「起きなさーい」

 ゆっさゆっさと体が揺れている。誰かが肩を揺すっているのだと気付いて目を覚ました私はゆっくりと目を開いた。見慣れた自室がそこにあることに何故か安堵して、ほうと息を吐く。どうやら学校から帰って制服のままベッドで眠ってしまったらしい。目を擦りながらむくりと起き上がる。

「ごめんお母さん…もう夕ご飯?」
「おか…?ぷ…ははっ、お母さんと間違えられるとはなぁ」

 お母さんじゃ…ない?

「…え、え!?孝支くん!?」

 思わず飛び跳ねて悲鳴をあげそうになるのを必死に抑えながら壁際まで後ずさる私を「こらこら」と呆れながら孝支くんが呼び止める。いや、だって、何で私の部屋に孝支くんが!?

「ちょっと、そんなに驚かなくても…」
「だ、だって!なんで?なんで孝支くん?」
「なんでって…勉強会やろうって言ったのはお前だろ?」
「えっ、あ、…勉強会?」
「まったく…自分でした約束くらい覚えとけ」

 勉強会という単語でふと今日の昼休みを思い出した。孝支くんとお昼ご飯を食べている時に、何の脈絡もなく今日うちで勉強会しようって提案した気がする。そうか、そうだった。すっかり忘れてた。「ごめーん忘れてた」と軽い調子で手を合わせて反省のポーズをとる私を孝支くんは軽く小突いた。やれやれと呆れて肩を竦めている。

「制服のままだったから、もしかして具合悪くてそのまま寝込んでるのかと思った」
「え?な訳ないじゃんよー。この通りピンピンしてまっせ」
「知ってる。駆け寄ってみたらそれはそれは気持ち良さそうに寝息立てて寝てたから」
「いやぁ。あっはっは」
「なまえって、授業中もだけど気持ち良さそうに寝るよね。スヤ〜って」
「うん、気を抜くとすぐ寝ちゃうの」
「おまけにスカートめくれてパンツ丸見えだったし。ちゃんとスパッツ履けって言ってるのに」
「パン…!?うっそ!」
「ホント。言っておくけどパンチラってレベルじゃないから。モロだったから」
「うわーーーっ」
「白いレースと青いリボン」
「言わんで良い!」
「待たされたお返しに無防備な姿をたっぷり堪能させて貰ったー」
「ううう…恥ずかしい!そんな満面の笑みで報告しなくていいよ!」
「だって、やっぱそういうのって彼氏の特権じゃん?」
「職権乱用!」
「ちょっと違うべ」
「変態!」
「寝込み襲わなかったんだから良いじゃん。それとも襲って欲しかったの?」
「!?!?アホめが!」
「照れてる照れてる。可愛いなぁ〜」

 クッソー!ホイホイされてる!ホイホイされてるよ…!私の性格を熟知している孝支くんは私より一枚も二枚も上手だから、いつも良いようにされてしまうのがちょっと悔しい。孝支くんが顔を赤くして照れてるところとか見たことがない。私だって孝支くんをホイホイしたい。何をしたら照れてくれるかなぁと考えながら、勝手に口が動いた。

「孝支くん」
「ん?なぁに」
「あのね」
「どうした?顔真っ赤だけど」
「す、好き、です」

 我ながら意味がわからない。何で突然告白したし。ミスった感否めなくて私は両手で顔を覆って俯いた。あかん顔が爆発してまう。

「……お、」

 お?孝支くんが間を置いて呟いた。一体何を言いかけたのか。指の隙間からチラリと盗み見ると、顔を真っ赤にしてワナワナ震えている孝支くんがいた。え、孝支くんが照れてる。ナンダッテー。信じがたい光景に思わず両手を膝の上に下ろして孝支くんの顔を見上げると、私の視線にびくりと肩を震わせた孝支くんはガバッと布団を頭から被って隠れてしまった。

「こ、孝支くんどうしたの!?」
「なまえの馬鹿!アホ!あんぽんたん!嫌い!」
「酷い悪口!!き、嫌いなの…?嫌いになったの…?ごめんね…もう言わないよう…」
「馬鹿!!もっと言えよ!!」
「どっち!?!?」
「…俺、お前に好きって言われたことなかったから…地味にショック受けてた」

 え、そうなの?孝支くんの本音は初耳だった。好きって言ったことなかったっけ。いつも心の中で好きだなぁってキュンキュンしてるだけで、確かにそれを伝えたことはなかったかもしれない。付き合ってるんだからお互い好きなのは当たり前だし、あんまり好き好き言われるのって男の子にとって重いかと思ってたけど。

「ごめんね?孝支くん」
「…ん、これからはもっと言って欲しい」
「好きだよ孝支くん」
「!!」
「ちょ、何で!?何でより布団に包まるの!?」
「駄目絶対!見たら駄目!今の顔は見せられない!」
「ええ〜もう」

 なんか孝支くんが可愛くて自然と口元が緩んだ。布団越しにギュウと抱きついて「好き、孝支くん」彼の背中に呟く。

「ああ!もうお前可愛すぎ!」

 ガバッと飛び起きて布団を取っ払った孝支くんが寝転んでいた私に覆いかぶさるように抱きついた。首に巻きつく彼の腕が温かくて愛しい。ポンポンとあやすように背中を叩けば腕の力が強まった。あ、ちょっと痛い。

「お前、時々男前だよね」
「そうかなぁ」
「…俺ばっかり好きじゃなくて、良かった」
「ちゃんと孝支くんのこと好きだよ。じゃなきゃ付き合ってない」
「じゃあキスして」
「え、な、何故」
「ほらほら、できるべ?キスしてくれたら勉強始めよう」

 目の前にある孝支くんの顔はまだ若干赤いけど、もういつもの余裕綽々な孝支くんの表情に戻っていた。これは本気だ。私からキスするまでどいてくれるつもりは無いらしい。二カッと微笑む孝支くんの笑顔の眩しさと言ったらもう、直視できないレベルだ。覚悟を決めて彼の頬に手を添えた。ん、と目を瞑って催促する彼の唇にそっと自分のを重ねる。

「し、したよ」
「うん、サンキュ」
「ほら、勉強始めようよ」

 肩を押しても孝支くんは動かない。え、と彼の顔を見上げて私は悟った。彼の目はマジだった。

「ね、シよ」
「待ってくだぱい孝支くん」
「可愛い彼女がベッドの上でキスしてくれたんだぞ?据え膳食わぬは男の恥」
「いや意味がわからないよ!?だって孝支くんがキスしてって言ったから!」
「うん。だってムラムラしてきたから」
「ひええ」

 もう孝支くんをホイホイするのはやめよう。逆襲される。



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