「傘がなくてもいけると思った」
「馬鹿だろ」

そう言われるのは百も承知だったけど、そんなゴミを見るような目で見つめられるとは思わなんだ。確かに、今の私は使い古したボロ雑巾のようだけども。ブレザーもシャツもスカートも雨でビショビショで肌に張り付く感じが気持ち悪かった。ちょっと買い出しに行くだけだからって天気予報を無視して傘を携帯しなかった結果、なんと大雨が降りやがったんだよ。しかも買い出し後に商店街からだいぶ離れた帰路で降り出すという最悪なタイミングで。雨さえ降らなければ…と完全に天を恨む私であるが、要は私が不用心だったというだけのつまらない話なのだ。

「でもね、買ったものは死守したんだよ」
「お前に買い出しを頼んだ覚えはねぇが」
「じゃ〜ん!スポドリの粉末〜」
「話を聞け」
「あのね、跡部が用意してくれた高級なスポドリが良いって奴もいるんだけど、この庶民的な味のスポドリが良いって奴もいるんだよね。だから買ってきたの」
「…もういい。ちゃんとストーブに当たってろ」
「うん。ジャージ貸してくれてありがと跡部」
「…別にいい」
「良い匂いするね跡部」
「気持ち悪いこと言ってんじゃねぇ」

ストーブを挟んで向かい側のソファに座りながらプリントに目を通す跡部にすかさず足を蹴られた。痛い。それでもにやけが止まらなくて、ついに跡部は深いため息を吐いた。ストーブの明かりが跡部の頬に睫毛の影を落としている。とても綺麗だと思った。

「ねぇ跡部」
「…何だ」
「ごめんね、こんな時間まで残ってもらって。跡部は帰っても平気だよ?お迎え来てるでしょ。あ、ちゃんとジャージ洗濯して返すから心配しないで!」
「変な心配してんじゃねぇよ、バーカ。まずは体を温めろ。風邪ひくぞ」
「風邪なんかひかないよ」
「ああ、馬鹿は風邪をひかないって言うしな」
「跡部さん辛辣〜」
「的確な表現だろ。何が『傘がなくてもいけると思った』だ。制服一式ダメにしやがって」
「え、制服ダメになっちゃったかな?どうしよう親に怒られる」
「知るか」
「クリーニングに出せばなんとかなるかな。明日からしばらくジャージ登校でもいい?」
「ダメだ。風紀を乱すつもりか」
「え〜制服ないのにどうしろと…」
「新しい制服くらい俺様が用意してやるよ」
「え、そ、それはさすがにいいよ…申し訳ない通り越して死にたくなるから」
「制服なんか安いもんだろ。そう思うならお前はもっと普段から俺に気を遣え」
「え、えーっと…肩揉もうか?」
「…いらねぇよ。そうじゃねぇだろ」
「う、う〜ん…ええと…」
「…」
「すんません、何をしたらいいんでしょうか」

跡部の視線に耐えかねて頭を下げた。つむじ辺りを見られているような鋭い視線が痛い。と、思ったら頭の上に跡部の手が乗った。濡れた髪を梳くように、優しく撫でる跡部の手は温かかった。そんなことしたら跡部の手が濡れちゃうよ。それでも跡部は手を退けない。

「あまり心配かけさせんじゃねぇよ」
「うん、ごめんね」
「いいな、こんな真似は二度とすんなよ。もし本当に風邪ひいたらどうするつもりだ」
「ごめんね跡部」
「もう謝るな。…帰るぞ」

おそるおそる顔を上げる私にタオルをかぶせて跡部は立ち上がった。ストーブの電源がいつの間にか切れている。ロッカーの前でブレザーを羽織り、マフラーを手に取った跡部が私の方を向いた。

「なまえ、こっちに来い」
「?」
「いいから」

手招きされ、立ち上がる私に跡部も歩み寄る。ふんわりと嗅ぎ慣れた香りが鼻を掠め、そして柔らかな感触の何かが首に回る。

「マフラーはいいよ、跡部。跡部が風邪ひいちゃう」
「お前とは体のつくりが違うんだよ」
「でも、悪いよ」
「良いって言ってんだろ。わかったら黙って巻かれとけ」
「…ありがとう」
「初めっからそう言っとけば良いんだよ。バーカ」

いつもの自信満々の笑みを浮かべて、跡部は私の横髪を梳いて耳にかけた。指先から伝わる跡部の温度が心地よくて無意識に頬の筋肉が緩んでしまう。氷のように冷え切っていた体が熱で溶けていく感覚が気持ち良い。

「ふへへ」
「何笑ってやがる」
「なんか、ふふ、幸せ」
「…変な奴」

毒づきながらも私の手を引いて歩いてくれる跡部が好き。私はまた幸せを噛みしめる。


あなたと



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