無人と化した駅で私は真っ白に燃え尽きていた。

『本日の運転は終了致しました。』

 改札口のモニターに虚しく流れる文字を自分の目を疑いながら10回以上読み直した。もしかしたら次の電車の時刻がどこかに映し出されるかもしれない。なんて期待していたのだけど、もちろんそんなことがあるわけが無かった。

 や、やべぇ。普通にやべぇ。何がやばいって明日は大学の授業がある。しかも提出しないといけないレポート ( 未完成 ) もあるのに家に帰れないなんてどう考えてもまずい。仮に始発で自宅まで戻ってレポートを完成させるとしてもだ、第一に今夜はどこで過ごせばいい。ファミレス?カラオケ?ネカフェ?それとも高くつくけどホテルに宿泊?いや、給料日前にそんな余裕は無い。今月の携帯代も引き落とされてないのに、タクシーなんて乗ったら間違いなく破産する。先月お金を降ろした時に確認した口座の残高を思い出して却って冷静になった私はひとまず近くのファミレスに入ることに決めた。飲み会なんてもう二度と参加するもんか。

 それにしても暇だ。朝まで一人でどうやって時間を潰せば良いんだろう。暇つぶしできるものなんてファミレスには何も無い。店内を見回してからなんとなくスマホの画面を確認したら、同一人物による着信履歴が15件もあった。え、怖い何これ。軽くビビってたらまた画面が光って電話が鳴った。

「も、もしもしクロ?」
「お前、今どこにいる」

 あれぇ、なんか声低い。もしかして怒ってる?そりゃあ、すぐに電話に出れなかったのは申し訳ないけどさ。ていうか開口一番がそれって何事なの。

「えっと、ファミレス」
「何でこの時間にファミレスにいるんだ」
「はい、終電逃したからです、はい」
「……」
「く、クロ?」
「…覚悟しとけよお前」

 ブツっ

「え」

 切れちゃった。覚悟しとけよって、何が?よくわからないままクロとの通話は終了し、そしてタイミングが良いのか悪いのか私のスマホは充電切れでお亡くなりになった。絶対クロからの着信のせいだろ。私が朝まで暇を潰す唯一の道具が使い物にならなくなり、私は諦めて机に突っ伏して目を瞑る。瞬間、睡魔に襲われた。




ミ☆





 心地のいい夢を見た。綿菓子のようにふわふわと柔らかくて甘い匂いが漂う雲の上で眠る夢だった。甘い匂いを堪能しながら意味もなく寝返りを打っていると、突然私を支えていた綿菓子がポンッと泡が弾けるように消えた。支えがなくなったことで私の体は重力に逆らえずに空気を裂いて真っ逆さまに落下していく。リアルな浮遊感に襲われた。

「……ハッ!」
「お、やっと起きたか」
「…え、あれ、」

 パチリと目を開けると目の前でクロが美味しそうなパンケーキをもぐもぐ食べていた。あれ、ここ駅前のファミレスだよね。この人、何やってんの。

「飲み会に参加して終電逃すなんておっちょこちょいだなぁ、なまえちゃん」
「もしかしてまだ夢を見ているのかな」
「戻ってこーい」
「だって…何でクロがここにいるの?」
「終電逃したっつーから」
「でも私場所教えてない…」
「GPS」
「エッ」
「電話する前にお前がどこにいるのかチェックしといた」
「何サラッととんでもないこと言ってんの!?いつの間にそんな設定したのさ!」
「スマホに変えたばっかの時に基本設定を俺に頼んできたのはお前だろ」
「GPSは基本設定じゃねぇ!!」
「いーじゃないの。結果的にこうして俺が迎えに来てやったんだから」
「お迎えって…。クロどうやってここまで来たの?まさかタクシー?」
「原付」
「あー、そう…」
「なぁになまえちゃん。その期待外れみたいな反応は」
「原付かぁ、と思って。バイクじゃないんだったね。プッ」
「ん?新宿の街を引きずり回して欲しいって?」
「嫌ですね冗談ですよ」

 マジでやりかねない。半分本気の目で睨まれて慌てて首を横に振った。

「これ食ったら帰るからな」
「え、家に送ってくれるの?」
「そうじゃないなら何のためにここまで来たんだよ」
「クロ…!!」

 なんて優しいの私の彼氏は!飲み会に参加して終電逃したバカな彼女のためにあの意地悪の塊みたいなクロがお迎えに来てくれるなんて…優しい、優しすぎる。

 ……優しすぎるぞ。クロがこんな優しいなんて、なんか、怪しい。

「あの、念のために聞くけど、条件付きとかですか?」
「ふーん?何でそう思う」
「だ、だって…クロがこんなに優しいなんてちょっと、不気…ごほん!珍しいなぁと」
「不気味って言おうとしたろお前」
「言ってないし」
「なまえちゃんは何を疑っているのかな?男を交えた合コン擬な飲み会に参加して終電逃した挙句ファミレスで野宿しようとしている可愛い彼女にそんな非道な真似するわけないだろ、この俺が」

 めっちゃ怒ってる。

「ごめんなさい」
「何がごめんなさいなのかな?」
「…クロという素敵な彼氏様がいながらサークルの付き合いとは言え男がいる飲み会に参加してごめんなさい。浮かれて終電逃してすみません。お迎えに来て下さり本当にありがとうございます。もう二度とサークルの飲み会には参加致しません。誓います」
「…ま、良いか。それで」

 わしゃわしゃと頭を撫でるとクロは伝票を持って立ち上がった。もう怒ってない、のかな?私も荷物をまとめてクロの後を追う。駐車場に向かいながらも後ろからクロの様子を伺っていた。何故か嫌な予感がする。このまま何も無く家に送って貰えれば良いんだけど。するとクロは「あ」と何かを思い出したような声を上げた。

「さっきの条件の話だけど」
「やっぱ条件付きなのかよ!」
「当然だろ」

 ヘルメットを私の頭に被せながら、クロはニヤニヤと楽しそうに笑う。ほらな、だから怪しいって言ったじゃん。なんとなくそんな気はしてたんだよ。「へーへー」と適当に頷いたらヘルメット越しにチョップを食らった。痛かった。

「明日から一ヶ月、俺のために夕飯作って。泊まり込みで」
「うーわーマジかめんどくさいの押し付けてきたよ…。知ってると思うけど私あんまり料理得意じゃないし、毎日サンマ焼くとか絶対嫌………て、え、泊まり込み?」

 パチン。聞き返す私を無視してヘルメットの留め具を固定しながらクロは不敵に笑う。

「そう」
「何で泊まり込み?」
「お前がちゃんと反省して約束通り飲み会に参加せずに家に直帰するか四六時中確認しておきたいからだな」
「ご飯作ったら帰るという選択肢は無いの?」
「ねぇな」
「…一ヶ月は、長くない?」
「え?いっそのこと同棲したいって?」
「言ってない」
「俺はそろそろ同棲しても良いと思ってるけど、なまえちゃんは乗り気じゃないみたいだな」
「だって…そんな急に言われても。私たちまだ学生だし…」
「お前一人暮らしだとどうせ簡単な料理しか作らないんだろ?俺と同棲すれば料理の腕が上がるわレパートリーも増えるわ良いことだらけだぞ。花嫁修業も兼ねられるしな」
「花…花嫁修業!?」
「ほうら、びっくりしてないでさっさと乗れ。帰るぞ」

 ええーこのタイミングで出発するの?だいぶ強引なんだけど。でも乗らないと置いて行かれそうだから言われたように座席に跨ってクロの腰に腕を回した。エンジン音が小さな駐車場に響く。

「冗談じゃねーから」
「…うん」
「ちゃんと考えとけよ。家に着くまでに」
「うん……うん?」

 私が最後に頷いたのを合図にクロはアクセルを回した。思わず腕を緩めたから上半身が後ろに傾いてすっ転びそうになった。ぎゅうっとクロに抱き着くと、少しスピードが上がった。私の家まで30分もかからないのに、こんな短時間で考えとけって一体どういうことなの。無理矢理過ぎる。引越しとか、もう気軽に友達を家に呼べないとか、考えないといけないことがたくさんあるのに。でも不思議なことに断る理由が全く思いつかなかった。

「クロー」
「んー?」
「明日は何食べたい?」
「何?もう同棲する覚悟決めたの?」
「違うし。一ヶ月は約束でしょ」
「あぁそっちね。残念」
「で、何が食べたいの?」
「なまえが食べたい」
「バカ」



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