なんというか、意外だった。忍術学園の中でも武闘派と言われているあの食満留三郎に、まさか動物愛護の精神があったとは。あの、って言ったら変だけど、でもこれまでそんなイメージ無かったし。

そんな衝撃的な光景を目撃したのは、昼食をとるために中庭を歩いている時だった。食堂に向かう途中の道で、草むらの陰にしゃがみ込んでいる食満の後ろ姿が見えたから脅かしてやろうかと忍び足で近付いてみたら、食満が子犬に餌をやっていたのだ。想定外のことに思わず固まった。食満と子犬、似合わなすぎる。ちょっと笑った。でも子犬の腹を撫でてやる食満を見て、これがいわゆるギャップ萌え?なんて考えた。萌えてはいないけど。食満は普段から目つきが悪いからなんとなく生き物には興味なさそうな感じがしていたのだけど、その予想は大いに外れてたいたようだ。良い意味の裏切りである。

「食満じゃん」
「げ…みょうじ…」

げってなんだよげって。露骨に嫌そうな顔をする食満のリアクションはスルーして彼の背後にいる子犬に目線を移した。ちっこいのがきゅんきゅん鳴いてる。

「かわゆいなあ!この子噛む?」
「噛まねぇけど…」
「撫でさせて!」
「駄目っつっても撫でるだろお前」
「まーな!よくわかってんじゃん!」

食満の隣にしゃがみ込んで子犬のお腹を撫でた。しっぽをブンブン振って喜び表現するこの子のなんて愛らしいこと。ニヤニヤする私を食満がじとーっと横目で見ていた。何だよ。

「なあ…みょうじ、」
「何?」
「文次郎にはこのこと言うなよ」
「は?何で潮江?」
「俺が子犬の世話してたって知ったら絶対おちょくられる」
「心配しなくても言わないよ。食満のことチクるほど潮江と仲良くないし」
「頼むぞ、約束だからな」
「お、おう」

何でそこまで頑なに潮江に知られたくないんだよ。何が食満にそうさせたんだ。プライドか?プライドなのか?食満の考えてることはイマイチわからない。それよりも子犬がマジで可愛い。お膝に乗っけたい。

「食満ー。この子抱っこしたい!駄目?」
「いちいち許可とんなくても良いって。好きにしろよ」
「え?だって食満のペットじゃないの?」
「違う、野良犬だ。学園内に迷い込んだみたいなんだ」
「あら、そうなの。かわいそうに」
「ほっとくわけにもいかないし、俺が世話してたんだよ」
「毎日?」
「まあな。…オイ、誰にも言うなよ」
「どんだけ気にしてるんだよ。言わないってば」

このやり取りに飽きた私は食満から了承を得たということで、遠慮なく子犬を抱き上げた。肉球をプニプニ触りながら子犬の体を支えている方の腕で体をゆさゆさと揺らしてやると、子犬はうつらうつらと目を細め始めた。寝てしまいそう。

「可愛いなぁ」
「お前、動物好きなんだな」
「まあね、わんこは特に」
「へえ」

食満は胡座をかくと、私の顔を覗き込むように犬を見つめる。口元はキュッと結んであるけど、食満の目は可愛くてしゃーないっていう物語ってる。めちゃくちゃわかりやすい。こんな和んでる食満は珍しいっていうか、初めて見たかも。武器振り回したり、用具の整理したり、はたまた不運大魔王の善法寺に頭を抱えているのが私の中の食満だった。確かに食満の性格からすると、こんな一面はあまり人に知られたくないかもしれない。私は良いと思うけど。

「この子、竹谷に話して学園で飼って貰えないかな?」
「ああ、俺もそれ考えてたんだが…」
「え?ダメって言われたの?」
「いや、飼育するための小屋に空きがないんだってよ」
「あらまあ」
「どうするか…。小屋に入れてやんねーと雨なんか降ったら濡れちまうしな」
「うーん、そうだねぇ」
「お前部屋で飼ってやれよ」
「飼えるかアホ」
「お前!こいつがかわいそうじゃねーのか!」
「お前が部屋に入れてやれよ!」
「伊作のいる部屋に置いたら何かしら巻き添え喰らうかもしれねーだろ!」
「正論」
「だから飼ってやってくれよ。頼む」
「うーん、でも私も同室の子がなんて言うか…あ」
「どうした?」
「…食満、君は何委員会に所属している?」
「は?用具だけど…あ」
「そういうことだ」
「小屋を作れってか」
「当然」
「…まあ木材はあるし無理じゃねーけど…その代わりお前も手伝えよ」
「えー!何で!めんどい!」
「お前な!見ろこいつのつぶらな瞳を!」
「うぐっ」
「わかったらお前は用具倉庫から道具持って来い。俺は木材を運んでくる」
「しゃーないなぁ」


≫≫≫


「運んできてやったぞ食満!お駄賃!」
「よしよし」
「誰が頭を撫でろと?銭寄越せよ」
「お前はきり丸か」
「銭が無いならこのわんこに支払って貰おうか!」
「オイ何する気だ」
「肉球をムニムニする」
「勝手にやってろ」
「わーい」

小屋を作る作業を手伝う気はない。ここからは食満のお仕事だ。私はわんこを抱き抱えてもふもふすりすりくんくんしながら待機していることにしよう。わんこを抱き上げて木陰に腰を下ろした。カンカンと釘を打つ音が遠くで聞こえる。あかん、寝そう。

「あれ、なまえちゃんじゃないか」
「あ、善法寺だ」
「その犬どうしたの?可愛いね」
「あーうん、学園に迷いこんだ野良犬」
「へぇ、よく小松田さんの監視に引っかからなかったね」
「さすがに小松田さんも犬にサインは求めないだろ」
「あ、そうか」
「伊作ってたまに変なとこで天然発動するよね」
「えへへ」
「褒めてねぇよ」
「なるほど、それでこの子の世話をしてあげていた留三郎が、今小屋を作っているわけか」
「そして変なとこで勘が働くんだな。いやそうなんだけどさ、他言しないであげてね」
「うん。留三郎のことだから、どうせ文次郎に知られたくないんだろう?」
「うわぁ善法寺怖い」

同室の誼だからそんなことまで理解できちゃうのか?ドンマイ食満。食満が思っている以上に周りの人間は君の隠し事に気づいているようだよ。もしかして潮江ももう知ってるんじゃないのか。

「オイみょうじー!組み立てるから手伝え…えええええ」
「やあ!留三郎ー!」
「何で伊作がいるんだよ!」
「たまたまなまえちゃんを見かけたから声かけたんだよ。小屋作り頑張って留三郎!この子犬のために!」
「…みょうじ」
「私は何も言っていない。全て善法寺が勘で言い当てたんだよ」
「同室の誼じゃないか!留三郎のことはなんでもお見通しだよ!」
「そうか!って納得するかよ!こえーよ!」
「食満うるさい。わんこが怯えてる」
「わ、悪ぃ…」

ウケる。あの食満がわんこ絡みでこんな素直になるなんて。プププ、笑える。わんこの頭で口元を隠してこっそり笑ってると食満にキッと睨まれた。バレてた。

「みょうじ、組み立てるから手伝え」
「えぇ〜力仕事を女子に押し付けるなよ〜」
「女子?どこにいるんだ?」
「ぶっ飛ばすぞ」
「なまえちゃん、仮にも女の子がぶっ飛ばすなんて汚い言葉使ったら駄目だよ?」
「仮じゃなくて正真正銘の女の子だっつの。なんだかんだ善法寺が一番腹立つんだけど」
「やだなぁジョークだよ」
「は組うざい」
「伊作。こいつに小屋組み立てるの手伝わせるから、悪いんだがこの犬見ててくれないか?」
「もちろんイイよ!」

え、善法寺にわんこの見張りを…?食満の奴何考えてんだ。食満の首に片腕を回して伊作には会話が聞こえない距離を確保した。

「(ちょっと食満正気?不運大魔王の善法寺に子犬の見張りさせるなんてこの子に何が起こるか…)」
「(仕方ねーだろ…この犬から目を離すわけにはいかねーし、第一小屋作りを手伝わせる方が危ないだろ。伊作に作業させてみろ?俺たちが危ねぇ)」

一理ある。

「善法寺、この木陰で座って待ってて。あ、わんこは常に抱きかかえててね。絶対離さないで、じっとしてて。いい?」
「了解だよなまえちゃん!でもなんでそんなに必死なの?」
「善法寺、お口チャック」

突然の黙れ発言に善法寺は文句も言わずにハッとしてからお口チャックする仕草をしてみせた。ごめんね善法寺。君のことは好きだけど、君の不運というオプションはどうしても厄介なんだ。だからそこでじっとしててくれ。

「食満!今だ!やろう!」
「おう!」

善法寺がわんこのお腹を撫でながら和やかにしている今がチャンス。食満と私はうおおおと勇ましい顔で猛スピードで小屋を作り上げていく。わんこが大きくなった時のことを考えて少し大きめに作ろうと試みるが、二人では支えるだけで精一杯で釘を打つ作業ができない。クッソー猫の手も借りたいとはこのことか!ヘムヘム!ヘムヘーム!ってあいつは犬だわ。

「ちょ、食満。早く釘打ってよ!重い!」
「お前ちゃんと支えろよ!ズレてる!」
「だって重いよこれー!うぐぐ!」
「お前普段女とは思えないほど怪力だろーが!こういう時だけ女子みたいなこと言ってんなよ!」
「またこのやりとりかよ!私は女子だっつの!あーあー!そんな風に私をいじめるならこのこと潮江に言っちゃおうかなぁ〜?」
「やめろ、マジで、やめろ」
「やめろだぁ?何その口のきき方〜。ふーんだ!」
「やめ…ようぜ?」
「提案すんじゃねぇよ食満のくせに」
「お前はマジで言葉遣い正そうな?」
「ふーんだ。言葉遣いを正したところでどうせ虫にしか好かれないもん」
「は組の山田がお前のこと可愛いっつってたぜ」
「え!マジでマジで?山田くんってどんな人?かっこいい?」
「さあ?普通だと思うが」
「えーマジかーフツメンおっけー。超おっけー。山田くん何者か知らんがいい男に違いない。他には?私のどこが可愛いって?」
「黙ってたら顔が可愛いだとよ」
「お前が黙れよ。何様のつもりだ」
「顔は褒めてんだろ」
「人間は心で判断しろと一年の時に教わらなかった?」
「お前にそんな道徳性な一面があったなんてな」
「私だって食満に動物愛護の精神があったとは驚きだよ」
「は?生き物を大切にするのは当然だろ?」
「そうですか、素晴らしい心得ですね。ならば人間の私にも優しくして頂きたいものです」
「お前はどうでもいい」
「こいつ…!あのわんこには優しいくせにー!私にも優しくしろよー!」
「いてーよ!木材で殴んな!あーもう埒があかねぇよ!こんなんじゃいつまで経っても小屋なんかできやしねぇ!俺が木材支えてるからお前が釘打て」
「この金槌で食満を殴りたい」
「死ぬ。それ死ぬから」

「あ、あれー!?」

「食満、後ろから善法寺の声が聞こえるよ」
「奇遇だなみょうじ、俺もだ」
「留三郎ー!なまえちゃーん!」
「食満、嫌な予感がするよ」
「奇遇だなみょうじ、俺もだ」
「子犬がいなくなっちゃったー!」
「「やっぱりな!!」」

もうお約束だね善法寺。本当に何かに取り憑かれてるよ。一度お祓いしてもらった方が良いよ。この短時間でどうすれば子犬を見失うんだよ。無駄な才能を発揮しやがる。

「食満、とりあえず手分けして探そう!誰かに見つかったらまずい!」
「ああ!みょうじ、お前は右な!」
「うん!食満は左を頼む!」
「え、えっと、僕は?」
「善法寺は帰って良いよ」
「えぇ!?」

これ以上被害が拡大する前に善法寺には大人しく部屋に戻って貰った方がいい。仮に善法寺がわんこを見つけ出しても、不運に不運が重なってとんでもないことが起きそうだから。オロオロする善法寺をスルーして私と食満は左右に分かれて全力でわんこの捜索を開始した。

「わんこやー。いるなら出ておいでー?」

草陰に隠れてるんじゃないかと範囲を絞ってみるけど、そういえば忍術学園は馬鹿でかいということを忘れていた。いくら忍者とは言えどこの範囲を捜索するのは中々に骨である。くっそー善法寺がしっかり見張ってくれてたら…。いや、人選ミスをした私と食満の責任でもある。善法寺ではなくてここはお駄賃を払ってでもきり丸に見てて貰うんだった。なんて今更言っても遅いけど。わんこやーい、いるなら返事しておくれー。

「わん…むぐっ」
「し。静かに」

え、え?何、手で口を塞がれた。と思ったら食満の声が聞こえた。あれ、食満は正反対の方向に向かったんじゃなかったか。何でここにいる。

「ちょっと何、急に。近いんだけど」
「だから静かにしろって。…見ろよ、あれ」
「あん?」

食満が目と顎で正面を指すものだから、渋々顔を向けると何やら人影が見えて、そして私は絶句した。潮江だ。呆然と立ち尽くす潮江と、潮江の前でへっへっと舌を出しながら尻尾を振ってるわんこがいた。あああなんてことだ!

「食満ー!食満ー!わんこがぁあ!救出しないと!」
「いや落ち着けって」

ああ!もう見てられない!潮江に見つかるなんてついてないにも程がある。学園外に追い出されてしまうかもしれない。それに、食満が潮江にこの件を知られたくないとうるさいからそこに「あ、その子食満と私が世話してるのぉ〜」なんて登場は死んでもできない。わんこ…幸せにしてやれなくてごめんよ…。手で両目を塞いでログアウトを試みる。が、そんな私を食満が許さなかった。「よく見ろよ」いや、私もう見たくない。見れない。今に潮江がわんこをつまんでポイするー…。

「…食満」
「何だ」
「私の見間違いかな。潮江がわんこを大事そうに胸元に抱えてキョロキョロしながら退散したよ」
「あぁ、残念だが俺も見た」
「あの顔、餌あげてる時の食満に似てた」
「ああ、犬飼うの夢だったから、嬉しくて」
「へぇ〜」

私たちは完全に燃え尽きていた。色々と、現実を受け止めきれなくて。頬を染めてわんこに微笑む潮江を見て居た堪れない気持ちになったのは言うまでもない。

「食満、戻ろう。あの子は潮江がなんとかしてくれるよ。もしかしたら生物委員に多く予算を与えてちゃんとした小屋を用意してくれるかもしれない」
「そうだな。潮江のあの目からは動物愛護を感じ取れる。もう俺の出る幕は無い」
「これでよかったんだよ、食満。結果オーライ」
「ああ。そうだな」

よかった。よかった。まるで壊れたからくり人形みたいに同じ言葉を繰り返しながら、私たちは各々の部屋に戻った。その日の夜は潮江とわんこというあまりに衝撃的な光景が忘れられなくて夢にも出てくる程だった。軽く呪われてる。でも翌朝になると昨日のことがまるでなかったかのようにスッキリしてて、むしろ潮江の意外過ぎる一面を見て笑いが込み上げてくるほどだった。朝食をとろうと学食に向かった時、食満とばったり会って同時に吹いた。食満も私と同じく朝目が覚めたら吹っ切れてたパターンらしい。昨日のことを語り合おうと食満と肩を組むノリで朝食を共にしようとしたら、ものすごくいいタイミングで潮江が登場した。不意打ち食らって味噌汁を吹き出しそうになる私たちの横を通り過ぎた潮江は明らかに機嫌が良い。るんるんしてる。席について朝食を食べている潮江を終始怪訝な顔をして見ていた同室の立花が「文次郎、お前昨夜から変だぞ。気色悪い」って言ってて腹抱えて笑った。人間の意外性って面白い。

「みょうじ、見ろよ文次郎のあの顔。文次郎が犬好きとか…ぷっ、ウケる」

食満は人のこと言えないと思う。



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