夜中の2時に携帯電話が鳴った。心地のいい夢を見ていたのに現実に引き戻されて舌打ちが漏れる。クソ、誰だよこんな時間に。手探りで枕の下に埋れた携帯を取り出し、目をこすって画面に映し出された電話の相手を確認した。のそのそと携帯を耳元に当てる。

「死ね、丸井」
『第一声が死ねとか』
「切るから。もうかけるな」
『まあ待てって〜。お前にとっての朗報があるんだから』
「明日にしてくれる?」
『今来なきゃ損するぜ〜』
「はぁ〜?」
『今、うちに仁王来てんだよ』

目を見開く。驚きとよくわからない興奮みたいな高ぶりのせいで眠気なんて吹っ飛んでしまった。

「へ、へぇ。そうなんだヨカッタネ」
『な?良い情報だろぃ?うち来る〜?』
「行く行く〜!なんて乗るか馬鹿野郎」
『なんだよお前、仁王のこと好きなんだろ?』
「はぁ!?べ、別に…」
『普段のお前見てりゃわかるっつーの。ばぁか』

電話越しに丸井が笑う。私は焦燥と羞恥で顔が熱くなるのを感じた。
丸井の言うとおり、私は仁王くんが好きだ。主にあのミステリアスでペテン師なところ…という訳ではなく、顔が。別に熱烈に恋しているわけではない。顔が好みだから好き、という単純なミーハーの理由だ。仁王くんの性格がどうなのかは知らないし興味ない。だから、それを丸井に言ったことはなかった。だって面白半分でクラス中に暴露しそうだし、そもそも丸井と私は恋愛の話をするような間柄ではないから。でも丸井は私の普段の態度から私が仁王くんに恋していることをあっさり見抜いたらしい。最近、ナチュラルに会話に仁王くんの名前を挟んでいたのはそのせいか。仁王くんの名前が出るたびにギクシャクする私を内心笑っていたに違いない。

『今仁王風呂入ってるから、来るなら今のうちだぜ』
「いや、深夜に丸井の家に行くのはちょっと…」
『は?何で』
「何でって…丸井家に迷惑だし私仁王くんとそんな仲良くないから」
『うちなら今誰もいないぜ。弟たち連れて旅行中』
「さ、左様で…」
『お前が来ることに仁王は賛成だってよ』
「嘘!?」
『暇だからなまえ呼ぶか〜って冗談で言ったら「よかよ〜」って』
「…いやどうせ深夜のテンションでしょ。寝ろよ」
『お前来たら寝る』
「はい意味不明〜。却下〜」
『風呂上がりの仁王見たくねぇの?』
「え」
『今なら仁王の寝間着姿も見れるぜ』
「…え」
『もしかしたら寝顔も』
「…」
『来るだろぃ?』
「しばし待て」

パーカーを羽織って家を飛び出した。


≡☆


「いらっしゃあ〜い」
「い、言っておくけど別に仁王くんに誘惑されたわけじゃないから。私も暇だっただけだから」
「は〜いはい、言い訳乙〜」
「くそ…お邪魔します」

丸井の言っていた通り、丸井一家は旅行中らしく家は真っ暗でブン太の部屋だけ電気がついていた。あそこに、仁王くんが。ゴクリと生唾を呑む。今更緊張してきた。だって、真夜中に男女が同じ屋根の下だなんて。真田くんなら発狂してしまうかもしれない。おかしなことは起こらないと思うけど…でも中学生ってそろそろそういうお年頃なんじゃないのか。私は対象外だろうけど。

「お前緊張してる?」
「し、してへん」
「顔真っ赤」
「違うし!」

丸井の部屋の前で立ち尽くしていたらガバッと丸井の腕が肩に回った。丸井からシャンプーの良い匂いがする。って変態か私は。

「仁王〜。なまえ来たぜ」
「おぉ〜入りんしゃい」
「部屋主は俺だっての」

に、に、仁王くんだーっ!扉の向こうにはベッドの上で胡座をかいてるスウェット姿の仁王くんがいた。本物…!まるでアイドルに遭遇したかのようなテンションである。毎日クラスで会ってるのに、プライベートで会うのはこんなに緊張するのか。あ、ていうか私寝間着で来ちゃったよ恥ずかしい。

「こんばんは、みょうじさん」
「こ、ここここここんばんは仁王くん。お招きありがとう」
「何どもってんのお前」
「丸井うっさい」
「肩なんて組んで、おまんら仲良しやのう」
「え、肩?…って丸井いつまでくっついてんの!」
「何だよ〜俺たちの仲じゃん」
「はぁ?死ね!」
「仁王聞いたかこいつの照れ隠し。可愛いだろぃ?」
「かわええのお」
「もうなんなのこれ」

部屋の入り口で立ち止まっていた私を丸井が強引に背中を押して室内に押し込んだ。そして転んだ。丸井の部屋はめちゃ汚い。床に漫画やら洗濯物が散らばっているせいで足の踏み場がなくてそのままバランス崩した。上半身だけベッドに倒れ込む形で。…訂正しよう、正しくは仁王くんの足の上に倒れ込んだ。

「お。なんじゃ、みょうじさんって意外と積極的やのう」
「あばばばば違う違うのこれは丸井が押したからであって意図的では」
「あ〜なんかあれだわ、エロいはその体制。仁王そのまま頭押さえてみて」
「こうか?」
「そう!エロい!まるでフェ」
「天誅!」
「いってぇ!」

よからぬワードが出てきそうだったのでクッションで丸井の顔をぶっ叩いた。それを見て仁王くんはケラケラ笑ってる。うわぁなんという恥さらし。消えたい。クッションに顔を埋めて床に体育座りでいじけていると誰かが頭を撫でた。仁王くんだ。

「ブンちゃんからみょうじさんのことは色々聞いとる」
「え、な、何を」
「うーむ、色々?」
「ちょ、何、怖いんだけど」
「んー、かなりのじゃじゃ馬娘らしいのお」
「 ( 既におかしい ) 」
「でも、そこがかわええ」
「え」

か、かわええって。丸井が言ってたのか仁王くんの言葉なのかわからないけど、ドキドキしてしまう。や、どうしよう仁王くんの顔をまともに見れない。頬を両手で押さえて俯くと、丸井がジィーっと私の顔を覗き込んでいた。

「うわっ。何?」
「何顔赤くしてんのお前」
「あ、赤くないし」
「つか何照れてんの」
「て、照れてないし」
「つまんねぇ」

うぉーい意味がわからん!来いって言われたから来たのにつまんねぇとか。何なの、丸井何なの。この空気も何なの。仁王くんの寝間着姿も見れたし、もう帰りたいんだけど。

「ブンちゃんはヤキモチ焼きやのう」
「はぁ?違ぇし」
「みょうじさん、ブンちゃんにもボディタッチじゃ」
「え、何で!ていうかさっきの本当にわざとじゃないから!ボディタッチじゃなくて事故だから!」
「ほれほれ」
「に、仁王くん何で押すの!」
「ブンちゃんとギュー」
「丸井も何とか言わんかい!」

丸井の胸に顔をグイグイ押さえつけられて鼻が折れそう。多分、丸井だって痛いと思う。よくわからないけど仁王くんは私と丸井にハグをさせたいらしい。顔を押さえつけられてるから丸井の表情はわからないけど、熱っぽい呼吸が耳元で聞こえる。

「なまえ」
「ひ」
「お前」
「へ、へい」
「胸、結構でかいな」
「ほ」

丸井が変なこと言うから変な声が出た。む、胸がでかいだと。間違いなくセクハラ発言だ。仁王くんの前でなんて事言うのこの人。文句言おうと顔を上げると、丸井の両腕が私の肩をガシッと掴んで僅かな距離をとった。丸井の顔が目の前にある。ていうか、鼻先がぶつかりそう。

「ちょっと、丸井」
「んーお前全然ダメだわ」
「は?」
「仁王のタイプとは程遠い」
「…え、何急に」
「仁王は貧乳が好きなんだよ。お前巨乳だからダメ。な?仁王」
「ん〜まあどちらかと言えばのう。ブンちゃんは巨乳な子が好きなんか?」
「ちげーよ。たまたまこいつが巨乳だっただけ」
「ふぅん。ブンちゃんも回りくどいのう。で、俺もう眠いんやけど」
「あぁ、隣が弟の部屋。好きに使っていいぜ」
「んじゃ、お二人さんおやすみ」

仁王くんが部屋を出て行った。私はアホ面のまま仁王くんが消えて行った扉の向こうをジッと眺める。丸井が私の肩に置いていた手を上げて両頬をベシンと叩いた。そのままぐるりと顔を正面に向かされる。

「お前、何でいつも俺を見ねーの」
「なん…」
「どう考えても俺のがお前にアタックしてんのに。好きになるの普通俺じゃね?」
「いや、それは個人の自由…。丸井私のこと好きなの?」
「うん」

うんって。普通に「当たり前だろぃ」って頷かれた。全然当たり前じゃないっていうか、展開が意味不明。

「私何で丸井の家に呼ばれたの」
「うーん、告白するタイミングが欲しかった?」
「仁王くんはなんだったの」
「グル」
「つまり、何、私仁王くんにフられたの」
「ま、そういうこと。代わりに俺とゴールイン。おめでとう!」
「死ね」

思いっきり腹パンしてやると丸井は悶絶して倒れた。いっそのこと私も気絶してしまいたい。ていうか夢であって欲しい。仁王くんにフられた理由が胸とか意味がわからな過ぎて涙も出ない。この胸を削ぎ落せばいいの?

「そんなに怒んなよなまえ」
「怒るし馴れ馴れしくしないで」
「はいはい可愛い」
「離せよ」

いつの間に復活した丸井に後ろから抱きしめられた。抱きしめられてるというよりかは羽交い締めにされてる。腕を振りほどいてみようともがいてもまるで意味がなかった。そうだ、こいつテニス部なんだ。帰宅部の私が運動部の、しかも男に力で敵う訳がない。
これでは無駄に体力を消費するだけだ。諦めて丸井の好きなようにさせてたら、胸の下に両腕が回った。肩に丸井の頭が乗る。

「お前のことが好きなんだよ」
「だからってこれは酷い」
「わりぃ」
「何も、仁王くんの前で、」

うっうっと小さく嗚咽が漏れる。涙がボロボロと頬を伝って床に落ちた。あーうざい。我ながらうざい。失恋したくらいで泣くなよ。ぐしぐし袖で目元を拭って息を吐いた。

「もういいよ、帰る」
「ごめん」
「もういいって言ってんじゃん。謝るならこんな真似しないでよ」
「俺だってな、お前に泣きたくなるくらい片想いしてんだよ」

思わず振り向くと丸井と目があった。丸井は髪の毛に負けないくらい真っ赤な顔で、目が何かを訴えるように揺れている。とても嘘を言っているようには見えない。もしもこれが嘘なら、丸井は仁王くんをも超えるペテン師だ。

「…フられてやんの」
「俺はまだ諦めてねぇ」
「私だってまだ仁王くんのこと諦めない」
「胸でかいんだから無理だって」
「胸以外で認めて貰うもん」
「ぜってぇ無理。つか許さねぇ」
「丸井に許可される必要ないし」
「…何で俺じゃねぇの?」
「丸井こそ何で私なの」
「知らねぇよ」
「はあ?」
「理由なんてあり過ぎてどれが最もかなんてわかんねぇって言ってんの!お前と一緒にいると楽しい。辛いことも頑張ろうって思える。だからお前を仁王に譲るつもりはねぇの!わかったか!ばぁか!巨乳!」

丸井が叫んだ。半ばヤケクソ気味で。言うこと言って少し落ち着いたのか、丸井は私の肩口に額を当てて黙り込んだ。その代わり腕の力は強まっていく。

「丸井」
「…何だよ」
「気付かなくてごめんね」
「別に」
「お互い頑張ろうね」
「お前そこは俺と付き合えよ」
「丸井が頑張って振り向かせてみろよ」
「お前が来い」
「何様」

「はぁ〜クッソ」丸井が盛大な溜息を吐きながら頭をかいた。私から離れてよっこらせと立ち上がる。

「とりあえず寝ようぜ。んで、明日は仁王も混ぜてマリカーな」
「私ゲーム弱いからやだ」
「じゃあ見てろカス」
「カス!?」
「ブス」
「ブス!?」
「声でけぇよ。仁王が起きる」
「丸井死ねばいいのに」
「お前が死ね」
「お前が死ね」
「じゃあ一緒に死のう」

視界がぐらりと歪んだ。丸井に手を引っ張られて、まるでスローモーションで再生しているかのように私たちはゆっくりベッドに倒れる。

「目が覚めたらお前が俺に惚れてればいいのに」

祈るような声が、真夜中に落ちた。




Quiet war at night




顔に当たる日差しの暖かさと雀の鳴き声で目を覚ました。これが朝チュン…いや違うか。結果的に丸井と同じベッドで一夜を過ごしたわけだけど、特に何もなかった。だって私たちまだ中学生だし。

それにしても目を開けにくい朝である。何故なら私よりも先に起きていた丸井が私の頭を何度も優しく撫でているから。いつもの乱暴さなんて微塵も感じられないくらい、手つきが優しい。何だよちょっとキュンとしたじゃんか、丸井のくせに。起きてるのをバレないように寝顔をキープするけど、だんだん緊張してきてそろそろやばい。丸井がトイレにでも行くタイミングで起きたいのだけど。

「お前、起きてるだろ」

バレてた。

「お、オハヨー」
「おはよ」

恐る恐る目を開く。てっきり怒られるのかと思ったら、丸井は優しく微笑んでた。その笑顔があまりにも綺麗で、顔から火が出そう。何で。丸井の顔なんて嫌という程見慣れてるのに、何で今更ドキドキしているの。ていうか、そろそろ頭を撫でる手をどけて頂きたい。いい加減恥ずかしい。

「丸井、あの、手」
「ん?」
「頭撫でるの、ストップ。恥ずかしい」
「何で?」
「いやだから…恥ずかしいから」
「お前、かわいいよな」
「ちょ、ななな何、急に…」
「ん〜?ずっと思ってたけど」
「や、やめてよ恥ずかしい…」
「可愛い可愛い」
「ちょ、もう…やだ〜」
「あ。お前ブラジャーのサイズ違うだろ。胸が収まり切ってなかったぜ」
「!?!?え!!見えた!?」
「Tシャツの胸元からピンクのブラが丸見え。俺としては目の保養だったけど」
「わぁあ」
「あともう少しで全部見えそうだったんだけどなぁ〜」
「変態!丸井の変態野郎!」
「好きな女の体見たいと思って何がいけねぇんだよ」
「さも当たり前みたいな顔すんな!言ってること変態だから!どうせこのベッドの下にエロ本でも隠してるんだろ中学生!」
「はぁ?ねぇよ。つかお前も中学生だろ」
「中学生ですけどぉ?でも私は好きな男の体見たいなんて思ってませぇ〜ん」
「仁王の風呂上がり目当てで来たくせに」
「…」
「ばーか」

その通り過ぎて何も言えない。でも今思うと何で仁王くんに誘惑されたのかわからない。何でだっけ。言い返すことのできない私を小さく笑う丸井は、あくびを零して上半身を起こした。

「朝飯作んの手伝えよ」
「うぇえ」
「むしろお前が作ればいいんじゃね?女子」
「目玉焼きも怪しいよ」
「…お前女子としてどうなの」
「も、申し訳ない…」
「ま、いっか。どうせこれから料理は俺の担当だし」
「?」
「俺は先に下行って朝飯作るから、お前仁王起こして」
「うん。わかった」
「お前和食派?洋食派?」
「洋食。フレンチトーストがいい」
「ん」

短く返事を残して丸井は部屋を出た。「ん」って。まさか私のわがままを聞いてくれるのか。本当にリクエストに応えてくれるとは思わなかった。本気で言ったわけではないのに。でも丸井が私に優しいことが不覚にも嬉しかった。私って普段からこんなに丸井を意識していただろうか。

とりあえず仁王くんを起こそう。そう思って廊下に出ると、同じタイミングで隣の部屋の扉が開いた。

「おはようさん、みょうじさん」
「あ、おはよ仁王くん。今起こしに行こうと思ってたところ」
「…」
「?どうしたの?」

仁王くんが少し目を見開いて私を見ている。何か変なこと言ったかな。もしかして寝癖?

「いや…みょうじさん、一夜で随分変わったのう」
「え、何が?」
「つい数時間前まで俺と話すと吃っとったのに。今は普通ぜよ」
「ああ、緊張してたからだと思うよ。もう慣れたのかも」
「…ふぅん」
「うん」
「みょうじさんってかわええのう」
「あざす」
「ぷっ…くく、やっぱり別人ナリ」

仁王くんが腹を抱えて笑っている。え、何がおかしいの。まさか可愛いっていうのはお世辞なのに本気にして馬鹿じゃねーのとか思ってるのか。本気にしてないし。軽く流してるだけだし。ていうか別人って、何が。私が怪訝そうに見つめていると、仁王くんはひとしきり笑ってから息を吐いた。面白いものを見るような目は相変わらずなので、私は首を傾げる。仁王くんは何かを確信したかのように嬉しそうに笑った。

「願いが叶って良かったのう、ブンちゃん」



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