氷帝学園のキングこと跡部景吾という男のことを私はよく知らない。知っているのは彼がテニス部に所属していること、テニス部の部長兼生徒会長であること、それから女子にめちゃくちゃモテるということだけだ。跡部くんは確かにものすごくイケメンだと思う。でもあんな高飛車なナルシスト男を追っかけ回して何が楽しいのか、ファンの女の子達の気持ちは私にはさっぱり理解できない。個人的に跡部くんよりも私のクラスメイトの宍戸くんの方が何千倍もかっこいいと思う。男らしいし、兄貴肌だし、優しいし。宍戸くんも宍戸くんでモテるけど、跡部くんのモテるとはまた違う。宍戸くんに向けられる好意は憧れ?みたいな感じだと思う。告白してくる子は後輩がほとんどだという話だ。さっすが宍戸くん。私だってあわよくば宍戸くんとお付き合いしたいくらいだ。口癖はちょっとダサいけど。宍戸くんとは席がお隣さんで、なかなかに仲良くさせて貰っているから彼のことは何だって知ってる。宍戸くん贔屓なのもそのせいだ。

話が脱線した。跡部くんの話に戻ろう。何故私が跡部くんについて語っているのかと言うと、最近やたらと跡部くんが私を見ているからだ。彼との接点なんてこれまで何もなかったのに、最近は毎日のように廊下で跡部くんとすれ違い、視線を感じている。気のせいにしたこともあるけど、友人までもが「ねぇ、跡部様がなまえのこと見てるよ」と言っていたから跡部くんが私を見ているのはほぼ間違いない。どうでもいいけど何となくストーカーっぽくてうざい。なんて言ったらファンの子に殺されるから口が裂けても言えないけど。そもそも私は跡部くんと話したことは一度も無い。私と跡部くんとお友達ではないし、むしろ赤の他人と言った方がしっくりくる。
だからこそのわからない。跡部くんは私に何の用があってガン見しているのか。正直、跡部くんが何を考えているのかはどうでも良いのだけど、跡部くんファンの友人が羨ましい羨ましいとうるさいので出来ればあまり私を見ないで頂きたい。ここ数日の悩みだが、確実にストレスになりつつある。癒しを求めて三千里。

「と、言う訳で宍戸くん!一緒に帰ろ!」
「…なんだその壮大な前ぶりは。しかも三千里どころか席隣だろ」
「細かいことは気にしちゃいやん」
「…まあ良いか。いいぜ、一緒に帰ってやるよ」
「やった!ありがとうございます宍戸さん!」
「似てねーから長太郎のモノマネやめろ」
「はい!宍戸さん!」
「お前…まあ良いや。…あ。そういや、職員室寄らねーと…。少し遅くなるぜ?どうする」
「待ってる!」
「いつ帰れるなわかんねーぜ?」
「全然おっけ!」
「そうか、サンキュ。なるべく早く終わらせてくるぜ」
「急がなくていいよ。私も自販機寄りたいから」
「わかった。あまりに遅かったら先帰ってろよ」

相変わらず大きなテニスバッグを背負って、終始爽やかな笑みを浮かべていた宍戸くんは教室を後にした。宍戸くんの背中を見送ってから、私も自販機を目指して教室を出る。

期末テストが近付いていることもあって部活は停止中だから生徒の姿はほとんどない。それはテニス部も該当するらしく、宍戸くんはちょっと不満そうだった。でも今日もテニスラケットを持ってきてるってことは、おそらく私と別れた後にでもテニスをするつもりなのだろう。テニスに情熱を注ぐ宍戸くんやっぱりかっこいい。何様俺様跡部様より数倍かっこいい。

なんてことを考えていたら自販機が見えてきた。

「えへへ。宍戸くんの分も買ってあげよーっと。何が良いかな…紅茶のストレートでいいかな…ひ!」

200円を握りしめなが自販機と真剣に睨めっこをしていると、不意に横から伸びてきた腕が小銭を投入し、コーヒーのボタンを押した。普通にびっくりした。後ろに誰かいるなんて気づかなかった。あまりに突然の出来事に思わず振り向く。

「…ゲッ」

するりと二枚の100円玉が私の指をすり抜けて落下する。

チャリン、チャリーン

「ゲッってなんだゲッて。俺様に喧嘩売ってんのか?アーン?」

背後に立つ人物が口を開いた。まさか過ぎた。後ろから伸びてきた腕の持ち主は、噂の氷帝学園のキングこと跡部景吾くんだった。反応の仕方がわからなくてただアホみたいに棒立ちを決め込む私を跡部くんは相変わらずシュッとしたその細長い目で見下ろしている。


「や、やあ跡部くん」
「…宍戸の奴を待ってんのか?」
「え…う、うん」
「…ふん」

つまらなそうに鼻を鳴らして、跡部くんは缶コーヒーのプルタブを開ける。パキッと良い音がすると、コーヒー独特の匂いが漂った。しかもよく見ると跡部くんが購入したそれはブラックコーヒーだ。跡部くん大人だな。私はお子ちゃまだから、ミルクと砂糖を大量に入れないとコーヒーは飲めない。て、コーヒーの話はどうでもいい。足元に散らばった200円を拾いながら考える。そういえば初対面なんじゃね。

「えーと…、初めましてみょうじなまえです」
「…知ってるに決まってんだろ」
「おお…さすが生徒会長」
「生徒会長だから知ってた訳じゃねぇよ」
「え、私ってちょっと有名なの?うわっ照れる」
「…」

え、何この空気。ノリ悪ぅ。ここはもっとさ、良い返しがあるでしょう。なんでやねん!とか、古典的なツッコミでいいからさ。いや、やっぱりノリノリで関西風なツッコミを入れる跡部くんなんて見たくないわ。
でも何だって跡部くんは不愉快そうに眉を寄せてこっち睨んでるの。ファンなんですぅってサインねだった訳じゃないのにね。そもそも私は跡部くんに微塵も興味ないっつの。

「…鈍いな、お前」
「よくわからないけどごめん」
「…それで、宍戸の奴はどこにいるんだ」
「宍戸くんは職員室だよ。跡部くんは生徒会の仕事で残ってるの?」
「ああ。もうすぐ学園祭だからな」
「そっか、テスト週間なのにお疲れ。疲労が溜まってるであろう跡部くんに飴ちゃんをあげよう」
「…お前、忍足の奴にそっくりだな」
「は!?何であの伊達丸メガネなんかと!勘弁!」
「ふん。元気だなお前」

違う、違うよ。元気なんじゃなくて忍足くんと同じ扱いにされてるから否定するのに必死なんだよ。跡部くんだけでなく他の人にも私が忍足くんと同じカテゴリー要員だったらどうしよう。生きるのが辛いかもしれない。

「飴は貰ってやるよ」
「(なんて上から目線…)跡部くんでも飴舐めるんだね」
「お前からなら何だって受け取ってやるよ」
「え、私跡部くんみたいにお金持ちじゃないから飴くらいしかあげれないよ」
「バーカ。そういう問題じゃねーよ」
「たまにはガムとかにしようか?」
「…そのボケも忍足そっくりだな」
「違う!」


口角を釣り上げて跡部くんは笑う。何が変なんだ。忍足くんと同じ扱いにされたらそりゃ誰だって必死の抵抗を見せるだろう。自分で言っておきながら忍足くんがちょっと可哀想になった。忍足くんだから良いけど。

「聞きたいことがある」

悶々としていると跡部くんが口を開いた。声が少し低くなった気がする。

「お前、宍戸のことどう思ってるんだ?」
「どうって?」
「好きなのか?」
「え、違うけど。かっこいいとは思う」
「…」
「 (え、え?無反応?) 」
「…俺様の方がお前に合ってる」
「会ってる…?会ってるのは宍戸くんじゃないかな。同じクラスだし」
「…お前よく馬鹿って言われるだろ」
「失敬な!言われてるけど!」
「わかりやすく言ってやるよ。お前は俺様を好きになればいい」
「え」
「宍戸よりも俺の方がいい男だってこと、わからせてやるよ」
「ん…?」
「いいな?」
「え、それってつまり跡部くんのファンになれってこと?」
「外れてはいねぇな」
「…ファンより友達がいいかな」
「友達なんざなる必要ねーよ。恋人になればいい」
「え」
「オレンジジュース好きか?」
「え、うん」

私にそう確認すると、おもむろにピカピカのピン札を投入した跡部くんはオレンジジュースとおしるこのボタンを押した。え、おしるこ?

「ほら」
「くれるの?」
「飴の例だ」
「あ、ありがとう」
「もう片方は宍戸にやれ。じゃあな、なまえ」

私の頭を撫でると、跡部くんは廊下の奥に消えていった。手渡されたオレンジジュースとおしるこの缶を両腕で抱えながら、私は呆然と跡部くんが消えてった先を見つめていた。オーイ、と遠くから聞こえる声に気付いたのは数秒後だった。

「おい、みょうじ。どうしんだよボーッとして」
「…宍戸くん」
「つかなんだその飲み物」
「跡部くんがくれた」
「跡部?跡部がいたのか?」
「うん。生徒会の仕事があるとか言ってたよ」
「へえ。でも何でおしるこなんだよ」
「これは宍戸くんにだってさ」
「いらねーよ!」

宍戸くんのツッコミにダヨネーと返して俯いた。

「何か変だぞお前。跡部に何か言われたのか?」
「…や、別に。何も…うん」
「ふーん?」
「……あのさ宍戸くん、折り入って相談が」
「?何だよ急に」
「あ、跡部くんってどんな人?」
「はぁ?」
「まあ、立ち話もなんですし…とりあえず帰ろ」
「…お前マジで何があったんだよ」
「いや何も」

怪訝そうに私を見る宍戸くんの顔が印象的だった。でもそんなことより私の頭の中は跡部くん一色である。あの氷帝キングの跡部くんがオレンジジュース奢ってくれた。あと頭撫でてくれた。手、大きかったなぁ。頭を撫でられた時の手の感触を思い出してじんわりほっぺが熱くなった。イケメンの力ってすごい。宍戸くんの方が何千倍もタイプなのに。

「宍戸くん。跡部くんの好きな食べ物って何?」
「んなこと聞いてどうするんだよ」
「えっと…オレンジジュースのお返しをしようかなと…」
「…ローストビーフヨークシャープティング添え」
「え、何て?」
「だからローストビーフヨークシャープティング添え」
「ごめんわからない」

とりあえずチョコレートでもあげれば喜んでくれるかな。私からの贈り物なら何だって嬉しいとか言ってたから、多分受け取ってくれる。…ていうか、私のどこがいいの跡部くん。


王様
だって
男の子



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