昨日の夜、あるとんでもない事実が発覚した。

 私は基本的に物事を楽観的に受け止めがちである。それは私の長所であり、短所でもあった。これまでも何度も壁にはぶつかってきたけど、大体は「ま、良いや」の言葉で片付けてきた。深く考え、重く受け止めることに意味は無い。それが私のモットーだったから。
 しかし、現実はそんなに甘くない。私はついに「ま、良いや」では済まされない現実に直面したのだ。

 こんな楽観主義の女でも一応は乙女である。華の女子高生だ。美容にはそこそこ気を遣っているつもりだった。毎日お肌の手入れは欠かさないし、髪の毛のケアだって忘れない。だけどそれだけでは美しさは保てない。私は美容と健康を維持するうえで大切なことを完全に見落としていたのだ。

 それは食生活。最近、野菜不足な気はしていた。そのくせスナック菓子やチョコレートなど高カロリーな食べ物の暴飲暴食を繰り返していたのだ。かなり栄養バランスが崩れた食生活だったと思う。そんな日々を数週間送っていたせいか、その結果が体型となって表れた。

 お風呂から上がり、ブラジャーを着用する時に異変に気付いた。ブラジャーがキツイ。留め具を手前の一番緩いところに引っ掛けないと苦しくてとてもじゃないけど耐えられない。このブラジャーで苦痛を感じたことなんて無かったのに。いつも一番奥の留め具に固定していたはずなのに。そして嫌な予感が脳裏を過った。

 もしかして:太った。

 半信半疑で体重計に乗ってみることにした。まあ、一キロくらいは太っているかもしれない。でもそれくらいならスナック菓子をやめればすぐに減らせる。大丈夫、どうってことない。恐る恐る体重計に足を伸ばし、思い切って乗った。数値が徐々に上がっていくのをジッと見守り、停止したところで私は壁に頭を打ち付けた。

 三キロ、増えた。

 さすがにこれは「ま、良いや」のレベルでは無い。そんな簡単に切り替えられる程、私は楽観的では無かったようだ。かなりの大ダメージ。死にたい。
 その日の夜は一切食べ物を口にせずに、死んだように眠った。そして翌日の朝。眩しい日差しとうるさい目覚まし時計により目を覚ました私はベッドからのそりと起き上がり、カーテンを開けた。そして窓を開け、朝の爽やかな空気を肺いっぱいに吸い込み、ある決意を固める。

 ダイエットをしよう。

 さすがに三キロの減量は食生活を変えただけではすぐに結果が出て来ない。こうなったら運動をするしか道は無い。面倒くさいことは嫌いだからこれまでは運動を避けて来たけどもう迷ってる暇はない。ダイエットはもう始まっているのだ。素早く学校に行く準備を整えて軽くジョギングしながら学校に向かう。

「なまえ〜おっはよーう」
「おはよう及川」

 学校の校門が見えてきたところで後ろから及川の声が聞こえた。立ち止まりも振り向きもせずに挨拶だけ返す。

「あれ?ちょっと待ってなまえ!何で立ち止まってくれないの!?何で競歩を続行するの!?」
「競歩じゃなくてジョギングなんだけど」
「いや、それは競歩だよ。ていうかどうしてそんなに急いでるの?」
「別に急いでないよ」
「じゃあ何してるの」
「だからジョギングだってば。運動してんの」
「運動…ははーん、さてはダイエットだね?」
「え…何でわかんの」
「だってなまえ、ちょっとだけ太ったから」
「マジかよ。気付いたならもっと早く言ってよ」
「俺は今ぐらいのなまえが良いなぁ。抱き心地が良くなったし」
「バカにしてんでしょ」
「してないぶぅ〜」
「ぐぅ…むかつく…」
「なまえは前が細過ぎたからこのくらいがちょうど良いと思うよ」
「フォローしなくていいよ。私、この一ヶ月で何キロ太ったと思う?」
「三キロ」
「ジャストーーーッッ!!!!」
「見ればわかる。なまえのことなら何でも…ねっ!」
「ウインクとかやめてください。ほら、見てこの鳥肌」
「酷いなっ!なまえを愛してるんだからわかって当然だよ!」
「ドンピシャで当てられるのは引くわ…」
「何でよ〜」

 校門をくぐり抜け、下駄箱に近付くにつれて人が多くなってきた。ゆっくりと速度を落とす。家から学校までそんな距離は離れていないはずなのに、もう既に息切れしている。これを毎朝続ければ、きっといい運動になっているはずだ。
 今朝考案した私のダイエットプログラムはこうだ。ジョギングで登校して、お昼は栄養バランスの良いお弁当を食べて、そして絶対に間食はしない。家に帰ったら筋トレと犬の散歩。夕ご飯は野菜中心にして炭水化物は極力避ける。それから、あとは。

「なまえちゃん」
「何だい徹くん」
「顔が怖いよ。そんなに気にすることじゃないのに」
「…三キロだよ?三キロ」
「うん」
「さすがに減量しないとまずいよ」
「そんなことないよ!今のなまえは世界で一番かわ」
「よお、みょうじ」
「あ、岩泉。おはよ」
「もう!岩ちゃんの馬鹿馬鹿馬鹿!」
「んだよクソ及川」
「俺の言葉遮らないでよーっ!」
「知るか。俺はみょうじに用があんだよ」
「私?」
「おう。お前クッキー好きか?」
「好き!!」
「ならこれやるよ。親戚から大量に送られてきたんだ。処理に困っててよ」
「やったぁ〜〜!!…あ、でも」
「どうした?」
「今ダイエットしてて…」
「ダイエット?んなもんする必要ねーだろ。みょうじは太ってねぇし」
「岩泉…!!好きぃ!!」
「ちょっとちょっと俺の前で堂々と浮気宣言しないでよ!俺だってどんななまえでも好きだって言ったじゃん!」
「それってつまり私がデブだって認めてんじゃん」
「デブとは言ってないよ!なまえは今がちょうど良いんだって!」
「へぇえ〜どうも〜〜〜」
「信じてないね、その顔」
「見た感じそんな変化はねぇけど」
「うーん…そうかなぁ。あ、でもせっかくだからクッキーは頂くね。ありがとう」
「おう。よくわかんねぇけど、無理はすんなよ」
「ありがとう岩泉。岩泉のおかげで元気出たよ…」
「何で岩ちゃんが良いとこ取りすんのさー!」
「うるせぇよ及川。言い忘れてたけど、お前いつまで俺の現国の教科書パクってんだ。早く返せよ」
「あ〜ごめん忘れてた。てへぺろ」
「ったく。後で返しに来いよ」
「おっけー」
「岩泉ばいばーい。クッキーごちそうさま〜」
「おー。またな」

 ひらひらと手を振って岩泉は教室に戻って行った。結局、断るのが申し訳なくてクッキーを貰ってしまった。ついさっき間食は避けるように決めたばかりなのに。まあ良いや。貰ってしまったのだから仕方ない。このクッキーはダイエットが成功した時のご褒美として取っておこう。さて、私も教室に行くか。岩泉に貰ったクッキーの缶を抱えて教室の扉に手をかけた。すると、遮るように手を掴まれる。及川の手だ。

「何?どうしたの及川」
「元気無いなまえに及川さんが魔法をかけてあげよう」
「え、いらない」
「何で!?普通そこは受け取っておくところでしょ!?」
「だって…変なことするんでしょ?」
「変なことって何?なまえは変なことして欲しいの?ん?良いんだよ?変なことしても。今すぐに。ここで」
「ごめん嘘だよ。目が怖い。…で、どんな魔法?」
「目瞑って」
「…」
「何でそんな嫌そうな顔すんの!?」
「既に怪しいから」
「いーからもう!早く!」
「ん」

 及川の言う通りに目を瞑った。さっさと終わってくれないだろうか。心の中でため息をついていたら、両手を掴まれた。私の手を丸々包み込む及川の大きな手は、バレーをやっていることもあって皮が厚くて少し硬い。男の子の手だなぁと当たり前のことを実感していたら、及川が口を開いた。

「なまえ」
「うん」
「なまえは世界で一番可愛いよ。痩せてても太っててもなまえだから全部愛しいと感じる。大好きなんだ。だからね、そんななまえに苦しんで欲しくないんだよ。ダイエットも健康のためには良いのかもしれないけど、無理だけはしないで」

 ガッと心臓を鷲掴みされたような感覚を覚えた。それがときめいたのかただ驚いたのかはわからない。どちらにせよ衝撃を受けたのは事実だ。砂糖を吐きそうになるくらい甘い言葉は及川の口から数え切れない程聞いたけど、何故だろう、嬉しい。だって、好きな人に可愛いって言われて嬉しくないわけがない。

「はい。目、開けていいよ」
「………」
「顔真っ赤にしちゃって。可愛い〜」
「…不本意だけど嬉しかったデス」
「良かった」
「でもダイエットはやめない。せめて元の体重には戻す」
「えーー」
「無理はしないって」
「むぅー」
「何唇尖らせてんの。可愛くないから」
「酷っ!」
「元の体重に戻るぐらいのダイエットなら良いでしょ?」
「…だめ」
「何で」
「だってなまえ、せっかく胸大きくなってきたのに」
「………………あ?」

 ちょっと待って。

「胸が大きくなった…?」
「うん!」
「つまり、及川は胸が大きい方が良いから、今のこの胸をキープするためにダイエットはするなと?」
「うん!太ったって言っても良い脂肪の付き方だと思うよ!なまえは前までBカップぐらいだったでしょ?今のなまえはC…もしかしたらDカップぐらいあるんじゃ、痛いッッ!!どうして腹パンすんの!?いたたたた!」
「信じられないこの変態!スケベ!馬鹿!アホーッ!この体中の脂肪が全て及川に行きますように!」
「ええー!?いたたた!ごめん!ごめんね!だって胸が大きい方が抱き心地が良いに決まってゴフッ」
「このくそがぁッ!!」

 絶対に三キロ以上減量してこの胸を元に戻してやると、及川に頭突きしながらそう心に固く誓った。



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