今朝のニュースでお天気お姉さんが言ってたのだ。「秋を感じる涼しい一日になりそうです。羽織るものが一枚あると安心ですね」って。だから信じてカーディガンを羽織ってきたというのにこの寒さは何だコラ。ナメてんのかコラ。

「さむーい!!!さむいさむいさむいさむい!!!バカかこの寒さふざけんてんのかクソが!!!」
「寒いって思ってるから寒くなるんだよなまえちゃん。そんなに寒いなら及川さんのブレザーの中に入る?及川さんのここ、空いてますよ?」
「うるせぇ」
「なまえちゃん冷たい!」
「おめーのギャグが寒いからだよ」
「ねーねー二人で抱き合いながらぬくぬくしようよ〜!ね?ね?カップルごっこしよ?」
「電柱とやれば?」
「どんなになまえちゃんが冷たくても俺はなまえちゃんが好きだよ…体が熱くなるくらい…」
「キモい。滅」
「あっ今下半身が痺れた…」
「マジでキモいなお前」

 気持ち悪い及川はとりあえず無視しよう。それにしてもこの寒さは一体何なんだってばよ。容赦無く吹き付ける冷たい強風は着々と私の体温と体力を奪い取って行く。こんなんじゃ学校に着くまでに凍え死んでしまう。せめてヒートテックを着るなりすればよかった。あわよくば今すぐブレザーを羽織りたい。でも目の前に学校が見えるところまで来ているのに今更家に戻る訳もなし。くっ。もうお天気お姉さんの言うことなんて信じてやらん。

「ふあ…はっ…パッション!」
「嘘、今のくしゃみ?どこの屋良」
「クソ…鼻水垂れてきた…ズズッ」
「ティッシュいる?なまえちゃん」
「いる…」
「はい。ちーん」
「私はしんべえか」

 本当に鼻をかませようとしてくる及川の足を踏んづけてティッシュだけ奪った。蹲って悶える及川は無視。校門脇にあるゴミ箱に使用済みのティッシュを投げ捨てて、ズズッと鼻を啜りながらふと思った。

「ティッシュの前にその暖かそうなブレザー貸せよ」
「…ハッ!その発想はなかった。テヘッ!ごめんね!」

 ムカつく。

「これで熱出たら及川のせいにする」
「ええーっ!お天気お姉さんのせいだよ!いや東北の気候をナメてたなまえちゃんのせいだよ!」
「は?何で私のせいなんだよ。ムカつくから『お尻大好き…むにゃむにゃ』って及川が寝言で言ってたこと、お前の大好きな岩ちゃんにチクるからな」
「待って。ちょっと待って!?俺そんなこと言ってないよね!?え、うそ、言ってないよね!?寝言って!?いつ!?え!?」

 何でこんなに焦ってんだこいつ。この焦り具合からしてもしかして本当にその気があるのだろうか。やめろよ。幼馴染が尻フェチとか笑えねぇから。こっちが反応に困るから冗談をマジで受け止めないで貰いたい。後ろでまだピーピー言ってる及川を華麗にスルーして上履きを取り出すべく下駄箱を開けながら欠伸をかみ殺した。

「ねぇねぇなまえちゃんさっきの話嘘だよね!?嘘だよね!?ねぇ嘘って言って!」
「あ、一ちゃんおっはよ〜ん!」
「なまえちゃん待って無視しないでちょっとー!」

 下駄箱横にある職員室の扉がガラガラと開く音が聞こえたから何気無く横目で見ると、中から出て来たのは私と同じく欠伸をかみ殺す一ちゃんだった。おっほ!なんてナイスタイミング。

「おーなまえか。今朝は悪かったな、先に行って」
「んーん。委員会お疲れ〜。でも一ちゃんいなかったから及川が暴走して超うざかったよぉ…」
「オイこのクソ及川!なまえに迷惑かけてんじゃねーよ!」
「ええーっ!?俺何もしてないよ!?!」
「一ちゃん、このバカは置いて教室行こう。あ、あとね、この間及川が寝言で」
「あーーーーっっっ!!!」
「うるっせぇよ及川!!」
「マジでうるせぇ。行こう一ちゃん。あいつ今情緒不安定なんだよ」
「部活でもそれだったらぶっ飛ばすからなグズ川」
「岩ちゃんもなまえちゃんもひどいよぉ〜!及川さん泣いちゃうっ!しくしく!ぐすん!」
「「帰れ」」

 さすがの及川も黙った。私と一ちゃんが話してる後ろを二メートルくらい離れてとぼとぼ歩いている。陰気臭ぇ。でも「及川くーん!おはよぉ〜!」って数人の女の子達から明るく挨拶されていつもの優男に戻ってた。相変わらず切り替えるのが早いな。

「っくしゅん!」
「どうした?風邪か?」
「うーん、そうなのかなぁ。薄着で来たから体が冷えたんだと思う」
「しょうがねぇな。風邪引かれたら困るし、このブレザー貸してやるよ」
「え!でもそしたら一ちゃんが寒いんじゃ…」
「寒くねぇ。むしろここ暖房ききすぎてて暑いくらいだ。ほら、使えよ」
「一ちゃん…」

 ティッシュしかくれなかった及川のカスとは大違いだ。やっぱり一ちゃんは優しくてかっこいいから好き。こんな男前と幼馴染だなんて私は恵まれている。余計なのが一人いるけど。
 早速受け取ったブレザーを羽織ってみると、めっちゃ温かかった。ぶかぶかだから指先まで温まる。こりゃ良いわ。ぬくぬく。一ちゃんの良い匂いを堪能しながら満足げににへらにへら笑ってお礼をすると、一ちゃんは小さく笑って私の頭を撫でた。マジ好き。

「アァーーーーッ!!!」
「今日の及川本当うるさいな。死ねよ」
「叫んだだけでそこまで!?!?いや、そんなことよりちょっと待ってよ何で岩ちゃんのブレザーをなまえちゃんが着てるの!?」
「貸した」
「借りた」
「ダメダメ!ダメだよ!なまえちゃん、今すぐ岩ちゃんにブレザーを返しなさい!そして俺のブレザーを着なさい!」
「はぁ?お前さっき貸してくんなかったじゃん。今更何だよ」
「男の嫉妬は見苦しいぞ及川。あとうるせぇから叫ぶな」
「これが叫ばずにいられますかい!!!だって俺のなまえちゃんが彼シャツならぬ彼ブレザー、いや岩ブレザーだなんてそんな!!」
「うまくねぇよ」
「でもぶかぶかな服着てるなまえちゃんも可愛いね!ブレザーに着られてるって感じだね!めっちゃ可愛いね!!!俺のブレザーを着て可愛いポーズとって!!!そして写真撮って良い!?!?」
「一ちゃん、私今ならプロレスラーにも負けない大技出来る気がする」
「やったれなまえ」
「二人ともいつもより手厳しいね!?」

 及川はいつもより気持ち悪いね。とは声には出さなかったけど、きっと一ちゃんも同じこと思っていると思う。一ちゃんの目がとっても冷ややかだ。それでも及川はなかなか挫けない。

「じゃあ岩ちゃんの着てて良いからその上から俺のブレザー着て!!」
「「は?」」
「そおいっ!」

 ダイナミックにブレザーを脱ぎ捨てた及川は素早く私の背後に回り込んでガッチリと肩を押さえた。う、動けねぇ!なんてちょっとアクション映画みたいなノリで振り向こうとした時には既に及川のブレザーが私の肩にかかっていた。そして腕を掴まれすっぽりと袖を通される。ブレザーのボタンを穴に通し、及川は満足げに額の汗を拭いながら「ふぅ」一息ついた。
ふぅじゃねぇよ。

「及川と岩泉じゃん、おーっす……って、え、なまえちゃん…?」
「マッキー!ねぇねぇ見て見てなまえちゃんが俺のブレザー着てるの可愛くない!?ぶっかぶかで愛くるしいよね?ね?見て!この可愛さ!罪深い〜!はい逮捕!」
「………なまえちゃん、なんだか…逞しくなったね」
「は??マッキー何言ってんの??こんなにほっそりしたなまえちゃんが逞しいわけないじゃん」
「…なまえちゃんの顔見てみろよ。般若より恐ろしいことになってるぞ」
「天使の間違いでしょ?ねー?なまえちゃん…ってわぁあああなまえちゃん肩幅すっご!すっごいマッスルだね!ぶっひゃっひゃヒィ〜ッ!苦しい!ガンダムか!」
「及川…どうなっても知らねーぞ…」
「なまえ、行きまーす」

 腹を抱えて爆笑し続ける及川にプロレスラー顔負けのボディーブローを決め込み、試合終了までのカウントダウンを花巻くんが叫ぶ。及川はピクリとも動かなかった。「及川、ダウン!」と花巻くんがゴングを鳴らす横で私は及川のブレザーを脱ぎ捨てる。

「一ちゃんのブレザーは借りるね」
「おう。返すのは明日でいい」
「ありがとう。一ちゃんはマジで大好き」

 床に転がった粗大ゴミにブレザーを投げ捨てた。



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