた。

「あと、俺ゼッタイ野村さんに勝ちますから!」
「お、おう?」

 そう言い残して体育館の中に消えて行った。何の勝利宣言だ。よくわからんが一つだけ言わせて貰おう。野村じゃなくて木村だよ。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -