女の子はみんな、キラキラとした童話のような恋愛に憧れるものだ。お姫様と王子様の夢のような恋物語に感情移入して、いつか自分も…なんて淡い憧れを抱く。私も例外ではなく、小学生の頃に毎月購入していた童話や少女漫画を読み漁っては、いつか自分もこんな恋をするんだと期待に胸を膨らませていた。思えばあの頃が一番楽しかった。見るもの全てが新しくて、世界が輝いて見えた純粋無垢なあの頃が懐かしい。

あくまで、昔の話である。

お姫様と王子様だぁ?馬鹿馬鹿しい。どんな運命的な出会いに憧れたらそんなめでたい発想ができるんだよ馬鹿じゃねーの。いつか私にも王子様が会いに来てくれる!なんて脳内花畑だった恥ずかしい過去なんていっそ記憶から消し去ってしまいたい。あの頃はもはや黒歴史でしかない。七夕のシーズンなんかになると必ず決まって短冊に「お姫様になりたい」なんて書いていたんだよ。なれる訳ねぇだろ。今だから鼻で笑えるけど、当時は心から願っていたから子供の発想力には本当に驚かされる。学校の廊下に飾られていたそんな痛々しい短冊に一度でも誰かが目を通していたと考えると戦慄する。努力次第で女の子は誰でもお姫様になれる、とか本気で信じてたんだもんなあ。残念。少女漫画ばっか読んでないでもっと日本文学を読めばよかったと思う。もう少し自分が読書家だったなら、今こうして作文の原稿用紙とにらめっこすることもなかっただろうに。小学生時代の生活が今後の人生に大きな影響を与えるなんて聞いてないよ。聞いてたらもうちょっと真面目に勉強してきたよ。みんな部活で青春しているのに私は読書感想文書き直しなんてさ、やってらんないよまったく。

「しかもアホの黄瀬と一緒だしよ」
「ええーっ!ちょ、なんスかその言い方!なまえっち可愛くないっスよ!」
「可愛さなんて求めてねーよ」
「またそうやって汚い言葉使って…小学生の頃はもっと女の子らしかったのに」
「昔の話すんな死ね」
「そんなんだから彼氏できないんスよ?」
「いらん」
「またまた〜」
「うざい」
「…なまえっち今日は一段と機嫌悪いっスね」

黄瀬は同じ小学校の同級生だった。だから私がお姫様に憧れていたことを知っている。だから苦手だ。小学六年生あたりから己の痛さに気付き、私の黒歴史を知る人間とは離れたくて中学受験を試み私立に進んだから黄瀬やその他の同級生達とは一度距離を置いた。けれど、こうして不本意ながら黄瀬とは再会を果たしてしまった。黄瀬は偶然にも進学先の高校が同じで、加えて同じクラスに配属されるという望んでもいない展開が私を待ち受けていたのだ。神様を呪わなければならない。黄瀬と再会したことで嫌悪感丸出しの私とは反対に、私を見つけるなり目をキラキラ輝かせて「なまえっち〜!再会のハグしよ!」なんて飛びついて来た馬鹿とこれから三年間同じ校舎で過ごすのか…と入学式早々私はどん底に突き落とされた気持ちになりながら全力で逃げた。黄瀬は昔からこういう奴だった。やたらと私に懐いていて散々追っかけ回された気がする。でも昔の私は寛大な心を持っていたから黄瀬をうっとおしがることもせずにきちんと相手をしていた。小学生の頃から周りの男の子とは違うオーラを放っていた黄瀬だけど、まさかモデルになっていたとは知りもしなかったから、高校に入学してクラスメイトの同級生が黄瀬に群がっているのを見て何事かと思った。確かに、一見金髪美少年だけど。黄瀬って昔読んだ童話の王子様にちょっと似てー…。

「何想像してんだろ気持ち悪」
「なまえっち?」
「…なんでもない」

メルヘン思考がまだ完全に抜け切っていないのかもしれない。何で黄瀬を王子様に例えたんだろ。黄瀬なんて見た目チャラいしアホだし全然王子様じゃない。もう王子様というワードから離れよう。そんなことより今は読書感想文だ。一文字も書いてない。

「なまえっち、終わった?」
「まだ」
「そうっスよね。だってシャーペン机の上にあるし」
「…まだエンジンかかってないだけだし。やろうと思えばやれるし」
「じゃあエンジン全開で書いて!俺もう終わるっスよ」
「はあ!?」
「なまえっちのこと待ってるから今日一緒に帰ろ!」
「嫌だ」
「えー!何でっスか!」
「黄瀬と話すことなどない」
「あるっスよ〜!これからの未来についてとか!」
「どうせ黄瀬はモデルでしょ」
「うーん、それもあるけど、ちょっと違う」
「へー」
「ちょ、なまえっち!そこは聞き返してくるところでしょ!」
「後で聞くよ」
「え…!それって一緒に帰ってくれるの…!?」
「やっぱ今話して」
「どんだけど俺と帰りたくないんスか…」

しょんぼりっス…とか言いながら黄瀬は机に突っ伏した。しょんぼりを口に出したところがちょっと可愛かった。机にほっぺをぺたーっとくっつけているであろう黄瀬を横目で一瞥すると、バチリと目が合った。ふにゃりと笑う黄瀬に無表情で見つめ返す。

「なまえっちなまえっち」
「何だよ」
「俺と初めて会った時、なまえっち何て言ったか覚えてる?」
「黄瀬に?」
「そう」
「えー覚えてない。掃除当番代わって、とか?」
「なんスかそれ!」
「いや、黄瀬に言うことといえばそれくらいしか思い浮かばないから」
「…なまえっち中学時代に何かあったの?グレた?」
「あ?」
「なんでもないっす」
「で、私は黄瀬に何て言ったの」
「…えへへ」
「何照れてんの。キモい」
「思い出すとやっぱり照れるんスよね〜」
「え、何。怖いから早く言って」

黄瀬が照れるようなこと言ったのか私。何、全然覚えてない。にへらにへら笑ってる黄瀬が気味悪い。何なんだよ気になる。

「『黄瀬くんは王子様みたいだね』って」
「…」
「なまえっちが」
「嘘だ!!!」
「本当っスよ」
「いやいやいや!いくらメルヘン頭だったとは言え黄瀬を王子様に例えるなんて頭おかしい!あり得ない!」
「ひどい!なまえっちひどいっス!」
「どうせ黄瀬が作り出した幻影だろそれ…気持ち悪い」
「本当だって!」
「私がそんなことを言った証拠があんのか!?ああん!?」
「ええー証拠なんてないっスよ。なまえっち何でそんな必死なんスか」
「必死にもなるわい!」

そうだ、私は混乱している。もしかしたら小学生の時、容姿端麗な黄瀬を見て自分がそんなことを口走った気がしないでもないからだ。もしかして、もしかしなくても私の思考は小学生からたいして変わっていないのでは。そんな馬鹿な。

「そんでね、なまえっち」
「…」
「俺もね、その時なまえっちがお姫様に見えたんだ」
「…は?」
「可愛くて、キラキラしてるなまえっちがお姫様みたいだった」

両腕を組んでそれを枕代わりにしながら、黄瀬は私を見上げる。前髪の隙間から覗く目が少し潤んでいるように見えたの目の錯覚だろうか。

「今もなまえっちは俺のお姫様だよ」
「馬鹿じゃないの」
「素直じゃないなまえっちも可愛い」
「私はいつだって素直だよ」
「嘘。本当は王子様が来るの待ってるくせに」
「王子様なんているわけないでしょ」
「いるよ。俺がなまえっちの王子様」

黄瀬の言葉の意味を理解するよりも先に頭が動いた。バッと効果音が付きそうな程勢い良く振り向くと、黄瀬が少し顔を上げて肘をつく。くしゃりと自分の髪を握りながら顔を真っ赤にする黄瀬は、恍惚とした表情で私を見つめる。私は呆然と黄瀬を見ていた。手のひらにかいた汗が原稿用紙にくっついて、くしゃりと音が鳴る。

「なまえっち、好き」

ふにゃりと、幸せそうな顔をして黄瀬は言った。私は情けないことに本気で驚いてしまい、もはや表情を崩すこともなく、声が出ない状態で黄瀬を見つめ返すことしかできない。
不意に起き上がった黄瀬が私の横髪を耳にかけて、柔らかく笑う。そのまま私の右手をとり、手の甲にキスをした。そう、まるでおとぎ話の王子様がお姫様にするみたいに。不思議なことにとても自然に見えたその行動に、私は何故か涙で視界が滲んだ。とても綺麗だった。絵本で見るよりもずっと気持ちが伝わる、魅力的な光景。
ぐすりと鼻を鳴らす私に黄瀬が眉を下げて笑った。

「泣かないで、なまえっち」
「だ、だって、なんか…」

なんか、切ない。切ない気持ちとほんの少し嬉しい気持ちが入り混じって涙が流れた。相手はあの黄瀬なのに何で。

「好きなんでしょ?俺のこと」
「…そんなわけないし」
「なまえっち顔真っ赤。説得力無いっスよ」
「うるさい」
「かわいい」
「うざい」
「大好き、なまえっち」
「もうやめてよ恥ずかしい」
「へへっ」

黄瀬の無邪気な笑顔がいつかの記憶と重なった。記憶の中の黄瀬は幼い。多分、小学生の頃の記憶だ。今このタイミングで思い出すなんてどんだけ都合の良い頭なんだろう。

「ね。俺の将来の夢、もうわかる?」

私は何も言わずに俯いた。頬が熱い。多分、私の顔は真っ赤だ。黄瀬に見られたくなくて、前髪の影に頬を隠すように下を向く。私の手を黄瀬の大きな両手が包み込む。世界が何もかも輝いて見えたあの頃の感覚が蘇るようだった。絵本で見続けてきた憧れのハッピーエンドが、今、目の前にある。




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