教室に入ってすぐ違和感に気付いた。昨日までは無かった全国模試のポスターが壁に貼り出されている。しかも私の席の真横に。

「何これ目障りなんだけど」
「おー。それ貼ったの俺」
「お前かよ」

 夜久の仕業だった。担任に教室のどこでも良いからポスターを貼るように頼まれた夜久が、受験生としての自覚が足りない私にエールを贈るつもりでここにしたらしい。いらねぇ。

「模試の申し込みは明後日からだぞ。ちゃんと申し込めよ?」
「えーやだよ受験料高いし。結果出せるほど勉強してないもん」
「だから日頃から復習しとけって言っただろ?サボったのはお前なんだから、ちゃんと反省しろよ」
「ぷぴぃ〜」
「下手くそな口笛やめろ」

 ダンッと夜久が何かを机に叩きつけた。夜久の手の下には何やら申込書っぽいのがある。ぽいのっていうか、そのもの。受験料6000円とかいう数字が見えて肩を竦めながらフッと笑った。その金額を大した結果も出せない模試に使うくらいなら夢の国に行って遊んだ方がお金も喜ぶ。私も喜ぶ。今新しいイベントやってるし、絶対夢の国に行こ。

「夜久、私の分も全力を出してね」
「言っておくけどこの模試は全員強制参加だぞ。これの結果を見て進路相談するから」
「はぁ!?!?」
「残念だったな」
「ぐうの音も出ないわ。ぐぅ」
「出てる出てる」

 私の頭の中にあった夢の国計画がパラパラと崩れていく。何で私は受験生なのだろう。一応大学に行きたい願望はあるけど、別に偏差値高いところなんて狙ってないし。入れればどこでもいいし。でも夜久は国立を狙ってるって言ってたから、一つ一つの模試の結果がかなり大切らしい。やっくんマジ尊敬するわ。

「でも夜久は夜久、私は私」
「は?」
「いや何でもない」

 とりあえず申込書を受け取らないと夜久に引っ叩かれそうだから慌ててカバンにしまった。6000円か…でかい出費だわ。

「で、お前結果が出せないとか言ってたけど、毎日どれくらい勉強してんの?」
「私?いや全然」
「それガリ勉タイプがよく言うセリフだけどお前の場合本当なんだろうな。なんか悲しいよ」
「何で夜久が悲しむの」
「お前見てると色々心配になるんだよ…勉強に限らず」
「私そんなに危なっかしい?」
「すごく」
「ひえ〜」

 ただでさえ夜久は苦労人なのに何で他人の私の心配までしているんだろう。なんかもう、そういう体質なのかな。中学の頃からオカンっぽいところあったし。あ、そういえば高校受験の時も夜久に意識低すぎて怒られた気がする。よく覚えてないけど。

「ねーねー夜久」
「何だよ。申し込みなら明後日からだぞ」
「それはもういいよ!そうじゃなくて、私高校受験も勉強サボったじゃん。覚えてる?」
「覚えてる覚えてる。お前その時も模試全然受けなかったよな」
「ひぇ〜その時からか…。でさ、私高校受験のことよく覚えてないんだけど、私何で音駒にしたんだっけ?」
「はあ?知るかよそんなこと。お前が決めたんだから」
「だってさ、今考えると音駒ってそんな魅力満載な学校ってわけじゃないじゃん。制服も普通だし、公立の高校だから校則は緩いけど別に普通だし、イベントも普通だし」
「すげぇ文句言ってる。音駒に謝れ」
「ごめんちゃい。やっぱりここも適当に決めて入ったのかなぁ〜。まあ結果的に楽しかったから良いけど。夜久もいたし」
「何でそこで俺の名前が」
「え、夜久は大事。夜久がいたから三年間楽しかった。特に一年の横浜遠足で迷子になった時に探しに来てくれた夜久の優しさは忘れない」
「その後二人で迷子になって集合時間に遅れたけどな」
「めっちゃ先生に怒られたよね」
「お前のせいでな」
「はっはっは」
「はっはっはじゃねぇ!」

 いや案外反省してるんだよね。懲りずに迷惑かけてるから説得力に欠けるけど。でも夜久がいたから三年間どんな困難も乗り切れた気がする。ていうか夜久といるのが楽しいし、好きだ。夜久が私のことをどう思ってるのかは知らないけど、私は高校を卒業しても夜久と仲良くやっていきたいと思っている。夜久は、どうだろう。チラッと夜久を見ると隣の彼は参考書に目を通していた。…うん、聞くだけ無駄だな。夜久が優秀な大学に入ったらもちろん優秀な友人を持つに決まっている。私なんてたかが中高の同級生でしかないから、いつかは忘れてしまうんだろうなぁ。切ない。なんか無性に泣きたくなってきた。はぁ。

「おいみょうじ」
「あー…あ?え?何?」
「いや、ため息が聞こえたから。どうした?何か急に元気なくなったな」
「…夜久」
「何だよ」
「夜久は私のこと好き?」
「ッッッッ!?!?!?な、な、え、はぁ!?!?!?」

 ガタンと夜久は勢い良く立ち上がって私から距離を置くように後ずさった。金魚みたいにパクパク開閉する口を手の甲で隠しながら目をキョロキョロと泳がせている。まさかそんなリアクションを取られるとは思わなくて軽くビックリ。しかも夜久の顔がものすごく赤い。どう見たって動揺している夜久にこれ以上のことを聞いてはいけない気がして「ごめん何でもない」と流した。友達として好きかどうかを聞いたんだけだ、多分夜久が想像したのは異性としての方だ。さすがにそんなこと聞けない。

「す、好きじゃなかったら、ここまで世話焼かねぇよ」
「…」

 えっと、友達としての好きであってる?

「…あり、ありがとう夜久。私と君は永遠の友達だよ」
「え」
「え?」
「え、何。俺フラれたの?」

 時間が止まったような気がした。私と夜久は顔を見合わせながら黙り込む。目を見開いて驚く夜久を前に、私は冷や汗が止まらなかった。何この空気超ヤヴァイ。すると夜久は肩を落として「あーっもう…」とガシガシ頭をかきながらどっかりと椅子に座った。

「お前性格悪過ぎ」
「え!?」
「期待させといてそれはない」
「ひぇえ夜久がマジギレだ…!?夜久ごめんね!怒んないで!」
「謝るなよ…余計傷付くわ」
「…あのさ、ちなみにいつから私のこと好きだったの?」
「中一」
「マジか」
「はぁ…なんか一気に疲れたわ。…まあ仕方ないな。俺はフラれたわけだけど、お前の望み通りこれからもトモダチでいてやるよ」
「夜久…」
「はー…明日の模試までに立ち直れますように」

 夜久が、あの夜久が手を合わせて神に祈ってる…!夜久にそんなダメージを与えてしまっていたなんて、私なんて厄介なことを聞いてしまったんだ。いや、てかね、本当は夜久の気持ち嬉しいんだけど本当にこんなクズの私で良いのかなっていう不安があるんだよね。だけどこんな落ち込んだ夜久はもう見たくない。いつもお世話になってる夜久にこんな恩を仇で返すような真似をするなんて私ってば本当死ねよ。

「あの…あのね夜久」
「あー慰めとかは良いから。余計傷付く」
「そうじゃなくてさ、あの、私勉強頑張るからさ」
「は?」
「頑張って勉強して夜久に釣り合う女の子になる。私なりに頑張って大学入ったら、そしたら」
「…」
「私から改めて告白する…ということでどうよ?」

 何が「どうよ?」だ。バカか。

「…改めてってお前、何、今俺のこと好きなの?」
「お、おう。そうなんだぜ。実は」
「…」
「…」
「先に言わんかいッ!!」
「いたーいっ!参考書の角は痛い!」

 スパーンと参考書の角が額に飛んできた。めっちゃ痛ぇ。でも夜久にかわいそうなことしたのは私だからこのくらい我慢する。

「何で今告白してくれないんだよ。もうしてるようなもんだけど」
「今は気持ちの整理ができてないというか…私こんなちゃらんぽらんでしっかり者の夜久の彼女なんて名乗れないし…。何より夜久は部活で忙しいもん」
「はあ?何言ってんだお前。その適当なちゃらんぽらん具合がお前の良さじゃん。さっきも言ったけど、俺はそんなお前が好きだから」
「や、やっくん…!」
「でも部活は一理あるわ。大会もあるし、せめて引退してからだな」
「う、うん!その間に私は勉強頑張るね!夜久と同じ大学目指すわ!」
「マジか。言ったな?本気で期待するから」
「おう。私本気出す。やる気スイッチ入ったから大丈夫」
「みょうじがやる気に…!これほど嬉しいことはない…!」
「泣くなよ夜久」
「嬉し泣きだから気にすんな」

 夜久の背中をよしよしと撫でながら、とりあえずもう夜久に迷惑と心配をかけないようにしようと思った。受験勉強頑張ります。夜久のために。

「やる気になったなら今度の模試受けるよな?明後日申し込み行くけど、お前も行く?」
「あ、ごめんそれは無理。金銭的に」
「………」



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