『バレンタインなんて爆発しろ』
「いきなり電話してきたかと思えばどうしたんだみょうじ」
『どうしたもこうしたもないわ』
「えーっと…何かあった?」
『あった。すっっごく腹立つことがあった』
「…バレンタイン当日に?」
『そう』

 みょうじは低い声で短く頷いた。おっさんみたいな声だから一瞬誰かと思った。スマホの画面にはみょうじの名前が表示されているから今俺が会話しているおっさんはクラスメイトのみょうじなまえ本人に間違いない。が、ここまでドスの利いた声が出ているということは、みょうじに何かすごいことがあったに違いない。昨日のみょうじはいつも以上にうるさ……はしゃぎ回っていた。何でも、バレンタインの二日前に新しい彼氏ができたらしい。「菅原〜〜ねぇねぇ新しい彼氏の話聞きたい〜?聞きたくてたまらない感じぃ〜〜??」と、やたら語尾を伸ばしながら頼んでも無い新しい彼氏との馴れ初めを熱く語っていたのを覚えている。内容は特に覚えてないけどろくでもないことだったことは確かだ。ちなみにみょうじの彼氏できた報告は今年に入って既に三回目だ。そんなみょうじがこうして怒り狂いながら電話をかけてきた理由はだいたい想像がつく。前回も似たような感じだった。

『一昨日、彼氏できたって言ったじゃん』
「うん」
『今日、土曜日だから学校無いじゃん』
「うん」
『バレンタインだし、お菓子渡したいから会いたいって電話したわけ。今日の昼頃』
「うん」
『そしたらあいつ何て言ったと思う!?』
「今日は会えない…とか?」
『それならまだ良いよ!あいつこう言ったんだよ!「はー?何で当日に呼び出すわけ。俺だって予定あるし無理だっつの。菓子なんて別に月曜でも良いだろ」ってな!!!!』
「あー…それはひどいな」
『でっしょ!?ひどいよね!言い方ってものがあるよね!腹立ったからその場で別れた』
「三日で別れたのか。過去最短記録更新したな」
「嬉しくねぇ」
「はは。でも正解だと思う」
『見るからにチャラかったけどまさかあそこまでクズだとは思わなかった…前回の彼氏には浮気されたし、私って男運無いのかな…』
「男運っていうか、みょうじの見る目が無いんだと思う」
『マジかよ菅原助けて』
「だからみょうじが前の彼氏と別れた時に俺忠告したべ。ちゃんと相手の中身を見てから付き合えって」
『あー…言ってたね』
「何で俺の忠告無視すんの?」
『だってまさかバレンタイン直前に彼氏できるとは思わなかったんだもん。彼氏に本命チョコあげるの夢だったから浮かれてた』
「結局その夢だって叶えられないてないだろ。俺の忠告無視するから」
『ふええ』
「泣き真似とかやめて痒い」
『今日の菅原手厳しい』
「だって俺怒ってる」
『えー何でー?なまえちゃん菅原くんを怒らせるようなことしたぁ?』
「現在進行形でしてる」
『よくわかんないけど許してちょ』
「反省してないだろ…」
『それよりさー今会えない?』
「…は?今?」
『今』

 今って、今?慌てて時計を確認したら、時計の針は夜の10時を指していた。会えないことはないけど女子のみょうじをこんな時間に外に出すわけにはいかない。

「もう10時だぞ。明日じゃダメなのか?」
『ダメよ〜ダメダメ』
「ダメって言ってもなぁ…危ないだろ」
『モノマネをスルーすんな』
「ごめん聞いてなかった」
『クソ…。まあ良いや。とりあえず家の前に出てきて』
「家の前?何で?」
『何でも。良い加減電話越しに話すの疲れたわ。電話代もかかるし、こっちのが早いと思って』
「え………え!?!?」

 もしかしてと嫌な予感がして部屋の窓を開けてみると、家の前にはスマホを耳に当てながら呑気に手を振ってるみょうじがいた。何やってんのあいつ。

「アホか!!!」
『うおー上からもスマホからも聞こえる。ダブルでうるせぇ』
「こんな時間に何でここにいるんだよ!お前の家この辺じゃないだろ!?」
『いや?案外近いよ。ちゃりで十分くらいのとこ。雪残ってるから今日はちゃり出せなかったけど』
「そういう問題じゃない!まず夜中に女子が一人でうろつくな!危ないだろ!」
『そう思うなら早く降りてこーい』
「はぁ!?…ったくもぉお!」

 イラつきながらもちゃっかり言うことを聞いてしまう俺は実はみょうじに甘い。ピシャッと部屋の窓を閉めて駆け足で下に降りる。カーデガンを一枚羽織って外に出ると、予想以上に寒くて身震いした。こんな寒空の下でずっと立っていたなんて、みょうじはつくづくアホだと思う。

「やっと来た」
「お前なあ…」
「そう怖い顔しないでよー」
「するわ」
「菅原に渡したいものがあったから来ただけだよ。すぐ帰る」
「渡したいもの?」
「これ」

 ほい、と紙袋を手渡される。何だこれ。この間貸した参考書か?紙袋の中を確認すると、そこにはラッピングされた箱が入っていた。何だこれ。

「ハッピーバレンタイン〜〜っ!」
「………」
「ちょっと、無反応とかやめて」
「はっ…!放心してた。何これ」
「だからバレンタインのプレゼントだっつの」
「くれるのか…?」
「あげる。本当は彼氏にあげる予定だったけど別れちゃったから。菅原にあげる」
「ああ…なるほど」

 もしかして俺のために作ってくれたのではと一瞬でも喜んでしまった自分を殴りたい。彼氏にあげる予定だったやつか…なんか複雑な気持ち。一応、ありがとうとお礼を言うとみょうじは「良いってことよ」と得意げに鼻を鳴らした。何でそんな偉そうなのかわからない。

「でも本当に俺に渡して良いのか?一生懸命作ったんだろ?」
「うん。あんなクソ男には泣きつかれたってあげない。むしろ菅原に受け取って貰った方が私は嬉しい」
「それなら貰うけど…」
「結構自信作だよ。頑張ったの」
「へぇー。何を作ったんだ?」
「それは開けてからのお楽しみ〜」
「なんだそれ」
「んじゃ私帰るわ。夜遅くにお邪魔してごめんね」
「良いって。帰るなら家まで送る。上着持ってくるからちょっと待ってて」
「ううん、大丈夫。お兄ちゃんに車出して貰ったの。すぐそこで待ってる」
「みょうじのお兄さん?」

 みょうじが指差す方を見ると、うちの隣の家の前に一台の車が止まっていた。そういえば、年の離れた兄がいるって前にみょうじが話していた気がする。なんだ。お兄さんにここまで連れて来て貰ってたなら初めからそう言えばいいのに。

「んじゃまた月曜日ねー」
「おー。これ、ありがとな」
「うん。ホワイトデー期待してる」
「はいはい」

 ちゃっかり見返りを求めるのがみょうじらしくて俺は少し笑った。みょうじが車に乗り込んだのを確認してから家に戻り、紙袋を持って自室に向かう。元彼に渡す予定だったものとは言え、箱の中身がやはり気になってしまう。もし彼氏の名前入りのチョコとかだったらどうしよう。いや、さすがにみょうじもそんな気まずくなるようなものを俺に寄越さないか。とりあえず、まずは箱を開けよう。可愛らしく結ばれたリボンをゆっくりと解いて、さらにその下に箱を包んでいる包装紙を丁寧にはがした。これみょうじがラッピングしたのか?すごく器用だな。みょうじの意外な特技に感心しながら、俺はようやく箱の蓋に手をかけた。さて、いよいよだ。一体、中には何がー…。

「……………ん、んん?あれ?」

 無い。

 箱の中にお菓子は入っていなかった。その代わりに手紙が一枚入っていた。これってもしかして元彼宛のやつじゃ…と疑いながら手紙を開く。その手紙には綺麗なみょうじの字で『菅原へ』から書き始めてあった。どうやら俺宛らしい。その下には短いメッセージが綴られていた。



『 菅原へ

 残念ながらお菓子は私がやけ食いしちゃいました。ごめんね。
 来年こそは菅原と夢を叶えたいな。

 みょうじより』


 考えるよりも先に体が動いて、気付いた時にはみょうじに電話をかけ直していた。



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