巨大な甘えん坊に懐かれている。

「ねーさっきから何やってんの〜」
「ゲームアプリ」
「ふ〜ん…面白いのそれ」
「まあ…暇潰し程度には…」
「はぁ?俺といるのに暇潰しとか意味わかんねーし。捻り潰すよ」
「こわっ。昼休みなんだから良いじゃん」
「はぁ〜〜?昼休みに一緒にいてやってんのに何その態度。うぜーなまえちんマジうぜー」
「…いや、一緒にいてとむっくんに頼んだ覚えないんだけど」
「だって俺がいるとなまえちん嬉しいでしょ?」
「特には…。ゲームに集中してたから有り難みとか無ふがっ」

 …非常に横暴な甘えん坊である。
 口にまいう棒を2本突っ込まれて悶絶している私をスルーして、その隙にスマホを奪い取られた。私のスマホを弄りながら「あーあ、まいう棒2本もあげちった。勿体ねー」って他に言うことあるだろオイ。ただの構ってちゃんなら可愛いもんなんだけど、あの恩着せがましい口振りはどう考えても腹立たしい対象にしかなり得ない。
 吐き出すわけにもいかないから、両頬を膨らませながらまいう棒を噛み砕いていると、パシャリとシャッター音が聞こえた。

「うそ…写真撮った?」
「あんまり不細工だから、つい」
「ついじゃねーよ消せ!」
「ちょっと〜カス飛んでる。食べながら叫ばないでよカスちん」
「誰がカスちんだ」
「なまえちんってさぁ、女子力っつーの?ないよね〜」
「むっくんの口から女子力なんてワードが出てくるとは思わなかったよ。驚き」
「馬鹿にしてんでしょ」
「してないから写真消してください」
「やだ。永久保存する。俺のスマホにもう送ったもんね〜」
「なんて悪趣味なむっくん…!そんなに私のこと好きか」
「ふざけてると流すよこれ」
「やめて」

 スマホを奪い返そうと全力でジャンプしつつ両腕を伸ばしても、身長が優に2メートルを超えている紫原に届くはずがなかった。ふくらはぎが攣りそう。ジャンプするのをやめて「返してよお」と可愛く上目遣いでおねだりする作戦に移行したけど、肝心の紫原がこっち見てねぇ。ずっとポチポチ私のスマホを弄っている。これ絶対画像フォルダ見てるわ。

「…なまえちんてさぁ」
「な、何」
「室ちんのこと好きなの?」
「は、はぁ!?何で!」
「だって室ちんの写真多くね?ストーカーじゃん。キモ」
「いやちゃんと許可取ってるから。良いじゃん別に。美男子を撮って何が悪い」
「ふーん。そういう趣味」
「待って変な解釈やめて?別に邪な考え持ってないから」
「充分邪なんだけど。室ちんみたいな男がタイプってことでしょ」
「うん」
「俺は?」
「は?」
「は?じゃねーし。俺はどうなの?タイプ?」
「むっくんと氷室さんってタイプ違うじゃん」
「はぁ?何それ室ちんは良くて俺はダメってこと?」
「ダメって何やねん…むっくんもモテるしイケメンのカテゴリーには含まれてるんじゃないの」
「モテても嬉しくねーし」
「喜んでお菓子貰ってるくせに何言ってんだか」
「腹は満たせても心は満たせねーの」
「む、むっくんが哲学的なことを…!意味はわからないけど」
「なまえちんってマジでさぁ…」

 何かを言いかけて止まる。口を中途半端に開いたまま動きを止めた紫原が、数秒後に喉の奥に仕舞い込むように閉口した。どうせ馬鹿にしているような私の言葉に不満を言いたかっただけだろうから、私は敢えて何も聞き返さない。「あーもう」と苛立ちを見せる紫原がムスッとした表情のまま机上のお菓子に手を伸ばす。私のスマホを掴んでいた左手が少し緩められた。

「むっくん隙あり〜」
「あ。スマホ」
「お帰り私のスマホちゃん」
「廃人」
「むっくんは巨人」
「知ってる」
「あ、そう」
「…」
「…」

 じゃがりこをバリバリボリボリと噛み砕きながら、紫原は私を睨みつけている。何が言いたいんだその目は。気付かないフリをして中断してたゲームに戻ろうと思ったら、アプリが消されてた。ひどい。

「あ!やばい荒木監督に昼休み来るように言われてたんだった。早く行かないと竹刀でぶっ叩かれそうだから行ってくるね、むっくん」
「いっそぶっ叩かれて死ね」
「死ね!?」
「でも付いてく」
「でもの使い方おかしいよ。てかむっくんも来るの?」
「うるさいし。早く済ませて購買行こーよ」
「それが狙いか」

 職員室に向かう時もお菓子は欠かさないらしく、ポテチの袋を片手にゆらりと怠そうに立ち上がる紫原の後に続いた。昼休みということもあって廊下はすごい人混みけど、ずば抜けて長身の彼を見失うことはない。

「むっくん一口ちょうだいよ、ポテチ」
「やーだ」
「ケチー」
「なまえちんがこれ以上デブったら困るからダメ」
「それただの悪口。嫌味か」
「愛情表現だし」
「嬉しくないし意味不明」
「なまえちんの方が意味不明」
「むっくんのが意味不明」
「潰しまーす」
「あぶっ」

 容赦無く頭を押し潰されて俯いた拍子に私の体が前方に傾く。今気付いたけど、ここ階段のど真ん中だ。

「うあああむっくん!むっくんヘルプ!」

 そのまま階段を踏み外して体が宙に浮きかけた。ここで転んだら無傷では済まないだろう。咄嗟に何かに掴まろうとジタバタと手を振ってみたけど、手摺も何も掴まれるものはない。

「なまえちんバランス感覚無さ過ぎ」

 前傾した態勢のまま停止して、後ろから襟首を引っ張られることでなんとか転倒は免れた。足をつき直して振り向くと無表情の紫原と目が合った。

「ごめんむっくん…ありがとう」
「どーいたしまして」
「…」
「…」
「いやむっくんのせいじゃね!?」
「あ、バレた〜?」

 人が危うく事故るところだったというのに、紫原はヘラリと笑ってまた歩き出す。まるで反省の色無しな態度が腹立つけど荒木監督のところに行くのが先だ。でもやっぱりムカつくから肘で横腹を軽くど突いてやると、紫原はむすっとして唇を尖らせる。

「なまえちんが悪いんだし」
「はあ?何でよ」
「なまえちんが、室ちんがタイプとか言うから」
「それのどこが悪いの」
「全部」
「はい?」
「俺で良いじゃん」
「ごめん意味がわからない」
「うぜー」
「今日のむっくんやたら氷室さん引きずるね。喧嘩でもしてんの?」
「してねーし」
「じゃあ何さ。何かあったの?」
「室ちんのこと別に嫌いじゃねーけど、なまえちんが室ちん贔屓なのはすげームカつく」
「…え」

「なまえちんといつも一緒にいるのは室ちんじゃなくて、俺なんだけど」

 私より少し前を歩いていた紫原が不意に立ち止まって振り向いたものだから、突然のことで私は紫原に正面衝突した。ぽふっと胸辺りに顔がぶつかり、すぐに離れようと思ったのに肩に手が置かれる。ほぼ無意識に顔を上げて、後悔した。

「むっくん、」
「いい加減気付いて欲しいんだけど」

 紫原が見たことない程に男の顔をしていたから。

「…えっと、むっくん」
「何」
「とりあえず今日の放課後駅前のケーキ食べ放題行こ」
「はあ?良いけど何で」
「何となく」
「何それ」
「あのねー、うーん…」
「何だし」
「つまり休日も放課後もいつでも一緒にいたいなと思うのは氷室さんじゃなくてむっくんだってこと」
「…ホント?」
「ホント」

 それならいーや。
 ふにゃりと珍しく紫原が笑う。普段の可愛げの無い彼がこのヤキモチのようにもう少し素直になれたらいいのにと私はこっそり考えていた。

「そーいやさっきの変顔、室ちんに送ったから」
「やめて!?」




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